蒼の光   外伝2




蒼の運命






                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 「だ〜か〜ら〜っ、もっと本気出してかかって来てよ!」
 「・・・・・」
(やはりここか)
 門をくぐる前から聞こえてきた元気な声に、シエンの口元には笑みが浮かんだ。駆け去ったという方向から考えてもここだとは思っ
たが、本当に予想を裏切らないなと思ってしまう。
 「王子っ!」
 門番の兵士はシエンの姿に最敬礼をする。その姿に軽く頷くと、シエンは中へと視線を向けながら言った。
 「ソウは来ているな?」
 「は、はい、少し前にいらっしゃいました」
 「手合わせの相手は?」
 「ソウ様は将軍との手合わせを望まれていらっしゃいましたが、生憎将軍はただいま会議に出席なされていまして、今他の者が
相手をさせていただいているはずですが・・・・・」
 「どうやら、手を抜き過ぎているようだな」
(ソウは手抜きを許さないから)
 元々の世界で、真剣ではないものの、同じように剣を習っていたらしい蒼は、バウエルが褒めるほどに太刀筋が良いらしい。
ただ、身体の造りがどうしても華奢なので、重い真剣を持つことが出来ない。本人はその悔しさを隠しているがシエンは気付いてお
り、今内密に蒼用の剣を作らせていた。通常の剣よりは長さは短いものの、軽くて扱いやすいもの。バリハンの王家の紋章を入れ
たそれは近々献上される予定で、シエンは蒼の喜ぶ顔を早く見たいと思っている。
 そんな蒼は、手合わせでも手を抜かれることが嫌いだ。
以前は、ある程度の腕も持っているので、対戦相手も本気で向き合ってくれたらしいが、皇太子妃となった今はなかなか本気で
戦ってくれないと嘆いていた。
 その点、バウエルは蒼の実力に合わせてくれるらしいので、蒼は時間が空くと頻繁にここにやってくるのだ。
 「会議というと・・・・・盗賊の?」
 「はい。国境の警備兵からの報告が上がってきたようです」
 「そうか」
(かなり、大きな問題になってしまっているな)
シエンも最近の盗賊の問題は耳にしていた。現に、バリハンを訪れた外国の使者も、途中で襲われたと言っている者もいた。
(これは本格的に考えないといけない)
 今は旅人や商人を狙っているだけの盗賊も、それが反乱軍となり、一国を脅かす大きな存在になりかねない。
いくら生きるためとはいえ、人の命や生活を脅かす者を見逃してはおけないと思いながら、シエンは中にいるらしい蒼の姿を捜しに
訓練場へと足を踏み入れた。




 「参りました!」
 蒼が弾いた剣が地面に突き刺さり、兵士が片膝をついて頭を下げた。
本来自分が勝ったことを喜びたいのは山々だったが、蒼は途中から相手が力を抜いたことに気がついていた。本人は上手く隠して
いると思ったかもしれないが、踏み込む足の幅や、腕の筋肉の動きなど見れば、それは直ぐに分かることだ。
 「どうして攻めて来ないんだよ!」
 「ソウ様・・・・・」
 「俺、ケガなんてこわくないよっ?」
 「・・・・・」
 兵士が困ったような顔をして自分を見上げてくる。何だか自分が一方的に責めている感じになってしまい、蒼は自分の方こそ情
けなく眉を下げて訴えた。
 「だ〜か〜ら〜っ、もっと本気出してかかって来てよ!」
 「ソウ様はお強いです。けして、私が手を抜いているというわけでは・・・・・」
 「うそ!」
 「・・・・・」
 「ソウ、そこまでにしてやって下さい」
 「!」
 いきなり背後から掛かった声に、蒼はビクッと肩を揺らして振り向く。
 「シエン」
大好きなシエンの姿に一瞬顔は緩みかけたが、蒼は直ぐに自分が勉強を放り出してここに来たことを思い出した。
(お、怒るって、絶対・・・・・っ)
 シエンは滅多に怒鳴り声を上げることはないが、きちんとした理由を説明しながら理詰めでくるので、直情型の蒼が勝てるはずが
無い。
 「シ、シエン、あの、俺・・・・・」
 「ソウ、私と手合わせしていただけませんか?」
 「え・・・・・?」
 「久し振りにあなたと剣を合わせてみたい。将軍に鍛えられてどれ程強くなったのか、私に見せてください」
もちろん、その申し出に蒼が首を横に振る理由は無かった。




