蒼の光   外伝3




蒼の再生






                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 順調に国境までやってきた一行は、国境の警備兵たちに熱烈な歓迎を受けた。
シエンと婚儀を挙げて出発した新婚旅行モドキの時もやってきたものの、王都から遠い国境の地にはなかなか訪ねてくることは出
来ず、蒼も大切なバリハンを守ってくれる兵士達に改めて礼を告げた。




 そして-----------------。

 「あっち〜」
 蒼はソリューの背に乗ったまま空を見上げた。
見渡す限り真っ青な空は見ているのは気持ちがいいし、蒼自身自分の名前と同じその空の色は大好きだが、砂漠から反射する
暑さの連鎖にはどうしても弱音が出てしまった。
 こんな風に砂漠を旅するのは初めてではないが、何時旅してもこの苦しさは和らぐことは無い。
ただ、苦しいのは自分だけではなく、いや、むしろ自分やシエンを護衛する兵士の方が大変だとも分かっていた。
 「休憩しますか?」
 直ぐ傍にいたシエンが、蒼の言葉を耳に留めて訊ねてくる。
ここでうんと言えば直ぐに休憩だろうが、蒼はそれを望んでそんな言葉を言ったわけではなかった。
 「だいじょーぶ。でも、暑いんだよ〜、そー思うだろ?」
 「え?」
 直ぐ傍に控えていた兵士に話し掛けると、彼は驚いたような声を上げる。しかし、蒼が答えを待っているのに気が付くと、直ぐにそ
うですねと同意してくれた。
 「だろ〜?みんなも、ガマンばっかりしてないで口に出したほーがいいって。言葉にするとけっこー気がはれるし」
蒼がそう切り出すと、大きな笑い声が響いた。
 「はははっ、なんだ、それは。言葉に出すだけで暑さがしのげるっていうのか?」
 「・・・・・なんで、笑うんだよ、セルジュ」
 「ソウが面白いことを言うからだろ」
 「おもしろいって、俺はホントにそう思ったから・・・・・」
(・・・・・ったく、セルジュ、気づいてるな)
 シエンや蒼の手前、絶対に不平不満を言わない兵士たちを気遣い、思ったことはちゃんと言って欲しいと遠まわしに伝えた蒼の
気持ちをセルジュは気づいたらしい。
それはそれで構わないのだが、皆の前でバラしそうな雰囲気を醸し出すのは止めて欲しかった。
 「そうですね、口に出してしまえば、結構何でもないことになってしまうかもしれない」
 「シエン」
 蒼の動揺を悟ってくれたのか、シエンが苦笑しながら言葉を継いでくれた。
すると、そこかしこで兵士たちが笑いながら、確かに暑くてかなわないと言い合っている。
 「・・・・・」
 それまで、黙々と砂漠を渡っていた一行の中で笑いが生まれ、ホッとした雰囲気に包まれた。
自分が意図したことだが、手助けしてくれたのはシエンとセルジュだろう。もう少し言い方が上手く出来ればと思うが、今の段階で
はこれが自分の精一杯だ。
 「ありがとうございます、ソウ」
 「え?」
 そんな蒼の耳元で、シエンが囁いた。
 「これで皆の士気が高まりました」
 「シ、キ?」
 「あなたは何時も切っ掛けを作ってくれる。・・・・・今回は、あの男も一役かんでいましたが、それでも雰囲気が和やかになったの
は本当に良かった」
 「シエン・・・・・」
今回の旅はメルキエ王国のエルネストの戴冠式に出席するという、いわば慶事の旅路だ。
皆の気持ちも明るいものに違いないだろうが、一方ではバリハンの皇太子であるシエンの身の安全を図らなければならないことに
神経を集中しているのだと思う。
 そんなに神経を張り詰めて旅をしていても疲れが溜まっていく一方ではないかと蒼が言ったとしても、多分兵士たちは生真面目
に任務を遂行するだろうが、ちょっとした気を抜く時間くらいはあってもいいはずだ。
(・・・・・シエンだって、ちゃんとみんなを心配しているくせに)
 旅が始まって以来、シエンがどれだけ自分を含め兵士たちのことを考えているのは肌で感じて分かる。
ただ単に、自分が言いだしただけなのにこんな風に礼を言われるのも恥ずかしくて、蒼は赤くなってしまった顔を誤魔化すように砂
除けのマスクをもっと深く顔に被せた。




