蒼の光   外伝




蒼の引力




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                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 朝食の席にシエンだけが姿を現したのを見ると、ガルダは笑いながら言った。
 「ソウはまだ休んでいるのか?」
 「ええ。申し訳ないと謝罪していました」
すると、その隣から、今朝も蒼と会うことを楽しみにしていたらしいアンティが、そうですよとシエンに苦言を言う。
 「シエン、ソウはあんなにも細く、それに旅から戻ってきたばかりなのだから・・・・・お前が無理をさせてどうするというの」
 「すみません」
苦笑を浮かべたまま席に着いたシエンは、この会話を蒼が聞いたのならば大変なことになるだろうなと思った。自分達が夫婦であ
る限り、両親がこんな反応をするのも当たり前なのだが、蒼自身は羞恥の方を激しく感じてしまうだろう。
(その表情を見るのも楽しいが)
 「まだ数日身体を休めるがいい。お前が不在でも、私もまだまだ元気でやれるからな」
 「ありがとうございます。ですが、今日から執務に取り組ませていただきます」
 「ソウが寂しがるのではないか?」
 「側にいたら、かえって叱られてしまいます」
 「ははは、なるほど」
 既に蒼の性格を掴んでいるガルダだ、頭の中でその姿が想像出来たのだろう、声を出して笑っている。
そこに存在が無いのに、こうして笑顔を運んでいる蒼の存在感に、シエンはさすが蒼だと頬から笑みを消すことが出来なかった。




 寝台にうつ伏せになっていた蒼は、先程からうーうーと唸っていた。
(シエンは絶っ対、スッポン食べてる!そうでなきゃ、あんなにしたくせに、今日平気な顔して動けるはずが無い!)
抱く側と、受け入れる側。
確かにその違いがあるとはいえ、久し振りのセックスで蒼は全く腰が立たないというのに、シエンは早くから目覚めていたらしく、目を
覚ました蒼の世話を甲斐甲斐しくしてくれた。
 通常でも、セックスの翌日はシエンはこちらが申し訳なく思ってしまうほどに優しく気遣ってくれるのだが、今回は同じような旅程を
こなした上での・・・・・いや、先に出発した蒼を追ってきたシエンの方が大変な旅だったはずなのに・・・・・。
(俺の体力が無さ過ぎってこと・・・・・ないよな?)
 「ソウ様」
 「・・・・・」
 「ソウ様、腰を揉んでさしあげましょうか?」
 「・・・・・お願い」
 世話をするために来てくれたカヤンを無視し続けようと思ったものの、どうしてもだるい身体をどうにかしたくて、蒼はカヤン相手に
意地を張るのは止めた。
 「ご機嫌がよろしくないようですが・・・・・王子は酷いことをなさいましたか?」
 程よい力で腰を揉んでくれるカヤンに、蒼はだってと言い訳のように口を開く。
 「シエン、元気だから」
 「え?」
 「俺、こんなにへにょなのに・・・・・俺が、身体ないみたい」
 「・・・・・体力が、でしょう?でも、それはしかたありませんね。王子は剣士としても力のある方ですし、日頃から鍛えていらっしゃ
いますから」
それならば、自分だってと蒼は思う。毎日とは言えないが、かなり頻繁に剣の稽古はしていたし、この国の人間と比べれば小柄な
方だが、それでも体力には自信があった。
 「・・・・・俺だって」
 「ええ。ですから、ソウ様ももっと体力をつけられればよろしいのでは?」
カヤンは蒼の言葉を否定せずに、やんわりとそう宥めてくれる。頭から否定されるのとは違って、こんな風に諭されてしまうと強く言
い返すことも出来ず、なんとなくそのペースに引きずられてしまう。
 「・・・・・」
(そう・・・・・なのか?)
自分が伝えたい意味と、カヤンが言う言葉には多少の言葉の意味の違いがあるようだが、それがどこかなどというのはよく分からな
い。それよりも、蒼は流されるようにそうなのかなと思ってしまった。
 「もっと、がんばる」
 「ええ。そして、しっかりと王子のお相手をなさってください」
 「うん!」
(・・・・・で、いいんだよな?)




 朝食、昼食と、1人(カヤンは世話のために側にいた)で部屋でとった蒼の顔を見に行きたいと思っていたシエンだったが、不在
の間に自分が取り組まなければならなかった仕事は多く、また、シエン自身もメルキエ王国のことや、アブドーランに関して色々と
調べなければならない課題も多く抱えていたので、なかなか席を外すことが出来なかった。
 そんなシエンがようやく身体が空いて蒼の元にやってきたのは夕食の前だった。
 「ソウ」
 「・・・・・」
 「ソウ、身体はきつくないですか?」
蒼は寝台に身体を起こしていた。顔色もよく、その眼差しにも力が戻っていたが、直ぐにはシエンの言葉に素直に反応せず、ムッ
と口を引き結んでいる。
(これは・・・・・かなり機嫌は悪いようだ)
 放っておいた自分が悪いと思いながら、シエンは寝台の側に跪き、下から蒼の顔を見上げるようにしながらその手を取った。
 「ソウ、どうか私の名を呼んでください。あなたの声が聞けないと、寂しくてたまらない」
 「・・・・・」
 「ソウ、罵声でも何でも構わないから・・・・・」
 「・・・・・そんなの、言うわけない」
突然そう切り出した蒼は、気まずそうにシエンから視線を逸らしながら言う。
 「俺だって・・・・・したいと思ったんだしっ」
 「ソウ」
 「・・・・・シエンが、全然来ないから・・・・・」
 寂しかっただけという蒼の言葉を聞いた瞬間、シエンは腕を引いてその身体を抱きしめた。
 「すみません。もっと早く、こうして抱きしめに戻ってきたら良かった」
 「・・・・・そうだぞ、バカ」
背中に回される細い腕。許されていると感じたシエンはこのまま蒼を押し倒したい気持ちに駆られてしまったが・・・・・さすがに、そ
うすれば蒼に怒られるだろうと、柔らかな身体を堪能するだけに止めた。




