蒼の光 外伝
蒼の引力
13
※ここでの『』の言葉は日本語です
そして、2日後の昼過ぎ -------------------- 。
思った以上に早く、蒼達はメルキエ王国に着いた。
一足先に使いを出していたので、国境の門には既にシエンの妹、コンティ王女の夫で、メルキエ王国第二王子、オルバーンが、
大勢の兵士と共に出迎えにやってきていた。
シエンの今の立場はバリハン王国の皇太子だが、近い将来現王から譲位されることはほぼ決まっており、大国バリハンの最高
位にいる人間として見られている。
それに、同行している皇太子妃、蒼は、貴重な《強星》と言われている存在で、メルキエ王国としても最上のもてなしの手配を
整えていた。
「ようこそっ、シエン王子!」
「オルバーン」
コンティより2歳年上のオルバーンは、第二王子らしく温和な性格で、容貌も優しげなものだった。
一見すればシエンと同じ年か、それよりも年上に見える彼には、シエンはコンティの婚儀で会っていたが、蒼にとっては初対面の相
手だ。
どんな印象を抱いたのかとシエンが見下ろすと、蒼は興味深げな視線をオルバーンに向けていた。
「ソウ?」
「・・・・・コンティの、だんなさん?」
「ええ、オルバーンです」
「おりゅばーん?」
「オルバーン、ですよ」
「わ、分かった」
蒼は頷くと、シエンの後ろから出てペコッと頭を下げた。
「ソウです!よろしく、です!」
「あ、はい、ソウ殿、こちらこそ、よろしくお願いします」
《強星》の方から深く頭を下げてきたという事実に驚いたようなオルバーンは、それでも直ぐに自分も頭を下げて言った。
大きな野心を持つことがなく、どちらかといえば物静かな彼は支配者向きではないものの、妹や生まれてきた子供を心から愛し、
大切にしてくれるだろうということは確信出来る。
蒼もオルバーンの穏やかな雰囲気に心を許したのか、顔を上げるとシエンを見上げて笑った。
「おる、ばーん、いい人だね」
「ええ」
「シエンの妹の、だんなさん。えっと、俺の、弟?」
「ああ、そういえばそうなりますね」
こんなにも子供っぽい蒼がオルバーンの義兄になるというのは何だかおかしな話で、シエンは思わず声を出して笑ってしまった。
朗らかに笑う美しいシエンの妹、コンティが嫁いだ国。
初めて訪れるのでさすがに緊張していたし、コンティの結婚相手はどんな人なんだろうと様々に頭の中で想像していた。
美しいコンティの相手は、やはりカッコイイ王子様なのかなと思っていたが、実物の王子は優しげな笑みを持つ物静かな感じの
人で、はっきりとした物言いのコンティとは正反対のように見える。
しかし、シエンは彼を好ましく思っていることが雰囲気でも分かるし、蒼もこのオルバーンを好きになれるような気がして、蒼はじゃ
あと片手を差し出した。
「・・・・・ソウ殿?」
「あくしゅ」
「握手?」
「いちおー、初めのあいさつ」
戸惑うオルバーンの手を掴み、ブンブンと少し強めに手を振って、蒼は満足げに頷いた。
蒼の子供のような無邪気さに戸惑っていたオルバーンも、直ぐに頬に笑みを浮かべた。
さすがに蒼のように強く手を握ることは無く、そっと掴んでいたが、蒼が満足するまでその握手に付き合ってくれると、シエンに視線
を向けてきた。
「お連れがいらっしゃると連絡を受けたのですが・・・・・こちらですか?」
ただの旅装をしていても身に纏うオーラは違い、さすがにオルバーンも供の者との区別は直ぐについたらしい。
セルジュとアルベリックに眼差しを向けて言うオルバーンに、シエンも隠すことなく2人を紹介した。
「こちらはアブドーランのグランダ族の族長、セルジュと、アルベリック。私達がこちらに来ることを知って同行を申し出られ受けた。
もてなしをしていただけたらと思っている」
「・・・・・はい」
先に行かせたベルネから報告は受けていたのだろう、オルバーンの表情は少し硬くなったが、それでも表面上は先程までの笑み
を消さない。
大人しそうに見えても、王族としてそれなりの駆け引きは出来るようだ。
「セルジュ、私達はこのまま王都に向うが」
「俺達も共に」
「・・・・・オルバーン、王都まではどのくらい掛かる?」
「今からですと、今夜一泊して、明日の夕刻ほどになると思います」
「ソウ、よろしいですか?」
「俺はだいじょーぶ!みんなは?」
この中で誰の体力を心配するかは・・・・・さすがにシエンは言葉にはしなかったが、目的地に着いた安堵感と、新しい国への興
味もあって、どうやら蒼の体力は持ちそうだ。
(出来るだけ先に進んで、翌朝も早く発つか)
少し疲れが溜まるようなことがあっても、明日には王宮に着くのならばそこでゆっくり休めるだろう。
