蒼の光   外伝




蒼の引力




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                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 エルネストとオルバーンが宮殿の門前まで見送りに来てくれた。
セルジュ達とちゃんとした別れが出来なかったことに落ち込んでいた蒼も、わざわざこうして足を運んでくれた2人の王子の心遣い
に感謝して、改めて頭を下げて礼を言った。
 「ほんとに、お世話になりました、ありがと」
 「もうお帰りになるのが本当に寂しいですが、また是非お2人一緒にいらしてください、お待ちしています」
 にこやかなオルバーンの言葉に直ぐに頷いた蒼は、そのまま視線をエルネストに向けた。
もう、顔を布で隠していない彼は、その傷を恥ずかしいものとして感じていないということは良く分かる。多分、蒼には分からない
ような様々な葛藤があったのだろうが、自分がここに滞在している間に彼の本当の顔が見れたことが嬉しかった。
 それに、思いがけず町も案内してもらったし、自分が作った食事も食べてくれた。考えれば、蒼にとってエルネストは始めから怖
いというイメージはなかったように思う。
 「エルネスト、お世話になりました」
 「ソウ・・・・・」
 「やっぱり、その傷、カッコイイよ。エルネスト、もともといー男なんだから」
 彼の婚約者は顔の傷を恐れて近寄らないということだが、ちゃんと向き合ってみればその傷が彼の容貌を損なっていないことは
ちゃんと分かるはずだ。
(結婚も、直ぐ出来るよな)
結婚式には呼んでもらいたいと思ったが、まだ知り合って数日の関係ではそこまでお願いするのもずうずうしいかもしれない。とに
かく、蒼は思った以上に楽しかった今回の滞在に、本当にありがとうという気持ちを伝えたかった。
 「また、必ず遊びにくるから!」




 「やっぱり、その傷、カッコイイよ。エルネスト、もともといー男なんだから」
 真剣な顔をして言う蒼を見て、エルネストは思わず笑みが零れてしまった。
同性に容姿を褒められるというのは、王子である自分にはままあることだが、この醜い傷を持っている自分に対しても言ってくると
はなんともおかしい。
 しかし、その言葉が苛立ちを生むのではなく、妙にくすぐったく、嬉しいと感じるのも本当だった。
 「必ず、また」
 「うん」
 「・・・・・」
(その時は、もうバリハンに帰さないかもしれないが)
口に出さず、自分の胸の内にだけ留めるその思いを、何時か蒼に伝えることが出来るのだろうか。エルネストはこんなにも胸をわく
わくさせる未来を考えたことはないと思いながら、自分達を黙って見つめていたシエンに笑みを向けた。
 「無事の帰路を祈っている」
 蒼達が帰国すれば、自分は山積しているやらねばならぬことに取り組まなければならない。いずれはと思っていた王位のことも、
今の私欲の方が大きい父のことを考えれば、早く譲位するように促したい。
そのためにも、今まで自分が閉じこもっていた無駄な時間を取り戻さなければならず、エルネストは旅立つ蒼の姿が視界から消え
てしまう前に、毅然と背を向けて宮殿の中へと戻っていった。




 「・・・・・っ」
 蒼用のソリューにはベルネが乗り、自分のソリューに蒼を乗せたシエンは、宮殿の門を出た直後から、全速力といってもいいほど
にソリューを走らせた。
町中を避けるので少し遠回りの道になったが、それでもこの速さならば今日中には王都から遠く離れることが出来るだろう。
 「シ、シエンッ、早いよ!」
 「雨が降るかもしれません、少しでも先に行っておかなければ」
 「雨っ?」
 思わず上を向こうとした蒼の頭からすっぽりとマントを被せてしまい、その視界を覆ってしまう。
 「シエン!」
見えないよと言う蒼の耳元で、シエンは宥めるように言った。
 「砂埃が激しいのです、少し我慢してくださいっ」
 「う、うん」
 自分の言うことを素直に信じ、ソリューにしがみ付くように前傾姿勢になる蒼を、シエンは背中から強く抱きしめる。
(ソウ・・・・・)
雨など、降る様子は全くない。
砂漠地帯はもう少し先で、こんなにも厳重に布を巻かなければならないほどに、まだ砂埃は激しくはない。
 それでもシエンは、少しでも早くこの国の領土から出るためにソリューを走らせる。早く、一刻も早く帰国したい・・・・・ただその一
念のために・・・・・。




