蒼の光   外伝




蒼の引力




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                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 メルキエ王国の王は、シエンの父であるガルダ王とは違い、でっぷりと太っていた。その眼差しはどこかオルバーンにも似ていて、
きっといい人なんじゃないかなと蒼は思う。
 「ようこそ来られた、シエン王子」
 「このたびは王子ご誕生、おめでとうございます」
 「ありがとう。久々の兄妹の対面だ、ゆるりとしていって欲しい」
 「ありがとうございます」
 シエンとメルキエ王国の王の会話を、蒼は黙って聞いていた。多少訛りはあるのでニュアンスが聞き取れているかどうかは自信が
なかったが、歓迎してくれている雰囲気は伝わってきた。
 「そちらが、ソウ殿?」
 一通りの挨拶が終わったのか、王の視線が自分の方へと向けられる。蒼は慌てて姿勢を正すと、頭を下げて初対面の挨拶を
した。
 「は、初めまして、ソウです」
 「ようこそ、ソウ殿。噂の《強星》にこうして直にお目にかかれたことを光栄に思う」
 「こ、こちらこそ」
 「我が国はバリハンほどの大国ではないが、せっかく来られたのだ、楽しんで欲しいと思っている。もちろん、国中どちらに行かれ
るのも自由だぞ」
 「ありがとう、です」
(・・・・・良かった)
自分が受け入れられたことを感じて、蒼の緊張は緩んだ。




 穏やかに、にこやかに、蒼に話しかけるメルキエ王国の王。
しかし、シエンはその眼差しの中に見える値踏みするような光りを見逃さなかった。
(縁戚とはいえ、やはり《強星》という存在には目を奪われるのか)
 実際に蒼が何かしたというわけではないが、この世界では既に《強星》という名前自体大きく、重いもので、それを手にしている
者は勝者という立場に見られているように思う。
 「・・・・・」
 妹の嫁いだ国とはいえ、蒼のことに関しては気を許してはいけないかもしれない・・・・・シエンは改めてそう思うと、王に向って言っ
た。
 「妹に会いたいのですが」
 「あ、ああ、そうだったな、オルバーン」
 「はい」
 「丁重にもてなしを」
 「はい。シエン王子、ソウ殿、こちらに」
 「失礼します」
 「し、しつれーしますっ」
 自分と同じように頭を下げた蒼の背を軽く押して促しながら、シエンはオルバーンの案内で歩き始める。その背にじっと視線を感
じたが、もちろん振り返ることはなかった。




 「兄上!ソウ様!」
 「コンティ」
 「遠いところを、ようこそおいでくださいました」
 「おめでとう、よく頑張ったな」
 出迎えてきたコンティを抱きしめるように挨拶をするシエンを見た蒼は、そのコンティが自分の方へ視線を向けてくるのに気付いて
緊張した。
 「ソウ様」
 「お、おめでと、コンティ」
 自分とほとんど身長の変わらないコンティと抱き合うのは少々思うところがあるものの、もちろんそれ以上にまたこうして会えたこと
が嬉しかった。
シエンの弟王子の家族とは、同じ王宮に暮らしているので何時でも会えるが、こうして他国に嫁いでいるコンティとは容易には会う
ことが出来ない。これで、現代のような交通手段があったら違うのだろうが・・・・・いや、こうして苦労して会うからこそ、再会した時
の喜びもひとしおなのかもしれない。
 「子供は?」
 「あちらに」
 部屋の中の窓際。
柔らかな日差しが差し込む場所に置かれた揺りかごのようなベッドの上に、丸々と太った赤ん坊が眠っていた。
 「元気そうだな」
 初めて目にする甥を見下ろして、シエンの口元は思わずといったように綻んでいる。
多分、自分も同じように笑っていると思った。
 「かわいー」
 思わずそう言うと、コンティが嬉しそうに笑う。
 「ありがとうございます」
 「名前は?」
 「ルーベン、ですわ」
 「るーべん」
 今はまだ顔が変わる時期かもしれないが、全体の雰囲気はコンティに似ているように思えた。
 「この子は、もう私の顔が分かるんですよ?ルーベン、父様だよ」
眠っているようなルーベンを抱き上げ、表情を笑み崩して話し掛けているオルバーンは、デレデレの父親といってもいい感じで、何
だか蒼は可笑しくなって笑ってしまった。
 「もう、オルバーン様、せっかく眠ってくれたばかりなのに」
 「でも、私はなかなか起きている時に会えないんだよ?」
 言い合いを始める2人は、国が決めた結婚とはいえ確かに思い合っているのが分かる。幸せそうなその風景を見ながら、蒼はふ
と考えてしまった。
(シエンは・・・・・いいのかな)
 まだ結婚という意識さえ薄い自分と比べ、シエンは大人で、いずれは国を背負う王子様だ。
男としても、王としても、自分の血をひく子供が欲しいとは思わないのだろうか?
(確か、アルは子供がいるんだったっけ)
 有希が正妃となっているエクテシア国のアルティウス王は、妾妃との間に何人かの子供がいて、跡継ぎのことには困らない状況
のはずだ。
しかし、シエンは・・・・・。
(でも、今更シエンが誰かとなんて・・・・・考えたくないし)
 自分と知り合う前の話ならまだしも、今、この状況でそんなことがあったら・・・・・。ラファエラの時だって、あんなに辛いと思ったの
だ、蒼は自分の中に生まれてしまった考えを、頭を振って振り払った。




