蒼の光 外伝
蒼の引力
22
※ここでの『』の言葉は日本語です
日が暮れる前に王宮に戻ってきた蒼を、シエンは待ちかねたように出迎えた。
「ただいま!」
「お帰りなさい、ソウ。変わったことはなかったですか?」
「楽しいことばっかり!ねっ?」
蒼はそう言いながら、自分の後ろにいるセルジュやアルベリック、そしてエルネストを見て同意を求めた。
その表情からは本当に楽しかったのだろうということが分かるし、蒼が楽しいと感じたのならばシエンももちろん嬉しいが、その場に
自分がいなかったことはやはり悔しいと思う。
なにしろそこには、蒼に興味を抱いているであろう男もいるのだ。
「・・・・・」
シエンの眼差しを受けて、セルジュはフッと頬を緩める。見せ付けているわけではないだろうが、シエンは少しだけ眉根を寄せてし
まった。
「特に何もなかった。まあ、びっくりするぐらい良く食べてたが」
「お、俺だけじゃないっ、みんないっしょに食べたよ!あ、シエン、あのね、おみやげある!」
自分の行動を暴露されるのが嫌だったのか、それとも本当に早く土産を渡したかったのかは分からないが、蒼は急いでカヤンの
元へと駆け寄っていく。
その後ろ姿を見送っていたシエンは、静かに佇んでいるエルネストに向かい、軽く頭を下げて謝意を示した。
「ありがとうございました」
「・・・・・いや、私も興味深かった」
「・・・・・」
「変わった《強星》だな」
その言葉に深い意味はあるのだろうか?シエンは探るようにその横顔を見つめるが、エルネストはそれ以上は何も言わない。
そのまま自分の横を通り抜け、宮殿の中に入っていくエルネストを視線で追ったシエンは、その時になって彼が顔を隠していなかっ
たことに気付いた。
部屋で見せたらいいのだろうが、今直ぐにシエンの反応が見たい蒼は、宮殿の入口で大きな袋の中から次々と土産(自分用に
買ったものもあるが)を取り出して並べた。
「これは、かこー肉。くんせーにしてあるって!これもおいしいけど、焼いたらもっとおいしい思うよ」
「ああ、確かにこの国は加工肉が有名と聞きました」
「あとね、これ・・・・・あーーー!!」
「ソウ?」
「・・・・・ぺちゃんこ」
綿菓子のようにふわふわの飴細工があったので、絶対にシエンに見せてやろうと思ったのだが、他の土産の重さのせいかクチャッ
と潰れてしまっている。
(こんなの、普通の飴じゃん〜)
「・・・・・」
「ソウ」
「・・・・・帰り!帰り、また買う!シエンに絶対見せるから!」
糸ほどとは言えないが、ソーメンほどには細かった飴。それを数本まとめて三つ編みのような形にしていた綺麗なそれを、帰るま
でには絶対にシエンに見せると思い直した蒼は、次はと大きな緑色の実をよいしょと取り出した。
「これ、中ミドリのスイカ。甘くて、おいしかったんだ。後で食べて、タネ持って帰ろうよ、植えたら実がなるかもしれないよ?」
中身が赤と黄色のスイカならば見たことがあるが、中が薄い緑色のスイカは初めて見た。
そう、それはスイカとしか見えないような質感で、種もちゃんと見えていて、気候のよいバリハンでその種を植えたら、もしかしたら実
が成ってくれるかもと思う。
(家庭菜園なんかいいかもな〜)
西洋の綺麗な宮殿の一角に野菜畑があるのは笑えてしまうかもしれないが、自分で育てた野菜や果物はきっと美味しいはず
だ。
「後はね〜」
まだまだ、土産物の披露は続いたが、シエンは最後まで笑いながらそれを見ていてくれていた。
蒼の目がシエンにしか向けられていないのを見ていたセルジュは、少ししてその場から立ち去った。
「セルジュ」
「・・・・・アルベリック、いったん帰るか」
「・・・・・どうした?まだ全ての国を見て回ったわけじゃないぞ?肝心のエクテシアもまだだ」
アルベリックの言いたいことは分かっている。わざわざ族長である自分が自ら他国を見て回っているのは、近いうちに建国するはず
の新しい国・・・・・その頂点に自分が立つために、各国の政情や、見習うべきもの、弱点など、他人の報告ではなくこの目で確
かめ、考えるためだ。
大国エクテシアにはもう1人の《強星》もいるし、《赤の狂王》とも呼ばれているアルティウス王がどんな人物なのかを確認してお
かなければならない。
それは分かっているのだが・・・・・。
「予定を変更したい」
「セルジュ」
「生まれた時から傍にいるんだ、俺の考えは分かってるだろう、アルベリック」
「・・・・・」
順序だてた計画よりも、自分の感性や閃きを重視する自分の性格は、常に傍にいるアルベリックが一番良く分かってくれている
はずだ。
今も・・・・・しばらく黙って見つめてきた視線にセルジュが黙って視線を返すと、はあ〜と溜め息をつきながら両手を上げた。
「降参」
「アルベリック」
「今回の旅で、いったい何度俺に溜め息をつかせれば気が済むんだ、セルジュ。俺はお前の片腕のつもりだが、お守をしている
つもりはないぞ」
「ははは、分かってるって」
