蒼の光 外伝
蒼の引力
6
※ここでの『』の言葉は日本語です
「・・・・・」
「・・・・・」
「どうした?」
目の前の男の紫色の目が、楽しそうに細められている。
その目をしばらく見返していた蒼はやがて後ろを振り向くと、強張った表情で自分と男のことを見ているカヤンとベルネに訊ねた。
「ぞちょーって、何?」
「ソ、ソウ様」
男が何か重要なことを話していることは分かるし、その単語もなんとなく聞き取れはしたものの、その意味まで直ぐに頭の中に思
い浮かぶことが出来なかった。まだまだこの世界の言葉を勉強中の蒼にとって、聞いたことが無い単語と、少し癖のある男の話し
方は、単に音としてしか耳に届かないのだ。
(確か、ぞちょーって、言ったのは確かだよな?何だろ、それ)
「なあ、カヤン」
「・・・・・聞こえませんでしたか?」
「聞こえたけど、よくわからない。ぞちょーって、何?」
顔を顰めながら蒼が言うと、カヤンはようやく真っ直ぐに蒼を見てくれた。常に蒼の側にいて世話をしてくれているカヤンには、蒼の
語学力のことは改めて伝えなくても納得がいくもののようだ。
「ゾチョーではありません、族長と言われたのです」
「ぞ、ぞくちょー?」
「そうです。国になるほどに規模は大きくなくても、ある民族が一つの秩序の上で生活している中の長のことです。今まで私達は
アブドーランの民は単一の種族だと思っていましたが、今の話によると多民族が暮らしているようですね」
「・・・・・」
半分は蒼に聞かせるように、もう半分は自分自身に納得させるようにカヤンは呟くが、蒼は今のカヤンの説明の半分近くはよく
分からなかった。
ただ、目の前にいる者達が、以前シエンが言っていた未開の地のアブドーランの人間であることはなんとなく分かる。
(・・・・・じゃあ、ぞくちょーって、族長ってこと?俺、偉い立場の相手に棒を突きつけたってこと?)
手に持っていたものは確かに木の枝だったが、蒼は明らかな脅しを込めて相手に向けていた。もしかしたら、あの行為は国際問
題になったりするのではないだろうか。
(ま、まずいじゃんっ、それって!)
蒼が内心慌てている以上に、ベルネはこの場をどう収拾するか苦慮していた。
相手に蒼の正体がばれたばかりが、この男自体がただの商人でも旅人でもなく、一つの民族の長ともなれば、自分が剣を向けた
ことは大きな問題になるはずだろう。
(王子にご迷惑をお掛け出来ないが・・・・・っ)
ここに、自分ただ1人であったら、相手の望むまま、それこそ腕1本でも切り落として謝罪をするが、ここには祖国バリハン王国に
とって、主君シエンにとってなによりも大切な存在の蒼がいる。蒼を守り通すためには、このまま全て相手の言いなりになることなど
はとても出来なかった。
(・・・・・カヤンにソウを連れてこの場を立ち去ってもらうか・・・・・)
とにかく、この場に蒼がいないようにするしかない。
手に握り締めている剣をあからさまに鞘に戻すのも情けないが・・・・・そう思いながらベルネが動き掛けた時だった。
「ごめんなさい!」
「ソウ様ッ」
その前に、蒼が男・・・・・グランダ族の族長と名乗ったセルジュに向って頭を下げた。
「俺、まちがった。うたがって、ごめんなさいっ」
「・・・・・」
セルジュは黙って蒼を見ている。ベルネはそんな蒼の腕を掴んだ。
「お前は皇太子妃だぞっ!軽々しく頭を下げるなっ」
「え?かるがるじゃないよ?俺、悪いことしたから、あやまってるだけ」
「ソウ」
「あやまるの、おかしくないだろ?」
蒼にとって、自分の非を認めることはごく当たり前のことで、それによって頭を下げることは当然の行為だと思っているらしい。
普通ならば、大国といわれる国の皇太子妃という立場である者が、それよりも格下である部族の族長に頭を下げることなどしな
くてもいいはずなのに・・・・・。
(お前、俺を・・・・・)
部下であるベルネの失態は、主人である自分の責任だと思っているのだろうか(その切っ掛けは、明らかに蒼が原因ではあるの
だが)。
何の思惑もなく素直に頭を下げる蒼を見て、セルジュは心の中にあった僅かな意地も解けていく気がした。
奇異な瞳の色のせいで、迫害されることも少なからずあり、出身を言えば「ああ、あの未開の」と蔑みの目で見られた。
いくらセルジュが族長だと言っても、しょせん、未開の地の、ある部族の長だ。バリハン王国という大国の、それも皇太子妃から見
れば、とても小さな存在だろうと勝手に思ってしまった。
(そういう、自分の心の方が卑しいということか)
「頭を上げてくれ」
「・・・・・え?」
「俺も、言葉が足りなかった」
「・・・・・ゆるして、くれる?」
「別に、始めから怒っちゃいない」
少しだけ見栄を張って言うと、蒼はほっと安心したように笑って見せた。その顔は子供っぽく、とても皇太子妃という高貴な身分
の者には見えない。
(・・・・・ああ、そういえば、男か)
この瞬間まで気にしていなかったが、確かに目の前にいるのは少年だ。
バリハン王国に現れた黒い瞳の《強星》が、皇太子シエンの妃になったという話は聞いていたものの、その性別は今の今まで女だ
と勝手に思っていた。
(王族が同性と結婚するのは珍しいが、まあ、《強星》だからなあ)
アブドーランに暮らしていても、《強星》の言い伝えは耳にしている。
ふと、セルジュは頭の片隅で思ってしまった。
(このまま、こいつを連れ去ることが出来るんじゃないか?)
