蒼の光   外伝3




蒼の再生




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                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 それからほぼ一日経って、蒼たちはようやく王都に着いた。
 「お待ちしておりました」
王宮が見える場所にまでやってきた時、蒼たちは数十人の兵士たちに出迎えられる。
 「出迎え、感謝する」
 シエンが言うと、その中の一人が歩み出た。
 「いいえ。我がメルキエ王国にとって、バリハンの皇太子ご夫妻は大切な恩人でございます。大国エクテシアの国王夫妻と並び、
最上級のもてなしをさせていただきますので」
恭しく頭を下げながらそう言われ、シエンは苦笑を零している。どんなに遠慮をしても、どうやらエルネストの歓待の意は覆ることは
ないようだ。
 遠慮をしていては押し問答になるだけだと思ったのか、シエンがそれではとさっそく切り出す。
 「このまま王宮に案内してもらおう。まずはエルネスト殿に祝いの言葉を伝えたい」
 「承知いたしました」
 「ソウ」
シエンの眼差しが向けられる。
 「このまま休みなしに向かってもいいでしょうか?疲れたのなら少し休憩をとって・・・・・」
 「だいじょーぶ!」
 確かに身体はもう限界寸前だったが、エルネストの顔を見なければ落ち着かない。自分たちが何のためにこの地にやってきたの
かということを考えれば、シエンの言うことが一番だろう。
蒼の同意を得て、シエンが手綱を強く握って合図を送ると、ソリューはゆっくりと歩き始めた。




 見慣れた正門が目の前に迫る。
ずらりと道沿いに並び立つ兵士や召使いの礼に軽く答え、シエンはソリューから降りた。
 「ソウ」
 そして、蒼の身体を支えながら下に下ろしてやる。それに小さく礼を言った蒼は、シエン同様出迎えの人々に頭を下げていた。
前回、妹姫の出産祝いに駆けつけた折も同様の歓迎を受けたが、今は兵士たち皆の顔には未来への希望と、新しい国王への
確かな信頼が見える。
(エルネスト殿は、既に皆の心を掴んでいるというわけか)
 長い間ひきこもっていたエルネストが、父である現王を王座から引きずり降ろし、その上で新たに国を立て直そうとするのは並大
抵の努力と苦悩以上のものがあったに違いない。
 それでも、この短期間に見事に再生への道筋を作り得たのは彼の熱意と努力、そして・・・・・。
 「お迎え、ありがとうございます」
 「・・・・・」
自身の隣に立ち、満面の笑みで挨拶をする蒼の存在があったからだろう。
 「お待ち申しておりました」
 進み出たのは、まだ若く、落ち着いた物腰の男だった。
 「私は宰相のクアンでございます」
 「・・・・・代替わりを?」
 「はい。エルネスト様の即位を期に、先代の宰相様から位を引き継がせていただきました」
先の宰相は、かなり年がいっていたはずだ。若返りを図ったのだろうが、エルネストが指名したくらいだ、相当有能な男なのだろう。
 「エルネスト様は、縁筋であるという以上に、メルキエの再生に尽力くださいましたバリハンの皇太子ご夫妻には、深く感謝をして
おられます。わざわざ足をお運びいただいたことも含め、今回はゆるりとご滞在いただき、心行くまでこのメルキエという国を楽しま
れていただきたいと申しておりました」
 「それほどに心を砕いてくださり、こちらこそ深く感謝します。エルネスト殿は?」
 「今は戴冠式のことで、神官長と会われております。少し時間がかかってしまうと思いますので、その間、ご夫妻には湯浴びをし
ていただいて汚れを落とし、しばし休まれていただくのはどうかと思うのですが」
 戴冠式の打ち合わせを邪魔する気はない。それに、今は気丈に笑みを湛えている蒼がかなり疲れているのはわかっているので、
休む時間があるというのはありがたかった。
 「それではお言葉に甘えるとしよう」
 「ご夫妻はこちらに。皆さま方も宿舎の方へご案内いたします」
 クアンが合図をすると、数人の兵士と召使いたちが前へと出てくる。
 「皆、長旅ご苦労だった。ゆっくり休んでくれ」
シエンが声をかけると、バリハンから同行してきてくれた兵士たちは一斉に礼の形をとる。
そして、案内されるまま歩き出したが、カヤン、ベルネ、そしてセルジュとアルベリックの4人はその場に残った。
 「この2人は、私とソウの護衛だ。このまま同行をさせたい。そして、こちらの2人はバリハンの客人だ。エルネスト殿へ送った書
状にはあらかじめ書いていたのだが・・・・・」
 「セルジュ様とアルべリック様ですね。もちろん、承知いたしております。ご夫妻の隣に部屋を用意いたしましたので、どうぞ」
 「悪いな」
 「・・・・・」
(相変わらず、怖気ずくこともない)
 戴冠式に呼ばれるというのは、国賓ということだ。さらには、シエンは自分たちがその中でも特に厚遇される存在だということを自
覚している。
そんな自分たちと同行しているセルジュ達も同様の扱いをされるだろうが、こんな事態になれていないはずの彼らは、見た限りでは
粗野ながらも堂々と振る舞っていた。
 建国をし、王となると言っていたが、その度胸は既に国王並みかもしれないなと、シエンはふっと口元に苦笑を浮かべる。
 「シエン?」
隣に立つ蒼が気配を感じたのか、不思議そうに顔を覗き込んできた。
 「何でもありませんよ、行きましょうか」
 「うん」
早く蒼を休ませてやろう。シエンは細い背中をそっと押した。