行き当たりばったりに様々なことを決めてしまう自分を、冷静沈着なアルベリックが軌道修正してくれる。頼もしい片腕がいるか
らこそ自分が自由に出来ることも当然セルジュは分かっているので、その感謝の意を示すようにポンポンとアルベリックの肩を叩い
て言葉を続けた。
「早速作戦会議だ」
ここ数年、住まいである王宮の中でも顔に布を巻いていたエルネストは、頬に直接触れる風に少し目を細めた。
人の視線を気にし、哀れみや、恐れの感情を向けられるのも煩わしくて、何時しか自分の殻に閉じこもってしまっていたが、今日
町で自分の顔を見た民達は、一瞬驚いた表情をするものの、次の瞬間にはエルネストの無事を喜んでくれた。
幼い子供達などは、蒼が言ったように「強さの証」などとまで言ってくれて・・・・・。
(こんなにも民を身近に感じたことは初めてかも知れぬな)
そう思ったエルネストが思わず笑みを浮かべた時、
「あ、兄上っ?」
驚いたような声が背中から聞こえた。
今までならば、立ち止まらずにその場を立ち去ったところだが、今の自分は少し違う。
「・・・・・」
エルネストは振り向いた。そこには、驚いたような表情の弟、オルバーンが立っている。
「あの、お顔は・・・・・」
「・・・・・あれは止めた」
「止めた?」
「恥ずかしい傷ではないと、ようやく分かったのでな」
確かに傷を受けたことは自分の腕の未熟さを露呈してしまうものかもしれないが、それに至るまでの経緯を恥じることはないのだと
ようやく思うことが出来た。
家族でさえも解かすことの出来なかった自分の凝り固まった心。解かしてくれたのは・・・・・。
「・・・・・良かった」
「オルバーン?」
「私も、兄上はお顔を隠す必要などないと思っていました。国のために戦ってくださったための負傷であるし、むしろ堂々と見せて
いただいてもいいくらいだと・・・・・」
「・・・・・」
「傷を負われて以来、私達が気を遣い過ぎてしまったのが悪かったのでしょうか」
人がよく、優しい弟。
傷を負ってしまうまでは、その優しさが物足りないと厳しくあたることもあり、傷を負ってからは、暢気過ぎるその性格に苛立って避
けてしまっていた。
大切な婚儀さえも欠席し、今だ子が生まれた祝福の言葉も送ってはいない。
「オルバーン」
「はい」
「・・・・・結婚、そして、王子の誕生、心から祝福する」
「あ、兄上・・・・・」
「今度、コンティと王子に会いに行ってもいいだろうか」
「・・・・・もちろんです!」
クシャッと顔を崩して強く頷くオルバーンの顔は、幼い頃の面影を強く残していた。
(ほんの少しだけ、自分から歩み寄るだけで違うのか・・・・・)
顔を隠し、世の中の全てに背を向けていたのはつい昨日までのことだ。
《強星》といわれる蒼と出会い、彼の強引な言葉に突き動かされるように外に出て・・・・・いきなりパンッと世界が広がったような気
がした。
いや、もしかしたらエルネストは、そんな風に自分の背を押してもらいたいと心のどこかで思っていたのかもしれない。
それが《強星》だったということが、エルネストにとってこの上もない機会になったのだ。
(ソウには、礼を言わねばならぬかもしれぬ)
両手一杯の土産を自分とシエン、そしてカヤンにも手伝ってもらって部屋に運んだ。
食べ物だけではなく、国で待つ王や王妃用に装飾品も買ったので、思い掛けなくかさばってしまったのだ。
「帰り、大変」
「大丈夫ですよ。それよりも、父上も母上も、ソウからの土産があると知ったらとても喜ぶと思いますよ」
「そっかな〜、リューちゃんも、気に入るかな」
養い子であるリュシオンには、積み木のような玩具を買った。口に入れないように少し大き目のそれは様々な形があって、どれに
しようかと選ぶのにかなり時間が掛かったくらいのお気に入りだ。
「あ、そうだ」
リュシオンの反応を想像していた蒼は、あっと気付いて胸元から皮袋を取り出す。すられないように、落とさないように、ここに入
れておけば安全だと思った場所だ。
「シエン、おつり」
「・・・・・こんなにも?」
中を見たシエンが、その残金に驚いている。この顔も見たかったと、蒼は満面の笑みを浮かべた。
「ねぎったから」
「ねぎった?」
「シエン様、ソウ様は店の店主達にかなり交渉して安くしてもらったのです」
こちらが恥ずかしいくらいにと言うカヤンの言葉に蒼は口を尖らせた。値切るのは買い物の基本だし、オマケは密かな楽しみだ。
これはシエンのお金だし、少しでも安く買えるのならばその方がいいと思う。
「カヤン、止めて下さいってしつこかった!俺、そのほーがはずかしかったよっ」
「ソウ様ッ」
「ホントだもん!」
「こら、2人とも落ち着きなさい」
蒼は、仲裁に入ってくれるシエンの腕に掴まった。
口煩いカヤンに反抗出来るのはシエンが味方をしてくれるこういう時にしかなく、逃げる場所があるうちにと、蒼は目を吊り上げる
カヤンに向かってべーっと舌を出してみせた。
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