蒼の光   外伝




蒼の引力




25

                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 ゆっくりと湯を浴び、楽な服に着替えた蒼は、ようやく落ち着いたようにはあ〜っとベッドの上に大の字に横になった。
この世界に来た当初は、このベッドはかなり硬めだと思っていたが、今回の旅で様々な宿に泊まったり、野営をしたりして、どんな
にこの感触が贅沢なものかを思い知った。
 『あ〜、ここが一番いいよな〜』
 寛ぎきった口から零れたのは日本語だ。
勉強のために日本語は禁止と自分自身で決めていたが、無意識のうちにそれが出てしまうとは、ここが本当に自分が気を許して
いる場所だからだろう。
 「ソウ様、お行儀が悪いですよ」
 「・・・・・」
(・・・・・出た)
 低く響く声に、蒼はう〜っとベッドにうつ伏せる。
すっかり自分1人のような気分になっていたが、ここには世話をしてくれるカヤンが一緒にいたのだ。
 「服も乱れています」
そう言いながら捲れあがった服を直してくれたカヤンは、これみよがしに大きな溜め息をついた。
 「ここが私室だからまだいいですが、もしかしてメルキエ王国のお部屋でもこんな態度を取っておられたのですか?」
 「・・・・・部屋の中、シエンしかいなかった」
 「それでもです。気の緩みは意識していなくても所作に滲み出てしまうもの。ソウ様にはもっと基本的なことをしっかりと記憶して
頂かなければなりませんね」
 「カヤン〜」
 帰国早々のカヤンの厳しい言葉に蒼は不満の声を漏らすが、カヤンはその声を却下してしまう。
 「ほら、もう直ぐ王子もお戻りですよ?きちんと出迎えて差し上げないと」
 「は〜い」
 事後報告など特にしなくてもいい蒼は直ぐに風呂に入ってしまったが、シエンは何かと忙しかったらしく先程向かったと聞いた。
もちろん、ベッドに寝そべった姿でシエンを迎えようとは思っていなかった蒼は、うんっと勢いをつけて起き上がった。
(・・・・・なんか、身体痛い・・・・・)
 行きはともかく、帰りはシエンが操るソリューに落ちないように乗っていただけで、身体はそれほど緊張していないと思ったのだが、
こうしてじっくりと向き合っていると疲れていたのかと改めて思うほどに、身体がだるく、重い。
 「・・・・・お身体、解しましょうか?」
 そんな蒼の様子に敏感に気付いてくれたらしいカヤンがそう声を掛けてくれたが、蒼はううんと首を横に振った。このまま気持ち
良くしてもらったら、シエンを待つ間に眠ってしまいそうだ。
 「だいじょーぶ」
 メルキエ王国でも一緒の部屋で眠ったが、シエンは蒼を疲れさせないためか、それとも他国だからか、キス以上のことはせずに
ただ抱きしめて一緒に眠ってくれた。
旅の途中では、そのキスさえほとんど出来なかったくらいだ。
 別に、それで欲求不満になったというわけではないものの、ようやく人の目を気にしない自分達の国に戻ってきたのだ、もう少し
イチャイチャとしていたかった。




 湯殿から出たシエンが部屋へと向かっていると、そこへベルネがやってきた。
 「王子」
 「疲れたな、せめて今日はゆっくりと休むがいい」
湯を浴びて旅の疲れを落としたせいか、シエンの気持ちもゆったりと落ち着いていた。それは自分自身でもよく分かっていて、じっ
と自分を見つめるベルネに対して苦笑も向ける。
 「はい、王子もごゆっくりお休み下さい」
 「ああ」
 頷いたシエンは、そのまま立ち去りかけたが、ふと足を止めるとベルネに言った。
 「明日から、また動いてもらわなければならないが」
 「心得ております」
 「・・・・・心強い」
何をと言わなくても、優秀な側近は自分の考えを読み取っているらしい。
そのことに改めて笑みを深くしたシエンは、今度こそ蒼の待つ部屋へと急いだ。

 蒼にとっては厳しい旅程だったはずだ。もしかしたらそのまま眠っているかとも思ったが・・・・・。
 「シエン」
シエンが扉を開けた時、蒼はカヤンと向き合って椅子に座り、切り分けられた果物を口にしていたようだったが、シエンの姿を見る
と、直ぐに笑顔を向けてくれた。
 「起きていたんですか?」
 「だって、シエンを待っていたかった」
 自分が起きていたことを意外だと思われたことが心外だったらしく、口を尖らして文句を言ってくるが、そんな表情こそ子供っぽく
て愛らしく、シエンは目を細めた。
 それまで蒼の相手をしていてくれたカヤンが、2人の会話に笑いながら席を立ち、簡単にその場を片付けてから立ち去るために
シエンに一礼して言った。
 「私はこれで。ごゆっくりお休みください」
 「ご苦労だったな、カヤン」
 「カヤン、また明日ね!」
手を振る蒼に笑みを向けたカヤンがそのまま出て行くと、部屋の中にはシエンと蒼2人きりになった。
 「ソウ」
 シエンは今までカヤンが座っていた椅子に腰を下ろすと、卓の上に準備されていた布を取り、手を伸ばして果汁で濡れてしまっ
ている蒼の指先を丁寧に拭ってやった。
 「こんなもので足りますか?食事もあまりとらなかったようですが」
 「ん〜、あまり、おなか空いてないから」
 蒼の口から空腹ではないという言葉が出てくるのは珍しく、シエンは相当に疲労が蓄積しているのではないかと心配になってしま
う。
思わずその額に手を当て、熱の有無を確認し、シエンは蒼の表情を観察するように見つめながら言った。
 「気分は?」
 「平気」
 「本当に?」
 「シエン、心配しすぎ。俺だって、ごはんいらない時あるよ」
 「それはそうですが・・・・・」
 「おなかは空いてないけど、シエンにはくっ付きたかったから」
そう言うと蒼は立ち上がり、そのままシエンの背中に回って強く抱きついてきた。




