蒼の光 外伝3
蒼の再生
9
※ここでの『』の言葉は日本語です
皆の食事を作り、配膳している間も、蒼は先程捕らえたばかりの盗賊達のことが気になった。
最低限の飲食は与えるが特別な待遇はしない・・・・・そう言う兵士たちの気持ちは本当によくわかるが、彼らの目の前で食事をす
るという行為がいいのかどうかさえも考えてしまう。
「ソウ?どうしましたか?」
口数が少なくなってしまった蒼に、シエンが話し掛けてきた。
しかし、蒼は自分の中のモヤモヤをどう説明していいのかわからない。ただの感傷で罪を犯した者を可哀想だと思うのは・・・・・もし
かしたら間違いなのかもしれないからだ。
「・・・・・いい」
「ソウ」
シエンの声を振り切り、食事の準備を続けていた蒼だったが、やはりどうしても無視することが出来なくて、チラチラと視線を向け
てしまう。
すると、不意にポンと肩を叩かれた。
「ヒューバード?」
「あんたが気にすることはない」
「・・・・・」
それは、兵士にも言われた。しかし、盗賊達も生きるためにこんな犯罪を犯したはずだ。もちろん、その方法はけして正しくはない
と思うが、そこに至るまでの気持ちを考えると居たたまれない。
「俺達が言えることじゃないが、罪を犯せばそれなりの罰を受けなくちゃいけないんだと思う」
「ヒューバード」
「まあ、あんた達に捕まって良かったのかもしれないな。あの王子のことだ、単に罰を与えるだけじゃなく、生きる方法を教えてや
るだろうし」
「生きる、ほーほー・・・・・」
「新しく人生をやり直せるんだ。ここは甘い態度じゃ無く、徹底的に厳しくしたっていいんじゃないか」
そう言って笑うヒューバードの顔を見ているうちに、蒼も少し笑ってしまった。
確かにここで甘い態度を取ってしまえば、彼らの中の罪の意識が薄れていくかもしれない。ここに至った事情はそれぞれあるだろう
が、ヒューバードたちのように新しい人生をやり直すためにも、厳しい態度で臨むのが正しい。
(それに、シエンはきっと、ちゃんとわかってる)
罰するだけでなく、その先の人生もちゃんと見据える処置をしてくれるだろうと信じられる。
そこまで考えた蒼は、ようやく本当に安心して吐息をついた。
食事が終わると、シエンは蒼と共にヒューバードの砂漠での話を聞いた。
報告は上がってきているが、第三者の口からではなく当人から話を聞くのはとても興味深い。
元々、人をまとめる資質のあるヒューバードの隊の功績は高く、始めは盗賊を討伐隊にするというシエンの意見に難色を示して
いた大臣たちも納得をする成果を上げていた。
「ほんと、元気そうでよかった」
蒼も嬉しそうに笑っている。
食事が始まる前までは盗賊に襲われたショックからか随分と大人しかったが、今ではようやく何時もの調子を取り戻していた。
ヒューバードが何やら耳打ちをしていたらしいが・・・・・いったい何を言ったのか気にはなるが、些細な妬きもちをここでぶつける
のはさすがに大人げないだろう。
「本当に、苦労をかける」
シエンが労をねぎらえば、ヒューバードがクッと笑みを深めた。
「王子にそんな言葉を掛けてもらえるとは光栄だな」
「ヒューバード」
「別に茶化しているわけじゃない。本当に嬉しく思う」
そう言ったヒューバードは、そう言えばと言葉を続ける。
「メルキエ王国の戴冠式に行くと言っていたが、俺達護衛に付かなくてもいいか?」
真剣な表情になったヒューバードに、シエンも意識を引き締めた。
「何か、懸案でも?」
「そう言うわけではないが・・・・・戴冠式とかいう大きな行事が行われる時、その国境付近には色々と一物を持つ者たちが集ま
るだろうし」
「・・・・・」
(それは、盗賊という存在以外を指し示しているというのか・・・・・?)
