蒼の光   外伝3




蒼の再生






                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 シエンと身体を重ねたことに関しては、もちろん同意も覚悟もしていた。
欲しがったのはむしろ自分の方だったし(人に言うこともないが)、責められるとしたらシエンよりも自分の方だと思った。
 だが、どうやら人は見た目を重視するらしい。
すっきりとしたさわやかな表情で旅支度をする手を止めたシエンと、疲れた表情で重い腰を撫でさすりながらその様子を見る蒼と
では、責めるべき相手はどうしても前者の方になってしまった。
 「俺は別に、夫婦の営みにまで口を出す気はないが」
 「・・・・・」
 「もう直ぐ出発するということをちゃんと考えていたのかは疑ってしまうな」
 「・・・・・セルジュ」
 腕を組み、頭上で不機嫌そうな声を出しているセルジュに何と言い訳しようかと考えるが、セルジュの眼差しは蒼を通り越して
シエンへと向けられている。
そしてシエンも、むしろその非難を受けることが嬉しいように見えた。
 「心配いただいてすまない。だが、ソウのことは私に任せてもらおう」
 「・・・・・そうだな」
 「シエンッ」
 ここは神妙に謝った方がいいと思うのに、シエンはまったく気にしていないようだ。
蒼は何だか自分だけが恥ずかしい思いをしているのではないかと思い、こっそりとシエンの背中を叩く。
 そして、改めてセルジュにごめんと自分から謝った。
 「迷惑かけないよーにする」
 出発は明日になった。
身体がだるいのは自業自得で、それで出発を延ばせるはずが無い。ソリューに乗った時の振動を考えると今から気が重いが、そ
の時は何とか有希と会えるという楽しみを糧に頑張るつもりだ。
 「セルジュ達は、じゅんびいーの?」
 「俺達は荷物自体少ないしな」
 そう言いながらセルジュがアルべリックを振り返ると、彼もああと言葉少なに頷いた。
確かに、旅の途中である彼らの荷物はそれほどでもないのかもしれないと思っていると、いきなりグイッと顔を近付けてきたセルジュ
がフッと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
 「なるほど、違うな」
 「え?」
いったい、何がなるほどなのかと蒼は首を傾げた。




 「普段はまったく色気らしいものを見せないが、さすがに抱かれた翌日は滴るような艶やかさがある」
 「し、し・・・・・?」
 セルジュの言葉の意味がすべて理解出来なかったのか、蒼が戸惑ったように首を傾げながら言葉を繰り返そうとしている。
しかし、シエンはセルジュがもう一度蒼をからかう前にその細い身体を自分の背後に隠した。
 「それ以上はソウをからかわないでもらおう」
 「ん?」
 「すべては私の責任だ」
 旅立ちが近いというのに、蒼に無理を強いたのは自分だ。
もちろん、蒼の抵抗があれば止めたかもしれないが、実際に蒼は拒まなかった。お互いを欲して、お互いを与えあって。
そのせいで蒼だけが疲労してしまったのは申し訳ないと思うが、今回の旅程はあらかじめそれほど強硬な日程ではなくある程度の
余裕を持たせているので、体力を回復するまでは出来るだけゆっくりとした時間の取り方にするつもりだ。
 「シエン」
 そんなシエンの服の裾を、蒼が後ろからツンと引っ張ってきた。
 「ソウ?」
 「悪いの、シエンだけじゃないぞ」
 「・・・・・ええ、そうでしたね」
責任は2人にあると言ってくれる蒼の気持ちが嬉しくて思わず頬を綻ばせると、目の前のセルジュがやってられないとわざとらしく大
きな溜め息をつく。
 「もういい」
 「セルジュ」
 「とにかく、明日の出発までに少しでも体力を回復しておけ」
 「あ、ありがと!」
 即座に礼を言う蒼をチラッと見たセルジュは、そのままもう一度シエンに視線を向ける。
 「今夜も同じことを繰り返すなよ」
 「な・・・・・っ」
 「努力する」
嫌味なのか、それとも本当に心配しているのか。
読めないセルジュの言葉に焦って反論しようとした蒼の肩を抑えて素直に頷いた。一言多いが、セルジュが蒼のことを心配してい
ることに間違いない。
(その心配が余計なことだとは・・・・・言えないがな)




