蒼の光   外伝




蒼の引力




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                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 「じゃあ、あと2つでつく?」
 「ええ。この先は険しい砂漠もありませんし、明後日の夕刻には着くはずですよ」
 「そっか〜、ソリュー、やっぱ早いなー」
 自分が乗っているソリューの背をパンパンと叩くと、まるでその蒼の手に甘えるかのようにギャーとソリューが鳴く。可愛くない声だ
が、蒼にとっては子犬が鳴いているような感じで可愛いと思えた。
 「確かに、王家所有のソリューだけに、体も立派だが脚力もあるよな」
 そんな蒼の耳に、感心したようなセルジュの声が届いた。
振り向くと、案外近くに彼はいる。
 「ぽち、おりこーだろ?」
 「ぽち?」
 「俺の、ソリューのなまえ!ぽち、かわいーよ」
 シエンが同行することになり、蒼はそのシエンのソリューに同乗することになった。そして、空いた蒼のソリューには、セルジュとアル
ベリックが乗っている。
 彼らはどうやら行く先々で乗り物を調達していたらしく、このシュトルーフ共和国にきた時点で前に乗っているソリューは売ってし
まったらしい。ソリューは需要が高いのでかなり高値で売れたらしいが、この後の旅路はどうするつもりだったのだろうかと、暢気な
蒼でさえ思ったくらいだ。
(結構、行き当たりばったりの旅してるよな〜)




 ぽち・・・・・。
狩の時に捕まえた食用動物のレクに《とんすけ》という名前を付けた蒼。自分用のソリューにも、直ぐに名前をつけて可愛がってい
た。
 名前を付けた方が愛情を感じるという蒼の言葉は最初はよく分からなかったシエンも、とんすけが自分にも擦り寄って甘えるよう
な仕草をするのを見て、可愛いと感じるようになった。
 何に対しても愛情を向ける蒼の性格は好ましいものであるが、シエンとしてはもう少し・・・・・疑うということも覚えて欲しいと思っ
てしまう。
 蒼がソリューを貸すと言った時も遠慮をせず、自分達の直ぐ隣を走るセルジュ。
確かに旅の同行は許したものの、ここまで近しくしてもいいと言った覚えは無かった。
(それでも、近付くなとも言われていないとでも言うんだろうな)
 頭の回転が速そうなセルジュならば、どんな言葉を使っても蒼を丸め込むような気がした。
 「シエン」
 「・・・・・」
 「シエン?どした?」
声を掛けられたシエンはハッと視線を上げる。自分の前に座っていた蒼が振り向いて自分を見ている様子に、直ぐに笑みを浮か
べて見せた。
 「この先の旅程を考えていたんですよ」
 「りょてー?」
 「出来るだけ早くあちらに着くための道を選択しなければならないでしょう?」
 「あー、そうだね。シエンばっか、考えてごめんな?」
 今回の旅が全てシエンが根回しをしてくれていると知っている蒼は、本当に申し訳なさそうに眉を下げた。そんな蒼の身体を後
ろから抱きしめたシエンは、謝ることは無いと蒼の耳元に囁く。
 「ソウは立派に公務を果たしている。そんな風に思うことはありませんよ」
 まだまだこの世界のことを知らない蒼が、旅程など組めるはずが無く、そこは自分が補佐をするのが当然だ。
蒼は、蒼なりに、いや、周りが思っている以上に様々な場所で明るさと元気と、バリハン王国への愛情を示してくれている。シエン
はそれだけでも十分皇太子妃の役割を担っていると思っていた。




 蒼に言った褒め言葉は嘘ではなく、セルジュは自分が乗っているソリューの良さに内心唸っていた。
さすが大国が所有するものだと思うが、ここまで大人しく、それと同時に足も速いものなどなかなかいないだろう。
(これも、ソウのため、か)
 バリハンの皇太子がどれ程蒼を想っているのか、これだけでも分かるような気がした。
 「このソリューなら、確かに2日あれば着くだろうな」
 「セルジュ、この機会に向こうの王族と会うか?」
 「ん?」
 「せっかくバリハンの王子が同行するんだ。妹王女ということだし、会うだけは会ってくれるんじゃないか?」
蒼と同行するために言った鉱山の話は、実際に前から考えていた話でもあった。
アブドーランにもまだ開拓していない鉱山が多数あり、その精製の仕方や販売先など、話を聞くだけでもためになる気がする。
自分達が面と向かっても国の重要人物と面会出来ないであろうことは想像がつくので、せっかくのシエンと蒼の身分を利用したら
どうだとアルベリックは言っているのだ。
 「・・・・・そうだな」
 ついでにするにはいいことかもしれない。
 「おい」
セルジュの顔付きで何を考えているのか察したのか、アルベリックは背中から頭を小突いてきた。
 「族長としてのやるべきことを忘れるなよ」
 「分かってるって」
 「本当か?」
 当たり前だ。
建国すれば自分が王になるつもりのセルジュは、自分に優位になる材料を見逃すつもりは無かった。