 休みなく走っていたシエンの耳に、ベルネの声が届いた。
 「王子っ!後続が遅れてきています!ご休憩を!」
 「・・・・・」
 「王子!」
 「シエンッ、みんな疲れちゃってるよっ、休もう!ねえっ!」
蒼が目の前の手綱を握っていたシエンの手に自分の手を重ねて必死で訴えると、ソリューの速度は見る間に落ちていき、やがて
完全に止まった。
(よ、良かった)
 天候が崩れるのを心配したらしいシエンが帰路を急ぐのも分かるが、共に帰国する皆が遅れてしまっては、一緒に行動する意
味がなくなってしまう。
蒼は被せられていたマントを頭から取り、ふうっと溜め息をついて後ろのシエンを振り返った。
 「シエン?」
 「・・・・・すみません」
 少しだけ眉間に皺を寄せたシエンは、言葉少なにそう謝罪してきた。
 「謝ること、ないよ?シエンが急ぐの分かるし。でも、せっかく一緒だし、もう少しゆっくり帰ろうよ」
 「ソウ・・・・・」
 「2回目の、しんこんりょこーだぞ?」
 「・・・・・そうですね」
結婚した2人が、2人きりで行く旅行。以前、エクテシアの有希に会いに行く時、蒼はそうシエンに言った。
今はバリハンに帰るための旅だが、蒼にとってはシエンとの楽しい旅行には変わらず、その嬉しい時間を少しでも長く感じていたい
とも思っていたのだ。
 「・・・・・急ぎ過ぎました」
 「じゃあ、きゅうけーしたら、もう少しゆっくり行こう?」
蒼の言葉に、今度はシエンも笑みを浮かべて頷いてくれた。




 エルネストやセルジュの存在から早く蒼を引き離してしまいたいと思い、シエンはこのメルキエ王国から出ることだけを考えていた
が、それは自分の醜い嫉妬心からだということに気付かされた。
(ソウは、こうして私の傍にいるというのに・・・・・)
 「ソウ」
 「あ、ありがと」
 シエンが果汁がたっぷりの果物を手渡すと、蒼は嬉しそうにガブリと齧りながら、なぜかへへっと笑みを漏らした。無理な旅程に
憤慨していると思っていたが、どうやらそうではないらしい。
 「どうしました?」
蒼の隣に腰を下ろしたシエンが訊ねると、蒼はチラッとシエンを振り返って笑った。
 「俺、シエンが好きだな〜って」
 「え?」
 「メルキエ王国に行く時、すっごく大変で、きつい旅だな〜って思ってたんだ。でも、今はシエンがいっしょだから、全然大変って思
わない。気持ちがね、一緒だからうれしいっていってるみたいなんだ」
 「ソウ・・・・・」
 「行く時もシエンといっしょだったら、もっと楽しい旅だったかもしれないけど、今こうしていっしょだから、それでまんぞくしなきゃ」
 自分の気持ちを、少しの誇張もなく口にする蒼。
 「え?うわっ」
シエンは思わず蒼を抱きしめた。少しでも彼の心変わりを疑ってしまいそうになっていたことが申し訳なくて、これ程に自分を信頼
し、愛情を向けてくれる蒼が愛しくてたまらなかった。
 「シ、シエン?」
 セルジュやエルネストが蒼に興味を持ち、惹かれてしまったのは蒼の責任ではない。後は自分が蒼の手を離さず、守りきればい
いだけなのだ。







 数日後 ------------------ 。

 「ただいま〜!!」
 ずらりと正門の前に出迎えに出てくれていた皆に、蒼はソリューから身を乗り出すようにして大きく手を振った。
 「ソウ、落ちますよ」
 「シエン、持ってて!」
ようやく帰ってきた自分の住む場所。
バリハンの領土に入った時から、様々な兵士や民から、無事の帰国を喜ぶ言葉を貰った。その一言一言が嬉しくて、蒼はやは
りここが自分の住む国なのだと実感する。
 「ソウッ」
 「王様!」
 ピョンと弾みをつけてソリューから下りた蒼は、シエンの父でバリハンの王であるガルダに抱きついた。
 「ただいま!あっ、です!」
王や王妃に対しては出来るだけ敬語を使うようにと言っていたカヤンの言葉がポンッと頭の中に浮かび、蒼は慌てて付け加える。
それに、ガルダは優しく目を細めた。
 「無事の帰国を嬉しく思うぞ」
 「はい!あ、王妃様!」
 続いて、蒼はガルダの後ろに控えている王妃アンティの前へと駆け寄る。どの顔も皆にこやかで、嬉しそうで、自分達の帰国を
待ちわびてくれていたのがよく分かり、蒼は嬉しくなってアンティにも抱きついた。




 父や母以外にも、宮殿に仕える者達全てに抱きつき、笑いながら話す蒼を見ても、シエンの心が嫉妬に痛むことはない。
ここには自分達の仲を引き裂く者はいないことが分かっているからだ。
 「父上、ただいま戻りました」
 王である父に帰国の挨拶をすれば、ガルダはうんと頷いて労いの言葉を掛けてくれた。
 「ご苦労だった。コンティと赤子はどうであったか?」
 「2人共健やかに。もう少し落ち着いたら、ぜひ里帰りをしたいと言っていましたよ」
 「はは、あ奴ならやりそうだな。シエン、数日はゆっくりと休むがいい。短い旅程で、かなり無理をしただろう?」
 「今日はこのまま休ませていただきますが、明日からは通常通り政務を行います」
 「・・・・・無理はするな」
 「はい、ありがとうございます」
父の気持ちに感謝したシエンは、そのまま視線を蒼に向ける。旅の疲れを一切見せずにはしゃいでいるが、きっと後から疲れが出
てくるだろう。
(早々に休ませてやらねばな)