赤の王 青の王子
5
※ここでの『』の言葉はエクテシア語です
「私の言葉が解るか、異国の者よ」
突然聞こえた日本語に、有希は驚いて目の前の人物を見た。
先程言い争っていた時の声はもっと中性的な声だったが、今聞こえてきたのは力強い若い男のものだった。
「発音が間違っておるか?」
「いっ、いいえ!僕の知っている言葉です!」
有希は思わず身をのり出し、目の前の人物の胸元の布を握り締めた。
「ここはどこなんですかっ?日本じゃないんですかっ?僕、どうしてこんなとこに、どうし・・・・・」
言葉に出してしまうと、目の前に広がっている光景が現実のものだと実感してしまった。
もともと大人しい有希は、滅多に人前で感情を荒立てることはないのだが、さすがにこの非常事態にパニックになってしまっ
ていた。
その高ぶった感情は直ぐに涙腺を刺激して、有希はポロポロと涙を流し始める。
すると、先程まで威圧的に怒鳴っていた男が、慌てたように目の前の人物に何かを言った。
二人の会話は全く解らないが、男が時折有希を振り返るので、自分のことで何か訴えているのは解った。
「異国の者よ」
やがて、微かに笑みを含んだ口調で、目の前の人物が話し掛けた。
「王がそなたを気に掛けておられる。言葉がお解かりにならないので無理はないが、私がそなたに何やら無体なことを言っ
ているのではないかと」
「あ・・・・・あ、ごめんなさい、僕が急に泣いたから・・・・・」
誤解を受けたのだと分かって慌てて頭を下げると、目の前の人物は優しく諭した。
「そなたが頭を下げることはない。見も知らぬ世界に立って、混乱するのは無理もない。ここがどこか、それから伝えてよい
か?」
「は、はい、知りたいです」
「ここはエクテシア国。赤の王が御する国」
「エクテ・・・・・シア?」
「そこにおられるのは、エクテシア国、国王アルティウス様でおられる」
「王様?」
有希は思わず男・・・・・エクテシアの王と言われたアルティウスを振り返った。
急に視線を向けられて驚いたようだったが、どうやら自分のことを聞いたのだろうと察したらしい。その顔が嬉しそうに綻んで
手を伸ばしてきたが、まだアルティウスに対して恐怖心の抜けてない有希は反射的に身を引いて、話している人物の後ろ
に隠れてしまった。
それに対して、またアルティウスが激しい口調で何か言っていたが、有希を背に隠す人物は少しも恐れた様子はない。
(この人・・・・・王様のあの人より強いってこと・・・・・?)
しばらく罵声は続いたが、全く相手にされないアルティウスは、やがてむっつりと顔を顰めたまま口を閉じた。
「名を、聞いてもよいか?」
また、聞き慣れた日本語が耳に入る。有希は直ぐに頷いた。
「僕は杜沢有希です。あ、あの、あなたは?」
そういえばまだ名を知らなかったと聞けば、声はすぐ答えてくれた。
「私はディーガ。この国の占術師」
「僕、今、日本語話してますよね?僕の言葉が解るの、あなただけなんですか?」
「私と、私の弟子。解らない言葉の方が遥かに多く、会話が不自由しない程度でしかないが」
それでもやっと自分の意思が伝えられるので、有希はその機会を逃さないように急いで言った。
「ディーガ・・・・・ディーガさん、僕はどうしてここにいるんですか?日本に、家に帰りたいんですっ。どうすれば帰れるんです
かっ?」
日本以外の地球のどこかの国か、あるいはまだ信じられないが全く違う次元の世界なのか、どちらにしても有希にとって
は見知らぬ土地で、早く自分にとっての現実の世界に戻りたかった。
しかし、ディーガの答えは、有希にとって絶望的でしかなかった。
「こちらから道は開くことはない。どうすればと・・・・・私に答えることは出来ぬ」
「そ・・・・・んな・・・・・」
「有希、そなたは今この世界が呼び寄せた異国の星。人の手でどうにかすることの出来ぬ《強星の主》」
「な、何を言っているのか分かりませんっ。僕は普通の高校生で、選ばれるなんて、そんな特別な人間じゃありません!」
「選ぶのは人ではなく、世界。この世界がそなたを選んだのなら、この世界にとってそなたは特別な存在だということ。有希、
これから先は、誰も知らない」
「でもっ、あなた日本語知ってる!話せますよねっ?それって、日本に行った事があるからでしょ?だったら僕も帰れるはず
だよねっ?」
「有希、私の言葉は、全て先代から受けた術言(じゅつごん)で学んだもの。そなたのいた、日本という国に行って学んで
きたものではないのだよ」
「じゃあ、じゃあ僕は・・・・・」
「異国の者、有希。そなたの故郷は、今日から我が国、このエクテシアとなった」
乾いてしまっていた涙がまた流れてしまう。
もう、今までの生活には戻れないと断言され、有希はただ呆然と布からのぞくディーガの目を見つめていた。
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