赤の王 青の王子
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※ここでの『』の言葉は日本語です
「お初にお目にかかります。宰相のマクシーでございます」
片膝をつき、丁寧に敬服の礼をとるマクシーに、有希は慌てて傍に駆け寄って言った。
「あたま、だめっ」
「ユキ様?」
慌てるとなかなか言葉が出てこない。
有希はマクシーの後ろに控えているディーガに言った。
『伝えて下さいっ、僕に頭を下げる必要ないってっ』
『これはあなたに対する当然の礼節。気にすることはありませんよ』
『僕が気にするんです!』
自分より遥かに目上の者に頭など下げられた経験のない有希が、必死になって訴えると、ディーガは苦笑しながらもその
言葉をマクシーに伝えた。
「お心遣い、感謝いたします」
改めて見るマクシーは、有希の想像とは少し違っていた。
腰まである豊かな髪と胸まで届きそうな立派な顎鬚を蓄えたマクシーは、宰相という立場にしてはかなり若かった。
浅黒い肌もまだ張りがあり、眼光も鋭い。体格など有希よりも遥かに逞しく、宰相という言葉から勝手に老人を想像して
いた有希は戸惑ったように口を開いた。
「よう、なに、ですか?」
「あなたのご意思を確かめに参りました」
「い・・・・・し?」
「はい」
マクシーは真っ直ぐに有希を見つめる。その瞳が濃い紫色だということに今気付いた。
「どこの国にも裏切り者や間者は存在致します。我が国もしかり」
「うら・・・・・きり?」
単語の響きが分かってもまだ意味が理解出来ない有希は、困ったようにディーガに視線を向ける。ディーガもマクシーもこ
れは了承しているようで、有希に対して同時通訳のように説明してくれた。
「あなたのことも緘口令をひいたのにもかかわらず、他国に知られてしまいました。これ程早くては手の打ちようも無く、我
が王はあなたの存在を公にし、我が国のものとすると通達されるおつもりです」
「・・・・・」
(な、何か大げさな気もするんだけど・・・・・)
ディーガの説明を聞きながら、有希はだんだん不安になってくる。
ディーガやウンパの言葉の端に、時折出てきた【異国の者の伝説】の話。有希にとっては架空の物語のようにしか聞こえな
かったが、この世界の人間はいまだにその存在を信じているようだ。
それが自分だとは到底思えない有希は、自分が話の中心に置かれていることがどうしても受け入れられない。
複雑な表情になった有希に気が付いているのだろうが、マクシーはそのまま言葉を続けた。
「明後日、バリハン王国より使者が参ります。王の名代としてシエン王子があなたと謁見されるでしょう。もちろんお2人だ
けというわけではなく、アルティウス王や私もおりますが」
「青の王子が来られるのですか」
それまで通訳に徹していたディーガが、思わずと言ったふうに零した。
「あお・・・・・の、おうじ?」
耳慣れない単語に思わず訊ねると、ディーガは直ぐに教えてくれた。
『この世界には大小様々な国が存在しますが、その中で大国と言われるのは我が国を含めて5国。その中でも我が国
と肩を並べるほどの国がバリハン王国です。圧倒的な戦力を率いる勇猛果敢な我が王が、力を示す【赤の王】と称される
に対し、深い知識と明晰な頭脳で、近年驚異的な勢いで国力を伸ばしてきたバリハン国の王子シエン殿は、智を現わす
【青の王子】と呼ばれているのです』
『王様より偉いんですか?』
『バリハンの王は、既に何年も病で伏せっていると聞いています。本来ならとうにシエン王子が王位を継いでもおかしくは
ないのですが、父王が存命中は良しとせずと思われているようです』
『優しい人なんですね、その人』
『シエン王子は国民に愛される、賢い王子と聞いています。実際王子が成人してから国策に乗り出した途端、バリハン
の国力の増大は目を見張るものがあるのも確か』
『へえ』
『同じ歳ゆえ、我が王とよく比較されておりますよ』
『シエン王子・・・・・』
(そんなに頭のいい人なら、僕が帰れる方法を知っているかも・・・・・)
小さな期待が生まれた有希は、弾んだようにマクシーに言った。
「わたし、あう。しへんおう、じ、あいたい」
「ユキ様」
「たのしみ、あう、わたし」
期待に輝く有希の瞳とは反対に、マクシーの紫の瞳は憂慮の色を深くした。
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