 簡単な昼食を摂る時と、蒼の体調を見てこまめに休憩をしてくれたシエン。それでも、言葉通り夕方にはシュトルーフ共和国の
国境の門を抜けることが出来た。
 シエンはシュトルーフを出る前に宿をとるつもりだったらしいが、野宿も厭わない蒼は出来るだけ前へ進もうと言って、結局は砂
漠の途中での野営となり、同行の兵士達は素早く天幕を張って休める準備を整えてくれ、休憩する間もなく夕食の準備を始め
ていた。
 「あ、これ、しお入れて」
 「ソウ様、これは焼くだけでよろしいのですか?」
 「うん。コゲコゲなったらいーよ」
 夕食の仕度は、蒼が率先して指揮をとった。
水はあまり使えないが、夜の砂漠は冷えるので少しでも温かいものを口にさせたかったし、携帯用の干し肉も、そのまま食べるの
ではなく一手間を加える。
せめてここくらいは自分が頑張りたいと、蒼はシエンの休むようにと言う言葉を聞き流して動き回った。




 野営での不自由な食事とはいえ、蒼が頑張ってくれたおかげで、皆十分に腹が満足した。
これでまた、明日の旅程を頑張れると口々に礼を言われた蒼は恥ずかしそうにしていたが、自身は火にあたって肉を頬張っている
うちに、こくっと頭が揺れ始めた。
 「ソウ、眠たいのですか?」
 「だ・・・・・じょ、ぶ」
 「このまま寝てもいいんですよ?」
 「ら・・・・・め、ハミガ・・・・・キ・・・・・」
 シエンが声を掛ければ返事が返ってくるのに、その声は次第に反応が鈍くなってくる。
もうそろそろかと思っていたシエンは、やがて自分の肩に重みを感じて視線を落とした。
 「ソウ?」
 食べ掛けの肉を握り締めたまま、すっかり眠りに落ちてしまった蒼を抱き上げ、そのまま自分達が休む天幕に連れて行くと身体
を横たわらせる。
 手から肉を取り、汚れた指先と口元を拭ってやっても、蒼は全く目覚める様子は無い。その子供のような様子にふっと笑みを浮
かべたシエンは、唇に口付けをして・・・・・そのまま視線を天幕の外に向けた。
 「・・・・・」
 そこには、まだセルジュとアルベリックがいる。
このままこの天幕の中にいることも出来たが、シエンは一度蒼を振り返ると・・・・・そのまま立ち上がって外に出た。

 「先に休ませていただいた」
 「疲れてたんだろう」
 セルジュは自分達が持参した酒を飲んでいて、シエンにもカップを差し出してきた。
 「・・・・・」
 「俺の酒は飲めないか?」
 「・・・・・いただこう」
シエンはくっと一気にカップの中を飲み干した。かなり強めの酒だったようで、一瞬喉が焼けるように熱くなったものの、酒には強い
と自負しているくらいなのでその衝撃は一瞬で鳴りを潜めた。
 「ソウの飯は美味かった。なあ、アルベリック」
 「ああ、まるで専門の料理人が作ったようだ」
 「・・・・・過分な言葉だが、ソウに伝えれば喜ぶだろう」
 料理作りは気分転換と楽しむためと言い切る蒼は、自身が食べることも好きだが、自分が作ったものを美味しいと食べてもらう
ことも嬉しいらしい。
セルジュとアルベリックの感想も、蒼の料理に対する純粋な賞賛なのできっと喜ぶとは思うものの、シエン個人の感情としてはあま
り面白くは無かった。
(早く、シュトルーフに着かなければ・・・・・)
 向こうに着けば、自分達は王宮に入るのでセルジュ達とはそこで別れることになる。蒼に不審を抱かせないようにこの男と引き離
すのはそれが最良だと思えた。
 「シエン王子」
 そんなシエンの思いを知ってか知らずか、セルジュは空になったシエンのコップに酒を注ぎながら聞いてくる。
 「ソウは本当に《強星》か?」
 「・・・・・」
正面きってそのことを聞いてきた者は今までいただろうか。シエンは一瞬虚を衝かれた気がして目を見張った。その表情を少しも
見逃すまいとしているかのように、セルジュはシエンの顔から視線を外さずに更に言葉を続けた。
 「あいつが《強星》という根拠は?エクテシアに現れたという《強星》と何が違う?」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・セルジュ」
 一度大きな深呼吸をして、シエンは改めてセルジュに視線を向けた。彼の意見はもっともで、それを口に出して実際に問い掛
けてくる度胸もあるということは分かった。
しかし、それと、蒼の正体とは・・・・・。
 「ソウと、エクテシアの《強星》は同じ国の人間だ」
 「・・・・・」
 「ここが違うと、私は口に出して表現することは出来ない。しかし、それならばそれで・・・・・もしも、ソウが《強星》でなかったとして
も、私は一向に構わない。私にとって大切なのは、ソウ自身だ」
 「・・・・・」
 セルジュの片眉が上がる。
その表情だけでは、シエンの言葉を肯定しているのか否定しているのかは分からなかった。
 「ソウの価値を、《強星》ということだけで計ろうとする者に、私は絶対に渡さない。セルジュ、それは承知していてもらいたい」