蒼の光   外伝




蒼の引力




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                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 思わず口からポロッと言葉が出てしまった後、蒼は慌ててごめんなさいと頭を下げた。人の顔のことを言うなど、それも酷い傷に
対してのその言葉はとても失礼だと思ったからだ。
 「ほんとに、ごめんなさいっ」
 「・・・・・私の顔が恐ろしくは無いのか?」
 しかし、相手・・・・・メルキエ王国皇太子、エルネストは、蒼の言葉に憤慨した様子は見せず、どちらかと言えば戸惑った風な
感じだ。
もちろん、蒼は自分が感じたままを口にした。
 「怖くないよ!・・・・・です」
 「このような傷があっても?」
 「でも、それって、ちゃんと意味あるものでしょ?きっと、痛いはずなのに、ちゃんとガマンしてここにいる。すごい、カッコイイと思う、
です」
 元々出来ている痣というのではなく、明らかに後から付けられた傷。それも、顔面にこれ程痕が残っているということは、大変な
目に遭ったのだろうということは想像がつく。
蒼も、真剣ではないものの、竹刀を手に相手と向き合ってきた経験はあり、なんだかその時の衝撃と痛みがリアルに想像出来て
しまい・・・・・それでも、こうして堂々と立っているという精神力は凄いと思った。
(最初は、びっくりしちゃったけど)
 顔を布で覆ってしまい、目しか見えなかった時はさすがに怖かったが、こうして傷跡があっても素顔を晒してもらった方が全然い
い。それに、顔の美醜でいえば、エルネストは結構イケテルと思った。
(そりゃ、シエンの方がカッコいいけどさ)
 ここにいないシエンのことを考えて、そんな自分に少し照れくさくなった蒼は笑ってしまうと、そう言えばと顔を上げた。
 「あの、俺に何か用?」
 「・・・・・」
 「さっき、いなかったと思うけど」
 「・・・・・あのような賑やかな場は居心地が悪い。私が姿を現せば場が崩れてしまうだろうし」
 「そ、そんなこと・・・・・」
 「私はただ、《強星》といわれる存在をこの目で見てみたかっただけだ」
エルネストはそう言い、言葉通りじっと蒼の顔を見つめてくる。
(・・・・・な、なんか、居心地悪いん、だけど)
見てみたかったと言われ、そのまま真っ直ぐに視線を向けられてしまうと何だかいたたまれない気がする。
蒼はどうしようかと、目線だけを動かしてカヤンに助けを求めようとしたが、少し後ろに下がってしまった(相手が皇太子だと分かっ
たので)カヤンが、その視線に気付くことは無かった。




(本当に、この少年が《強星》?)
 あれ程有名な存在が、目の前にいるこの少年と同一人物とはとても思えなかった。
確かに、生き生きと輝く瞳は初めて見る夜の色だし、髪も艶やかな同色だ。それでも、神秘的・・・・・と、いうよりは、生命力溢れ
るといった様子で、エルネストが昔に聞いた《強星》とは別人のような気がした。
(エクテシアに現れた《強星》が本物ということか?)
 「え、えっとお」
 「・・・・・」
 「な、なんか、おちつかない、けど」
 エルネストの視線に落ち着き無い様子は見せるものの、この顔の傷を恐れたという風はない。
王である父親でさえ、自分の顔を見る時は眉を顰め、婚約者は顔を青褪めて近付かないというのに・・・・・だ。
(反乱軍を制圧した時についた傷だというのに、私を忌むように見るとは・・・・・)

 国のために戦った名誉の負傷を、あんなふうに見られるのはとても不本意だ・・・・・常々そう思っていたエルネストだが、それを家
族にぶつけることも諦めてしまい、何時しか人と係わりあうことも嫌になってしまっていた。
 今日のバリハンの皇太子と、その妃であり、《強星》でもある存在の歓迎の宴も、どうせ自分は望まれていないのだからと欠席
したが、どうしても神秘な存在をこの目で見たいと思い、廊下を彷徨っていたのだ。
 偶然ここで出会えたのは奇跡のようなものだが・・・・・。

 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・あ、あの、一緒に、ごはん、食べますか?」
 黙って観察していると、少年はいきなり突拍子もないことを言ってきた。その真意を問うように眼差しを向けていると、少年は後
ろに控えていた側近らしき男に諌められ始める。
 「ソウ様、皇太子にそのようなことをいきなりおっしゃっても不躾ですよ」
 「で、でも、俺、おなか、空いた」
 「ですから、それならば今から・・・・・」
 「腹が空いておるのか?」
 「あ、はい、空いておるです」
 「・・・・・ついて参れ」
 子供に腹を空かせたまま我慢しろというのは酷だろう。
エルネストは自身が厨房まで行くことは滅多にないものの、このままピーピーと泣き続ける子供を放っておくことは出来なかった。




