蒼の光 外伝
蒼の引力
16
※ここでの『』の言葉は日本語です
立場からすれば、この中で一番低いといっていいセルジュだが、その態度には卑屈さも媚も全く見当たらない。既に一つの国家
を背負っているのと同じような王者の態度を取るセルジュに、シエンは半ば感心してしまった。
「縁があって今まで一緒にここまで来たので、出来ればその結果も知りたいと思ったんだが・・・・・いいだろうか?」
「もちろん。こちらと縁戚だという貴殿の力で、こうして王族の方とも話が出来た。その結果を知ってもらうのも当然だろう」
「・・・・・」
シエンは、オルバーンを振り返って頷いた。
オルバーンは手に持った紙を卓の上に置く。
「これは念書です。我が国の技法をそちらにお見せする代わりに、今後アブドーランの鉱山の取り扱いを我が国が優先して得ら
れるという事項が書かれてあります。これに署名を頂ければ、今すぐにでもご案内出来るのですが」
容姿と同じように、穏やかに言葉を継ぐオルバーン。シエンは、セルジュがどういう態度を取るのか興味深く見つめた。
(まだ、建国の準備が全て整っているようには思えなかったが・・・・・)
そんな中で、こんなにも大きなことを個人の一存で決めることが出来るのだろうか。
「・・・・・」
セルジュはチラッとオルバーンを振り返った。
「諦めるしかないな」
「え?」
驚いた声を上げたのはオルバーンだ。
しかし、シエンも内心驚いて僅かに目を見張る。まさか、ここまできっぱりと否定してくるとは思わなかったからだ。
(もっと、思わせぶりな態度を取り、のらりくらりと条件をかわしていくと思ったが・・・・・)
セルジュも、アルベリックも、ここにいる人の良い第二王子よりも遥かに頭の回転も良く、先を読む能力も優れているように思う。
そんな彼らのこの言葉には、言葉以上の裏があるのかもしれないと思ってしまった。
「セルジュ殿?」
「署名は出来ない。だから、仕方ないな」
「なぜに、署名が出来ないのですか?」
「俺はまだ一部族の族長でしかない。アブドーランの全てを支配しているわけではない俺が、有する資源を勝手に利用すること
は出来ない」
あっさりと言い切ったセルジュを困惑したように見つめたオルバーンは、傍にいるシエンを振り返って言った。
「どう思われますか?」
「・・・・・その言葉通りだろう」
相手方が条件をのめないと言い、その上でゴリ押しをするわけでもなく諦めるというのだ。こちら側がさらにと条件を落とすことも
ないだろうと思った。
(それにしても・・・・・何を考えている?)
アルベリックに断念するという言葉を前もって伝えていたわけではなかった。
想像はしていたものの、実際に相手方がどんな条件を出してくるのかは聞くまでは分からなかったのだが、想像していたものとほぼ
変わらない条件を実際に耳にし、セルジュはあっさりと自分達の要求を引き下げた。
ここで無理を押しても、後々起こるだろう問題を考えれば、今退く決断をするのは当然だと思ったのだ。
「知識の無い俺達にとっても、貴重な経験になると思ったんだがな」
アルベリックもセルジュの考えを読んだのか、少しだけ苦笑を浮かべながらも頷く。
「確かに」
「オルバーン王子」
セルジュは、自分の返答に戸惑っているようなオルバーンに声を掛けた。
「鉱山の件については今回折り合わなかったが、しばらく貴国に滞在する許可は頂けるか?」
「それは、もちろんです。どの国も訪れる者を拒むことはありませんから」
「感謝する」
もちろん、そのことはセルジュも知っていたが、王子であるオルバーンの言質を取れば堂々と滞在が出来る。
元々、蒼のことをもっと見ていたくてここまで付いてきて、鉱山のことは二の次のつもり(セルジュにとっては)だったのだ、それほど落
ち込むこともなかった。
「じゃあ、アルベリック、俺達も宿を探すか」
「ああ」
「・・・・・お待ち下さい」
踵を返そうとしたセルジュ達を、オルバーンが呼び止めた。
「王都にはもちろん良い宿も多くありますが、あなた方は立場のある方です。ここには、外国の使者方をお泊めする部屋がある
のですが、そちらでよろしければご滞在されませんか」
「・・・・・ここに?」
「はい、直ぐに整えさせますので、しばらくお待ちを」
そう言いながら部屋の扉を開けて外の衛兵を呼ぶオルバーン。
(人の良い奴)
そこまで考えてはいなかったが、こちらが素直に撤退することを示したせいで、人の良い第二王子の心中では申し訳ないという
思いが生まれたのだろう。
背中を向けられた瞬間、思わず口元に笑みを浮かべたセルジュだったが、その横顔に突き刺さる視線を感じてゆっくりと眼差しを
向けた。
「・・・・・どうやら、もうしばらくは共に出来そうだ」
「・・・・・そのようだな」
「ソウは?」
「・・・・・休ませている」
「では、目が覚めたら俺達の滞在を知らせてくれないか?きっと、遊びに来てくれるだろうから」
