蒼の光 外伝
蒼の引力
15
※ここでの『』の言葉は日本語です
シエンの甘い言葉に、蒼はカッと頬を赤くした。
日本人の蒼とは違い、シエンは様々な言葉・・・・・《愛している》、《愛らしい》、《唯一の人》など、愛情深い言葉をくれる。恥ず
かしくてたまらないのに、そう言われることは嬉しくて、蒼もシエンに抱きつき、《俺も》と答えるのが常なのだが・・・・・。
(・・・・・あ)
うっとりと、胸元の手をシエンの背中に回そうとした蒼だったが、ハッと慌てて反対にその胸を押し返した。
「ソウ?」
急に様子が変化した蒼に、シエンが不思議そうに聞き返した。ここまできて蒼に拒まれるとは思っていなかったようだ。
「まっ、まだっ、夜ないよ!」
「部屋の中では構わないでしょう?」
「そ、それにっ、ここはよそだから!俺達のへや、ちがうし!」
「・・・・・」
ここがバリハンの自分達の部屋ならば、まだ日が落ちるのに間があったとしてもそのまま・・・・・なだれ込んだかもしれないが、初め
て来た国の客間で、そのままシエンに抱かれるのはあまりにも恥ずかしい。
(あ、後始末とかっ、色々あるし!)
汚れてしまうだろう身体の始末や、あれやあれ・・・・・蒼の頭の中では既にしてしまった後のことが気になって気になって、とても
今エッチをしようという気にはなれなかった。
「ごめんっ」
エッチの断りの言葉を言うのはとても恥ずかしいし、なんだか自意識過剰のような気がしないでもないが、蒼は羞恥を押し殺し
てシエンに謝り続ける。
「ごめんね」
「・・・・・ソウ」
「・・・・・ごめん、なさい」
こんな、盛り上がった気分の時に止めてしまう自分の子供っぽさが情けないが、蒼はシエンにそう言って分かってもらうことしか出
来なかった。
(本当は・・・・・俺だって、少し、残念なんだぞ)
シエンの腕の中にいるのは安心出来るし、気持ちよくて、セックスすれば意識が飛んでしまうほどの快感を感じる。
(だ、ダメダメ、今の無し!)
眉を下げた情けない、そして、歳以上に幼い表情の蒼を見つめていると、シエンはふっと、苦笑するしか出来なかった。
この部屋はシエンと蒼用に用意され、もちろん2人が夫婦だということは前提されているので、ここでどんな愛の営みをしようとも全
く構わないのだが、そういった自分達の意識と蒼の意識は少し違うのだろう。
(少し慣れればいいのかもしれないが)
シエンは蒼の身体から手を離す。
その瞬間、物足りないというような蒼の視線が追い掛けてきて、その様にシエンは目を細めた。こんな風に可愛い表情を見せるか
ら、理性的だといわれる自分も俗物になってしまうのだ。
「少し、休みますか?」
「シエン、あの」
「傍にいますから」
「う、うん」
考えれば、長旅からようやく目的地に着いたばかりだ。
夕食までの僅かな間だが、ゆっくりとその身体を休めてやるのが、今一番にしなければならないことだろう。
「シエンも、いっしょ?」
「ええ」
「・・・・・」
その言葉にホッとしたような笑みを浮かべた蒼は、寝台の傍の椅子に座ったままのシエンの手を握り締め、久し振りの柔らかな
寝台に横たわった。
そして、そのまま、あっという間に眠りに落ちてしまう。
見かけ以上に疲れていたのだなと思ったシエンは、額に掛かった髪をかき上げてやってそっと唇を押し当てると、起こさないように手
を離して立ち上がった。
眠ってしまった蒼を置いて部屋を出たシエンは、扉の前にいたカヤンとベルネに言った。
「カヤン、ソウに付いてやっていてくれ。ベルネは私と共に」
「はっ」
シエンは、セルジュのことが気になっていた。
自分達に同行し、堂々とこのメルキエ王国の王族と対面した手腕は、多少強引なところもあるがやり手だと納得出来るものだっ
た。
未知の世界であるアブードーランの中の、少数部族の族長。
(あの男が一国の王となって頭角を現すのは間違いがないだろう)
他の族長がどんな者達なのか会ったわけではないが、これだけ行動的で頭のいい男なら、多少若いという難はあるだろうが、最
終的にはその地位を勝ち取るはずだ。
その男が、蒼に興味を抱いているのはもう分かっている。
もちろん、シエンは蒼を手放すつもりはなかったし、蒼も自分に確かな想いを抱いてくれているが、セルジュに対しても好意を抱い
ているのは見ていて分かった。その意味は自分に対するものと違っているのも当然理解しているが、あの強引そうな男がそんな蒼
の好意をこのまま見逃すだろうか?
