蒼の光   外伝




蒼の引力






                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 何だかベルネにあんまりな言い方をされている気もしたが、実際に迷子になって迷惑を掛けてしまったのは事実だ。
蒼は口を尖らせたまま賢明にも文句を言わなかったが・・・・・そんな蒼を振り返ったカヤンが、厳しい表情のまま全身に視線を向
けてきた。
カヤンにも文句を言われるかと思ったが、彼は蒼の身体のどこにも傷付いた様子が無いことを確かめると、ほっと安堵したように息
をついた。
 「ソ・・・・・ルマ様、もう勝手な行動はおやめ下さい」
 「・・・・・」
 カヤンもベルネにあわせて蒼を偽名で呼ぶ。
そこまで警戒しなければならないのかと思ったが、先程の金髪の男・・・・・セルジュと言われた男の剣幕を思い出すと、変に係わ
りを持たない方がいいかなとも思え、素直にコクンと頷いた。
 「うん、分かった。ごめん、カヤン」
 「・・・・・」
素直に頷いた蒼にカヤンはそれ以上何も言わず、今度はその眼差しを2人の見知らぬ男達の方へと向けた。




 「表通りの市で、引ったくりに遭ってしまったんだ。それゆえ、見知らぬ相手に警戒をしてしまった。唐突に剣を突きつけてしまった
こと、本当に申し訳ない」
 ベルネは改めてそう謝罪すると頭を下げた。
本当なら蒼の身体を確保したら早々にこの場を立ち去る方がいいとも思っていたが、目の前のこの2人がどうも気になってしまった
のだ。
(ただの商人や、村人には思えない・・・・・)
 剣を向けられても動じず、アルベリックという男はともかく、セルジュという男の方はふてぶてしいほどの尊大な態度を取っている。
貴族や高官といった風体でもないこの2人の正体を、きちんと把握しておいた方がいいと思った。
(ソウの瞳を見られてしまったんだからな)
 後々何か問題が起きる前の対処のつもりだったベルネだったが、アルベリックもなかなか一筋縄ではいかなかった。
 「その衣装に容姿・・・・・バリハンの民か?」
 「・・・・・そうだ」
 「確か、バリハンには最近もう1人の《強星》が現れたと聞いているが」
 「・・・・・それで?」
 「エクテシアに現れた《強星》は、黒髪に黒い瞳らしいが・・・・・」
そこで言葉を切ったアルベリックの視線は蒼の方を向いていた。
明らかに目で分かる蒼の容姿。この世界に黒い瞳の者がいないということをこの男も知っての言葉だろうが、もちろんこんな正体
不明の男に蒼の素性をバラすわけにはいかなかった。
 ベルネはとっさに、以前シエンが使った嘘を口にする。
 「・・・・・アブドーランの血が混じっているからだ」
 「アブドーラン?」
アブドーラン・・・・・それは、この世界の半分は占めるという未開の土地の総称だ。今だどんな民族が住んでいるのか、どんな文
明が栄えているのかも知られていないその土地のことは、どの国の調べもまだ行き届いていない謎の地。
以前シエンは自分の両親に蒼の素性を隠した時に、その地の名前を利用したのだ。
 「そうだ。血筋の複雑な事情を話すことも無いが、この瞳の色はそういうわけだ」
(アブドーランの名を出せば、ソウの黒い瞳もごまかせるはずだ)
 それでも、これ以上はここにいない方がいいかもしれない。
一つの嘘をつけば、更にそれをごまかす嘘をつかなければならず、観察眼の鋭そうなこの男達を最後まで欺き通せるかは分から
なかった。
 「とにかく、助けて頂いて礼を言う」
 早口にそう言ったベルネがカヤンと蒼を促そうとした時だった。
 「おかしな話だな」
皮肉気に口を開いたのはセルジュだ。
セルジュは紫の瞳を眇め、腕組をした手を解かないまま、チラッとアルベリックに視線を向けた。
 「確かに」
 そんなセルジュの態度を諌めることもなく、アルベリックも口元に苦笑を浮かべて言う。
 「アブドーランの民に、黒い瞳の者はいないはずだ」
 「・・・・・」
きっぱりと確信したように言う言葉に、ベルネはきつい眼差しを向けた。
 「まだ全容も知られていない未開の地のことを正確に見知っているわけではあるまい」
 「それが、私達には分かるんだ」
 「・・・・・」
 「私達はアブドーランの民だからな」
 「!」
思い掛けない言葉に、ベルネは思わず息をのんだ。




