蒼の光   外伝3




蒼の再生




10

                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 「あなたも十分休んでくださいね、ソウ。まだ大変な旅は続くんですから」
 「心配し過ぎだって。・・・・・大変なの、俺じゃないし」
 「ソウ」
 言ってしまってから、蒼は失敗してしまったと思った。こんなふうに言ってしまうと、返ってシエンが心配してしまうだろうというのは想
像出来たはずだ。
(・・・・・でも、嘘ついたって直ぐにバレそうだし・・・・・)
 元々勘の良いシエンは、蒼のことも良く見ていてくれるので感情の動きも敏感に察してくれる。言葉が必要ないというのは楽だと
いう反面、何でもわかってしまわれると隠し事が出来ないという問題もあった。
 「あなたが気に病むことなど何もないんですよ。ヒューバードや他の兵士たちも、私たちを守ってくれることが任務なのです。彼らに
任せておくということも、彼らのためになっているんですよ」
 「・・・・・うん」
(守るにしても、こっちが勝手をしたんじゃ大変だろうし)
 穏やかなシエンの言葉に、蒼は直ぐに頷いた。しかし、どこかでそれは無理だよと言い訳もする。
シエンを始め、周りの皆に守られ、支えられている状態で自分がすることなどほとんどなく、そうなるとかえって気持ちだけが焦ってし
まうのだ。
(メルキエ王国に着くまで、みんなが無事じゃないと)
自分やシエンだけでなく、この旅の一行皆が無事でなければ意味がない。盗賊に狙われてしまったせいもあるのか、蒼はいっそう
気を引き締めなければと思っていた。
 「ソウ」
 そんな蒼の張り詰めた気持ちに気付いているのかどうか、シエンが手を伸ばして頬に触れてくる。なんだかそれだけで高まっていた
気持ちが落ち着いた気がした。
 「王子、ソウが暴走するのは覚悟した方がいい。こいつも、ただおとなしく守られているのは居心地が悪いんじゃないか?」
 「セ、セルジュッ」
 それまで黙って自分たちの会話を聞いていたはずのセルジュが、意地悪く笑いながらそう言った。蒼は慌ててその口をふさごうとし
たが、軽々と腕を掴まれて反対に抱き寄せられてしまう。
 「まあ、それがソウだし、王子もわかっているんじゃないか?」
 「!」
 そのまま耳元で囁かれ、首を竦めた拍子にフワリと身体が浮き、今度はシエンの腕の中へと抱きしめられていた。
 「ソウ、私の目の前で他の男に抱き寄せられるというのは感心しませんよ」
 「え、あ、あの、い、今のはっ」
自分にとってまったく他意はないのにそう言われ、蒼はどう反応していいのかわからない。ただ、シエンの腕の中で1人焦り続けてい
ると、やがて軽い笑みの気配と共に柔らかな唇の感触を頬に感じた。
 「後もう少しです」
 「・・・・・うん」
 「大丈夫。皆無事にメルキエ王国に着きますよ」
シエンの言葉に頷き、蒼は寛ぐ兵士たちへ視線を向ける。大丈夫・・・・・そう心の中で言い聞かせながら、残りの旅程に思いをは
せた。




