蒼の光   外伝2




蒼の運命




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                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 セルジュの視線に当然気がついたシエンは直ぐに口を開いた。
 「ソウが会った人物が本当に盗賊の一味かは断言出来ないが、この国境付近に怪しいものがいるということは分かった。明朝、
予定通りに出発して討伐を行う」
 「・・・・・」
 シエンは自分が言っていることが随分回りくどいことは承知していた。それでも、今回の討伐の指揮をとる自分が今の時点で断
言しては動きが決まったものになってしまう。
確信が持てない今の段階では、広く、そして冷静に考えなければ、作戦は成功しないだろう。
 「ただ、ソウが見たという子供も気にはなるが・・・・・」
 「盗賊に子供がいてもおかしくないだろう?」
 「脅されてという可能性もある。もしかしたら、庇護すべき者達が何人かいるかもしれない」
 貧しくても正しい生活を送る者もいれば、貧しさゆえに悪事に手を染める者もいる。それは大人、子供関係ないが、シエンには
心痛む現実だ。
(我が民だけでなく、手を伸ばしてきた者を突き放すことなどしないのだが・・・・・)
 国民と近い王族というものを心掛けてはいるものの、やはり近寄り難く、相談など出来ないと思う者も多いのだろう。
今回の盗賊の討伐はもちろん、シエンはそういった問題にも真剣に取り組まなければと思った。




 翌朝、今回の討伐軍である兵士達は国境の門に並び立っていた。
朝早くからバリハン領土内に入っていく旅の者達は何事かというような眼差しを向けてくるが、不安を感じさせないためにシエンは
盗賊のことを一切口にはしなかった。
 「では、参るぞ!」
 ソリューの背中、シエンの前という定位置に座り、蒼はねえとシエンに話し掛けた。
 「すぐ、見付かるかな〜」
 「それはどうでしょうか。夕べの不審者がもしも本当に盗賊の1人ならば、我が国が何らかの動きをしたことに当然気付いたはず
です。その上でまだ略奪行為をするとは・・・・・少し、考え難いですね」
 「・・・・・うん」
(確かに、あの時言ってたもんな)

 「1人でいるとは思えない。・・・・・やはり、バリハンが動き出したという情報は嘘ではなかったか」

キラキラ光る人物は、そう言いながら蒼を見ていた。表情は隠してあるのでよく分からなかったが、口調は楽しそうだったように思う。
蒼はあの男が盗賊だと、いや、盗賊の頭だとはとても思えないのだが。
(人の物を盗んで生活している人には見えないんだけど・・・・・)
 「ソウ?」
 「・・・・・んー?」
 「何を考えているんですか?」
 「昨日の、男」
 「・・・・・何か、気になることでも?」
 「気になる、ゆーか・・・・・ホントに、とーぞくかなあって」
 もっとギラギラとした、欲に満ち溢れた怖い大男を想像していたのに、それが違うので少々戸惑っているのだ。
それを説明したくても、自分がどこに引っ掛かっているのか説明し難く、言い回しもよく分からないので、蒼は結局簡単な一言で
済ませてしまった。
 「なんか、なぞ」




 シエンは体制を改めて考えなければならなかった。
もしかしたらこの国境の警備所付近に相手がいるかも知れず、常に警戒しなければならない。その上、中に子供がいるとすれば、
無闇に攻撃を仕掛けることもしたくない。
(何より、目的の相手がいまだはっきりしていないということが問題だな)
 どこに、誰が、どのくらいいるのかが分かっているのならば様々な対応が出来るのだが、こちら側にはほとんどといっていいほどに手
掛かりがないので、たてた作戦も一つの要素が変われば変更せざるを得なくなってしまう。

 警備所を出てから1日、盗賊らしき相手の姿は現れなかった。
日も暮れ、砂漠に野営することになったシエンは、ソリューから下りた蒼の顔を注意深く見つめる。
(・・・・・少し、疲れているようだな)
 炎天下の砂漠で、あてもなく動き回るのは蒼にとっては苦痛だろう。先ずは、休ませなければと、シエンは蒼が被っていたマントを
取ってやりながら笑い掛けた。
 「どうですか?」
 「・・・・・だいじょぶ」
 「無理は・・・・・」
 「してないよ。ただ、同じ景色見てたら・・・・・ちょっとだけ、つかれた」
視界一面がほとんど砂漠というこの国境地帯に、景色の変化というものを求める方が無理だと蒼も分かっているのだろう。頬に苦
笑を浮かべながら、重ねて大丈夫と言ってきた。
 「俺、楽チン。皆が、大変」
 「ソウも大変ですよ。誰が楽ということはありません」
 「・・・・・うん、そだな」
 「ソウ様!夕食の仕度をしましょうか?」
 「うん!シエン、行ってくる!」
 自分の次に蒼の性格を知っているといってもいいカヤンが、蒼に夕食作りの誘いを掛けてきた。
本来、皇太子妃である蒼にそんなことをさせる方が不敬なことなのだが、料理好きな蒼の気分転換になると思ったのだろう。
 視線を向けてくるカヤンにシエンも頷き、砂山の影に天幕を張り始めた周りを見回した。
(やはり、一日二日で決着が着くとは思わなかったが・・・・・)
それでも、何時になるか分からないという状態にしておくことは出来ない。どちらにせよ、そう遠くにいるはずがないだろう相手を、お
びき出すということは出来るだろうか。
(・・・・・無理だな)
 明らかに兵士だと分かる者達を引き連れた一団を、普通の旅人だと思うはずがない。
手分けをしてしらみつぶしに国境を回るか。
それとも、商人に身をやつし、誘いを掛けるか。
 「・・・・・」
(どうするか)
シエンは目を閉じ、頭の中で様々なことを思い巡らせた。




