蒼の光 外伝3
蒼の再生
7
※ここでの『』の言葉は日本語です
「ソウ様、そのようなことは我々が致しますからっ」
「いいって!」
率先して動く蒼に兵士たちはオロオロとしたように声を掛けてくる。普段は屈強な兵士の彼らが自分に対しては甘いことを蒼はな
んだか気恥ずかしい思いで感じていた。
確かに自分は皇太子妃であるが、こうして旅をしている時は仲間として扱ってもらいたかった。何も出来ないなりに、出来ることをし
て必要な人間になりたかった。
(俺なんか、これくらいしか出来ないもんなぁ)
男で料理が得意だというのがいいことかどうかは置いておいて、役に立つのならばいいかと思えた。
「・・・・・ん?」
そんな時だ、急に自分の周りで手伝ってくれていた兵士たちの雰囲気が変わった。
「・・・・・っ」
蒼に対してにこやかな笑顔さえ見せていた彼らの表情は引き締まり、自然と蒼を守るような配置になる。
「どうしたんだ?」
わけのわからない蒼は側にいたカヤンに訊ねるが、カヤンは腰の剣に手を掛けながらじっとしていて下さいと言った。
「ソウ様はここから動かれないように」
「カヤンッ」
「いいですね?」
それは半ば命令するような声だ。
(何があったんだよっ?)
蒼は直ぐにシエンのいる方に視線を向ける。するとシエンはベルネと共に既に剣を抜いていて、今蒼たちがやってきたのとは反対の
方角を睨んでいた。
何かが、こちらに向かってきている。さすがに蒼もそれが分かった。
自分も何かと慌てて辺りを見回すものの、護身用に持っている短剣は今は持っていない。
手には料理用の包丁を持ってはいたが、これで人と戦うなんてとても出来なかった。
(な、なにか、俺も・・・・・!)
カヤンを含め、周りの兵士たちは蒼を守ってくれるだろうが、蒼はただ守られるだけでいたくなかった。
「・・・・・」
「結構数はいますね」
耳を澄まして気配を探っていたシエンは、ベルネの言葉に静かに頷く。
聞こえてくるソリューの足音は複数だし、それに合わせた掛け声も数が多い。
(この辺りの盗賊はかなり減ったと報告は受けたが・・・・・)
よりにもよって自分たちが旅をしているこの時に現れるとは何という運命か。己だけならまだしも、蒼が共にいる時ということにシエ
ンは臍を噬む。
しかし、考えればここにいるのが自分たちで良かったとも思えた。もしも、今いるのが女子供だったら、それこそ抵抗する間もなく盗
賊の餌食になってしまうだけだ。
「セルジュッ」
シエンは少し離れた場所にいるセルジュを呼んだ。セルジュもまた、既に剣を手にしている。
「悪いが手を貸してくれっ」
「久し振りに暴れそうだな」
セルジュはまったく動じてはいないようだ。
「最近は訓練ばかりで腕がなまっていたんだ。シエン、あんたは休んでいてくれていいぞ」
「・・・・・」
(あちらは大丈夫だな)
ふてぶてしい言葉にシエンは苦笑しながら頷くと、今度は蒼のいる方へと目を向ける。
周りはカヤンと数人の兵士たちに囲まれていて身の安全は確保されているようだが、不安げな表情を見ているだけでも抱きしめて
安心していいと告げたかった。
(だが、今は・・・・・)
守るために、前を向いていなければならない。
シエンは既に耳を澄ませなくても大きくなってきた蹄の音に身を引き締めた。
「金を持ってそうな奴らだな!」
姿を現したのは、薄汚れた黒装束の男たちだった。頭の上からすっぽりと布を巻いているので目だけしか見えないが、ギラギラとし
た欲望に満ちた光を宿している。
(人数は・・・・・二十・・・・・越しているか)
盗賊にしてはまあまあの規模の集団だ。厳しい討伐の目をかいくぐって生き続けたはずで、それなりの腕を持つだろうと予想が出
来た。
「金を置いて行くなら命まではとらねえ」
「・・・・・」
「女は・・・・・どうやらいないようだが・・・・・ん?」
先頭にいた男の眼差しが向けられた方角にシエンは眉を顰める。
「・・・・・子供か」
「・・・・・」
「それでも、どこかの物好きに売れるかもな。あの子供も置いて・・・・・」
「口を慎め」
シエンは長剣を男に向かって突き出した。
「あの者はお前が気安く眼差しを向けて良い者ではない」
「・・・・・なるほど。それなりの身分の子息ということか。それならばなおさら置いて行け。後からたっぷり身代金を頂くことにしよう」
先頭の男が剣を抜いた。それに合わせ、周りの者達はいっせいにソリューから飛び降り、剣を構える。
「抵抗するなら、殺すぞ」
楽しげな口調に、シエンは答えない。それを返事ととったのかどうか、男が大きく剣を振り下した。
「やれ!」
薄暗くなった周りから、キンキンという剣を合わせる音と怒号が響く。
普段、訓練の時に剣を使うこともあるが、蒼にとってこんなにも多くの人間が敵意を持って戦っているという状態が初めてだった。
もちろん、怖いという気持ちはある。あの剣で斬られたら、それこそ腕も足もすっぱりと切り落とされる可能性があった。
しかし・・・・・。
「シエン!」
思わず、蒼は叫ぶ。
「ソウッ」
「殺すな!」
「ソウ様っ」
側にいたカヤンが諌めるように叫ぶが、蒼はどうしてもその言葉をシエンに告げたかった。いや、シエンにだけではなく、周りにいる兵
士たちにも、もちろんセルジュにも、相手を殺して欲しくないと思うからだ。
(こ、こんな状態でそんなことを言う方が間違いかもしれないけど・・・・・!)
