蒼の光   外伝




蒼の引力




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                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 「シエンは、小さいころから王子様なんだなあ」
 「ふふふ、面白いことをおっしゃる」
 「だって、俺とぜんぜん違うよ」
 コンティの話してくれた昔話。
それは蒼にとっても初めて聞くことが多く、興味深いものだったが、今の真面目なシエンの性格は昔から変わることはなく、今の蒼
と同じ歳には、もう父親を手伝って国の政治に取り組んでいたらしい。
 学校の勉強もかなり早い段階で履修してしまい、人に教えることもしていたようだ。
 「頭いーねー」
 「でも、私は今の兄上の方が好ましく思いますわ。確かに、生真面目で、落ち着いていらしたけれど、豊かな感情はソウ様と出
会ってからですもの」
 「そ、そうかな」
 「運命の出会いというものは、本当にあるのですね」
コンティの女の子らしい考えに、恥ずかしながら蒼も同調していた。
運命の出会いというものは確かにあると思う。それが、男同士とか、違う世界の人間だとかだけではなく、出会うべくして出会う相
手というのは確かにいる。
(シエンにとってのその相手が俺・・・・・か)
何だか頬が熱くなってきて、蒼は慌てて頬をペシペシと叩いた。




 残されたシエンの周りには、かなり多くの女達が集まってきていた。
女達は特に、高名な《青の王子》と直接対面する機会はないと言ってもいいので、ここぞとばかりに自分を売り込んでいるのだ。
それは、シエンが噂以上に見目麗しい王子で、正妃といわれる《強星》が思った以上に子供に見えたことから、あわよくば自分が
妾妃にと思ったせいもあった。

 「シエン様、お酒をどうぞ」
 「ありがとう」
 次々に差し出される酒を全て受けて飲む。
こんな姿を見ればきっと蒼は怒るだろうが、この酒宴に出ているということは皆それなりの地位のものたちなので、安易に断ってしま
えば後々問題になりかねないのだ。
 幸いに、シエンは酒には強いが、それでもいい加減しなだれかかってくる女達には困惑するしかない。
(自分の夫や父親の前で、よくもこのような行動が取れる)
半ば呆れた溜め息をつきかけたシエンは、別の場所にも女達の集団があることに気付いた。
(あれは・・・・・)
 そこにいたのは、セルジュとアルベリックだった。
正式に客人としてこの王宮に滞在することになったらしい2人を、酒宴に誘うということはオルバーンならば考えそうなことだ。
そして、男の見目の良い外見と、堂々とした振る舞いに、既にシエンに接近することを諦めた女達が新たな標的としたのだろう。
(・・・・・もっと、持っていってもらってもいいのだが)
 「シエン様」
 「オルバーン」
 「あの・・・・・よろしかったでしょうか」
 シエンの眼差しがセルジュ達に向けられていることに気付いたのだろう、オルバーンが眉を顰めて聞いてきた。
それを言うのならば、最初に訊ねて欲しかったと思うが、今更何を言っても仕方がないと、シエンはこの実直な義弟に構わないと
言った。
 「酒の席は、人が多い方が良かろう」
 「そう言っていただけると・・・・・」
 「それよりも、皇太子の姿を見掛けないのだが、どちらかに出掛けられているのだろうか?」
 「・・・・・兄上は、あまり賑やかな席は好まない方で・・・・・。せっかくのシエン様との対面も楽しみにしておられたのですが、直前
で取り消されたのです」
 「・・・・・」
(それは、次期王としては致命的な・・・・・)
 国を治める王の役割は、国内の政だけではない。様々な国との国交も大切で、その延長上にこういった酒宴での付き合いも
あるのだが、それが苦手だというのはなんとも先が危うい気がした。
 「帰国までには、一度ご挨拶したいが」
 「はい。兄も、シエン様とソウ殿にはお会いしたいと申していますので」
 オルバーンの言葉にシエンは頷く。縁戚になったこの国とは長く付き合っていかなくてはならないのだ。少しでもその人となりを知っ
ておいた方がいいだろうと思った。