(あ〜、心配しなくってもくっ付ける〜)
 広いシエンの背中に頬を寄せながら、蒼はくふふと笑ってしまう。
自分とシエンは正式に結婚した夫婦(夫?)なので、蒼がくっ付いていても問題はないのだろうが、さすがに見知らぬ人達の前で
ベタベタは出来ない。
カヤンにも口煩く、バリハンの皇太子妃としての気品を持つようにと言われていたし、周りの目の中には、蒼が《強星》だという興味
の意味も大きかったので、蒼は自分でも思った以上に緊張を強いられていたのだ。
だからではないが、こうして自分達の国で、自分達の部屋にいることが本当にほっと出来て、嬉しい。
 「ソウ」
 シエンが、前に回した手を握ってきた。
 「もう少し、このまま」
 「でも、このままでは私があなたを抱きしめられない」
 「シエン・・・・・」
 「私も、あなたの存在を感じたいのに」
重ねてそう言われると、恥ずかしいが嬉しい。蒼は緩む頬を何とかごまかそうと様々に表情を動かしながら、そのままシエンの前の
回り、その膝の上にチョコンと座った。
 「・・・・・重い?」
 「重くないですよ。出来れば、こちらを見て欲しいんですが」
 「・・・・・やだ」
 少し間を置いて否定すると、蒼は笑いながらトンと背中にあるシエンの胸元に身体を預ける。しっかりと自分を支えてくれるその
胸の感触に、蒼は笑ったまま目を閉じた。




 今日の夕方帰国したばかりで、あの大食漢の蒼が少ししか食事をしなくて。まだ一休みもしていないままこの時間になり、シエ
ンは始めから今日は直ぐに蒼を休ませてやろうと思っていた。
(眠る気配は・・・・・ないようだが)
 上から見下ろす目は閉じていたが、眠っている様子ではない。
それならば、このまま自分の欲情を抑えなくてもいいのかもしれないと思ったシエンは、蒼の身体を抱き上げると、自分達の寝台
へと運んだ。
 「シエン?」
 そっと身体を下ろすと、蒼は少し不思議そうに名前を呼んでくる。
今自分が何を考えているのか分からないであろう蒼に笑みを向け、シエンはそのまま自分も寝台へと片足を乗り上げた。
 「もう寝る?」
 「ええ」
 「もっと、話したい」
 「話もしますよ」
 「え・・・・・だって・・・・・」
 どうやら蒼は本当に寝るのかと思っているらしい。自分の言う言葉との意味の相違に、シエンは蒼にも分からすように小さな唇に
軽く口付けをしてみせた。
 「・・・・・」
 「ソウ・・・・・」
もう一度名前を呼び、今度はもう少し長く唇を重ねる。そのまま舌で軽く刺激をすると、警戒心のない唇は軽く解かれ、素直に
シエンの舌を受け入れてくれた。

 クチュ クチュ

 舌を絡めれば、頭の中に直接艶かしい音が響く。眼下にある蒼の目元もうっすらと赤く染まっていて・・・・・彼がどうやら自分の
意図に気付いたことが分かり、シエンは唇を重ねたまま笑った。




(こ、このまま、しちゃうのかな・・・・・)
 シエンのキスに懸命に応えながら、蒼はぼんやりとこの後のことを考えた。
確かに蒼ももっとシエンとくっ付いていたかったが、それは文字通り本当にくっ付いていたかったからで、その先の行為を考えていた
わけではなかった。
 しかし、こうしてシエンのキスを受けていると、自然に身体が反応してきて・・・・・恥ずかしいが、シエンの身体に触れている下半
身も力を持ってきたような気がする。
(お、俺って、スケベッ)
 身体は疲れている。
あまり食欲がわかなかったくらいに、身体が休みを欲しがっている。
それでも、こうしてシエンにくっ付いていれば・・・・・求められたら、自分の意思とは関係なく身体が反応し、欲しくなってしまう。
 「ソウ」
 「・・・・・っ」
 キスを解き、濡れた唇から出てくる耳元をくすぐる声に、蒼はビクッと身体を揺らすと、そのまま自分の変な顔を見られないように
とシエンの首に手を回して抱きついた。