 案内された部屋は、申し分のないほどに立派なものだった。
ただし、華美な装飾は施されておらず、使いやすい、良い物を吟味しているようだ。それもすべてエルネストの指示なのだろうなと思
いながら、シエンは寝台に座ろうとした蒼の腕を取った。
 「ソウ、先に湯浴びを」
 「え・・・・・」
 「このまま横になってしまうと、目を開けることは出来ませんよ?」
 「・・・・・わかった」
 自分でもその自覚はあったのか、蒼は大きな溜め息をついてから頷く。そして、待っていた世話係とカヤンと共に部屋を出て行っ
た。
 「セルジュ様たちもお部屋へ案内いたしますが」
 「いや、いい」
クアンの言葉に、セルジュは直ぐにそう言った。
 「場所は隣なんだし、案内されるまでもない」
 「それでは、お茶をお持ちいたしましょう」
 一礼してクアンが出て行くと、シエンはベルネを振り返る。
 「ベルネ」
 「はっ」
何も言わなくても、ベルネはシエンの意図をわかっていた。
今回、戴冠式というめでたい席に国賓として呼ばれた立場ではあるが、大国バリハンの皇太子であるシエンに対し、不穏な思い
を抱いている列席者が1人もいないとは言えない。
 エルネストに迷惑をかけないように、こちらでも対応をしておこうと、ベルネに今時点での王宮内の状況を確認させようとし、ベル
ネもそのシエンの意図をくんで動こうとしていた。
 「あ、待て」
 ベルネが踵を返そうとした時、まるでふと思いついたかのようにセルジュが声を掛けてくる。
 「こいつも連れてけよ」
 「セルジュ?」
セルジュが言うのはアルべリックのことだ。本人もそのつもりなのか、旅支度を素早く解いている。
 「広い王宮を1人で回るのは大変だろう?」
 「・・・・・」
 ベルネが何をしようとしているのか、セルジュはちゃんとわかっているらしい。どうするかと、ベルネは判断をゆだねるようにシエン
を振り返った。
(確かに、手は多い方が助かる)
それに、バリハンの兵士を動かすよりも、アルべリックに動いてもらった方がいいだろう。シエンが軽く頷くと、ベルネもアルべリック
の支度が整うのを待ってから一緒に外に出て行った。