 シエンが今まで剣をつき合わせた中で、交える前にその強さを思い知ったのはエクテシア国のアルティウス王だ。
赤の狂王と呼ばれるアルティウスは恵まれた体格と天才的な剣術の持ち主で、それまでにも多くの者をその剣で倒してきたという
ことの意味を、シエンも向き合って初めて知った。
 その時は結局剣を交えることは無かったものの、あれ程の殺気を感じた相手は今までにいない。
 「・・・・・」
(また、強くなったようだ)
蒼がこの国にやってきた当初は、シエンも頻繁に剣の稽古に付き合っていたが、最近は政務の方が多忙になり、蒼と剣を交えるど
ころかゆっくりと会話をする時間も減ってしまった。その間、蒼はバウエル相手に剣の腕を磨いたようだが、その成果はこうして向き
合って構えているだけでも分かった。
 「手、抜くなよ?」
 「そちらこそ」
 「俺はいつでもホンキ」
 刃先を折っているとはいえ、まともに受けてしまえば大怪我になりかねない。シエンは本気を出さなければ自分はともかく、蒼に怪
我をさせかねないと思いながら、剣を持ち直した。
 「!」
その瞬間、それを隙と見た蒼が、素晴らしい速さで向かってくる。

 カシ カシ キンッ

 剣がぶつかり合う高い音が響き、周りでは訓練していた他の兵士まで手を止めて2人の手合わせを見ている。
この国の皇太子と、皇太子妃。しかし、誰もそんなふうには思わないはずだ。
(ソウは、女ではない・・・・・っ)
 「・・・・・はっ、はっ」
 「・・・・・っ」
少しも気が抜けない真剣勝負。それでもシエンは楽しくてたまらなかったし、蒼も生き生きと目を輝かせて剣を操っていた。




 カシッ

 「あっ!」
思わず蒼が声を上げたと同時に、持っていた剣が数メートル先に弾け飛ばされた。
 「・・・・・っ」
 肩を上下させ、荒々しい息を必死に整え、蒼はシエンを睨んでいる。もちろんそれは憎しみなどではなく、高まった闘争心からく
るものだ。
相手は大好きなシエンだが、こうして剣を交えていると人間対人間といった関係になる気がする。
(俺がもしも女だったら、シエンだってこうして剣を握らせてくれなかっただろうな)
 もちろん、蒼は自分が女だったらなどと考えたことはないが、それでもシエンと同性で良かったと、息が整った後には思わずパッと
顔に笑みを浮かべた。
 「強くなった」
 そんな蒼に、シエンは借りた剣を兵士に戻しながらゆっくりと近付いてくる。
 「私も、怠けていないで剣の稽古をしなければ。直ぐにソウに追い抜かされて、私が守られる立場になってしまうかもしれない」
 世辞ではない、心からの言葉。それを聞いてますます嬉しくなった蒼は、人前にもかかわらずシエンの腰にガバッと抱きついた。
本当はもう少し色っぽい仕草ならばいいのだろうが、そんなことをしていると、返って感情が薄れてしまいそうな気がする。
(いいんだもんね〜、これで!)
 「俺っ、シエン、守るよ!」
 「ソウ」
 「お互いがそーしたら、俺達ぜったい負けないな!」
 「そうですね」
 どちらかがどちらかを守るという一方的な関係ではなく、お互いを守り、戦うのならば、どんな敵も撃退出来そうな気がして、蒼は
声を上げて笑ってしまった。