 それから数日。
蒼が懸念していたような大きな事件や事故もなく、一行はメルキエ王国の国境に辿りついた。ここから王都まではさらに2日ほどは
掛かるだろうが、身に危険が及ぶようなことはほとんどないはずだ。
 「じゃあ、俺たちはここで」
 国境の門が見えた時、ヒューバードはそう言ってソリューの足を止めた。
 「ご苦労だった」
本人たちは口にしなかったが、護衛としてここまで付いてきてくれたのだろう。確かに、砂漠を知りつくしたヒューバード達との旅は最
短距離であったし、途中何度も水場に寄っては一行の疲れを癒してくれた。
 特に、ひ弱ではないものの、砂漠の旅に慣れていない蒼には随分と楽な旅になったと思う。
 「ヒューバード」
 「そんな顔をするな」
どうやら蒼は王宮まで一緒に行くと思っていたらしく、驚いたようにその名を呼んでいる。そんな蒼に向かい、ヒューバードは目を細め
て笑った。
 「俺たちみたいなのは、めでたい席に顔を見せない方がいい」
 「でもっ」
 「楽しんでこいよ」
 「・・・・・」
 自分たちの立場をよく理解しているヒューバードの言葉に、蒼もそれ以上は何も言えないらしい。寂しそうな表情ながらさらに継
いで何かを言おうとはしなかった。
蒼が納得したのがわかったのかヒューバードは改めてシエンに向き直り、直立不動で挨拶をする。
 「では、シエン王子、我々はまた砂漠の警備に戻ります」
 「頼む」
 これからまた、ヒューバードたちは盗賊相手の厳しい任務に戻るのだ。今度会うのは何時になるかわからないが、その無事をシエ
ンは心から願う。
 「またな、ソウ!」
 「気をつけて!」
 子供のように大きく手を振って彼らを見送る蒼は、しばらくその場から動こうとしなかった。
 「・・・・・行きましょう、ソウ」
再び砂漠に引き返す彼らを見送ったシエンは蒼を促すと、ゆっくりと国境の門に近付く。
既に先遣隊を向けていたので到着はわかっているメルキエ王国の国境の警備兵たちは、整列して自分たちを出迎えてくれた。
 「ようこそお越しくださいました!」
 その中の年配の男が一歩進み出て深く頭を下げる。どうやらここの責任者のようだ。
 「わざわざの出迎え、感謝する」
 「新王より、バリハン王国の皇太子ご夫妻にはくれぐれも失礼のないよう出迎えるようにと仰せつかっております」
 「エルネスト殿が・・・・・」
彼の思惑を正確に感じ取り、シエンは苦笑を洩らした。
エルネストが蒼に対してどんな種類の思いを抱いているのかはわかっているつもりだし、多分それはシエンの思い過ごしなどでは
ないだろう。
 人の思いというものは他人が意見を言っても変わるものではない。しかし、もちろん蒼を誰かに譲るつもりはないし、今回は自分
たちもその経緯に多少かかわったという自覚があるからこそ、戴冠式に出席することにしたのだ。
(良い機会だし、ソウのことをきっぱりと諦めてもらおう)
 「来賓の方々はほとんど揃っておられるのだろうか?」
 戴冠式まではまだ3日ほどある。他国の要人たちはどれほど揃っているのだろうか。
 「ほとんどの方々がいらっしゃっておられます」
 「エクテシアのアルティウス殿は?」
 「エクテシアの王御一行は、王妃様が旅に慣れていらっしゃらないからとかなりゆったりとした旅程を組んでいらっしゃるとのことで
す。予定では2日後にお着きになられると思いますが」
シエンはユキの面影を思い浮かべ、確かにと直ぐに納得をした。か弱い有希がこの砂漠を旅するのはかなり過酷だろうし、その有
希を溺愛しているアルティウスが戴冠式の日にちよりも有希の体調の方を重視するのは目に見えている。
 「そっかぁ、ユキとはまだ会えないんだ」
 蒼の寂しそうな呟きに、シエンは優しく肩を叩く。
 「2日など直ぐですよ」
 「・・・・・うん、そうだな」
 「シエン王子、長旅の汚れを流していただくために湯殿の用意を整えております。どうかごゆっくりなさってください」
 「お気遣い、感謝する」
気を張って元気に見えるものの、蒼はきっと今にもこの場に座ってしまいたいほどに疲れているだろう。湯に入る事が好きな蒼にとっ
て、この気遣いは随分と助かるものだった。




 早く王都に着いた方がいいような気がしたが、シエンはせっかくの好意を無駄にしないようにと湯を浴びるよう勧めてきた。
蒼は少し悩んだものの、汚れを洗い流すという誘惑には勝てなくて、案内された湯殿に向かい、温かい湯船に身体を沈めた。
 『あ~、極楽極楽』
 溜め息と共に思わず日本語でそう呟いた蒼は、今自分がいる場所をぐるりと見渡した。
バリハンの王宮で泳げるほど大きな風呂に入り慣れたせいか少々狭く感じるが、それでも4、5人の大人が一緒に入れるほどの
広さのそこは壁も天井も床も石で出来ていた。
 湯の温かさが石にも伝わり中は温く、外の暑さは石のせいで遮断されている。
 「・・・・・ふぅ~」
手や足を目一杯伸ばしてみると、バリバリと音がするようだ。まだまだ元気だと自分では思っていたが、気付かないうちに身体は随
分と疲れていたらしい。
(シエンやみんなは、もっと疲れてるだろうな・・・・・)
 砂漠の旅に慣れていない自分をずっと守り、気遣ってくれた彼ら。彼らの疲れを癒すためにも、こうしてここで一呼吸置いたのは
結局は良かったのかもしれない。
そこまで考えられず、先の先を考えていた自分の焦りを改めて反省しようと、蒼はバシャっと湯で顔を洗った。

