蒼の光   外伝3




蒼の再生






                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 次々に縄で縛られていく盗賊たち。情勢はあっという間にこちら側の優位になったが、蒼はこのまま引き下がるつもりはなかった。
 「ソウ様っ、後ろにお下がりください!」
 「やだ!」
当然のように蒼を安全な場所へと誘導しようとするカヤンに、蒼は首を振って自らも手にした棒を握り直し一番近くにいた盗賊の
脛を打つ。
 「うあっ!」
 男は直ぐに足を抱えるようにして蹲った。例え棒でも、かなりの衝撃を受けたことは身をもって知っている。それでも、これが剣でな
い限り、相手を殺すことは無いのだ。
 「くそっ、こんな所にバリハンの王子がいるなんてっ」
ここにいるのがシエンたちでなく、本当にただの旅人だとしたらどうなっていただろうか。悔しげに呻き声を上げる男を見下ろしながら
蒼は唇を噛みしめた。討伐隊は必要な軍だとシエンは説明してくれていたが、今この時ほどその存在の大切さを身に沁みた覚え
は無い。
 「ソウ様っ」
 「だいじょぶっ?カヤンッ」
 「私のことはいいですからっ」
 カヤンは蒼の足元に蹲る男に眉を顰め、直ぐに兵士を呼んで拘束させた。
 「お願いですから大人しくなさってくださいっ」
 「でもっ、俺だって手助けしたい!」
 「もう終わりますからっ」
 「・・・・・え?」
そう告げられ、改めて周りに視線を向けた蒼は、盗賊たちのほとんどが縛られ、一か所にまとめられている様子を目にする。
残っているのは頭らしい最初に声を掛けてきた男だけで、今はシエンと剣を突き合わせていた。
 「シエン!」
 シエンが強いということは十分知っていたが、それでも心配で思わず声を上げてしまう。
その蒼の声が合図のように2人の剣は同時に動き、打ち合った。剣のぶつかる金属音にハラハラとするしかなかった蒼だが、
 「・・・・・くっ」
上手く相手の力を利用したらしいシエンの剣が男の剣を弾き飛ばし、その刃先を胸に当てた。
 「・・・・・」
 「動くな」
 呼吸の乱れなど一切感じさせない冷静かつ、低い声でシエンは言った。
 「抵抗すれば、動けなくなるようにしなければならない」
 「・・・・・くそっ」
 「ヒューバード」
 「俺の仕事を取らないで貰いたいもんだな、王子」
文句を言いながらもヒューバードは抵抗する素振りを見せなくなった男を後ろ手に縛って行く。
これで全員拘束した・・・・・そう思った蒼は、思わずその場にペタリと座りこんでしまった。




 王子である自分は何時も守られ、最前線で戦うということは少なかった。
それは、何時でも先陣をきって相手を倒していく《赤の王》・・・・・エクテシアのアルティウス王とは違うのだが、それでもシエンは剣
の鍛錬を惜しまなかった。
(・・・・・本当に、良かった)
 愛する者を守れる剣の技量を持っていたことに、それが無駄ではなかったのだと思える。
シエンは剣を鞘に戻しながら蒼を振り返ると、目の前で細い身体がその場に崩れた。
 「ソウッ?」
 見た限りでは怪我をしたと思わなかったが、もしかしたら見えない所に傷を負っているのだろうか。青褪め、心が凍えるような緊張
感に襲われながら駆け寄ったシエンに、蒼は弱々しい笑顔を向けてくれた。
 「ご、めん、腰、抜けた」
 「腰が・・・・・では、怪我は?」
 「ないよ」
 きっぱりと言ったその言葉に安堵し、シエンは深い息をつく。
そして、改めて蒼を見つめた。まだその手にはしっかりと棒が握られていて、シエンはそっと手を伸ばしてそれを取ろうとした。だが、
蒼の手の力は少しも緩まない。
 「ソウ、もういいのですよ」
 危険は無いのだと言っても、蒼の手からは力が抜けない。
 「わ、分かって、る、けど・・・・・」
蒼自身、困ったように自分の手を見下ろしていた。シエンは宥めるように額に口付けをした後、蒼の指を一本一本棒からはぎ取っ
て行く。
 こんなに力を入れるほど、蒼は緊張していたのだ。そんな場面に居合わせてしまったことを申し訳ないと思い、カランとその手から
棒が離れた瞬間、シエンは強く蒼を抱きしめた。
 「ありがとうございました、ソウ」
 「・・・・・え?」
 「あなたの力が役に立ちました」
 蒼の勇気がシエンを突き動かした。
本来、皇太子妃である蒼は守られるべき立場であり、自ら剣の前に立ったことは注意すべきことだろう。それでもシエンは、蒼の勇
気を称えたかった。それが、蒼だと思えた。
 「シエン・・・・・」
 何度も何度も背中を撫でていると、やがて腕の中の蒼の身体から力が抜けたのが分かった。
 「・・・・・落ち着きましたか?」
 「・・・・・うん、ごめん」
 「いいえ」
謝ることは何も無いのだと、もう一度髪を撫でたシエンは、ようやく自分たちを見つめている者へと視線を向けることが出来た。

