蒼の光   外伝




蒼の引力




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                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 もう直ぐに出発すると言うシエンに、蒼は慌てて準備を始めた。
食べ物や飲み物は既にカヤン達が手配していたので、蒼自身がすることはないといえばないのだが・・・・・何だか急にバタバタとす
る気がしたのだ。
 「もうちょっと、いたいな」
 賑やかで雑多なこの町をもう少し見たい気もしていた蒼は、ちらっと傍にいたシエンを見上げながら言ってみた。
すると、シエンはにっこりと笑って駄目ですよと言う。
 「私達には目的があるでしょう?」
 「・・・・・うん」
 「ソウも、赤ん坊を見たいと言っていたではありませんか」
 「・・・・・いった」
 確かに、小さい子が好きな蒼は、今回の話を聞いて旅をしたいというのももちろんだが、シエンの妹王女が生んだ子供を抱っこ
したいという気持ちも大きかったのだ。
(・・・・・俺の我が儘かあ)
 蒼は首をプルプル振って、自分の好奇心を振り払う。
 「よし!行こうか!」
 「ええ」
蒼が本当に意識を切り替えたのだと分かったらしいシエンは、目を細めて頷いてくれた。




 蒼とシエンが揃って二階に上がって行った後、セルジュはしばらく黙々と食事を進めていた。
始めは手を付けるのも躊躇ったリジョトは完食したし、夕べの残りの闇パンももう3個目を食べている。
(・・・・・どうするか)

 「ソウ、もう出発しなければいけませんが」
 「え?」
 「到着予定が狂っては、あちらも困るでしょう?」

 自分と蒼の会話の中に割り込んできたシエンがそう言った瞬間、蒼は自分との会話も一瞬で飛んでしまったらしく、慌てふため
いて準備をしないといけないと叫んでいた。
 そんな蒼を促しながら、チラッとセルジュに視線を向けてきたシエンの眼差しの中に明らかな敵意を感じ取って・・・・・セルジュは
癇に障る前に、何だか優越感さえ感じてしまったのだ。
(バリハンという大国の王子が、俺に嫉妬するなんて・・・・・な)
 本来の力を正当に評価されているとは思わないが、それでも表面上は未開の地であるアブドーランの一族長と、大国バリハン
の青の王子ならば、その差は歴然としているはずなのだが・・・・・。
 「おい」
 「・・・・・」
 「どうするんだ?」
 とうに食事を終えているアルベリックが聞いてくる。
 「まさか、何かやらかす気か?時間は無いんだぞ」
セルジュの性格をよく知っているアルベリックは、このまま引き下がるはずがないセルジュのことを案じているのだろう。暗に、自分達
にはやるべきことがあると伝えてくるが、もちろんセルジュが簡単に言い含められるわけはなかった。
 「せっかく、《強星》に会えたんだぞ?」
 「それは分かっている」
 「本当なら、俺達の目には触れることもなかったくらいに貴重な存在だ。アルベリック、このまま見逃してもいいと思うのか?」
 「・・・・・」
 手に入れた者は、世界を制することが出来るといわれている伝説の《強星》。
長い間、その存在は伝説としてだけ語り継がれてきたが、ここ数ヶ月で2つの国に2人の《強星》が現れたという噂が、全ての国々
まで知れ渡った。
 もちろん、その噂はアブドーランにまで届いて、セルジュは噂の《強星》を一目見たいと思ったものの、それはとても叶わないと諦
めていた。
 それが、この地で蒼に、《強星》に会った。
これはもう、運命といってもいいのではないか?今から国を立ち上げようとしているセルジュ達に、世界を掴めと神が好機を与えて
くれたのではないかと・・・・・。
 「セルジュ」
 「・・・・・」
 「今は、バリハンの王子が傍にいる」
 「困難のない幸運などありえない。そうだろう?」
 「・・・・・」
 アルベリックは溜め息をつく。
それだけで、アルベリックが自分の思いに同調してくれたのだと分かったセルジュは、にっと笑ってコップに入っていた酒を一気に飲ん
だ。
 若くして族長にまでなった自分だ。政の勉強のために、最近は様々な文献を読んだり、各国を巡っていて忘れそうになっていた
が、元々自分は勇猛な狩猟者だということを、セルジュは改めて自覚した。