 シエンはセルジュに視線を向けた。
 「手を貸してもらって助かる」
 「別に。俺自身の身の安全のこともあるしな」
何でもないことのように言うが、咄嗟にそこまで思考を巡らせたのだ、セルジュはかなり落ち着いていて、視野も広い。
この戴冠式が終わればそのまま別れ、彼らはアブドーランに帰っていく。きっと、今回の戴冠式は彼らにとってもよい勉強になるだ
ろう。
 「少し休んだらいい。エルネスト殿に会えるのはもう少し先だろう」
 「ん〜」
 セルジュはポリポリと頭をかいている。
 「特に疲れてないし、1人きりだと寂しいじゃないか」
 「・・・・・」
寂しい・・・・・とてもこの男には似合わない言葉に、シエンは苦笑を零した。多分、蒼の顔を見るまで、この男は部屋から出て行く
ことはない。
 「失礼します」
 間もなく、扉が叩かれ、クアンと共に3人の召使いたちが飲み物と食べ物を運んできた。
(ソウも、空腹だろう)
シエンは、早くこの美味しそうな果物を蒼に食べさせてやりたいと思った。




 「は〜っ、すっきり!」
 大きな声を上げながら部屋に入ってきた蒼の姿に、セルジュは思わずプッと噴き出してしまった。
すっきりとしたという言葉の通り、砂にまみれた髪から全身までを綺麗に洗い流し、温かい湯で十分身体を温めたらしい蒼は、ま
るで剥きたての果物のように瑞々しく見えた。
 「疲れはとれましたか?」
 「うん」
 そんな蒼に歩み寄り、柔らかそうな頬を愛おしげに撫でているシエンの顔は、先ほどまでのりりしく整った顔がだらしなく蕩けてい
る。最愛の相手が側にいるのだ、それも仕方がないのかもしれない。
(多分、俺も同じような顔をしているだろうし)
 「ソウ、飲み物と果物が運ばれてきましたよ」
 「えっ?」
 その言葉に、蒼の視線はあっさりとシエンから逸らされた。
 「うわーっ、うまそ!」
台の上に所狭しと荒べられた果物の数々に、蒼は子供のように素直に喜びを表現する。
 「食べていいっ?」
 「ええ」
 さっそく椅子に座った蒼は、行儀よく手を合わせた。
 「いただきます!」
初めて聞いた時は、なんという不思議な言葉かと思ったが、作ってくれた相手や、食材に対して感謝するのだと聞いて、なるほどと
感心した。そして、そんなふうに思える蒼を立派だと思い、それからは自分も率先してその言葉を言うようにもなった。
 「シエンとセルジュは?食べないのか?」
 「私は後でいただきます」
 「俺も、後で」
 実際、空腹は感じているが、今は蒼の幸せそうに果物をほおばる顔を見ていた方がいい。
 「風呂はどうだった?」
 「すっごく広かった!お湯もいっぱいで、気持ちよかったよっ」
言葉以上に、その表情が満足の度合いを教えてくれる。セルジュたちは熱い湯に浸かる習慣はあまりないのだが、蒼はそれが気
持ちよいと顔を綻ばせる。
 旺盛な食欲ながら、綺麗な食べ方をしている蒼をじっと見つめていると、視線を感じたのか蒼の眼差しがこちらに向けられた。
 「・・・・・ほしい?」
 「いや」
おの果物が欲しくて見つめていたわけではない。色恋沙汰に鈍い蒼にそれ以上言っても無駄かと、肩をすくめながら小さな果物を
口に入れると、どうだと心配そうに顔を覗きこまれる。
 「美味い」
 「なっ?」
 「ああ」
 まるで自分が用意したもののように喜ぶ蒼の髪を軽く撫でていると、王宮の見周りに行ったアルべリックとベルネが戻ってきた。
蒼の相手をしながら耳に入ってきた報告は、どうやら懸念の種はないらしいとのこと。わかっていたことだが、この2人が口にしたこと
で、セルジュ同様、シエンも安心したらしい。
 「来賓の方々もほとんど揃われているようです。後は、エクテシアの国王夫妻を待つばかりとか」
 「明日には来られるだろうが・・・・・」
 その時だ。
 「失礼いたします」
再び扉が叩かれ、大きく開かれた。