 「御苦労だった、ヒューバード。この近くにいたということか?」
 シエンが話しかけると、ヒューバードはチラッと蒼に視線を向けてからああと頷く。
 「この近くで最近暴れている盗賊がいるという情報を得たからな。別の緑地に先に向かったんだが・・・・・そこにはいなくて、次に
向かったのがここだった。まさか、あんたがいるとは思わなかったよ、王子」
警備上、シエンの動向をすべての兵士に知らせているわけではないので、ヒューバードが今回の旅路を知らなくても仕方がない。
その言葉の中に自嘲の響きを感じ取り、シエンはフッと口元に笑みを浮かべた。
 「メルキエ王国の戴冠式に呼ばれたんだよ」
 「メルキエ王国の?」
 ああと直ぐに納得した様子を見せたということは、ヒューバードの耳にも今回の戴冠式の噂は届いているのだろう。
いや、その戴冠式に出席する王族や貴族を狙い、盗賊たちの動きも活発になるかもしれないという危惧もあったくらいだ、捕らえた
者たちから何事か聞いたのかもしれない。
 「まあ、思ったより簡単に捕らえることも出来たし、助かったと言うべきか・・・・・」
 口の中で呟いていたヒューバードは、そこで再び蒼を見つめた。
 「ソウ、怖くなかったか?」
 「こ、こわくないよ!」
 「・・・・・相変わらず元気そうで安心した」
皇太子妃に向かって言う言葉遣いではないが、ヒューバードが蒼のことを気に入っていたということをシエンも知っているので、複雑
な思いを抱えながらも2人の会話を邪魔することはしなかった。




 久し振りに見るヒューバードの表情は生き生きとしていて、今の彼の待遇がそれなりに良いものだということが分かった。
元々盗賊をしていたヒューバードたちにとって一国の支配下に下り、その手先となって盗賊を討伐することは複雑なのではないかと
思ったが、どうやらそんなプライドは無いらしい。
 それは、生きていく上で必要ないと思ったのか、それとも面倒を見ていた子供たちのためなのかは分からないが、どちらにせよ彼ら
が真面目に任務を遂行してくれているのが嬉しかった。
 「王子が来ると、すべて良いところを持って行かれるな」
 「え?」
 「お前に良いところが見せられなかった」
 冗談なのか、本気なのか、軽い口調で言われても分からなくて、蒼はどうしようかと困った。
すると、ヒューバードは笑いながら軽く頭を叩いてくる。
 「おいっ!」
 カヤンが色めき立ったが、蒼はまったく気にならなかった。むしろ、親近感を感じる仕草が仲間だと認められたようで嬉しい。
 「ヒューバード、ごはん、一緒に食べる?」
 「ごはん?」
 「せっかくここで会えたんだし、俺ガンバって作るから」
大人数の食事を作るのには慣れていると言えば、頼むと即答された。
これは張り切って作らなければならないと、蒼は急いで材料を用意するために踵を返す。
 「ソウ様っ、あのような暴挙を許しても良いのですかっ?」
 カヤンはまだ先程のヒューバードの行動を許せないらしい。それほどたいしたことではないと思うのだが、自分のためにこれだけ怒っ
てくれるカヤンの気持ちはくすぐったい。
 「うん、ありがと、カヤン」
 「礼など・・・・・っ」
 「でも、うれしーから」
重ねて言うと、カヤンはしばらくして大きな溜め息をつく。
能天気な自分に呆れたのかもしれないが、眉間に皺を寄せながらも自然と食事作りを手伝ってくれようとする彼の行動に、もう一
度ありがとうと告げたくなった。