 泊まっていた部屋を簡単に片付け、荷物を持って階段を下りてきた蒼は、食堂にいた人影に目を見張った。
 「まだ、いた?」
 「おいおい、一緒に飯まで食った仲なのに、そんな言い方は酷いんじゃないか?」
セルジュは唇を片方つり上げて笑った。
 「だって、いない、思ってた」
 朝食を取りながら、セルジュからアブドーランの話を色々と聞いた。物知りなシエンでさえ、あの一帯はまだ謎に満ちていると言っ
ていたくらいの世界だ。聞くこと全てがとても珍しく、楽しい話だった。
 しかし、途中でシエンが出発のことを蒼に言ってきて、それで慌ててしまった蒼は、すっかりとこの2人の存在のことを忘れてしまっ
ていたのだ。
セルジュやアルベリックに対して、自分がしてしまった非礼を蒼は直ぐに謝った。
 「ご、ごめんっ、俺、わすれてた!」
 「気にするな」
 「でもっ」
 「今から、メルキエ王国に行くんだよな?」
 「う、うん、そうだけど」
 「シエン王子」
蒼の答えを聞いたセルジュは、傍で黙って立っているシエンに向って言った。
 「俺達も同行していいかな?」
 「・・・・・同行?」
 「メルキエ王国は鉱山が多い国だと聞く。いい取引材料があるかもしれないと思ってな」
 「いっしょ?たのしそー!」
 初対面でのセルジュは気難しそうで粗野で、あまり好印象というわけではなかった。
しかし、双方の誤解が解け、色んな話をしていると、セルジュは陽気で話し上手な、ちょっと悪っぽい兄貴という感じで、蒼の中
の苦手意識は今では消えてしまっている。
そんなセルジュと、大好きなシエンとの旅は、考えるだけで何だか楽しそうだ。
 「シエン、いーよね?」
 「・・・・・」
 「?」
自分を見下ろすシエンの眉間には、なぜかうっすらと皺が寄っている。珍しいその表情に、蒼は首を傾げた。




(正当な手段を取ってきたのか・・・・・)
 先程までの話だったら、もしかしたらメルキエ王国で蒼と接触を図るかもしれないと思った。しかし、どうやらそんな遠まわしな手
ではなく、一緒に旅をするという直接的な手段を選んできたということが、この男の性格を良く表しているように思える。
 「いっしょ?たのしそー!」
 男の思惑など全く気付いていないらしい蒼は、旅の仲間が増えたと喜んでいる。この蒼に、男達の同行は許さないと言ったらど
うなるだろうか?
 「・・・・・」
 「シエン?」
 なかなか返事をしないシエンを、蒼は不安そうな眼差しで見つめてくる。
その眼差しに・・・・・結局シエンは勝てないのだ。
 「・・・・・同行は構いませんが、メルキエ王国に着けば別行動ですよ?」
 「うん!」

 セルジュ達が自分達が泊まっている宿を引き払ってくると言って宿を出ると、他の兵士達と話している蒼から少し離れたシエン
はカヤンとベルネを呼び出した。
 「カヤン、お前は先にメルキエ王国に向ってくれ。あちらに、同行者があることを伝えておかねばならない」
 「王子」
 実際にセルジュと相対したベルネは、恐れながらときつい口調で進言してきた。
 「本当に、あの者達の同行を許すのですか?」
 「おい、ベルネ」
 「私は、今からでも断る方が良策と思います。あの者達に裏はないかも知れませんが、かといって何の思惑もなくソウ様に近付
こうとは思えない」
 「ベルネ、王子がお決めになられたことだ」
カヤンはベルネを諌めようとしたが、ベルネはその身体を片手で押し退ける。
 「僅かな懸念でも、後々大事になりかねません」
 「・・・・・よい、カヤン。ベルネの言葉は私ももっともだと思う」
 「王子」
 「ただ・・・・・それがまだ懸念の状態では、私からソウを説得は出来ない」
 無邪気な蒼に、彼に近付く者全てに警戒しろと伝えれば、その柔らかな心が傷付く可能性もある。それはシエンとしても避けた
かった。
(それに、多分に私の想いも関係がある)
蒼に近付く男の姿に、必要以上に警戒してしまうのは男としての嫉妬心が大きい。蒼を誰にも取られたくない・・・・・《強星》とし
ての蒼というより、1人の人間としての蒼を心から愛しているシエンは、自分から蒼を奪える立場の【男】というものに対してどうして
も必要以上に警戒してしまうのだ。
 「王子ではなく、私から言っても構いません。ソウ様にとって私は口煩い従者でしょうし」
 シエンが悪者になる必要はないと言うベルネに、シエンは苦笑して言った。
 「確かに、ソウはお前を口煩いと思っているかもしれないが、大切な自分の側近としてちゃんと見ているはずだ。私達が蒼を守
ればいい。カヤン、頼むぞ」
 「はい」
 「ベルネは、あの2人から目を離さないように。どんな行動を取るのか予想が出来ない。2人が別々の行動をする時は、側近の
方・・・・・アルベリックの方に付いてくれ」
 「・・・・・はっ」
 2人の返答を聞いたシエンは、視線を蒼へと向ける。
 「ソウ」
名を呼ぶと、直ぐに振り向いた蒼は全開の笑顔を向けてくる。その笑みを見て、シエンも目元を和らげた。