 「肉、肉」
 火を熾し、干し肉を炙りながら、蒼は野菜たっぷりのスープを作る。
国境で水や食料を調達出来たし、大型のソリューは大きな鍋を運ぶことも容易なので、思ったよりも豪華な食事が出来そうだ。
蒼も、一度に100人以上の男達の胃袋を満たすほどの量を作るのは初めてだが、男の料理なので見た目よりも量と味が大事だ
と言えるだろう。
 「でもさ、何日もないよな」
 「ええ。食料も水も限られていますし。一応、砂漠の中にも、水が湧き、樹木の生えている場所は点在しますが、他の旅人のこ
とも考えますと」
 「うん」
(これだけの男が揃ってたら、いっぺんに無くなっちゃうよな)
 幾つもの鍋を回り、味を調えながら、蒼は考える。
(そうすると、近々勝負を掛けないといけないんじゃないか?)
ただ砂漠をグルグル回っていても、同じように盗賊も動き回っていれば出会う確率も減ってしまう。
 『・・・・・オトリ捜査?』
 「おとり?」
 蒼の呟きに、カヤンが首を傾げた。
 「何ですか?」
 「え、あ、えっと」
 「ソウ様」
 「・・・・・ちょっと、考えただけ」
相手がどんな集団なのか分からないまま、オトリを立てるというのは大きな勝負だろう。もちろん、シエンを始め、一緒に来ている兵
士達が恐れて二の足を踏むということは考えられないが、少し危険過ぎるかもしれない。
(大体、こんなごつい男をわざわざ襲うはずがないし〜)
 襲うなら、自分やカヤンのように、見るからに非力そうな・・・・・と、そこまで考えた蒼は、思わずじっとカヤンの顔を見つめてしまう。
 「・・・・・ソウ様?」
 「・・・・・」
 「何でしょうか?」
 「・・・・・ありかも?」
 このまま、てをこまねいているだけというのも焦れったくてたまらない。
(シエンに・・・・・言ってみようかな)

 太陽が完全に沈む頃、夕食の仕度が出来た。
干し肉に、野菜スープ。腹を満たすために、スープの中には粉で作った団子を入れたので、普段より量が少なくても満足出来るよ
うだった。
 「お前、本当に上手だなあ」
 「へへ」
 感心したように言うセルジュにおかわりのスープを入れてやりながら、蒼は気恥ずかしく思った。
自分のは料理の腕がいいというよりも慣れているからで、当然、王宮の料理人の作る料理の方が美味しい。
(外で、皆でワイワイ食べるのがいいのかも)
 そんなふうに気楽に思っていてもいけないのだろうが、男ばかりのこの集団はどこか部活の合宿のようで、蒼は王宮の中にいるより
も気楽で楽しいと感じていた。
 「はい、シエン」
 「ありがとう。ソウも、自分も食べなさい」
 「うん」
 まだまだ残っているスープと干し肉をしっかりと抱え、蒼はシエンの隣に腰を下ろした。
パチパチと火花が鳴る音と。
周りで話している兵士達の声。
 自分と同じ火を囲んでいるのはシエンとセルジュ、そしてアルベリックだけで、蒼は今なら言ってもいいかなと口の中の肉を飲み込
んでシエンを見た。




 蒼が何か言いたそうに自分を見上げている。
少しだけ汚れたその唇を親指で拭ってやりながら、シエンは笑みを向けた。
 「あのさ、シエン」
 「はい」
 「とーぞくのことだけど、このまま見付からなかったらどうなる?」
 「・・・・・」
 勘の良い蒼は、様々な問題に板ばさみになっている自分の気持ちを感じているのだろう。何の前置きもなくそう言われ、シエン
は虚をつかれて目を瞬かせてしまった。
しかし、直ぐに蒼を安心させるように、出来る限り口調を柔らかくして答える。
 「見付からないことは無いでしょう。・・・・・少し、時間が掛かってしまうかもしれませんが」
 「でも、時間、たくさん無いよな?」
 「ソウ、それは・・・・・」
 「俺、考えたんだけど、おびき出すのが早いかなって」
 ・・・・・やはり、蒼も色々考えてくれていたらしい。自分自身も思いついたことではあるが、それはとても危険な作戦だった。
さらに、
 「俺、エサになる」
 「ソウッ?」
あろうことか、蒼はその役を自分ですると言い出した。もちろん、シエンが賛成するはずがない。
 「駄目ですっ」
 「どうして?」
 「あなたを危険な目に遭わせるわけにはいきません」
 本当なら、この場に蒼を連れてくることも躊躇したほどなのに、その上一番危険な役割を課すことなど出来るはずがない。バリハ
ンの民はもちろん、今同行している兵士も大切だが、シエンが何よりも守りたいと思っているのは蒼自身だった。
 「今の話は聞かなかったことにします」
シエンはきっぱりとそう言った。