 久し振りに剣の相手をしたせいか、蒼の機嫌はかなり良いようだ。楽しそうに笑っている笑顔を見ているのはシエンも嬉しいが、
一言注意しなければならないこともあった。
 「ソウ、勉強が退屈なのは分かりますが・・・・・」
 「ごめん!」
 「ソウ」
 シエンが最後まで言う前に、蒼は頭を下げてきた。部屋を抜け出してしまった罪悪感はあるらしい。
 「・・・・・私が何に怒っているのか分かりますか?」
頭を下げたままの蒼にそう訊ねると、うんと頷いた蒼は答えた。
 「う、うん、俺が、べんきょー、逃げたから」
 そう、約束した時間に蒼はあの部屋にいなかった。
 「違います」
 「・・・・・え?」
 「セルジュから、あなたが窓を越えて逃げ出したと聞きました。ソウ、いくら高さがないとはいえ、万が一ということもありえます。抜け
出す時はきちんとドアから出て行きなさい」
 「シエン・・・・・」
 まさか、堂々と抜け出せと言われるとは思わなかったのか、蒼は目を丸くして自分を見つめてきていた。しかし、シエンは今言った
通り、蒼に注意するとしたら抜け出す方法で、どうしてという理由を口に出すつもりは無かった。
 蒼は今の勉強が大切であることを知っているし、逃げ出す自分が悪いということも自覚している。そんな相手に、シエンは頭から
怒鳴るつもりは無かった。こうして分かってくれたら、次に同じことは繰り返さない、蒼はそんな少年だ。
 それに、詰め込むばかりの勉強もどうだろうかと思った。
皇太子妃の蒼は、いずれ王妃という立場になる。そのためにもバリハンのことを今以上に知らなければならないことは確かだが、そ
れが過去の歴史を・・・・・と、言うのは少し違うかもしれない。
 過去はもちろん、自分達を見守ってくれる神も大切なものであることに違いがないが、自分と蒼が一番に考えなければならない
のは未来のバリハンだ。この国をどう発展させていくのか、それを考える方がよほど有意義だ。
 「カヤンには少し勉強内容を考えてもらいましょう、あなたや・・・・・セルジュ達が退屈しないような」
 「・・・・・カヤン、おこらない?」
 「怒ることはないでしょう、叱るかもしれませんが」
 「・・・・・」
 どちらにせよ、一度はカヤンの小言を聞いてもらわなければなとシエンは笑ったが・・・・・。
 「・・・・・あ!セルジュはっ?」
 唐突に、蒼はその存在を思い出したらしい。シエンとの手合わせに夢中になっていたせいか、頭の中からその存在がすっぽりと抜
け落ちてしまっていたようだ。
 「何だか、退屈していましたよ」
 蒼が自分のことだけを考えてくれていたということが間接的に分かってしまい、シエンはセルジュに悪いなと・・・・・は、思わないまで
も、気の毒にと思いながら笑って答えた。
 「ソウがいないと、あちらも勉強をする様子では無かったですね」
 「セルジュも、べんきょータイクツなんだ」
 「それでも、彼らはそのために我が国に留学しているのですから。少々つまらないでも、きちんと知識を身に着ける努力をしてもら
わないと」
 「・・・・・そっか、そうだね。カヤンもガンバってくれてるんだし」
 俺も真面目に勉強しようと呟く蒼の素直さに笑みを誘われたシエンは、そのまま蒼の肩を抱き寄せようとした。口付けはさすがに
嫌がるかもしれないが、こうして肌を触れ合わせているだけで嬉しいのだ。
 しかし、どうやら蒼の思考はまた唐突に変わったらしく、
 「なあ、シエン」
腕の中から自分を見上げてきた。
 「トーゾクの話、聞いたよ。大変なの?」