人を傷つけてまでも何かを奪おうとする者たちに対し、傷付けるなということは問題が違うかもしれない。
剣を持っている相手に対し、こちら側の勢いが押されてしまうかもしれない。
それでも蒼は、自分の目の前で誰かの、それがたとえ盗賊でも、命が奪われてしまうのは見たくなかった。
「・・・・・セルジュッ」
「ったく、わかったって!」
蒼の言葉の後、シエンが直ぐにセルジュに声を掛ける。それに嫌々ながらも返事を返したセルジュも、どうやら蒼の意思を尊重し
てくれそうだ。
(・・・・・良かった・・・・・)
キンッ
蒼はホウッと息を着いたが、直ぐ間近で高い剣の合わさる音がした。
「ソウ様っ、私の後ろに!」
「カヤン!」
こちらの同行人数とそれほど違わない人数相手、それも向こうはどんな卑怯な手段も厭わない連中だ。
シエンたちの隙をついて蒼の直ぐ傍にまで来た男たちは、まったく躊躇う様子も無くカヤンに向かって斬りかかってきた。
カヤンや周りにいた者たちは果敢に応戦しているが、自分がいることによって戦いもままならない感じだ。自分が足手まといになっ
ている・・・・・そう思った蒼は、とにかく自分の身は自分で守らなければと焦る。
(何か、何か・・・・・っ!)
「・・・・・あ!」
蒼の目に、足元に転がっている棒が映った。食料を入れている袋をソリューに乗せる時に使っていたものだ。
「・・・・・っ」
パッと身を屈めてそれを掴んだ蒼は、
「ソウ様!」
カヤンの叫び声に反射的に顔を上げる。
「大人しく気を失ってろよ!」
「・・・・・!」
剣を振り上げている男が、直ぐ傍にいた。
蒼はとっさに棒を構え、素早く男の手首を打った。
「うあっ!」
たとえこれがただの棒でも、素手で受ければかなりの衝撃だったはずだ。途端に剣を手放した男を兵士たちが拘束する様子を見
て、蒼は棒を持ったまま争いの真っただ中に飛び込んで行く。
「ソウ様!お待ちください!」
今更、止まれなかった。
蒼の中に消えずに残っている剣士の血が、沸騰したかのように胸の中に湧き上がっていた。
「ソウ様!」
カヤンの叫び声が耳に届き、シエンは目の前の男の腹に剣の柄を当てて気を失わせるとパッと視線を向けた。
そこでは、今まさに蒼に剣を振り上げようとした男がいたが、地面に腰を屈めていた蒼が手にした棒で男の手を打ったのだ。
「・・・・・っ」
(ソウ!)
シエンも、蒼の剣筋の良さを良く知っている。訓練を見ているバウエル将軍も、皇太子妃でなければ自らが育ててみたいと言って
いるほどだ。
だが、実戦を知らない蒼は、真剣を前にすれば恐怖が先に立つと思っていた。それが普通の感覚だろうし、シエンはそんな危機
が蒼に降りかからないよう彼を守るつもりでいた。
それなのに、蒼はこちら側に真っ直ぐに向かってくる。
手にしているのは真剣ではなくただの棒なのに、シエンにはまるでそれが蒼く輝く真剣に見えた。
「シエン!」
「ガキが来るんじゃねえ!」
「ソウ!」
シエンの前にいた男が、突然の蒼の出現にそちらへと身体の向きを変えた。
この男はこの盗賊の中の中心人物のはずで、今蒼が倒した男以上の力があることは確かだ。
「お前の相手は私だ!」
「うるせえ!」
蒼に向かわせまいと斬りかかったシエンに、男の注意が再び向かう。
振りかぶった剣にこちらも応戦し、力と力がぶつかって・・・・・それでもシエンは負ける気などしなかった。
「・・・・・っ!」
「うぁ!」
「ここかあ!」
「・・・・・!?」
呻きながら後退した男に、シエンが一歩踏み込んだ時だ。
新しい声が聞こえたかと思うと、新たなソリューの足音が響いてきた。
(まだ仲間がいたのかっ?)
いったい、どのくらいの規模の盗賊なのかと思ったが、次の瞬間現れた集団の服装に思わず口元が笑む。
盗賊と同じような黒装束なのに、首元には鮮やかな蒼色の襟巻を巻いている彼らは敵ではなかった。
「バリハン王国の討伐隊、隊長のヒューバードだ!お前ら大人しく捕まれ!」
「ヒューバードッ」
「・・・・・っ、シエン王子っ?」
「シエン王子?!」
声でシエンだと分かったヒューバードが驚いた声を出したのと同時に、目の前の盗賊も焦ったような態度でシエンを見てきた。
どうやら本当に、ここにいるのがバリハンの皇太子一行だということにまったく気づいていなかったようだ。
相手がシエンだということで盗賊たちの中の動揺は大きくなった。今の時点でもこちら側が優勢だったが、一気に形勢が見えた
ようだ。
「どうして王子が・・・・・」
「話は後だ。ヒューバード、捕縛を」
「・・・・・おい!」
シエンの言葉に直ぐに自身の任務を自覚したらしいヒューバードは、連れてきた部下たちに命令を下す。討伐に慣れたヒューバ
ードたちの動きは素早く、的確で、盗賊たちはあっという間に全員縄を打たれることになった。
![]()
![]()