 「あっ」
 ゆっくりと湯につかって出てきた蒼は、広間で寛いでいたシエンやセルジュたちのもとに向かった。
着替えている彼らを見て、自分だけが呑気に湯につかっていたのだと慌てて駆け寄る。
 「ごめんっ、遅くなった!」
 小ざっぱりした蒼を見て、シエンの笑みが深くなる。こうしてみると彼の疲れも取れたように見えるので、やはり僅かな時間でもこう
して休憩をとることは良かったのだとつくづく思った。
 「いいえ、疲れは取れましたか?」
 「う、うん」
 「俺たちは長湯が苦手なだけだ、気にすることはないさ」
 シエンとセルジュに交互に言われ、蒼はようやく笑みを浮かべる。確かに、この世界の人はあまり風呂を重要視していないらしく、
湯船に浸かってのんびりと過ごすという姿はほとんど見なかった。
 周りを見れば、同行した兵士たち皆落ち着いた様子だ。
 「もう、出発する?」
 「・・・・・大丈夫ですか?」
このまま出立出来るのかと問われ、蒼は力強く頷いた。本当はこのまま柔らかなベッドで寝てしまいたいほど身体は疲れていたが、
もう王都は目の前なのだ、早く行って皆を任務から解放してやりたい。
 「大丈夫だよ、行こう」
 「・・・・・ほら」
 「あ~、わかったわかった」
 自慢そうに笑むシエンと、呆れたように眉を顰めるセルジュ。一体どうしてこんな表情をするのだと2人を交互に見つめると、アルべ
リックが淡々とわけを教えてくれた。
 「こいつが王子に言ったんだ、ソウを1日ゆっくり休ませてやれって。だが王子は、きっとソウは先に進むことを望むだろうと言ってな。
どちらの言葉が正しいか、勝手に勝負をするって言いだして・・・・・」
 「・・・・・なんだ」
(それなら、シエンが勝つに決まってるのに)
 誰よりも蒼のことを考えてくれるシエン。何時も先の先を読んで行動してくれるので申し訳ないくらいだが、だから安心して彼にす
べてを委ねることが出来る。
 「セルジュ、あともう少しなんだからガンバロ!」
 「はいはい」
 いい加減な返事だったが、この旅の間彼が十二分に力を発揮してくれたのはわかっていたので、蒼は笑いながらわざとバシッと背
中を叩き、嫌な顔をされて余計におかしくなってしまった。




 国境の警備兵たちに見送られ、蒼たちは王都に向かって旅だった。
まだ砂漠の近くなので家などはないが、道はかなり整備をされているのでソリューの速度もかなり速くなる。
 「ねえっ、ずいぶん変わった感じしないっ?」
 走るソリューの上でそうシエンに問い掛けると、シエンも直ぐに肯定をしてきた。
 「確かに、以前来た時とは違いますね」
 「そうだろっ?」
前回、シエンの妹姫に会いに来た時訪れたメルキエ王国は、なんだか活気がない、大国とは思えない国の様子だった。
しかし、今は王都に続くこの道には多くの商人や旅人が行きかい、家はないがその旅人相手の宿や店屋が点在をしている。
 今回の戴冠式に合わせての賑わいもあるだろうが、活気が段違いに違う気がした。
 「これも、エルネストがガンバったからかなっ?」
先王の間違った道を正し、なおかつそこから国を繁栄させることはかなり時間がかかるはずだ。それを、こんなに短期間でやってし
まえるエルネストは上に立つ者としてかなり有能だろうし、それだけ熱意を持っていたということだろう。
(でも・・・・・)
 蒼はシエンを見つめる。
(シエンだって、負けてないよな)
大国の王子として生まれた彼は恵まれていると思われがちだが、それだけ重い期待と責任をずっと背負ってきたはずだ。その中で
着実に次期王として歩んでいる姿を直ぐ間近で見ている蒼にとって、彼ほどの努力家はいないと思っている。
 「ソウ?」
 「・・・・・あと、少しだねっ」
 蒼は意識を前方へと向ける。まだ目には見えないが、もう間もなくメルキエ王国の王都だ。
早く早くとせかされるような気分になりながら、蒼はしっかりと手綱を握り締めた。






                                                      








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