 夕食を前にした捕りものだったので、蒼はヒューバードたちの分も追加して作ることにした。
元々、自分たちも盗賊だったヒューバードたちと、シエンの護衛も務める有能な兵士達との折り合いが上手くいくかどうか心配だっ
たが、今の騒動で随分打ち解けたらしい。
 和気あいあいと支度をする様子を見て、蒼はなんだかおかしくなった。
 「どうしたんだ?ソウ」
今捕らえた男達の身柄をどうするのか、シエンがベルネとヒューバードと話し合っているのを横目で見ながら話しかけてきたセルジュ
に、蒼は見てみてよと食事の支度をする者たちを指さす。
 「仲良いよな」
 「仲間だからだろ」
 「なかま、かあ」
(いい言葉だなあ)
 さらに笑み崩れると、セルジュはいきなり蒼の右手を掴んだ。
 「な、なに?」
 「こんな小さな手なのにな」
 「え?」
 「お前は不思議な奴だよな、ソウ。殺気を感じさせるわけじゃないのに、お前が構えると何だかけおとされるような気を感じるんだ
よ。多分、あいつも・・・・・」
そう言いながらセルジュが見たのは、先程蒼が脛を打った相手だ。
(なんだか・・・・・分かる)
 元の世界にいた時、剣道の試合に出ても、小柄な蒼は相手に下に見られることが多かった。そんな相手に立ち向かうには気合
しかないと思っていたが、今回もその気合が通じたのだろうか?
(少しは、シエンの役に立ったのかな)
 「・・・・・あ」
 「ん?」
 「手」
 いまだ手を握ったままでいるセルジュに、繋がっている手をブンブンと振って離してくれるように頼む。この状態ではなかなか料理
が進まないからだ。
 「冷たいな、ソウ」
 セルジュは笑いながらそう言って、なぜか掴んだ指先にキスをしてくる。突然のことに目を丸くしてしまった蒼が怒る寸前に、セ
ルジュは手を離して立ち去ってしまった。
 「・・・・・なに、あれ?」
(何がしたかったんだろ?)
 「ソウ様?」
 少しの間セルジュの後ろ姿に視線を向けていた蒼も、兵士に名前を呼ばれて慌てて作業に戻る。セルジュの行動の意味が分
からなかったが、今はそれを考えている時間は無かった。
 「あ、材料たりる?」
 人数が一気に増えたので一応確認したが、どうやらヒューバードたちも食料を提供してくれるようでそちらの問題は無さそうだ。
後は・・・・・。
 「あいつらの分も作るよ」
 蒼の視線がどこを向いているのか気づいたのか、兵士は即座にその必要はありませんと訴えてきた。
 「罪人に食事を与えることは最低限の待遇の一つですが、その食事をソウ様がお作りになることはありません。干し肉を与える
のでも十分なはずです」
 「あ、あのさ」
 「あ奴らの食事は我々で用意しますから」
 「・・・・・う〜ん」
(これは・・・・・どう言っても仕方ないのかも)
 たった今剣を交えたばかりの盗賊相手にそこまでしてやるのはやっぱり駄目だったかと、蒼は残念に思うものの無理に自分の意
見を通すことはしなかった。