シエンはオルバーンに道案内を頼むと、そのまま一行を振り返った。
「目的地まであともう少しだ」
翌日昼前 ------------------------ 。
レンガのようなもので造られた王宮の正門の前に着いた途端、
「着いたー!!」
ソリューの背中の上で両手を上げて叫んだ蒼に、シエンはそっと髪を撫でながら褒めてくれた。
「よく頑張りましたね」
「へへ、そっか?」
(でも、頑張ったよな、俺)
今では友人といっていい有希(ゆき)に会いにエクテシアに向った時も、初めての旅にかなり苦労した覚えがあるが、今回の旅は
また格別に大変だったように思う。一番暑い時期というらしいし、距離的にはエクテシアの方が遠かったが、今回は砂漠や岩場が
多い旅程で、大きく揺れるソリューから落ちないようにするだけでも大変だった。
始めの数日間はシエンがおらず、自分でソリューを操縦していたので、実を言えば手の平にはマメが出来てしまっているのだが、
なんとかシエンに隠してここまでやってくることが出来た。
実際に自分がこんな旅をして、蒼は旅をする商人も大変なんだろうなと思ったし、暑い中国を守る為に警備をしている兵士や
衛兵も大変なんだと分かった。
(今回のこと、ちゃんと役にたてないとな)
「お疲れ様でした、シエン王子、ソウ殿。このまま部屋にご案内しますので、夕食までごゆっくりなさってください」
オルバーンは疲れきっている蒼を気遣ってそう言ってくれたのだろうが、もちろん蒼は直ぐに首を横に振る。
「ダメ!あいさつしないと!」
「しかし」
「それに、コンティ王女と、あかちゃん会いたい!ね?シエン」
着いた早々、人の家(?)でゆっくり寛ぐことは出来ない。
一応、形だけでもいいので挨拶をしなければ落ち着かないという蒼の気持ちをシエンは分かってくれているらしく、苦笑を浮かべな
がらオルバーンに言った。
「ソウの言う通り、先ずは王にご挨拶をしたい。その後でゆっくりと休ませていただこう」
「分かりました」
オルバーンは頷いてくれた。
何時でも全力の蒼の身体を心配はするものの、この調子ならばもう少しは気力が持つだろう。
王に挨拶をし、コンティとその赤ん坊の顔を見てから、夕食までは寝かせてやろう・・・・・そうこの後のことを考えていたシエンは、ふ
とそこにいるセルジュとアルベリックを見た。
(どうするつもりだ?)
旅の同行を申し出てきたのが蒼と一緒にいたいためだとしても、実際に王宮の前まで着いてしまった今、この2人はどういう行動
を取ろうとするのだろう。
まさかこのまま一緒に王宮内に入るとは言わないだろうなと思いながらも、シエンはセルジュに向って言った。
「セルジュ、これからどうする。良い宿を紹介してもらおうか?」
「・・・・・」
「・・・・・」
セルジュは傍のアルベリックにチラッと視線を向けた後、シエンではなくオルバーンに向かって言った。
「突然で申し訳ないが、鉱山に詳しい者と面会がしたいのだが」
「鉱山?」
「メルキエ王国は鉱山の精製に高い技術を持っていると聞いている。俺が住む場所にもかなりの鉱山があるんだが、その活用
方法がいまいち分かっていないんだ。色々と助言していただきたいんだが」
それは、シエンも想定していなかった突然の申し出だった。
大体、国の重要人物に会う時は前もっての申請が必要であったし、そもそも自国の技術を他国に教授するということは友好関
係になければまずありえない。
それを承知の上で切り出しているとすれば、セルジュは相当強気な性格なのか、それとも何らかの考えがあるのか・・・・・。
「・・・・・申し訳ありません。私では即答が出来ないので、少しお待ちいただけますか?」
「構わない。よい返答を期待して待っている」
さすがにオルバーンが即答を避けると、それ以上押すことはなく、セルジュはそう言ってから蒼に視線を向けた。
「ソウ、しばしの別れだな」
「しばし?」
「・・・・・」
(何を・・・・・)
当の蒼は意味が分かっていない風だが、シエンはセルジュの言葉がどういった意味を持つのか考える。まさか、この先も何らかの
手段を講じて、自分達に係わるつもりなのだろうか・・・・・?
敵意がないだけに、排斥する正当な理由付けが出来ないのがもどかしい。
何より・・・・・。
「しばらくは会えないということだ」
「会えないの?・・・・・ちょっと、さびしーな」
蒼が既にこの2人の存在を受け入れていることが、何よりもシエンが強硬な手段が取れない理由だった。蒼を悲しませることだけ
は絶対にしたくないが、自分の気持ちも曲げることも出来ない。
シエンは楽しそうに話を続ける蒼とセルジュを見ながら、どういった手段を講じるのが一番波乱なく済むのだろうかと計略を巡らし
ていた。
![]()
![]()