 発情をした。
それはそれとして、足りなかったシエンを身体いっぱいに受けとめた蒼は、それからだるい身体に鞭打って残りの旅支度を整えて
いった。
 もちろん、自分1人で動くのには限界があり、カヤンや他の召使いたちに手伝ってもらったり、王や王妃まで手を貸してくれ、日が
暮れる頃にはなんとか必要なものはそろえることが出来た。
 「シエンは?」
 「私もなんとか」
 そつの無いシエンは結局蒼が手伝う間もなく支度を整えてしまい、何だか申し訳ない気持ちがこみ上げる。
しかし、そんな蒼の気持ちを察してくれたのか、シエンが蒼の頭を優しく撫でてくれながら言った。
 「これまであなた1人が動いてくれていたんですから、私も少しはその責任の一端を負わないといけないでしょう?」
 「う・・・・・で、でも、シエンは仕事してたし・・・・・」
彼の忙しさと比べたら、自分などはまだまだ時間に余裕があったはずだ。
 「あなただって、政務だけでなく、リュシオンの世話や私の身の周りのことまでして下さって大変だったではないですか。ソウ、己で
出来ることをするのはもちろんですが、誰かに頼るということもけして悪いことではないんですよ」
 「・・・・・」
 シエンの言いたいことは分かっているつもりだ。
確かに、少しはシエンの手伝いをさせてもらったり、まだ幼いリュシオンの世話や、シエンに食べてもらうための料理を作るなど、1日
がとても短く感じてしまうほどに忙しい日々が続いていた。
 皇太子妃という立場からも、そんな忙しさの手助けをしてもらうのは当然のことかもしれないが、生まれた時から王子様だったシ
エンとは違い、自分はしょせん平凡な高校生だったのだ。
(今だって、傅かれることに慣れてないのに・・・・・)
 こんな時、有希はどうなのかと少し考えた。
このバリハンよりも大きな国の王様の花嫁。きっと、色々大変なことがあるだろう。
(あ〜・・・・・早く会いたいなあ)
 考えるだけで、なんだかすごく話したくなった。
それぞれの夫を抜きに、有希と2人だけで愚痴や不安を言い合いたい。
その中には多分、惚気もあるだろうが、あの横暴で傲慢な王よりもシエンの方がずっといいとはっきりと言えた。
 「ソウ?」
 「・・・・・うん、ありがと、シエン」
 「そこで礼を言われるのも変ですが」
 苦笑したシエンが、ゆっくりと顔を近付けてきた。
(・・・・・キス、くらいなら・・・・・)
一瞬、セルジュの顔が頭の中をよぎったが、大好きな相手がこんなに側にいるのに指一本触れないなんてとても出来るはずが無
い。
少し触れ合うことくらいいいんじゃないかと言い訳を考えながら、蒼は自分から目を閉じた。








 翌日---------------------- 。
晴れ渡った空の下、蒼はシエンと共に振り返った。
城門には王や王妃だけでなく、城の主だった者たちが皆見送りに出て来てくれている。
 「それでは父上」
 「ああ、気をつけて行ってきなさい」
 そう言った王ガルダは、シエンの隣に立つ蒼に優しい笑みを向けてくれた。
 「ソウ、ゆっくりと楽しんできなさい」
 「ありがとうございます」
今回、とても大切な友人と会えることを伝えたのでそう言ってくれているのだろう。今は国政のほとんどに携わっているシエンが短い
間とはいえ国を空けるのは大変なことだ。
出来るなら早く戻って来なければならないはずだが、自分のことを思ってそう言ってくれるガルダの優しさが嬉しかった。
 「ソウ、何かあれば必ずシエンに言いなさい」
 王妃のアンティはしっかりと手を握ってくる。
 「はい」
 「母上、ソウのことはお任せ下さい」
名残惜しそうなアンティの手から蒼を引き取ったシエンは、そのまま蒼専用のソリューに乗る手助けをしてくれた。
そして、自分も一回り大きいソリューに跨ると、眼下の見送りににこやかに声を掛けた。
 「では、行って参ります」

 城下はさすがにソリューを走らせることは出来ず、ゆっくりと手綱をひく。
 「シエン様!」
 「ソウ様ー!」
民は自分達に気づくと口々に声を掛けてくれ、蒼も出来るだけ言葉を返すようにした。
最近はなかなか町に出ることが出来なかったが、何時でも自分を温かく迎えてくれる民はとても大切で、大好きだ。早く落ち着い
てゆっくりと時間を取りたいなと思いながら、蒼は隣を行くシエンに声を掛ける。
 「シエン、帰ってきたら一緒に町にいこ」
 「私を誘ってくれるんですか?」
 何時もはこっそりと抜け出すことが多いのにと考えているのかもしれない、シエンの表情はなんだか楽しそうだ。
 「シエン、いそがしーけど・・・・・やっぱり、一緒がいーし」
 「誘って下さって嬉しいですよ。一緒に行きましょう」
 「うん!」
帰ってきてからの楽しみも出来て、蒼は今からワクワクとしてしまった。




 体力を回復する十分な時間があったとは思えないが、それでも表面上蒼はとても元気そうに見える。
ただ、何時でもとても頑張ってしまう蒼を知っているので、とにかくシエンの方が気にかけてやらなければならない。
 ただ、今回は自分以外にも多くの目が蒼を見るので(それも少々面白くないことだが)、かなりきめ細やかに接することが出来る
と思う。
 「・・・・・」
 その時、蒼とは反対側にセルジュの乗ったソリューが付いた。
 「とりあえず、日が暮れるまで走り続けるってことでいいんだなっ?」
声を張って聞こえてくる言葉に、シエンも何時もより大きな声で応える。
 「ああっ、そのつもりだ!」
 「分かった!」
 城下の町を抜け、国境の門まで着くのに数日。それまでは、きちんとした宿に泊る予定だ。
蒼は野営した方が楽しいと言っていたが、砂漠を渡る時は嫌でも野営になるのだ。その間、少しでも身体を休めてもらおうと思っ
ている。
(アルティウス王はそろそろ到着されているだろうか?)
 大国エクテシアの王がわざわざ赴くとは、有希が蒼に会いたいと思ったことも大きかったかもしれないが、メルキエ王国も随分と
重要な位置につくということなのかもしれない。
 なんだか自分だけ置いて行かれたような気もするが、バリハンの王位継承もきっとそう遠い未来ではないはずだ。
 「シエンッ、遅い!」
 「・・・・・っ」
 「早く!」
考え事をしていたせいか、蒼の隣から少し遅れてしまった。そんな蒼の隣では、涼しい顔をしてセルジュのソリューが並んでいる。
ちらっと目が合った時、セルジュの目が笑っているのが見えた気がした。