蒼の光   外伝3




蒼の再生






                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 「きっと、ユキ様はソウ様と会われるだけでも喜ばれるのではないですか?同じ故郷を持つ者同士、私ならそう思いますけれど」
 カヤンのその言葉に、蒼は視線を向けていた綺麗な布から目を離した。
確かにカヤンが言うように、有希は物というよりも自分との再会の方を喜んでくれそうな予感はある。
(何かを渡した方がいいとか・・・・・俺の勝手な思い込みかも)
 こんな短時間で思い付いたものを渡すより、沢山の土産話を有希とした方が楽しい。そう意識を切り替えた蒼は、カヤンにごめ
んと頭を下げた。
 「わざわざ町まで来てもらって・・・・・」
 自分の焦りに、忙しいカヤンを巻き込んでしまったことを申し訳なく思う。きっと、まだまだカヤンはしなければならないことが沢山
あって、こうしている時間も貴重なはずだ。
 「構いませんよ」
 「カヤン」
 「こうしてソウ様のお側に付いていることが私の一番の役目ですので」
 「・・・・・ありがと」
 もう一度謝罪をしようとした蒼は、思い直して礼を言う。
すると、カヤンは優しげな苦笑を漏らし、そろそろ帰りましょうと促してくれた。
 「夕食までに戻られないと、皆が心配します」
 「そーだな」
 シエンの支度の手伝いも途中で放り出してきてしまった。せめて彼が今夜ゆっくりと眠れるように何か手伝わなければ気が済ま
ない。
 「ソウ様、これ、手土産にどうぞ!」
蒼がソリューに跨ろうとすると、近くの店主が新鮮な果物を手渡してくれる。蒼の意識はその瞬間そちらに向いた。
 「ありがと!」
 「またゆっくりと遊びに来て下さいよ」
 「うん!」




 店主と蒼の会話を側で聞きながら、カヤンはホウッと息をついた。
変なところで頑固な蒼はもしかしたら自分の言葉も耳に入らないかもしれないと思ったが、それはどうやら杞憂らしいと分かったか
らだ。
 この国にやってきた時は、覚束ない言葉のやりとりや容姿からも幼い子供だという印象が強かったが、シエンと正式に結婚して
政務にも参加するようになって、随分精神的に成長してくれたようだ。
 ただし、その外見はあまり変化がないというのは口には出せないが。
 「あっ、ソウ様、うちにも寄ってくださいよ!」
早く王宮に戻り、旅路の準備を終えたいと思うカヤンの心中とは裏腹に、蒼はソリューを走らせる間もなく所々で呼び止められて
いる。国民に慕われるというのは良いことだが、今は少々時間が無い。
(きりが良いところで止めなければな)
 そう思うカヤンだったが、両手一杯の手土産を見下ろして満面の笑みを浮かべる蒼を見て、なんだか小言も口の中で消えて苦
笑を浮かべるしかなかった。




 たくさんの手土産(ほとんどが食べ物)を厨房に持っていった蒼は、何とか夕食の時間には間に合った。
 「遅れて、すみません」
既に席に付いていた国王夫妻に頭を下げると、国王ガルダはにこやかに笑いながら椅子を勧めてくれた。
 「町はどうだ?」
 「お店、増えてました。みんな、すっごく元気で楽しいです」
 「そうか」
 「また、たくさんの手土産を貰ったようですね」
 隣に座ったシエンが笑みを浮かべながら話しかけてくる。
自分でも、毎回こんなふうにたくさん物を貰ってしまうのは子供っぽく、皇太子妃らしくないとは思っていたが、皆の好意をむげに断
ることも出来なかった。
 それに、バリハンの食べ物はすべて美味しいし、やがてアレンジして新しい料理をシエンに食べさせたいという気持ちもあるので、
蒼は遠慮なく皆の好意を受け取っているのだ。
 ただ、やはり少し気恥ずかしく、チロッとシエンを見上げてだってと言い返してしまった。
 「せっかくくれる物、いらないって言えないし」
 「ええ、もちろんそんなことを言う必要はありませんよ」
 「シエン」
 「あなたが私を置いて行ってしまったことが、少し寂しいと思っただけです」
 「・・・・・え?」
思い掛けないシエンの言葉に、蒼は目を丸くする。まさか、そんな風に思っているとは思わなくて、蒼は焦って手を伸ばすとシエンの
服を掴んだ。
 「今度っ、絶対いっしょに行こう?」
 「ええ」
 その返答に蒼はホッとした。
少し意味合いが違うかもしれないが、シエンに心配を掛けるのだけは嫌だ。そうでなくても、皇太子妃としてまだまだ未熟な自分の
せいで負担を掛けているだろう彼に、これ以上余計な神経を向けさせるのだけは避けたかった。

 和やかな夕食の最中の話題は、やはり今回のエルネストの戴冠式だ。
娘が嫁いでいるガルダは、メルキエの国政が安定していることにホッとしていると言う。
 「一時は内にこもられていたようだが、エルネスト殿がこの短期間になしたことはどれも素晴らしい。メルキエはきっと今よりも大きく
なるだろうな」
 「ええ。我がバリハンも遅れを取ってはいられません」
 「そうだぞ、シエン。お前もそろそろ表に立つ心構えをしておくことだ」
 「父上?」
 シエンの戸惑う声に、ガルダはハハと声を上げて笑った。
 「新しい力が生まれ出でてくることは歓迎すべきことだし、我が国にも他国に負けない力がある・・・・・そうだな、アンティ」
その言葉に、王妃アンティはええと直ぐに頷く。
 「シエンも得難い妃を迎えることができました。もう、わたくし達も心穏やかな余生を過ごすのも悪くはありませんわ」
 「母上・・・・・」
 3人の会話を聞いていた蒼は、自分の心臓の鼓動がドクドクと慌しく鳴るのが分かった。
(い、今の言葉って・・・・・)