 赤ん坊が泣き始め、蒼は部屋に戻ることにした。
 「申し訳ありません、ソウ様」
 「ううん、赤ちゃん、大事。また、明日ね」
ここには5日ほど滞在する予定なので、話をする時間はまだある。そう思った蒼は軽く手を振ると、廊下に控えていたカヤンにお待
たせと声を掛けた。
 「カヤンも中に入ったらいーのに」
 「お2人の会話の邪魔は出来ませんから」
 「カヤンはじゃまないよ?ベルネの方がじゃましそー」
 今だ、蒼に小言を言う機会の多いベルネがいたとしたら、コンティへの口のきき方とか、仕草とか、絶対に一々文句を言うはずだ
ろう。
 「う・・・・・」
直ぐに想像が出来てしまったその光景に蒼が顔を顰めると、カヤンはふっと笑って言った。
 「ベルネもソウ様が好きですよ?その愛情表現は少々厳しいものですが」
 「しょーしょーじゃないって!」
 カヤンと話しながら歩いていた蒼だったが、
 「・・・・・?」
ふと、視線を感じて立ち止まった。
 「ソウ様?」
 「あー、うん」
(気のせいか?)
 《強星》と呼ばれる蒼のことを好奇に満ちた目で見る者は多く、今ではそれにも多少慣れてきたのだが、今の視線もそういった類
のものだったのかもと直ぐに意識を切り替える。
 「ねえ、おなか空かない?」
 「先程召し上がらなかったんですか?」
 「なんだか食べた気しなかったんだ。何か作ってもいーかな?」
 「それはちょっと・・・・・」
 「でもさあ」
そう言い掛けた蒼は、また振り返った。いや、今度はカヤンも直ぐに眼差しを向け、同時に蒼の身体を自分の背に庇うように移動
させる。その行動自体が、何かあったのかと蒼に思わせた。
(こんなとこに、変な奴がいるなんて思わないけど・・・・・)
 「な、何だろ?」
 「分かりません」
 小声で聞けば、カヤンも小声で応えた。普段は穏やかな笑みを湛えているカヤンだが、この時ばかりは厳しい横顔をしていて、
蒼は思わずその服の裾をギュッと掴んでしまった。




 ベルネに比べれば、悔しいが自分の剣術や腕力には自信が無い。
それでも、大切な主君であるシエンの正妃、カヤンにとっても大事な蒼の身を守るためには、どんな手段でも講じる覚悟は出来
ていた。
(王宮の中で、こんなにも堂々とソウ様を狙う相手がいるとは思えないが・・・・・)
 それでも、ここはバリハン王国ではなく、どんな場所に刺客が潜んでいてもおかしくはないだろう。
 「誰だ」
剣を構えて、カヤンは声を掛けた。気配は今だ消えてはいない。
 「・・・・・剣を、下ろせ」
 しばらくして、短い返答があった。何かで口を塞いだように聞き取りにくく、傲慢なその物言い。そこには刺客らしい雰囲気は感じ
取れず、カヤンはますます訝しんで言葉を継いだ。
 「この方が、バリハン王国皇太子、シエン様の正妃、ソウ様であることを知っているのか?」
 「・・・・・知っている」
 「顔を見せよ」
 「・・・・・」
 「そちらが姿を現さなければ、私も剣を下ろすことは出来ない」
 「・・・・・私の姿は醜いが、それでも構わないのか?」
醜いという言葉の真意は分からないが、もちろんそれくらいのことで驚くことは無い。カヤンが構わないと声を張ると、やがて廊下の
奥から黒い影が現れた。
(・・・・・何者だ?)
 顔の大部分・・・・・目元以外を布で覆ってしまっている男。しかし、着ている服は上等なものであると分かったし、身に着けてい
る物も・・・・・。とても、この男が刺客とは思えなかった。
 「何者だ?」
それでも、警戒を解かないまま訊ねると、男は深い碧の色の目をカヤンの後ろにいる蒼に向けたまま、布越しのくぐもった声で答
えた。
 「・・・・・メルキエ王国、皇太子、エルネスト」
 「皇太子・・・・・?」
思わず、カヤンは聞き返してしまった。




(皇太子?じゃあ、この人はオルバーンのお兄さん?)
 その時、ようやく蒼は、まだ自分達はこの国の皇太子と対面していなかったことに気付いた。
この国に来て直ぐ、第二王子オルバーンが出迎えてくれ、王宮に入れば王の挨拶を受けたが、確かに第一王子である皇太子に
会ってはいない。
(・・・・・って、いうか、その話題も出てこなかったよな?)
 オルバーンも、王も、そしてコンティも、この皇太子のことは何も言わなかった。先程まではなんとも思っていなかったが、こうして実
際に皇太子に会ってしまうと、その不自然さと違和感を強く感じてしまう。
 「こー、たいし?」
 蒼が繰り返して言うと、男はそうだと頷く。
しかし、顔を覆っているので声ははっきりと聞こえず、顔の、表情も全く分からない。
 「それ、取ってください。顔、ちゃんと見たい」
 「・・・・・」
 「それとも、ひみつ?」
 顔を隠すにはそれなりの意味があるのかと聞けば、エルネストは少し考えるように目を細め、やがて手を伸ばして顔の布を取って
いく。
蒼も、カヤンも、思わず息をつめて見つめていたが、
 「・・・・・あ」
 やがて、現れた男らしく整った容貌。その左側、目尻から顎にかけて、大きな刀傷があった。
 「・・・・・醜いであろう」
皮肉気に唇を歪めて聞く声は、先程とは違いはっきりと耳に届く。蒼は目を丸くしたまま、慌てて首を横に振った。
 「みにくい、ないよ。なんか・・・・・カッコイイ」






                                                     








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