蒼の光 外伝2
蒼の運命
2
※ここでの『』の言葉は日本語です
将軍であるバウエルがわざわざ会議に出席するということは、それだけ大きな問題なのではないかと思う。それならば、シエンの耳
にも届いているのではないかと思った。
「・・・・・気になりますか?」
先程までの優しい眼差しとは少し違うシエンの様子に、蒼はうんと強く頷いた。
「だって、バリハンの問題だろ?それは、俺の問題」
まだまだなりたての皇太子妃、それも、勉強会を嫌がって抜け出してしまうほどの情けない皇太子妃だが、この国を思うという気持
ちに嘘はない。神様の前でシエンと誓ったのだ、この国の問題は自分にも関係ある大切なことだった。
「・・・・・以前から小さな被害は出ていたようですが、最近はその手口も巧妙で悪辣になっているようで、各国でも早急に手を打
たなければならない問題として浮上しています」
「たくさん、いる?」
「幾つかの集団があるのですが、金品だけを奪う者、金品と女達も奪う者、後は・・・・・皆殺しにして全てを奪う者と様々です。
我が国の周辺にいるのは、金品と女達を奪う者らしく、国境の警備兵の元には妻や娘を攫われたと訴えてくる者達が急増してい
るので、バウエルはその対処に頭を悩ませているはずです」
「・・・・・」
蒼は眉を顰めてシエンの話を聞いた。
泥棒と一口に言っても、空き巣と強盗とは種類が違うように、物や人を奪う者と命さえも奪ってしまう者では確かに対処は違ってく
るだろう。
もちろん、どちらにしても悪いことには違いないが、蒼は自分だけがのんびりとここにいてもいいものかと思ってしまった。
「・・・・・シエン、最近大変なの、このせい?」
「・・・・・これだけではありませんよ?父から様々なものを教えて頂いている最中で、ソウともゆっくり出来る時間が作れないので
すが」
「そんなの、平気!」
「ソウ」
「さびしーはあるけど、シエンと一緒だし、俺、平気だぞっ?」
なかなか会えなくて寂しいなどと、今の話を聞けばとても言うことは出来なかった。
シエンは、いや、シエンだけでなく国王や将軍、そして兵士達も、皆このバリハンを守る為に必死に動いている。
「シエン」
「駄目です」
「え?」
蒼が自分の思いを口にする前に、シエンはそれを遮った。何時も蒼の思いをきちんと聞いてくれるシエンにしては、あまりにも冷た
い態度だ。
「シエンッ、俺!」
「あなたが言おうとしていることは想像がつく。ですが、私はそれを許すことは出来ません。ソウ、あなたが我が国のために心を砕い
てくださるのは嬉しいですが、今回は大人しくここにいてください」
「・・・・・」
「いいですね?」
「・・・・・っ、シエンのバカ!!」
バンッ
いきなり荒々しく開いた扉に、セルジュとアルベリックは無意識のうちに身構えた。
宮殿の中では剣は持ってはならないとされていたが、万が一のために懐には短剣を忍ばせている。
「ソウ?」
しかし、中に入ってきたのは憤然とした面持ちの蒼で、セルジュとアルベリックは思わず顔を見合わせてしまった。
(機嫌良く抜け出して行ったばかりだが・・・・・)
もしかしたら途中で誰かに見付かり、連れ戻されたのだろうかとも思ったが、それならばわざわざ自分達に宛がわれている部屋に来
ることはないはずだ。
「どうした、ソウ?可愛い顔が台無しだ」
「セルジュ!教えてほしーけど!」
「俺に?」
聞きたいことがあると怒鳴るように言われても、一体何のことだと首を傾げてしまう。
すると蒼はつかつかとセルジュの元に歩み寄った。普通ならば自分の方が遥かに背が高いが、今は椅子に座っているので蒼の方
から見下ろされる形になっている。
(こういう体勢も新鮮だな)
暢気にそんなことを思っているセルジュとは違い、蒼は硬い表情のまま言った。
「セルジュは、とーぞくのこと、知ってるだろっ?」
「とーぞく?国境を賑わしている奴らのことか?」
「そう!どんな奴らか、俺に教えて!」
「・・・・・」
(盗賊のことを知りたい?)
先程逃げ出して行った蒼には、そんなことを考えている様子は全く無かったはずだ。
向かって行ったのは兵士達の訓練場の方角で・・・・・時間から考えても、蒼は一度はそこに辿り着いたのだろう。
(そこで、何らかの話を聞いたということか?)