 「そろそろ、王位をシエンに譲りたいのだ」

 先日も、ガルダの執務室に書類を届けに行った時に、笑いながらそう言っていたのを思い出す。
しかし、病も完治し、健康になったガルダが王位を退くことなど蒼はまったく想像が出来なかった。まだずっと、元気で頑張ってくれ
ると漠然と思っていたが、ガルダはもう先のことを考えていたようだ。
(シエンが、バリハンの王様・・・・・)




 食事を終え、自室に戻ってきたシエンは自然と張っていた肩から力が抜けるのが分かった。
(・・・・・譲位、か)
食事の席なので決定的なことは言わなかったが、ガルダの中ではもうその方向で意思は固まっているようだ。もしかしたら、メルキ
エの代替わりでその気持ちが強まったのかもしれない。
 もちろん、シエンもいずれはと思っていたし、それがそれほど遠くない将来ということも考えていたが、実際に父の口からその言葉を
聞くと何だか身が引き締まる思いがした。
 「・・・・・」
(ソウは・・・・・)
 そこまで考えたシエンは直ぐにソウへと視線を向ける。
王位の話が出た辺りから少し元気がなくなったように見えたが、もしかしたら蒼は自分の即位に反対なのかもしれない。
(ソウが側にいてくれなければ、王位など私にとっては・・・・・)
 国民はとても大切で、祖国であるバリハンを深く愛している。
だが、それ以上に、シエンにとって蒼は人生の光になっていた。光がなければ人は生きて行けない。生あるだけで歩くのだとしても、
そこに心は付いてこない。
 「ソウ」
 「・・・・・」
 「ソウ」
 何度か名前を呼ぶと、ボウッと入口に立っていた蒼が顔を上げた。
その表情が心許無い感じがして、シエンは直ぐに歩み寄り、そっと腕の中に抱き込む。
 「元気がありませんね」
 「・・・・・王様」
 「父上が、どうかしましたか?」
 蒼の声が小さくて、シエンは促すように聞き返した。
 「・・・・・俺、初めて会った時から、王様は王様で・・・・・。それが変わるのって、なんだかさみしい・・・・・」
 「・・・・・父が王位を退いたとしても、この宮殿から出て行くというわけではありませんよ?」
 「・・・・・うん、分かってるけど・・・・・」
 どうやら、自分の気持ちを上手く言葉に出来ないらしい。それでもシエンは、蒼が何を言おうとしているのかを感じ取った。
蒼にとって、バリハンの王は父だ。いずれは譲位することが分かっていただろうが、それでも力強く、頼れる相手として見てきたのだろ
う。
そんな父が一線から身を引くということで、大きな支えを失うかもしれないと思っているのかもしれない。
 「私では、頼りになりませんか?」
 蒼を見ていると、シエンは自分の中の躊躇いがゆっくりと消えていく。バリハンの国を守ることと一緒に、この腕の中の存在を手放
さずに守護すること。その使命を面前に突きつけられた気分だった。
(私は・・・・・出来る)
 大国の王になることに恐れと不安は付きまとうが、蒼と共にならば立派に勤め上げることができる。いや、父の代よりもさらに成長
させて見せるぞと、心の中で強く誓った。
 「あなたの存在が、私を強くしてくれます」
 「・・・・・」
 「そして、あなたにとっても私の存在が力になると・・・・・信じてもいいですか?」
 どんな風に答えてくれるだろうか。そんなことを考える間もなく、シエンは息苦しくなるほどに強く抱きつかれる。
 「当たり前だろ!」
 「ソウ」
 「俺がっ、俺がシエンと、この国をぜったいに守る!」
続いて言われた力強い言葉に、シエンは頼りにしていますと笑った。




 メルキエ王国への長旅を考えると、数日前から十分な睡眠と体力温存をしていなければならないというのは分かっていた。
それでも、蒼はこんなふうにシエンに抱きついていると、何だか自分の身体の奥からムズムズとしたものが湧き上ってくるのを感じて
しまう。
(う・・・・・どうしよ・・・・・)
 蒼はシエンの腕の中で身じろぎをした。このまま引っ付いているとなんだか・・・・・ヤバイ。
 「ソウ?」
そんな蒼の気持ちに気付かないらしいシエンは、どうして離れるのだとさらに深く腕の中に閉じ込めてしまう。大好きな人が纏う大
好きな匂い。
 「・・・・・シエン」
 「はい?」
 「シエン、俺・・・・・」
 何と言おうかと口ごもっていると、
 「うわっ?」
いきなり、身体を抱き上げられてしまった。
 「シ、シエン?」
 「ソウがあまりに可愛いので、どうしてもこのまま離せなくなってしまいました。あなたの身体には負担になってしまうかもしれません
が、このまま・・・・・いいですか?」
何をと聞き返さなくても、さすがにシエンの言葉の先は分かる。蒼はたちまち顔に熱が集中する思いがしたが、もちろんここで拒むこ
となど考えもしなかった。
いや、多分シエンは蒼の身体の熱を感じ取り、自分から誘う言葉を掛けてくれたのだ。その優しさに甘えるばかりでは男じゃない。
 「お、俺、体力あるし!」
 「それは、頼もしい」
 「・・・・・っ」
(わ、笑われちゃった!)
言い方がおかしかったのか、シエンはクスクスと笑いながら寝室に向かう。まったく色っぽい雰囲気じゃないと焦りながらも、落とされ
ないようにしっかりとその首にしがみ付いた。






                                                      








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