(何か、接触を図ってくるはずだ)
「王子」
「どうした?」
「アブドーランに偵察を差し向けた方がよろしいのでは?」
「・・・・・」
ベルネの言葉に、そこまでしなくてもいいとは言えなかった。
あまりにも広大な地域なので、どこから手を付けていいのか分からないというのが現状だったが、確かに一度はその内情を確認し
ておいた方がいいのかもしれない。
「国に戻って、協議をしよう」
「はい」
「どちらにせよ・・・・・そう遠くない時期に、もう一つの大国が生まれるということだろう」
あれだけの広大な地であるアブドーランに住む者達が全て統一されるとは思えないが、その半分だとしても十分エクテシア国や
バリハン王国に勝るとも劣らない国になるはずだ。
後は統治者がどれだけの力を持っているかということだけだが・・・・・。
(あの男ならば・・・・・)
セルジュならば、相当に強い力で、新国を引っ張っていくような気がしていた。
オルバーンを捜していたシエンは、偶然回廊でその姿を目にした。
「オルバーン」
「シエン様っ」
オルバーンは驚いたように声を上げ、少し早歩きで近付いてきて直ぐに聞いてきた。
「ソウ殿は?」
「食事まで休ませることにした。それよりも、オルバーン、先程のセルジュ達の話だが」
「グランダ族の族長のことですね。父上に相談しましたところ、触りならば見せても構わぬと」
「・・・・・」
「その代わり、今後アブドーランの鉱山の取り扱いを我が国が優先して得られる証書を交わすようにと・・・・・シエン様、あの者
達をいかが見られますか?」
いわば、国の秘密事項を口にしてシエンに意見を求めるということは、オルバーン自体はセルジュ達を完全に信用していたとい
うわけではないのだろう。
(・・・・・少し、甘いがな)
いくら自分の妻の兄でも、他国の皇太子、いずれは王となる相手に、そんな機密を話すのはあまり頷けることではないが、国を
背負うという自覚の無い第二王子という立場のオルバーンならば仕方がないことかもしれなかった。
「それは、今から伝えに?」
「ええ」
「・・・・・私も同行していいだろうか?」
「そうして頂けるとっ」
明らかにホッとしたように言うオルバーンに頷き、シエンは肩を並べて歩き始めた。
(あの男・・・・・どう反応するだろうか)
待たされるのには慣れているが、シエンと同行してきたせいか、その待遇はどの国を回ってきた時よりも良かった。
簡単な食事と飲み物を差し出され、待たされているのも城に出入りする商人達が案内されるような待合所ではなく、きちんとし
た外国の使者が通される部屋だ。
「・・・・・まったく、バリハンの名前は大きいな」
「ソウの名前かもしれないぞ」
「確かに、《強星》の存在も、な」
セルジュとアルベリックは顔を見合わせて笑った。
「ここまでしてくれるんだ、全てが却下ということはないだろう」
「条件があるだろうな」
「鉱山に関しての独占権とか?」
条件面に関しては想像出来ることだったが、もちろん直ぐに頷けることではなかった。鉱山はアブドーランの全域に広がっており、そ
の権利を有するのはグランダ族だけではない。
全ての民族が一体となり、一つの国となって、セルジュが新国の王となる確約があれば別だが、それもまだ不透明だった。
「まあ、何とかなるか」
アルベリックの言葉に、セルジュは暢気に答える。
「おい、真剣に考えているのか?」
「俺は何時だって真剣だ」
ただ、どうやって条件を簡単なものに落としていくかの交渉はアルベリックに任せておいた方が安全だし、自分はその後ろで不敵な
笑みを浮かべている方がいいだろう。
(ソウは、どうしてるだろうな)
それよりも、セルジュは蒼のことが気になっていた。
随分疲れているように見えたので、そのまま休んでいるかもしれないが、もしかしたら・・・・・あのままシエンに押し倒されているかも
しれない。
「・・・・・」
セルジュの眉間に皺が寄る。
あまり楽しくない想像をしたと後悔した時、扉を叩く音がして外から開いた。
「お待たせした」
入ってきたのは、挨拶を交わした第二王子だ。
そして・・・・・。
「・・・・・シエン、王子」
その後ろからシエンが姿を現したのを見ると、セルジュの口元には無意識のうちにふてぶてしい笑みが浮かんだ。
「同席しても構わないだろうか」
「・・・・・どうぞ」
立場から言えば、シエンが何をするにもこちらは頷くしか出来ないが、そんな立場の低い自分達に対してもこんな風に断りを入
れてくるのは、男の育ちの良さからだろうが・・・・・。
(少し、面白くないな)
![]()
![]()