 「それでは、失礼致します」
 既に自分達の歓迎会という趣向から、ただの酒宴へと場の雰囲気が変わってしばらく経ってからシエンは立ち上がった。
積極的な女達にも辟易していたし、なにより1人先に席を辞した蒼のことが気になっていたからだ。
 しかし・・・・・。
 「戻った?」
 「ええ。お部屋で休まれていると思いますが」
 先に案内されて知っていたコンティの部屋へ向かえば、そこに蒼の姿はなかった。
コンティの言う通り、自分達に用意をされた部屋へと戻ったのかと思いながらも、自然とシエンの足は速くなってしまう。王宮内で
何があるとは思わないものの、絶対に何もないということも言えないからだ。
 「ベルネ、あの場にセルジュ達は残っていたか?」
 「いいえ、王子が席を立つ前に辞されたと」
 「・・・・・」
 「シエン様」
 「何も無いとは思うが」
 何も無いはずだが、蒼に興味を持つセルジュがその姿を捜すということはありえる。
通常の他国の使者ならば、王宮内を勝手に歩き回ることはないのだが、あの男達ならばそんな従来の使者とは全く違う行動を
取るだろう。
(万が一ということもありえる)
 じっとしていないのは蒼も同じなので、本当にもしかしたら偶然出会っているかもしれない。カヤンが共にいるとはいえ、シエンの
心配は薄れることは無かった。
 「シエン様っ」
 その時、ベルネが鋭く名を呼んだ。
何事かと顔を上げた先には、今話に出ていたはずのセルジュとアルベリックの2人の姿があった。




 「セルジュ」
 「ああ、どうやらあっちも抜け出してきたみたいだな」

 酒や馬鹿騒ぎは好きだが、堅苦しく、表面上だけで笑う宴は好きではない。
それに、蒼が早々と席を立ったので他にめぼしい面白みも無く、セルジュとアルベリックは纏わりついてくる女達を言葉巧みに避け
て出てきたのだ。
 「アルベリック、あの中の何人が誘えば部屋に来ると思う?」
 「・・・・・両方の手で数えても足りないんじゃないか?」
 「ははは、だよな」
 大国の上品な婦人達を腕の中で泣かせるのも面白いと思うが、今は蒼の怒鳴り声やくるくる変わる表情を見ていた方がもっと
面白い。
シエンが女達に捕まっている間に、蒼を誘い出そうと思ったのだが、彼がいるはずの部屋の扉を叩いても返答が無かった。
 「いないのか?」
 「王女の部屋にいるんじゃないのか?」
 「・・・・・それだと、誘い出せないな」
 さすがに、それは出来ないかと思いながら歩いていた時、
 「セルジュ」
 「ああ、どうやらあっちも抜け出してきたみたいだな」
目の前にシエンの姿を見つけ、セルジュは内心あ〜あと溜め息をついてしまった。

 「セルジュ、いったい・・・・・」
 「ああ、ソウを誘おうと思ったんだが、どうやら部屋にはいなかったようだ」
 どうせ、どんなに言葉を濁しても疑われるのならば、いっそ本当のことを言った方がいいだろうと思った。
しかし、直ぐに優等生ぶった小言を言ってくると思ったシエンは、なぜか後ろにいる従者と険しい眼差しを交わしている。
(何かあったのか?)
 「シエン王子、ソウに何か?」
 「・・・・・部屋にいなかったことは確かか?」
 「ああ。王女の部屋にいるんじゃ・・・・・」
 「いなかった」
 「・・・・・」
 その言葉で、シエンの懸念の理由が分かった。セルジュもまた、アルベリックと視線を交わしてしまったのだ。
 「・・・・・どこにいるのか分からないのか?」
 「従者はつけてあるが・・・・・何の連絡も無い」
その場にいた4人は黙り込んでしまった。




 セルジュがここで嘘をつくとは思えないので、蒼が自分達に用意された部屋にいないということは確かなのだろう。それならばいっ
たいどこにいるのか?
天真爛漫に見えて気遣いの出来る蒼が、1人で勝手に王宮内を探索するとは思えず、カヤンがそれを容認するとも思えなくて、
想像出来る行動範囲以内に姿が見えないと心配でたまらなかった。
(早く捜さなければっ)
 ここでじっとしていても変わらないと、シエンは直ぐに行動しようと思う。しかし、どこから捜せばいいのかと、その始めから考え込ん
でしまい・・・・・それでも、とにかく歩き出してしばらくすると、
 「シエン様!」
 自分の名を呼ぶ声にハッと顔を上げた。
 「カヤンッ、ソウは・・・・・っ?」
 「ソウ様がお呼びですっ、あのっ、食事の仕度が出来たからとっ」
 「食事の支度?・・・・・ソウはどこにいる?」
 「・・・・・厨房ですっ、この国の皇太子とご一緒にっ」
 「皇太子と、厨房に?」
全く想像していなかった答えに、シエンは眉間の皺を深くしてしまった。