 旅路は順調だった。
準備期間は短かったものの、今回のエルネストの戴冠式はかなり大々的に行われるので、近隣の国々からの出席も多い。
そのために各国境から砂漠にかけての警備もそれなりに範囲が広がっていて、盗賊などの姿も見当たらない。
 いや、それには他の力も働いていて・・・・・。
 「・・・・・ソウ」
 「なにっ?」
砂除けの布越し、くぐもった蒼の返答が耳に届いた。
 「次の緑地にはヒューバードがいます」
 「えっ?ヒューバードがっ?」
 蒼の少し驚いた声に、シエンは頷いた後続けた。
 「少し前、一つの盗賊を捕らえたという報告を受けました。その後、休暇を取るように伝えたのですが、そのまま砂漠に残っている
ようで。それが、今から向かう緑地です」
 「りょく、ち」
 「先導する者もそこで姿を見たと言っていましたから」
念には念を入れ、今回自分たちがメルキエ王国へ向かう旅程そのままを、先に数人の兵士で走らせていた。
少しでも問題があったら報告がくる手筈になっているが、舞い込んできた報告はシエンにとっても思い掛けないものだった。
(まさか、今から向かう場所にヒューバードがいるとは、な)
 「そっか〜、ヒューバードたちに会えるのか〜」
蒼が嬉しそうにしているのが気配だけでも感じ取れる。
もちろん、シエンにとってもその報告は良いものだったが・・・・・心情としては複雑だった。

 砂漠では、銀の獣と呼ばれていた男、ヒューバード。
奇異な銀髪に瞳は碧と金、左右違った色を持つ男は、孤児になった子供達と自身を慕ってついて来てくれる仲間たちを養うため
に砂漠で盗賊をしていた。
 人の命を奪うことまでしなかったものの、その珍しい姿に旅をする者たちは恐れ慄き、とうとうバリハンの皇太子であるシエン自ら
乗り出して討伐することになった。
 ただし、実際にヒューバードと接触し、盗賊になったわけを知ったシエンは彼らに罰を与えることをせず、砂漠の討伐軍に入ること
を命じた。
ヒューバードの統率力と、個々の戦闘能力の高さ、何よりも根底にある正義感を信じて・・・・・。

 そのヒューバードたちの働きは優秀で、盗賊たちの数もかなり減っているという報告は受けていた。まだ、実際に討伐軍に入って
間もないというのに、だ。
自身の見る目を信じて良かったという気持ちもあるが、同時にヒューバードの力というものも強く感じる。あの銀の獣に鎖をつけるこ
とが出来たのは、この蒼がいたからに違いなかった。
 「会いたいですか?」
 「そりゃあ、元気な姿見たいよ」
 「・・・・・」
 「シエン?」
 「少し、妬けますね」
 キラキラと目を輝かせて言う蒼はきっと純粋な気持ちに違い無いだろう。そこに恋愛感情が無いのは分かっているつもりだが、そ
れでも自分以外にこの輝く眼差しが向けられるのは妬けてしまう。
(多分、ソウは想像もつかないだろうが・・・・・)