シエンが自分の伝言を蒼に言っても言わなくても構わなかった。同じ王宮内にいるのならば、どんな手を使っても偶然を装って
出会うことは出来る。
言わなければ、シエンが自分を恐れているという証だと思えば、腹も立たないとセルジュは思っていた。
「確かに、伝えよう」
オルバーンのあまりの人の良さには呆れてしまうが、ここは自分の国ではなく、あくまでもシエン自身が来客という立場だ。
この国の王子が滞在を許した相手を自分が追い出すことも出来ず、また、そうすることによって自分がその存在に危機感を抱い
ていると知られるのも面白いことではないので、シエンはそう返事をして部屋を出た。
「王子」
部屋の外に控えていたベルネの声にシエンは顔を上げた。
「・・・・・何事がございましたか?」
顔を見るだけでそう思われてしまうほどに表情が硬いのか・・・・・そう思うと、シエンは自分が考えている以上にセルジュのことが大
きな気懸かりになっていることに気付く。
(・・・・・情けないな)
「あの者達も王宮に滞在することになったようだ」
「えっ?」
さすがにそれは考えていなかったのか、ベルネは珍しく声を上げた。
「まことでございますか?」
「王子が決めたことだ、多分決まりだろう」
それ自体はいいのだが・・・・・。
「ソウとも会うと公言している」
「・・・・・」
「ベルネ、止めることはないが、警戒は怠るな」
「はっ」
硬い声で答えるベルネの声を聞きながら、シエンの足は自分達に宛がわれている部屋へと向かう。とにかく、早く、自分の目で
蒼の姿を確認したかった。
夕食は、大広間で歓迎会という形式で行われた。
大国バリハンから皇太子シエンと、その妃であり、《強星》でもある蒼が来国したのだ。メルキエ王国の王族を始め、主だった貴族
や臣下まで参加したそれは、軽く100人を超すものになった。
(う・・・・・居心地悪い)
直ぐ隣にシエンがいるのであからさまにではないものの、人々の視線が自分に向けられているのは蒼も分かった。
自分の立場が彼らの興味の的になってしまうのはある程度仕方がないとは思うものの、蒼の神経をムズムズさせる要因は他にも
あった。
それは、同席した者達の妻や娘達が、シエンへと視線を向けていることだ。
《強星》を妻にしているシエンではあるが、他に妾妃は1人としていない。明らかに男だと分かる蒼を見れば、正妃の座は奪えな
くても、未来のバリハンの世継ぎを生むことが出来るかもしれない・・・・・そんな期待を抱いているのだろう。
(シエンがカッコイイのは認めるけど!でも、あんまりジロジロと見ないで欲しいよなっ。全く、この世界に携帯が無くって本当に良
かったよ)
携帯があったら、勝手に写真をとられたかもしれない・・・・・そう、想像するだけでも面白くなくて、蒼は半分口をへの字にしなが
ら長い王の挨拶を聞いていた。
「では、皆、杯を」
「・・・・・」
(やっと終わったのか)
ムカムカとイライラが最高潮に達しなくて良かったと思いながら、蒼は用意された酒の入った杯を持ち上げる。
「飲まなくてもいいですからね」
「うん」
耳元に唇を寄せて囁いてくれるシエンに笑みを返し、蒼は乾杯とシエンと杯を合わせた。
食事は、多分豪華なものを用意してくれたのだろうが、この国の名物を食べたがっていた蒼には物足りなかったのかもしれない。
ただ、やはり美味しい物を食べていると不機嫌な表情も出来ないらしく、蒼は一々料理の感想をシエンに伝えてくれながら美味
しそうに口に運んでいた。
「シエン様、どうぞ」
「王子、杯を」
シエンのもとには酒を注ぐ人間が後を絶たずにやってくる。酒の飲めない蒼の分までそれを引き受けていたが、シエンの眼差しは
もちろん蒼から離れることは無かった。
「シエン」
しばらくして、ある程度腹が膨れたのか、蒼がシエンの服を引いた。
「どうしました?」
「コンティのとこ、行っていい?赤ちゃん、見たいし、シエンのちっちゃいころのはなし、聞きたい」
「兄上、よろしくて?」
席が宴会の様相を見せてきたことに、妹が気遣ったのだろうということが分かり、シエンはもちろんと頷いた。
「カヤンと一緒に。私もある程度挨拶が済みましたら行きますから」
「うん、待ってる」
そう言った蒼は立ち上がったが、直ぐにあっと気付いたかのようにシエンの耳元に片手で口を隠しながら身を寄せてくる。どうした
のかと訊ねる前に聞こえてきたのは・・・・・。
「うわき、ダメだから」
「ソウ?」
「約束だぞ」
少しだけ早口にそう言った蒼は、待っていたコンティと連れ立って王座にいる王のもとに行き、挨拶をしてから広間から立ち去る。
その姿を見送りながら蒼の言葉を頭の中で反芻していたシエンは、やがてふっと頬に笑みを浮かべてしまった。
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