蒼の光   外伝2




蒼の運命




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                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 蒼の言葉に、国境の警備所はにわかに騒然とした。
もちろん、蒼の会った人物が盗賊とは限らないものの、こんな時間に砂漠を歩いていること自体怪しいと疑っても仕方がないし、
シエンは蒼の、

 「キラキラした髪、してた」

という言葉に強く引っ掛かった。
 その直前にセルジュと話していた盗賊の特徴の中で、バリハン近辺にいる者が《銀の獣》と呼ばれていること。光っているという蒼
の言葉と、銀という言葉がどうしても共通しているように思えるのだ。
(まさか、この国境の門付近に現れるとは思わないが・・・・・)
 成人の男と、少年。その組み合わせも盗賊としては首を傾げるが、今の状況で関係ないと言い切ることは出来なかった。
 「シエン・・・・・」
考え込んでいたシエンは、蒼の言葉に顔を上げた。自分の言った言葉が予想以上の反響で、皆がいっせいに動き出したことに不
安を覚えたのだろう。
(本当に・・・・・良かった・・・・・)
 蒼自身が危険に飛び込んでいるとは思わないが、万が一あの時、その男に連れ攫われたりしていたら・・・・・シエンはここでこれ
ほどに冷静に状況を分析出来るはずがなかった。取り戻そうと必死になり、盗賊征伐という本来の目的から大きく逸れてしまって
いただろう。
 祖国、バリハンは大切だ。近々即位することもあり、自分の国として守らなければという強い思いもある。
しかし、それと蒼は比べることなど出来ない。ようやく手に入れた愛しい蒼の存在は、シエンにとって全てだった。
 「話してくれて、ありがとうございます」
 「・・・・・俺、失敗、しなかった?」
 「夜更けに砂漠に出ようという無謀さは感心しませんが、そのおかげで全く手掛かりのなかったものに光が見えました」
 「とーぞくなのかなあ」
 「かなり、不審ではありますね」
 「でも、俺がとーぞくないって言っても、笑ってた」
 まさか、盗賊本人が自分がそれと告白はしないだろう。
それよりも、シエンは蒼に分かるように言葉を砕いて伝えた。
 「ソウ、ここから先は我がバリハンの領土ではありません。皇太子妃というあなたの立場も、通用しない者もいるのです。いいです
か、もう二度と私の目の届かない場所に一人で行かないように。あなたを信頼していないわけではなく、私の心の安寧のためにも
お願いします」
 「うん、分かった」
 蒼は硬い表情で頷くが、本人の思いとは別のところで動いてしまう状況もあるとシエンは分かっている。一番大切なことは自分
が蒼から目を離さないことかもしれないと、シエンは蒼を安心させるように微笑みながら頬を撫でた。




 建物の中が慌しい。
セルジュは窓から下を見下ろす。そこには月明かりの中、幾つもの篝火が浮かんでいた。
 「・・・・・あれ、何だろうな」
 どうやらこの国境の警備所周辺を、何か探して回っているようだが、その理由は自分達のところまでは来ていない。全ての情報
が伝えられるとは思っていないのでそれを不快に思うことはないが、知りたいという欲求はもちろんあった。
 「なあ」
 「じっとしていろ」
 「何も言っていないだろ」
 「言わなくても分かる。今俺達が行ったところで、誰も理由を話してくれるはずがない。それなら、向こうから来るのを待っている方
が得策じゃないか?」
 アルベリックの言葉に納得は出来るが、元々自分が動くことの好きなセルジュは、暢気に待つということが少々苦痛だ。
(アルベリックのように、ジイさんみたいな考え方は出来ないんだよなあ)
言えばきっと、頭を小突かれそうなことを考えていると、

 トントン

扉が叩かれる音がする。
 「ほら、来た」
予想通りというように口元を緩めるアルベリックに、セルジュは鼻に皺を寄せて自ら扉を開けに向かった。




 部屋の中から顔を出したセルジュを見て、シエンは全てを話さなくても通じるなと考えた。彼らほどに人の気に敏感な男達が、
今この場で何が起こっているのかを感じないはずがない。
 「なんだ、ソウも一緒か」
 セルジュは直ぐに自分の後ろに立つ蒼の存在に気付いて笑い掛けてきた。本当はここに連れて来たくは無かったが、先ほどの
自分の不在の時に蒼が不審な人物に出会ったということもあり、シエンは部屋に蒼を1人で置いていることが出来なかった。
それに、理由はもう一つ。
 「たびたびすまない。今、いいだろうか」
 「どうぞ」
 セルジュが身体をずらしたので、シエンは蒼を振り返り、その背を押すようにして中に入った。
ふと部屋の窓を見ると、夜風が入るというのに板戸が開かれている。どうやら外の騒ぎを見ていたようだなと、シエンは腕を組んでこ
ちらを見ているセルジュに言った。
 「先ほどの盗賊の話だが」
 「ん?」
 「バリハン周辺にいる者は、銀の獣と呼ばれているらしいと言ったな?それは、総称としてか?それともその容姿を指してなのか、
もう一度確認を取りに来た」
 「理由を聞かせてくれ」
 何の見返りも無いまま口は開かないぞといっているのも同然だろうが、聞きようによってはそれ以上の情報を持っているということ
ではないか。
シエンはセルジュを見つめながら頷く。こちらが持っている情報などほんの僅かだが、それをどれ程大きな効果を持たせるようにする
のかは自分次第だった。
 「先ほど、この警備所付近に不審者が現れた」
 「ああ・・・・・だからか」
 セルジュの眼差しが窓に流れる。
 「その不審者が、俺の話とどう繋がる?」
 「見たらしい、その容姿を」
 「え?」
さすがに想像はしていなかったのだろう、セルジュは驚いたように声を上げて側のアルベリックを見る。アルベリックも眉を顰め、驚きを
隠さなかった。
 「誰が?本当に見たのか?」
 「・・・・・ソウが」
 「ソウが?」
 「先ほど、国境の門の外、砂漠にいる男を見た。しかし、ソウは盗賊がどういった容姿をしているのか知らず、そのまま立ち去られ
てしまったらしい」
 「・・・・・本当なのか?ソウ」
 「うん、ホント」
 蒼が頷いたことで、セルジュは様々な思案を巡らせているのだろう。
ここにシエン1人で来て訊ねたとしても、セルジュは簡単に口を開かなかったはずだ。蒼を気に入っているセルジュの気持ちを揺さぶ
るために、シエンは蒼に正直に事情を話した。
 愛する者を、自分以外の男のために利用するのは心苦しい。本当は、このまま蒼を一室に閉じ込めておきたい。
それでも、今出来ることはしなければならない・・・・・それは皇太子として、今回の討伐軍の責任者としての使命だった。