その存在を手に入れた者は、この世界を手にすることが出来るといわれている《強星》。その尊い存在が、手の届く場所にいる。
「・・・・・」
「・・・・・?」
「・・・・・」
見ているだけではとてもそんな価値のある少年だとは分からないが、一風変わっているというのはよく伝わってくる。どちらにせよ、
このまま別れてしまうのは勿体無く思え、セルジュはにっと笑みを浮かべた。
「どうだ、お近付きの印に、何かご馳走しよう」
「えっ?」
少年の顔が、その瞬間に輝いたのが分かるが、直ぐに側にいたお付の男が諌めるように声を掛けてくる。
「ソウッ、お前また何に釣られてるんだっ」
「だ、だって〜」
側近に叱られ、口を尖らせている少年。何だか見ているだけで口元に笑みが浮かんでしまった。
「ごはん!ごはん食べないと、歩けないって!」
あくまで、誘いに乗るわけじゃないと主張した蒼だったが、今目の前でグランダ族の族長、セルジュと肩を並べて(体格が違うの
で、蒼の頭は男の肩くらいしかない)歩いている。
「どうする」
カヤンは小声でベルネに言った。
あれから、行方知れずになった自分を皆が捜していると聞いた蒼は、先ずは謝るのが先だと市のある表通りへと向かった。
幸いなことに、先ずは市の中を捜そうとした者達が多かったせいか、早い時点で一同は再会し、蒼は勝手をしたことを謝罪して
いた。
その間も、セルジュとアルベリックは側にいて、そんな蒼と兵士達の様子をじっと見つめていた。
見知らぬ男達の姿に、当然皆は怪訝な眼差しを向けたが、蒼が助けてもらったと一言言うと、それ以上の忠言は出来ないよ
うだ。
相手の立場が立場なだけに、あのまま別れて角がたってもと、一応食事は了承したが、これでそのまま簡単に旅立つことが出来
るのかといえば・・・・・首を傾げるところだ。
(どうやら、あのセルジュという男・・・・・ソウ様に興味を持ったようだし)
何の為にこのシュトルーフに滞在しているのかは分からない為、余計にその思惑が気になってしまうものの、今の自分達に大き
な判断をすることは許されるのだろうか。
「伝書を送って、王子の判断を仰ごう。一番早いソリューで向えば、2、3日で着く」
遅れてメルキエ王国にやってくるシエンに、もう少し早い出発を願うか、それとも、取り急ぎ今回のことでセルジュに対する対応を
命じてもらうか、どちらにせよ、勝手に判断していいものではないように思えた。
「どちらにせよ、今日はここで宿を取る予定だった。明日、何事もなく出立出来ればいいが・・・・・」
「・・・・・分かった、直ぐに手配しよう」
「へ〜、じゃあ、みんなその目の色じゃないんだ」
隣を歩く少年・・・・・蒼の足は、自分と歩幅が違うせいかまるで飛び跳ねているように見える。子供が何か楽しみを見つけては
しゃいでいる様にも見えて、セルジュは思わずくくっと笑みを零してしまった。
「そんなに珍しいか?」
「きれーな色だよ」
「・・・・・」
この奇異な目の色が綺麗だと言われたことは今までに無く、セルジュはどう言っていいのか、言葉に詰まってしまう。
しかし・・・・・。
「あ、もちろん、空の色がいちばんきれーだけど」
直ぐに、付け足して言った言葉に、しんなりと眉を潜めてしまった。
「空の色・・・・・」
青い瞳は、この広い世界の中にもかなりいるが、大多数はバリハンの民が多く持つもののはずで、蒼が言っているのは、バリハン
王国の皇太子、シエンの目の色のことだと想像がつく。
(自分の夫の目が、一番綺麗だと言いたいのか)
なんだか、少し面白くなかった。
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