 「それでっ、すっごくおいしー、甘いタレだった!」
 「そんなに美味なのか?」
 「作り方は分からないけど、ガンバって作ってみる!2人にも食べてもらいたいし!」
 「ソウが料理を作ったら、美味しくて食べ過ぎてしまいそう」
 「え〜、いっぱい食べて、いっぱい運動すればへーきだよ?」

 静かな朝食の時間とは対照的に、夕食の席は賑やかなものになっていた。
蒼は自分が見たこと、経験したことをガルダやアンティに伝えたかったようだし、ガルダやアンティも蒼の話を聞きたがって、食事をす
る手の動きが何度も止まりながら、蒼は2人に説明を続けた。
 「ほお、アブドーランの」
 「うん、ね、シエン、セルジュはそこのえらい人なんだよな?」
 「・・・・・その中の、一つの部族の長ですよ」
 蒼の話は、食べ物や町の景色のことだけではなく、出会った人物達にも移っていく。
アブドーランのセルジュについては、昼間シエンから簡単に説明はしていたが、シエンの言葉と蒼の印象はまた違って、ガルダはそこ
に興味を抱いたようだった。
 「ソウはどのような人物だと思った?」
 「面白いよ?ちょっと、変だけど」
 「変?」
 「えっと、ヘラヘラしてて、えらい人には見えない。シエンは王子様ってすぐ分かるけど」
 「・・・・・」
(確かに、普通に接していれば、まさかあの男が一つの部族の長だとは思えないだろう)
 若いということもあるが、言動に重みが無い。シエンはそう感じたが、一方ではその身の軽さや柔軟な考えが怖いとも思った。
全てを論理的に考える自分にはとても真似が出来ない奔放さの中に、強烈に人を惹きつける魅力がある気がしていたのだ。
 「なるほど、シエンとは正反対の男なのか」
 「王様、会ってみたい?」
 「そうだな、面白そうだが」
 「・・・・・」
(父上・・・・・楽しんでおられるな)
 シエンの気持ちなどとうに見透かしている父は、楽しそうに蒼に続きを促している。
いずれ会うこともあるかもしれないが、まだ当分それは先でいいと思っているシエンは、これ以上父が妙なことを言い出さないように
としっかりと見張らなければと思った。




 コンティのことが心配だった王妃、アンティは、母子共に元気だったという蒼の言葉に安心したようだった。
 「王妃様、早く会いたい?」
 「それはもちろん。孫は初めてではないけれど、娘が生んだ子はまた特別な思いがあるものよ」
 「そっかあ」
(車とか電車とか、飛行機とか。そんな便利な乗り物があったら直ぐなんだろうけど・・・・・あっちの世界って恵まれてるんだなあ)
あっち・・・・・ごく自然に、蒼はそう思った。
今住んでいるここが、自分のいる世界だとちゃんと受け入れたからこそ、元の世界のことをそう客観的に考えることが出来るように
なったのではないかと思っている。
 まだ生まれたばかりの可愛らしい赤ん坊を、早くアンティに抱かせてやりたいと思うものの、女の身であの旅程は、準備もその期
間もかなり時間を取らなくてはならないだろう。

 「落ち着いたら、絶対に里帰りをしますから」

 コンティも笑いながらそう言ったが、あんなに幼い赤ん坊を連れた旅は、やはり大変なものになるはずだ。
(どっちにしろ、2人が会うのはもっと先かあ)
それならば、自分が見たことを余すことなく王妃に伝えようと、蒼は覚えている限りのことを話し始めた。まだまだ言葉の中にはあや
ふやなところもあるものの、コンティは興味深げに耳を傾けている。
 「そういえば、皇太子殿には会わなかったわ」
 その中に出てきたエルネストの話題に、ガルダも入ってきた。
 「確か、病に臥せっていると聞いたが、違うのか?シエン」
 「・・・・・確かに、病では無かったかもしれませんが、それに近い状況にはあったようです」
 「どんな人物だ?」
 「多分、かなり優秀な人物でしょう。もしかしたら譲位も早いかもしれません」
 「・・・・・悪い方ではないんだがな、メルキエの王も」
 「?」
シエンとガルダが顔を見合わせ、意味深に視線を交わしている。どういう意味なのか蒼には分からないものの、好印象とは言えな
かったあの王よりもエルネストの方が王様だったらいいなと、漠然と思ってしまった。





 皇太子であるシエンと、その妃で《強星》と呼ばれる蒼が無事にバリハン王国に戻ってきた。
そのことに王以下、国民皆が安堵して、再び平和で賑やかな日々を送ると思っていたのだが・・・・・思い掛けない嵐の訪れは、
それからしばらく経ってのことだった。