 「・・・・・っ」
 「・・・・・っ、カヤン?」
 自分の姿を男達の目から隠すように肩を抱いていたカヤンの手に、不意に力が入ったことに気付いた蒼は、いったい何があった
のかとその顔を不安になって見上げた。
 「なに?どした?」
 「・・・・・」
 「カヤン?」
 「・・・・・言葉が聞き取れませんでしたか?」
 「う、うん、ごめん」
 男達の外見や気配や態度の方が気になっていて、その言葉は耳に聞こえるものの、ちゃんとした単語となって耳には届いてきて
いなかった。
(な、なんか、大切なこと話してたのか?)
自分が何を聞き逃したのか、蒼はカヤンの腕を掴んで揺する。
 「カヤンッ、何いった?」
 「・・・・・あの者達はアブドーランの民、だと」
 「あ、あぷーらん?」
(・・・・・あれ?どこかで聞いたことある、ような?)
 「シエン王子の口からお聞きになったことはありませんか?以前、あなたの素性を隠すさいに出た名前です」
 「・・・・・あっ、みっかの地?」
 「未開の地です。あまりにも広大な領土であるため、かの地の詳しい調査はまだどこの国も出来ていない状況のはずです。知ら
れていないからこそ、あの者達が本当にアブドーランの民だとは・・・・・」
 「・・・・・」
(まだみんなが知らない土地・・・・・そっか、まだまだこの世界は広いんだったっけ)
 この世界が、四大国と、その他の小国で出来ていることは蒼も勉強した。そして、それ以上に大きな未開の地がまだ多く残って
いることも聞いた。
 総称でアブドーランと呼ばれているが、幾つの民族に分かれているのかも、その容姿の特徴もまだ分かっていないと聞いていたの
で、カヤンやベルネにも目の前の男の言葉が嘘か真か判断がつかないのだろう。
(そこが、ぜ〜んぶ1つの国だったとしたら、それこそ今の4つの大国以上のおっきな国ってことだもんな)
 バリハン王国にとっても大きな問題となるそのことに、ベルネが慎重に、そしてカヤンが緊張するのも分かる。
だが・・・・・。
 「ソウッ」
 蒼はカヤンの手を振り払って、対立するように立っている3人の側へと足を向けた。
 「おい」
いきなり近付いていった蒼に、ベルネは引っ込んでいろとでもいうような険しい眼差しを向けてくるが、蒼とすれば今回の旅の責任
者は自分であるという自覚がある。
 「ソウ」
 「いーから」
 蒼は自分を止めようとするベルネの前に立つと、2人の男・・・・・特に、金髪に紫の瞳の不遜な男、セルジュを真っ直ぐに見上
げながらきっぱりと言った。
 「お前、ホンモノのあぷーらんの人間?」
 「アプーラン?」
 「うそ、言ってないか?」
嘘か、真か、本人達に確かめるのが一番早い。
蒼は直球で疑問をぶつけた。






 「うそ、言ってないか?」
 そう言いながら、その黒い瞳の中には疑いの色は無い。捻くれていない、真っ直ぐなその言葉に、セルジュは思わず口元を緩め
た。
 「面白いな、お前」
 せっかく迷子だと思った子供に声を掛けてやったのに、盗賊に間違われたことが面白くなくて不機嫌な態度を取っていたが、こ
んなにも真っ直ぐな眼差しを向けられると笑みも漏れる。
 しかし、自分の正体を告げる前にと、セルジュは少年を見下ろしながら言った。
 「お前、名前は?」
何と答えるか・・・・・その答えは分かっていたと思う。
 「ソウ」
 「ソウッ」
 「ソウ様っ」
 「なるほど、お前がバリハンのシエン王子の正妃になったもう一人の《強星》か。こんな子供だとは思わなかったが・・・・・」
 子供子供と連呼すると、蒼は面白くなさそうな顔をする。もしかしたらその背格好は成熟はしていないものの、それなりの歳な
のだろうか。
どちらにせよ、正直に答えてくれた相手に、自分も正直に答えようと思った。
 「世間では、アブドーランという名は、一つの未開の土地の総称として知られているが、実は大きな5つの民族から出来ている。
ツェラーン、コンロイ、ハリク、レイゼン、グランダ。まあ、他にも少数民族はいるが、この5部族で成立しているといってもいい」
 いったん、そこで言葉を切ると、セルジュは蒼の目線まで身を屈めた。初めて見る黒い瞳は、こうしていると引き込まれそうな感
じだ。
 セルジュは、今自分の言った言葉を賢明に理解しようとしている蒼を見ながら、左手の中指にしている指輪を見せて言葉を続
けた。
 「俺は、その中のグランダ族の族長だ」