蒼の光 外伝
蒼の引力
20
※ここでの『』の言葉は日本語です
翌日から、シエンも蒼も、それぞれ忙しい日々が始まった。
当初は、蒼にこのメルキエ王国を案内してやろうと思ったのだが、バリハンの皇太子という地位以上に、次期国王として見られて
いるため、様々な雑事が次から次へ舞い込んできてしまったのだ。
それらに全て対応する必要は無いとも思ったものの、妹であるコンティの立場を考えれば無碍にするわけにもいかず、シエンは結
局蒼に頭を下げて謝ることになってしまった。
「本当にすみません」
「しかたないよ、シエン、王子様だし。それに、寝るときはいっしょ」
昼間は別々に行動しても、夜は一緒にいられると笑う蒼を思わず抱きしめると、シエンは溜め息を口の中で押し殺した。
実は、自分だけではなく・・・・・もしかしたらそれ以上に、蒼と対面したいという申し出がとても多かったのだ。
目の前に《強星》が現れればそんな気持ちになっても仕方がないと思う一方、こんな異国にまでやってきて今以上に蒼に気遣わ
せることはとても出来なくて、シエンはその申し出は全て断ることにした。
勝手に部屋に押しかけられたりしないためにも、蒼は王宮にいない方がいいというのも確かなのだが・・・・・。
トントン
「・・・・・」
扉が叩く音がした。
シエンは一瞬眉を潜めたものの、それでも仕方ないというように扉を開ける。そこには・・・・・。
「仕度は出来ておるか」
「うん!」
顔に布を巻いて隠している状態のその人物は、夕べ初対面をしたばかりのメルキエ王国皇太子、エルネストだ。
(まさか、皇太子自らが案内役を買って出るとは・・・・・)
「・・・・・エルネスト王子、ソウをよろしくお願いします」
「しかと」
「・・・・・ソウ、王子にご迷惑はお掛けしないようにしてくださいね」
「分かってるよ!心配しないでいーから!」
蒼自身は、見知らぬ国を初めて見ることに興奮と期待をこめているようだが、シエンとしてはやはり心配でたまらなかった。
これで、エルネストに妃や妾妃がいればまた違う気持ちかもしれないが・・・・・今だ独身で、人嫌い。それなのに、会ったばかりの
蒼と共に王都とはいえ出歩くとは・・・・・。
(ソウに全く自覚が無いことが一番問題なのだが・・・・・)
素晴らしく美しい容姿というわけではないものの、少年らしい清々しい表情や、眩しいほどに生き生きとしている魂に惹かれる
者は多い。
その顕著な例が自分であり、多分・・・・・。
「シエン?」
黙りこんでしまったシエンを、蒼は心配そうに下から見上げている。もちろん、蒼に心配を掛けることは望んでいないシエンは、直
ぐに笑みを浮かべた。
「金貨はカヤンに預けていますから、自分のものは自分で買いなさい」
「シエンにもおみやげ買ってくるな!」
「楽しみにしていますよ」
たった数日で、何かあるはずが無い・・・・・シエンは自分の懸念を無理矢理頭の隅に追いやると、もう一度エルネストを振り返
り、頭を下げた。
「それでは、くれぐれもよろしく」
シエンと一緒に見物や買い物は出来ないのは寂しいが、王子としての役割がある彼を自分の我が儘だけに付き合わせるわけ
にはいかないということも分かっている。
蒼は自分の少し先を歩くエルネストの顔を見つめた。
(まさか、案内してくれるなんて思わなかったけど)
夕べ、食事をしながら、シエンから今後の予定を聞いた。
本来は、シエンと共にこのメルキエ王国の見物をするはずだったが、《青の王子》という別名を持つほどに怜悧なシエンの意見や
話を聞きたいと思う者が多いらしく、しばらくは体が空かないとのことだった。
残念だと思ったが、それも仕方が無いかと自分では納得したつもりなのだが・・・・・表情の中に不満の色があったのかもしれな
い。
「私が案内しよう」
その時、エルネストが自分からそう言い出した。
シエンはもちろん、蒼も、いきなりそう言い出した彼を呆気に取られて見てしまったが、どうやらエルネストの中ではそれは決定事
項になったらしい。
「クスターを呼べ」
傍にいた料理人にそう言うと、料理人は直ぐに厨房から飛び出していく。
「私の側近だ。どこに連れて行くか全て調べさせる」
「あ、あの」
(い、いいのかな)
嬉しいというよりも戸惑いの方が大きくてシエンを見上げると、シエンもどう判断していいのか迷うような素振りを見せていた。
(・・・・・断った方がいい?)
「あ、あの」
「何が見たい」
どう、断りの言葉を言おうかと口を開きかけた蒼は、反対にそう聞かれてしまい一瞬言葉に詰まる。
すると、エルネストは蒼の顔を見ながら続けて言った。
「我が国は加工肉が有名だ。燻製もいろんな種類があるし・・・・・それを食べてみたくないか?」
「・・・・・加工肉?」
(・・・・・って、ハムとか、ソーセージとか?)