 シエンが言った緑地、多分オアシスと同じ意味の砂漠の中のその場所に着いたのは、そろそろ日が暮れようとしていた時だった。
 「今日はここで野営か?」
セルジュの言葉に、蒼は笑いながら言う。
 「ここにヒューバードがいるって」
 「え?」
なぜか、セルジュはシエンを振り返る。
2人の間に会話は無いが、なんだか通じあうものがあったようで、やがて視線が戻ってきたセルジュは苦笑しながら肩を竦め、その
ままソリューの背から降りた。
 「まったく、自信のある奴は」
 そして、何かブツブツと言っているが、蒼にとっては今はセルジュの我が儘を聞いている暇はない。
広くは無いが、それでもすべてに目が届くという狭さではないオアシス。こうして自分たちが到着しても出て来てくれないということ
は、今はまだこの場にいないということだろうかと心配になった。
 「シエン」
 「・・・・・」
 蒼が振り返ると、シエンは何かを探るような眼差しで辺りを見ている。
 「シエン、何か・・・・・」
 「どうやら、今はここにいないようですね」
 「やっぱり・・・・・」
特に待ち合わせをしていたわけではないので仕方がないと思うが、それでも期待が大きかっただけに落胆も大きい。
蒼はソリューから降り、軽くその鼻筋を撫でて労を労いながら改めて辺りを見回してみた。
(オアシスっていうか・・・・・本当に小さな林って感じ・・・・・)
 密集した森のように緑は茂っていないが、吹いてくる風にも草の香りはするし、砂漠を渡っている時のように足元からジリジリと焼
けるような熱さは感じない。
 ヒューバードたちの姿は無かったが、ここで野営することは決まっているらしく、兵士たちはそれぞれ準備で忙しく動き始める。
蒼も、久し振りに手料理を作ろうかと、身体を覆っていたマントを脱いだ。
 「シエン、ここの水は飲める?」
 「ええ。砂で綺麗に洗われていますから。ですが、過熱はしないといけませんよ」
 「分かってるって」
こんな所で皆の腹を壊すわけにはいかなかった。




 ヒューバードたちがいなかったのは良かったのか悪かったのか。
蒼も初めは落ち込んだ表情をしていたが、直ぐに気持ちを切り替えたようで率先して夕食作りをしている。
 その間、シエンはベルネと共に旅程の確認をした。
 「ここまでは順調だったが、この先には何も問題はないか?」
 「はい。先導している者たちからは異常があったという報告は受けておりません」
 「それならば良かった」
(ソウには、少しでも楽な旅程にしてやりたい)
砂漠を渡るということ自体が大変な旅だ、そこに問題が起きてしまえば蒼にとって心身ともに大きな負担になってしまう。
だが、報告を聞く限りは心配することは無さそうだ。
 「ヒューバードは・・・・・」
 「はい」
 「・・・・・いや、いい」
 今ベルネにその理由を尋ねたとしても応えようがないだろう。
それならば訊ねない方がいいと意識を逸らしたシエンは、途端に鼻をかすめた匂いに思わず頬を緩めてしまった。
(ソウ・・・・・)
 視線を向ければ、そこにいるのは案の定蒼だった。
昼間の暑さとは間逆の、夜の寒さを克服するための温かい食べ物を作ってくれているようだ。
 「・・・・・ソウ様ですね」
 シエンの視線に気づいたベルネもそちらを見やり、なぜか呆れたような溜め息をつかれる。
 「本当にあの方には皇太子妃という自覚が足らない」
 「ベルネ」
 「王宮内はまだしも、こうして国外に出た時まであのようなことをなさらなくてもよいのに」
口煩いことを言っているが、ベルネもあんなふうにクルクルと楽しそうに動く蒼を見ていることが嬉しいはずだ。
いや、それはベルネだけではなく、他の兵士たちも、なによりシエン自身も、蒼の元気な姿を見ているだけで気持ちが湧きたつ。
 「・・・・・っ?」
 「シエン様っ」
 その時だった、不意に何者かの気配を感じ、シエンは腰の剣に手をやった。
 「これは・・・・・」
 「少なくとも、ヒューバードたちではないようだ」
(今のあの男がこんな物騒な気を放って近付いてくるはずがない)