赤の王 青の王子
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※ここでの『』の言葉はエクテシア語です
『誰かおらぬか!』
アルティウスが呼ぶより先に、騒ぎを聞きつけたベルークが駆けつけてきた。
『ここに!』
『直ぐディーガを呼べ!』
『ディーガ殿を?』
『この者、やはり我が国の言葉が分からぬ様子。このままでは何も伝わらぬっ』
イラついたアルティウスの言葉に直ぐに頷き、ベルークは傍に控えている衛兵に素早く指示を出した。
廊下に居並ぶ衛兵達は、王であるアルティウスと直接言葉を交わすことは出来ない。彼らにとってアルティウスは絶対的な
神であり、視線を向けるだけで恐れ多いのだ。
素肌に白い手触りのよい布を掛けられた有希は、胸の前でしっかりとそれを握り締めると、目の前に広がる信じられな
い光景に目を奪われていた。
壁や床は全て大理石の様な石で造られ、窓などはガラスではなく木の扉がはめられている。
電気はなく、篝火が等間隔に置かれて明かりを取っていて、そこかしこに飾るように色とりどりの布が掛けられ、中央には
祭殿のような物が置かれていた。
(ここ・・・・・日本じゃない・・・・・?)
壁沿いに並び、跪いて床に額を付ける様に控えている十数人の男達は、髪こそ同じ黒髪だが、それはどこかごわついた
硬い印象で、肌も褐色、上半身は裸で、かなり鍛えているのが分かる筋肉のつき方をしている。
テレビで見たことのある、まさに砂漠で暮らしているような外国人・・・・・そう見えるが、その持っている雰囲気はどこか違和
感を感じさせた。
日本以外の外国にいるというより、全く違う世界に紛れ込んだような感じなのだ。
そして、直ぐ傍には、有希の目の前で剣を振りかぶった男がいる。何の躊躇いもなく、人を傷付けることの出来る男は、
他の人間とは立場が違うらしくただ一人顔を上げ、頭には金の飾りを着け、着ている物も煌びやかな上等な物に見えた。
「・・・・・」
「!」
男は時折有希に話し掛けるが、その言葉は全く理解出来ない。聞いたことがないのだ。
(どこ、ここ・・・・・?)
「帰りたい・・・・・」
有希が呟くと、その音は分かるのか男が顔を覗き込んでくる。
泣き顔を見られたくなくて俯く有希の顎を掴み、男は突然強引に唇を重ねてきた。
「ん・・・っ!」
噛み付くようなキスは、まるでそのまま有希を食らうように激しいもので、キスさえも初めてな有希は硬直して抵抗さえ出
来ない。
口の中で我が物顔でうごめくものが男の舌だとも分からず、なすがままの有希の口の端からは二人の交じり合った唾液が
零れ落ちた。
抵抗しない有希に、男は一度唇を離して何か囁くと、更に着ていた布を剥ぎ取ろうとする。
素肌に男の手を感じた有希は、反射的に口の中のものに歯をたてた。
『ち・・・・・っ』
男の拘束が離れ、有希はしっかりと布を握り締めて後ずさった。
『王よ』
その時、部屋中に響く声がした。
そして、唯一の扉が開き、頭からすっぽりと布を被った人物が現れる。
目しか見えないその人物は、男とも女とも分からない不思議な声で、ゆっくりと二人の傍に近付いてきた。
『それ以上のご無体は、かの者の心を頑なにするのみ』
『これは私のものだ!何をしようと、王である私に許可など要らぬ!』
内容は分からないものの、二人が自分のことで激しく争っているのは分かる。
有希は忙しなく二人を交互に見つめた。
『お前は、この者に私の言葉を伝えるだけでよいっ』
『それでは異国の星は、貴方様の手には留まりませぬ』
『我に意見するのか!』
『全ては我がエクテシア、我が王アルティウス様の御為にございます』
どれ程激昂しようとも、エクテシア最強の占い師は動じることはなかった。
射殺しそうな激しい視線でディーガを見つめていたアルティウスは、やがて眉を顰めたまま視線を逸らす。
今この現状を打開できるのはディーガしかいないと分かっているからだ。
「・・・・・」
アルティウスは震えている異国の少年を見つめた。
『・・・・・早く、名前を聞いてくれ』
少しでも早く自分の口で、その名を呼んでみたかった。
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