セルジュ達が各国を旅している間も、国境の盗賊の話は良く聞いた。
全てが仲間というわけではなく、幾つかの集団が各国に散らばって悪さをしているようで、自分達も何度か狙われたこともあった(も
ちろん撃退したが)。
このバリハン王国の周りとて例外ではないだろうが、それをどうして蒼が口にするのか。
(・・・・・まさか、な)
旅先で初めて会った時、あからさまな体格や力の差が見えていたというのに、蒼は怯むことなく自分に向かってきた。その気概は母
国に帰ったとしても消えることはないはずで・・・・・。
「お前、まさか盗賊退治するって言うんじゃないだろうな?」
「言う」
「止めとけ」
「どうしてっ?」
「あいつらは剣を持つ心得も知らないようなゴロツキだ。まともな戦いはしないだろうし、お前みたいなのがノコノコ出て行ったら確
実に食われる」
「く、食う?」
さっと顔を青褪めさせた蒼が何を想像したのかは分かったが、セルジュはその誤解を解こうとは思わなかった。男が男に力で身体
を奪われるというのは、肉体も精神も食われるというのと一緒だ。
その上、バリハン王国の皇太子妃という蒼の立場は、他の利用価値も考えられて・・・・・どちらにせよ、蒼にとっては辛いものに
なるはずだ。
(わざわざそんな危険に晒せるか)
「セルジュ!」
「ダ〜メ」
可愛い蒼の頼みでも、瞳を潤ませてねだられても、これだけは頷くことは出来ない。
(ん?もしかして・・・・・)
自分と同じような考えを、蒼は先に言われたのではないだろうか?それで、自分に協力を求めにやってきたとしたら。
「そろそろ・・・・・」
来るかと思った途端、空けられたままだった扉の向こうに背の高い男の姿が現れた。
「・・・・・」
その姿を見た瞬間、セルジュは頬に意味深な笑みを浮かべ、まだ背後の影に気付いていない蒼の頬に手を伸ばす。
「可愛くねだってくれたら、聞いてやってもいいかもな」
「え?」
活路を見出したと思ったらしい蒼は、大きな目を更に丸くして見下ろしてきた。自分を狙っている男にその態度は危険だぞと人事
のように思いながら、セルジュは近付いてくる男の方に視線を向けた。
「シエンのバカ!!」
顔を歪めてそう叫んだ蒼が走り去っていく後ろ姿を見て、シエンは深い溜め息をついた。
蒼の気持ちは本当に嬉しいが、今回はシエンはその気持ちを受け入れることは出来なかった。いくら蒼の剣筋が良いとはいえ、実
戦の経験の無い者にいきなり盗賊退治は不可能だ。
怪我をする可能性や、更に攫われてしまう可能性も考えねばならず、そんな危険なことに蒼を巻き込むことは絶対に出来ない。
「こう言い出すことが分かっていたからこそ、内密にしていたんだが・・・・・」
(まさか、将軍の不在から分かってしまうとは・・・・・)
とにかく、蒼にはきちんと説明をして分かってもらわないとならない。頭から反対しても余計に意地になってしまいかねないと、シエン
は去って行った蒼の後を追い掛けた。
あの後蒼がどこに行くか。
父王の所も考えたが、蒼ならばもっと手っ取り早い方法を考えるだろう。
この宮殿の中で、蒼の味方になってやり、尚且つ盗賊に関しての情報も持っている者といえば・・・・・心当たりは一つしかなかっ
た。
「・・・・・」
案の定、蒼はセルジュに宛がった部屋にいた。
しかも、椅子に座っているセルジュを、蒼の方が上から覗き込むという体勢で、自分の存在に気付いていない蒼に少しだけ面白く
ない気分になる。
更に、視線が合ったセルジュが楽しそうに口元を緩めている様子にますます眉を顰めてしまったシエンは、そのまま黙って部屋の
中に足を踏み入れると、
「うわあっ?」
蒼の腰に手を回して、軽々とその身体を抱き上げた。
「なっ?」
「ソウ」
「・・・・・っ」
耳元で名前を呼べば、腕の中の蒼の身体がピクッと震える。まるで悪戯を見付かった後の子供のような反応だが、その相手が
セルジュというのは始末に悪かった。
「話が途中でしょう、ソウ」
「だっ、だって、シエン、ダメって!」
「確かにそう言いましたが、その理由をきちんと説明していません。ソウ、私は無闇にあなたのすべきことを制限しようとしているわ
けじゃない。私の考えを聞いた上で、あなたにも理解して欲しいんですよ」
強張っていた身体から力が抜ける。
(分かってくれたか)
「ソウ、部屋に行って・・・・・」
「ここで聞く」
「ここで?」
「2人になって、ごまかされたら、嫌だし」
その言葉に、さすがにシエンは苦笑を漏らしてしまった。確かに2人きりになれば、言葉が足りなくなった時に愛撫へと行動するかも
しれない。
身体も心も結びついた自分達だからこその可能性だが、きちんと最後まで話し合うには第三者がいた方がいいだろう。
それに、これは偶然だが良い機会になった。各国を旅してきたというセルジュ達には、自分達の知らない盗賊の情報があるかも
知れず、口を開かせる好機かもしてない。
「分かりました。・・・・・いいだろうか、セルジュ」
シエンが言葉を惜しむことはないと思っているものの、2人きりになってしまえば互いに感情的になったりするかもしれない。
シエンにキスされたり、身体に触れられるだけで感じてしまう自分が、それでごまかされてしまうかも知れないという不安もあってセル
ジュ達の同席を頼んだが、どうやらシエンも同じ気持ちらしい。
(一緒にいると、似ちゃうのかな)
不安の要因が、自分達の愛情故というのも少しおかしいが、蒼は今度こそシエンからきちんと説明を受けようと椅子に座って顔
を上げる。
シエンは蒼の直ぐ側の椅子に腰掛け、ゆっくりと説明を始めた。
「先程も言ったように、盗賊にも色んな集団があります。我が国の周りでは今のところ命を奪われた者はいませんが、傷付けられ
た者はいるんですよ」
「え・・・・・」
「相手は盗賊、剣を交える際の礼儀もなにもない。いきなり切りかかってきたり、卑怯な手段を使ったりと、こちらが思いもよらな
い行動を取る場合がほとんどです。そんな危険な相手に、ソウ、あなたを向かわせることは私には出来ない」
「シエン・・・・・」
蒼はシエンの空色の目の中に、自分への深い愛情と気遣いの色を見る。
思っていた以上に凶悪らしい盗賊。それを相手に、剣道をしていたとはいえ真剣を扱い慣れていない自分が向かったとしても撃退
されるのは目に見えていた。
シエンの心配も、分かる。
自分だって、今の話を聞いて、怖いと身体が震えた。
それでも、この国を守るということを、自分以外の誰かに任せきりにしてもいいのだろうか・・・・・その思いは消えずに残るのだ。
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