 蒼の様子がおかしい。
コンティの部屋を辞し、宛がわれた貴賓室へと案内された時から少し元気が無いとは感じていたが、湯浴みをし、こざっぱりとした
服に着替えてもなお、疲れたような表情は癒えなかった。
 「ソウ」
 「え?」
 「・・・・・軽く、何かを用意していただきましょうか?」
 腹が空いているからという単純な理由ではないと思ったが、シエンは少し蒼の気持ちを和らげたいと思ってそう言ってみた。
シエンの言葉に、蒼は口を尖らす。
 「もう、ご飯まで待てるよ」
 「本当に?」
 「俺、食いしんぼーじゃないもん」
 「・・・・・」
 言い返す言葉の雰囲気は何時もの蒼と変わらないが、やはり・・・・・元気が無い。
シエンは窓の外を見ようと歩き掛けた蒼の身体を後ろから抱きしめた。
 「シエン?」
後ろを振り向いて自分を見上げてくる黒い瞳。その中に潜む不安の種を見抜こうと、シエンは視線を逸らさずに言う。
 「ソウ、何を考えているのか、私に教えてください」
 「・・・・・何も、ないよ」
 「ソウ」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 シエンは待った。蒼の性格からすれば、自分の不安を胸の中に押し止めたまま、黙っているとは思えない。それを人にぶつけると
いうよりも、話し合って前に進もうと思うはずだ。
(私には、どんな我が儘でも不安でも、全てぶつけて欲しいんだが・・・・・)
 「・・・・・ちょっと、考えただけ」
しばらくして、蒼はようやく口を開く。ただ、目線はなぜだか逸らしていた。




 「シエン、自分の赤ちゃん、欲しいかなって」
 「え?」
 驚いたようなシエンの声に、蒼は盗み見るように視線を向けた。普段、どんな時でも冷静で、蒼に対しては穏やかな笑みを向け
てくれるシエンのそんな驚いた表情は貴重だ。
(シエンでもこんな顔するんだ)
 内心感心する蒼とは違い、シエンはどうしてと驚きを隠さずに聞いてきた。
 「どうしてそんなことを思ったんですか?私が、あなたを不安にさせた?」
 「う、ううん、ちがう!シエン、何も言ってないよ。俺が、思っただけ」
 「・・・・・ルーベンを見たからですか?」
 「・・・・・うん」
 「馬鹿なことを」
思わずというように零れたシエンの声に、蒼はムッと眉を顰めた。自分としては真剣に考えて思ったことなのに、それを馬鹿なことと
言われては面白くない。
 しかし、言い返そうと顔を上げた蒼は、いきなりシエンの熱い口付けを受けてしまった。
 「ふむっ?」
(ど、どうしていきなりっ?)
シエンの感情がどうして爆発してしまったのか分からないが、蒼は胸を押し返そうとした手で・・・・・そのまま服にしがみ付く。
 「んっ・・・・・」
 大好きなシエンとのキスが嫌なはずは無く、長い旅の中で触れ合うこともままならなかったことを思えば、自然と蒼もシエンのキス
に応える。

 クチュ

 舌を絡める濃厚なキスに2人共で溺れていたが、やがてシエンは唇を離すと、ぽうっと余韻に浸っている蒼の身体を改めて抱き
しめながら言った。
 「私は、自分の子を欲しいと思ったことはありません」
 「・・・・・シエン?」
 「私が欲しいのはただ1人、ソウだけ。あなた以外、誰もいらない」