蒼の前ということで表現を和らげてはいるが、シエンはヒューバードの言わんとすることに直ぐに見当がついた。
大きな行事がある国に招待される各国の王族や要人たち。裕福な彼らを狙って盗賊が集中するのはもちろん、各国の事情に
よってもっと危険な存在も潜んでいる可能性はある。
「・・・・・今は大国と呼ばれる国々に問題はないと聞いたが・・・・・」
「それでも、火種のない繁栄はありえない」
「・・・・・
ヒューバードの言葉はけして捻くれた見方ではなく、客観的な意見だということはわかっていた。
今回の戴冠式への出席も、決定した時点で安全面に関して万全をきしているものの、忘れてはならないことが一つある。
それは、蒼が《強星》だということだ。
蒼自身は自覚してはいないが、不可思議な力を持っていないとしてもその存在が手の内にあるということだけで、この世界では
大きな意味があるのだ。
(今世では、我がバリハンとエクテシアの二カ国に《強星》が存在している。その2人の《強星》が共にメルキエ王国に集うことは既
に知られているだろう)
自国の繁栄のために、尊い存在である《強星》を欲する国はきっと多い。
その2人共に、それぞれの国の王や王子の正妃となった今でも、その動きは消えることなくくすぶっているというのが現状だ。
「シエン?」
隣にいる蒼は、険しい表情をしているであろう自分の顔を見て心配そうに声を掛けてくる。
(ソウには、心配をさせてはならない)
自身と同じ世界の住人だったという有希との再会を楽しみにしている蒼に、余計な心配をさせて緊張させるのはあまりにも可哀想
だ。
「何でもありませんよ」
蒼に心配を掛けないように言い、シエンは改めてヒューバードに向き合う。
「続けての任務になってしまうが・・・・・」
「構わない」
「ヒューバード」
「あんた達を守れる任務につけるのは光栄だ」
その言葉に、シエンは感謝の意を込めて頭を下げた。
翌日、捕らえた盗賊達を国境の警備兵に引き渡すために、蒼達に同行してきた兵士数人と、ヒューバードたちの仲間数人が
別行動を取るようになった。
蒼はてっきりヒューバードたち皆が盗賊を連行すると思っていたのだが、彼らはこれからメルキエ王国に向かう自分たちに同行
するという。どうしてそんなことになったのか、もしかしたら昨日の会話で何かがあったのではないかと蒼はシエンに訊ねた。
「特に何もありませんよ」
「だって!」
「ですが、彼らが同行してくれたらとても力強いですから」
「・・・・・ホントに、何もない?」
「ソウが心配することは、何も」
まったく何時もと変わらないシエンの態度の中におかしな所はなく、蒼は正体不明の違和感を抱えながらも頷いた。
シエンが言う通り、ヒューバードたちがいて心強いということに違いはないからだ。
「よろしく、ヒューバード」
「暴走してはぐれないようにな、皇太子妃」
「・・・・・」
(ぼーそーって、俺はそんなに子供じゃないぞ)
自分に責任が持てるから自発的に行動しているだけだと言い返したかったが胸の中におさめる。それがいわゆる暴走だという
こともどこかではわかっているからだ。
「行こう、シエン!」
誤魔化すようにわざと大きな声で言った蒼はソリューの背に跨る。
「ええ」
直ぐに頷いてくれたシエンもソリューに乗った。
「メルキエまでまだ少し距離があります。少し早くソリューを走らせますよ」
「わかった!」
少しでも早く。そうすれば、有希に会える日も近い。
そう考えると蒼は心が浮き立ち、少しでも早くソリューを走らせようと思った。
最大限の警戒をしながら、同時に速度は速く。
同行する人間が増えたのにもかかわらず一行の旅程は順調だった。
「砂漠になれてるヒューバードがいるからだよ!」
そう言う蒼の言葉はあながち嘘ではない。頭の中では近隣の地形を熟知しているシエンも、実際に足を運んだことのない場所は
