蒼の光   外伝




蒼の引力






                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 服装もそれなりにこざっぱりとしていて、とても犯罪を犯すような男には見えなかったが、いい男がいい人であるとは限らない。
たった今引ったくりに遭ったばかりの蒼にすれば、見知らぬこの男は十分不審人物だった。
(こ、こういう場合は・・・・・)

 「いいですか、ソウ。万が一、あなたが1人の時に盗賊などに襲われた時、向っていくのではなくて全て差し出して逃げなさい。あ
なたにとっては逃げるという行為は負けのように思うかもしれませんが、金や宝飾よりも命が大切です、いいですね?」

 旅立ちの前日、これだけは覚えているようにと何度もシエンが繰り返していた言葉。
どうして悪い人間をそのまま見逃すばかりか、持っている物まで差し出さなければならないのだと、その時の蒼は後ろ向きなシエン
の言葉に素直に頷けないでいたが・・・・・。
(い、今ならその気持ちが分かるかも・・・・・っ)
 「おい」
 「た、たんま!!」
 「・・・・・タンマ?」
 どこかに連れて行かれでもしたら、それこそ蒼はシエンに二度と会えなくなってしまうかもしれない。それだけは嫌だと、蒼は腰に
下げてある布袋を差し出そうとしたが、あっと気付いてしまった。
(と、取られちゃったんだっけ・・・・・)
 そもそも、引ったくり犯を追い掛けてここまできたことを再び思い出した蒼は、この目の前の強盗(もう決め付けてしまった)に差し
出すものが無いか自分の身体を見下ろした。
 『よく、父ちゃんが海外旅行に行く時は、腹巻と靴下に隠し金とパスポートを入れておけって言ってたっけ』
 「・・・・・」
 『・・・・・あれ?確か・・・・・』
そこまで考えた蒼は、旅立つ当日の朝の自分の行動を唐突に思い出した。
 『隠し金してたじゃんっ、俺!』
 ポケットも腹巻も無い服には隠す場所も無かったが、腰に下げてある剣の柄の部分が空洞になっていて、その中に金貨を2枚
入れておいたのだ。
 「ま、まてよ!」
 「・・・・・」
蒼は自分の剣を腰から取るとそのまま柄の部分を開ける。それを逆さに振ると、キラキラ光る金貨が2枚、地面に落ちてきた。
 「あったあ!」
 自分で入れたのでそこにあるのは当前だったが、蒼はまるで埋蔵金を見付けたかのように嬉しくなって叫ぶと、それを拾ってじっと
自分の行動を見ていたらしい男に向かって差し出した。
 「とーぞく!それもって、ばいばいしろ!」
(こ、これで、助かったよな?)




 金貨2枚でもお金はお金だ。
女でもない自分を攫っていっても何の意味も無いだろうし、このまま立ち去ってくれるだろう・・・・・そう思った蒼は内心安堵してい
たが、なぜか男は差し出した金貨を取ろうとはせず、じっと蒼の顔を見ている。
 無言の凝視は居心地が悪く、蒼はじりじりと後ずさりながら言った。
 「た、たりない、かっ?」
 「お前・・・・・」
目の前の男の紫の瞳が眇められた。
(う、うわ・・・・・)
普段見ることが無い変わった瞳の色に、蒼は少しだけ弱腰になってしまう。まさかこのまま何かされるとは思わないが、明らかに男
のまとっている雰囲気が悪くなったように感じたのだ。
(な、なにか、武器になるもの・・・・・っ)
 今手にしている小刀を使うつもりは無かった。慣れていない自分が不用意に振り回してしまえば、相手に怪我をさせてしまうか
もしれない。
撃退出来る程度のものだったらいいが、もしも深い傷を負わせてしまったら・・・・・そう思うと、とても怖くて出来なかった。
 「・・・・・!」
 足元に転がっている石を投げつけるか、それとも砂をぶっ掛けるか・・・・・辺りを見回していた蒼の目に、長く細い木の枝が1本
落ちているのが見えた。近くに大木があるので、あの木の枝打ちをした際に出たものかもしれない。
蒼はとっさにそれを手に掴むと、そのまま竹刀を握るように男に向かって構えた。
 「に、にげるなら、いまだ・・・・・ぞっ」