途端に興味が湧いてしまい、実際に自分の目で見て、舌で味わいたいと思い・・・・・蒼はチラッとシエンを見た。
「・・・・・お願いしますか?」
「・・・・・いい?」
興味があるもの(特に食べ物関係)には目を輝かせて突進してしまう自分の性格を良く知っているシエンが、そう言ってくれるのは
・・・・・愛情ゆえだったのだろう。
そのシエンの言葉に甘えるようにエルネストに案内を頼んだものの、蒼は出来るだけ早く帰ってくるつもりだった。シエンだけが付き
合いに大変で、自分だけが遊んでいるのは申し訳ないからだ。
土産もしっかり買わないとと、金貨の入った布袋を腰にくくりつけていた蒼は、
「そんなとこにぶら下げてたら、また引ったくりに遭うんじゃないか?」
「え?」
笑い混じりの声にそう言われて振り向けば、すっかり外出の仕度を整えていたセルジュとアルベリックがいた。
「2人とも出かけるのか?」
「ああ、お前と」
「俺と?」
「この国の皇太子の案内だったら、間違っても変な場所には行かないだろうからな。エルネスト王子、我らも同行しても構いませ
んよね?」
「・・・・・その言い方、ちょっとやだ」
絶対に断らないだろうというのが前提の言い方はあまり良くないと言うと、セルジュはすまんすまんと言いながら、それでも顔からは
笑みは消えず、蒼はエルネストが気分を害するのではないかと思ったが、
「良かろう」
意外にも、エルネストは頷いた。
「供は多い方がいい」
「供ねえ・・・・・まあ、いいけどな」
「お礼、言わないと、セルジュ」
「ありがとーございます、王子」
「またあ」
何度言っても茶化した態度を改めないセルジュにさすがに呆れてしまい、蒼は大丈夫なのかと溜め息をついてしまった。
メルキエ王国の皇太子に興味を持ったのはもちろん彼の容姿ではなくその言動からだ。
セルジュから見ても狡猾そうな現王と違い、どこか世を冷めた目で見ている彼の本意を知りたいと思ったこともあるが、やはり蒼と
2人に(他にも供がいるだろうが)させることは避けたいとも思った。
すでにセルジュの行動には諦めたような感じがあるアルベリックも、エルネストには興味があるらしく、今回のことに異は唱えてこな
かったので、セルジュの行動は何時も以上に大胆になっていて、そんなセルジュを蒼が止めるという、珍しい構図になっていた。
「すっごい、にぎやか〜!」
「バリハンの方が我が国よりも栄えていると思うが」
「それぞれ違うよ!バリハンもおっきな国だけど、ここもすっごいきれーな国!」
バリハン国ほどではないが、水源の多いメルキエ王国は緑も花も多い国だ。外貨は主に鉱山の収入が主だが、出来る食材も
多いので、国民の食は潤っているようだった。
「・・・・・」
「・・・・・」
(目立つな)
エルネストが顔の傷を隠すために顔を布で覆っているように、蒼も珍しい黒髪と黒い瞳を隠すために深くフードを被っている。
その後ろについているセルジュとアルベリックは、目立つ紫の瞳を隠しもせず・・・・・暑い中での異様な格好と目立つ容姿は、人々
の視線を集めるのにも十分だったらしい。
「みんなは、王子のこと、知らないの?」
「顔は知っている。だが、この傷を負った以降は、民に素顔は晒しておらぬ」
「そうなんだ」
「・・・・・」
「でもさ、別にいーと思うけどな。自分の国の王子を、顔の傷くらいでいやになったりしないとおもうけど」
本当にそう思っているように、蒼は何気なくそう言う。
「・・・・・シエン王子が同じような傷を負ってもそう思うのか?」
「あたりまえだよ!シエンはどんな傷があったとしても、ぜったいにカッコイイんだから!」
絶対的な信頼と、愛情。
(シエン王子が羨ましい)
「あ!ソーセージ!!」
「ソーセージ?」
歓喜の声を上げて蒼が駆け寄った屋台には、肉を竹筒の中に詰めて燻したものがずらりと並んでいる。生の肉よりも保存のき
くその調理法は、多少作り方に違いがあるもののアブドーランの中でも伝わっていた。
「これが、ソーセージという食べ物なのか?」
「ほんとーは、動物のちょーとか使うんだけど、これはおしてるね?バラバラならない?」
「ん?味見するか?」
一見、怪しい一行にしか見えないだろうが、身に着けている物が高価な物だと目敏く気付いたらしい店主が、愛想よく加工肉を
切り分けて蒼に差し出した。
「ありがと!」
満面の笑みを浮かべた蒼は、早速それを一口口に含み、ん〜っと、美味しそうな表情になる。
「コショー効いてておいしー!」
「美味いだろう?」
「うん!プリプリはものたりないけど、味はおいしー!おじさん、これ2つちょーだい!」
蒼はセルジュに危ないと言われていた腰から、胸元へと移動して隠していた皮袋を取り出すと、その中から金貨を1枚出して後ろ
にいる従者の顔を見てから、店主に向かって首を傾げた。
「これ、足りない?」
「いいや、釣りがあるぞ」
「良かった」
どうやらあまり金を使った買い物をしたことが無いらしい蒼は、一々傍にいる従者に確認を取るような眼差しを向けてから動いて
いる。
「はいよ!」
まだ熱々のそれを、大きな葉で器用に包んで渡されると、蒼は子供のような顔をして笑った。
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