多く、特に砂漠は日々様相を変化させているので慣れた人間がいるのといないのとでは全然安心感は違う。
「ソウ、大丈夫ですかっ?」
ソリューを走らせたままシエンが訊ねると、蒼はうんと元気よく答えてくれた。
「暑いだけ!」
柔らかな肌を傷めないように蒼は特別厚着をしているので、自分達との体感温度はかなり違うのだろう。
だが、それを取ってしまったら蒼が泣いてしまうことになる。そんな蒼を気遣ってシエンは頻繁に休憩を取るように提案するのだが、
当の本人がそれを拒否するのだ。
「・・・・・」
「まったく、あいつはちゃんと自分の限界というものをわかっているのか?」
ようやく何度目かの提案の休憩を受け入れた蒼。大きな岩陰に身体を休めた一行は、それぞれが思いのままに身体を休める。
そんな中でも蒼は見た目は元気そうに皆の周りを回っているが、シエンはそんな蒼を気遣わしく見つめていた。
「・・・・・多分、わかってはいませんね」
そんなシエンの様子に気付いたらしいセルジュが声を掛けてくる。
「自分の身分を鼻に掛ける奴はムカつくが、ここまで自覚がないと心配になるな」
「ソウは、自身も民の1人だと思っていますから」
「・・・・・あいつらしい」
くるくると動いている蒼を見つめ、目を細めてセルジュは笑った。
今回の旅で自国に帰ることは告げられ、それを蒼には言うなと釘を刺されているが、本当にそれでいいのだろうかとシエンは思う。
もちろん、蒼のことを想う男が側にいるのは心配で、用心深くもなってしまうが、それと同時に蒼にとってセルジュはすでに良い友に
なっていた。
(ソウが知ったら・・・・・悲しむだろう)
「セルジュ」
「なあ、シエン」
シエンが何を言おうとしているのかわかっているかのように、セルジュは唐突に口調を変えた。
「エクテシアの《強星》はどんな人物だ?」
「ユキ殿?」
単に会話を変えるためか、それとも本当に興味があるのか。
「ああ、確かそんな名だったな。ソウと同じように変わった名だ」
「ソウとユキ殿は国が同じです。何度か2人は対面していますが、まるで兄弟のように仲が良い」
本当は違う世界から来たのだが、そこを説明するのも難しい。簡単にそう表現すれば、セルジュもふ〜んと感心したように頷いた。
「ソウと並んだ姿を見るのが楽しみだ」
「ソウとユキ殿は外見も性格もまるで違いますよ。ですが、どちらも己が生きてきた国を捨てて私たちのもとに来てくれたのです。
勇気があり、慈悲深い・・・・・2人共に素晴らしいですよ」
じっと自分の顔を見うセルジュに、シエンは笑んで断言する。
有希に惹かれたことをなん人にも隠すつもりはなかった。彼への想いがあった上で蒼と出会い、有希に無い魅力を持った蒼を愛す
るようになったのだ。
蒼を自分に引き合わせてくれたことに、本当に神に感謝したい。
「・・・・・神は不公平だな」
「セルジュ?」
不意に、苦笑交じりに言ったセルジュの顔を見ると、その表情は声の調子で考えるよりも柔らかだった。
冗談で言った言葉ではないだろうが、既に諦めていること・・・・・あり得ないことをただ口にしているといった様子だ。
「王子、あんたはバリハンという大国に皇太子として生を受け、何不自由なく暮らし、その上ソウという《強星》までその手に握っ
た。それに比べて俺は・・・・・」
「セルジュ」
「言っても仕方がないことだった」
「それは・・・・・」
シエンは次の言葉を言えなかった。
「シエンッ、セルジュ!」
蒼が2人の側に駆け寄ってきたからだ。手には、水の入った皮袋を持っている。
「ちゃんときゅうけーとってるっ?いくら2人とも身体強くったって、休む時休まないと倒れるぞ!」
「ええ、そうですね」
「わかった、わかった」
先程まで自分の名前が会話に出ていたことなどまったく気付かない蒼に、シエンもセルジュも何事もなかったかのように笑い掛
けた。
![]()
![]()