 「セルジュは、きっとまだ詳しい情報を持っているはずです。ソウ、本当はあなたをこんなことに利用したくない。ですが」

 蒼は、自分がいない場所であったシエンとセルジュの話を聞いた。
仲間外れにされたとは思わないが、その話を聞いていたらもう少し対処も違っていたかもしれないと唇を噛み締めた。
 しかし、その時シエンと一緒にいたとしたら、砂漠であの男達と出会うことは無かったはずだ。結果的には、別行動をして良かった
のかもしれない・・・・・蒼はそう気持ちを割り切って、シエンの言葉に頷いた。
 シエンに話さないことを、セルジュが自分に対して話してくれるというのは少し疑問だが、もちろん、話してくれるのならば蒼自身も
聞きたかった。
 「・・・・・本当なのか?ソウ」
 「うん、ホント」
 蒼は素直に答えた。シエンも、見知ったことは隠さずに話しても良いと言っていて、情報を貰うのならばこちらも与えなければと蒼
は考えている。
 「顔は、よく分かんない」
 「・・・・・」
 「でも、声は男だった」
 「・・・・・」
 「髪、キラキラしてたんだ。さっき、シエンからセルジュの話、聞いた。ギンのケモノ?ギンって、色?キラキラって、髪?」
《銀の獣》という名称が、単に盗賊としての総称なのか、それとも容姿を指しているのか、シエンも判断がつかないと言っていた。
しかし、その情報を持っているセルジュならば分かるのではないか、と。
(ここまで来て、隠さないよな?)
 じっと見つめていると、セルジュはふっと息を吐くように苦笑した。
 「その黒い目で見られると弱いんだよなあ」
 「目?」
(何で、目?)
自分の黒い目はそんなに怖いのだろうか?自身の容姿、それも目を特に気にすることがない蒼は首を傾げるが、セルジュはあ〜
あとわざとらしく声を上げた。




 蒼の黒い瞳は、本当に怖い。
見ている相手の心の奥底まで暴くように、あまりにも澄み切っていて綺麗だった。
それが、黒い瞳を持つ蒼だからか、蒼の持つ黒い瞳にそう感じるからなのかは分からないが、どちらにせよセルジュの心にしっかりと
居座っている蒼の存在を無視することは出来なかった。
(早く、俺のものにしたいな)
 こんなに飽きない存在が側にいたら、毎日どんなに楽しいだろうか。その反面、心臓が痛くなるような心配も多いかもしれないな
と、セルジュは今蒼の隣にいるシエンを見て思った。
 「ソウが見たのは、多分盗賊の頭で間違いがないだろうな」
 「ホント?」
 「俺も実際にこの目で確かめたわけじゃないが、その話は聞いた。頭は銀髪だってな」
 「ギンパツ・・・・・髪が、銀色?」
 「目立つ色だからな、間違えるってわけはないだろ」
 命を奪わない盗賊団から逃れた者は、報復を恐れて詳しい情報を役人達にも話すことは無かった。セルジュも、町の飲み屋で
耳に入ってきた話を覚えていただけだ。
 「身体を痛めつけることはしなかったらしい。襲うと直ぐに目隠しし、身体を拘束して国境の警備所近くに放置する手口だし、情
報もごく僅かしか漏れてこないんだろうがな」
 それでも、襲われる時に見た、先頭にいる銀髪の男は強烈に印象に残っているようだ。
 「ああ、後、名前か」
 「名前?」
 「本名か通称かは分からないが、頭らしい銀髪の男は・・・・・」
 「ヒュー、と、呼ばれていた?」
 「・・・・・そうだ」
シエンは頷いた。彼の中で確信をしたのだろうが、セルジュも今の名前が出たことにより、蒼が出会ったらしい男がバリハン近辺の
盗賊だと考えた。
(それにしても、よく無事だったな)
 蒼は相手を知らず、相手も蒼がバリハンの皇太子妃ということを知らなかったから無理もないが、よく蒼が無事にここにいてくれる
と安堵する。
(ああ・・・・・夜だったからかもな)
 この月明かりでは、蒼の黒い瞳は見えなかったはずだ。もしもこの瞳を見ていたら、どんな立場の相手かは分からなくても欲しいと
思われてもおかしくは無かったと思う。
 「本当に、とーぞくだったんだ・・・・・」
 当の本人の言葉は、恐怖というよりも驚きの響きの方が強い。
(肝の据わった奴)
セルジュは思わず笑ったが、直ぐに今後はどうするのだろうとシエンに視線を戻した。