 男は一歩、蒼に近付いてきた。
 「!」
間合いをつめられ、蒼も一歩後に下がる。
(・・・・・隙無いな・・・・・)
 バリハン王国の将軍であるバウエルや、シエンにも共通して感じるような強い、気。男が相当に強いと分かるものの、こうして竹
刀(代わりの枝)を構えている今、男に背を向けることは出来なかった。
(シエン・・・・・ごめん!)
 逃げろというシエンの忠告に反する自分の行動に心の中で謝った時だった、
 「どうした」
 「・・・・・っ」
新たな声に、蒼は反射的に視線を向ける。
 「うわっ!」
その隙を待っていたのか、枝を握っていた蒼の手首は掴まれ、男の腕の中に拘束されてしまった。
 「なっ、なにする!はなせ!」
 「・・・・・なんだ、その子供は」
 「迷子かと思って声を掛けたんだが、どうやら俺を強盗だと思ったらしい」
 「・・・・・お前をか?」
 「そんなに人相が悪いとは思わないんだが」
 「女と子供じゃ意見も違うだろ」
 「・・・・・」
(な、なんだ、この会話・・・・・)
 所々聞き取れない単語はあるものの、どうやら会話を聞いているだけでは紫の瞳の男は強盗ではないようだ。
蒼は、今現れたもう1人の男に視線を向けてみた。年恰好は紫の瞳の男と変わらないようだが、髪の色は黒い。瞳の色は、同じ
ような紫色だが、もう少し赤み掛かっている感じで、やはり見慣れないその容貌に、蒼はぞくっと背中を振るわせた。




 男に拘束をされてしまった蒼は、今度こそピンチだった。
両手も使えず、蹴りをしても2人同時に倒すことはとても無理だ。
(大声で助けを呼ぶなんて恥ずかしいけど・・・・・っ、でもっ、仕方ないか・・・・・っ。え、えっと、人殺しやチカンって言っても人は出
てこないって言うよな?一番いい言葉は・・・・・)
 「か、かじだあああぁぁぁ!!!」
 「おいっ」
 いきなり叫んだ蒼に驚いたように、男が手の平で口を塞いでくる。
その瞬間、拘束が緩んだと分かって男の脛を蹴り、思わず手を離してしまった男の側から走って逃げようとした蒼は、
 「ソウ様!」
 「ソウ!」
 「・・・・・っ、カヤンッ!ベルネッ!」
 建物の影から現れた頼もしい2人の側近の姿を見て、足から力が抜けてしまった蒼はへにょっとその場に尻餅をついてしまった。
 「ソウ様ッ」
その蒼の側に駆け寄ってきたカヤンは、まるで守るようにその前に片膝をついて蒼の身体を隠し、、ベルネは2人の男に対して剣
を構える。
 「お前達、何者だ」
 何時もは蒼に小言や皮肉ばかり言うベルネの声が、力強く聞こえ、後ろ姿も正義のヒーローのように思えた。
(た、助かった〜)
取りあえず、何とか危機は脱したようだと、蒼はカヤンの服を握り締めて安堵の息をついた。




(紫の瞳・・・・・どこの国の人間だ?)
 ベルネは剣先を男達に向けながら、その容姿でどの国の人間かを注意深く観察した。
2人共紫の瞳を持っているが、その髪の色は全く違う。いくら多民族国家とはいえ、これ程の違いはあるのだろうか?
 「・・・・・物騒だな。こちらは剣も抜いていないというのに」
 「・・・・・名は?」
 「お前はシュトルーフの役人でもないだろう?答える義務はないと思うが」
 「セルジュ」
皮肉気に言う金の髪の男よりも少し年上らしい黒髪の男が、呆れたように口を開いた。
 「始めから喧嘩腰になるな。私達は、その子供に危害を加えるつもりは無かった。今もそうだ、その剣を下ろしてくれ」
 「・・・・・」
 ベルネはじっと黒髪の男を見た。
剣を突きつけているというのに、少しも恐れた様子など見せない度胸の大きさは、ベルネにも男がただ者ではないことを感じさせる
のに十分だった。
 実際に相手は腰の剣を抜いていないが、相当の手練だろう。問題を大きくしないためにも、ベルネは剣を下ろした。
 「すまないな。私はアルベリック、こっちはセルジュ」
 「・・・・・私はベルネ、あちらはカヤン」
 「黒い瞳の子供は?」
アルベリックに諌められたセルジュが、腕組をしながら聞いてきた。その視線の先には蒼がいる。
 「・・・・・」
(言わない方が・・・・・いいな)
 黒い瞳は見られてしまったが、まさかこんな子供が世に名高い《強星》とは思っていないだろう。ベルネは蒼の素性は秘密にして
おくべきだと思った。
 「・・・・・あの子は、ソルマ」
 「・・・・・先程は、ソウと聞こえたが?」
 「通称だ。我らは貴族の子息であるあの馬鹿息子の護衛をしている。迷惑を掛けたのならばこちらこそ申し訳なかった」
 「いや、急に声を掛けたこちらも悪かった」
どうやらこの黒髪の男・・・・・アルベリックは話が分かり、冷静な男のようだ。ベルネはこちらの男と話をすることにした。