蒼の光   外伝2




蒼の運命




12

                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 せっかくの自分の提案をシエンにあっさりと却下され、蒼は溜め息をつきながら食事の後片付けをしていた。
(絶対に、他に方法はないって・・・・・思うけどなあ)
それでも、シエンが駄目だと言うことを強引に押し通すことは出来なかった。そうでなくても、シエンは心配性だ。盗賊のことだけでも
頭が一杯であろうシエンに、余計な心配は掛けさせたくはない。
(でもなあ)
 「ソウ」
 「ん〜?」
 「ご馳走様」
 蒼は顔を上げた。
見た目とは裏腹に、セルジュとアルベリックは進んで片付けをしている。
そして、セルジュは蒼の傍に近付くと、チラッと後ろを見ながら言った。
 「さっきの話だが」
 「え?」
 「俺は悪くない話だと思ってる。このまま砂漠を無闇に回ったって、確実に相手と出会うとはいえないしな。それよりも誘い出す方
がいくらか効率はいい」
 「でも・・・・・」
 蒼はセルジュが見た方と同じ方向を見る。
そこに張ってある天幕では、今頃シエンと主だった兵士達が作戦会議をしているのだ。
(あの中に俺が入れないのは覚悟してるけど・・・・・それでもさ)
何かしたいという気持ちを分かってほしいなと、蒼はハアと溜め息をついた。
 「シエン、ダメって。だから、ダメ」
 「いいのか、それで?」
 「・・・・・」
 「まあ、お前1人じゃ心配だろうが、俺達も同行するっていうのなら話は違うんじゃないか?」
 「セルジュ・・・・・」
 「今度は一緒に王子に頼んでみるか?」
 「ホントッ?」
もちろん、蒼も1人よりは当然誰かが一緒の方が心強い。セルジュとアルベリックは腕もたつし、彼らが同行するのならシエンも頷く
のではないだろうか。
 「直ぐ片付ける!」
 先ずは目の前の後片付けをしてから、もう一度シエンに頼んでみよう。蒼はそうセルジュに言うと、人数分の皿を急いで片付け
始めた。




 シエンは腕を組んで目を閉じた。
ここでどんなに話し合ったとしても、相手は無法者の集団で、計算出来る行動をするとは限らない。
そんな相手をどうやって引きずり出すか、こうして皆で知恵を絞るものの、なかなか良い案は出てこなかった。
(いや・・・・・全く無いわけではない)
 蒼が言った言葉。

 「俺、考えたんだけど、おびき出すのが早いかなって」
 「俺、エサになる」

きっと・・・・・蒼の言葉は当たっている。こちらから追うよりも、相手が欲しがっている餌をちらつかせておびき出す方が早いだろう。
ただ、それを蒼にさせることはどうしても出来ない。
(相手が見えないならば尚更だ)
 国境の門近くで、蒼が会ったという男達のこともそうだ。
彼らが盗賊かどうかはまだはっきりとは分からないものの、その確率はきわめて大きいと思う。そして、そんな彼らがなぜ蒼をそのまま
逃したのか・・・・・。
(我が妃だとは分からなかったのだろうが、次も同じとは限らない)
 夜では分からなかったかもしれないが、明るい日差しの下では蒼の黒い瞳は確実に見て取れ、それが《強星》だということも直ぐ
に悟られてしまう可能性がある。
(彼らが、どこまで世事に精通しているか、だな)
 「王子」
 議論は一向に進まず、兵士の1人がシエンに進言する。
 「このままでは、我らの体力だけが奪われかねません。その前に、早々に手を打たねば」
 「分かっている」
 「大体、奴らがまだこの近辺にいるのかどうかさえも分かりません。砂漠での長期戦は体力がもたない」
 「・・・・・」
シエンは眉間に皺を寄せる。
ここの総指揮を取る者として、決断は早い方がいい。
 「シエン」
 「・・・・・」
 その時、天幕の外から声が掛かった。
誰かは声を聞けば直ぐに分かり、シエンは立ち上がると入口の布を捲る。
 「ソウ」
綻びかけたシエンの頬は、その後ろの人物を見て直ぐに強張った。




 「ソウ」
 優しく笑おうとしたシエンの顔が緊張に硬くなるのが分かる。蒼は、会議中にごめんと頭を下げると、入ってもいいかと聞いた。
 「・・・・・あなただけではなく、その後ろにいる者達も?」
 「うん、カンケーあるから」
 「・・・・・入りなさい」
シエンに肩を抱かれて中に入ると、その後ろからセルジュとアルベリックも付いてくる。
中にいる十数人にいっせいに向けられた視線に緊張しながらも、蒼は思い切って自分の思いを伝えてみた。
 「俺、さっきのことあきらめない」
 「ソウ、あのことはもう・・・・・」
 「ダメ!」
 「ソウ」
 「みんなにも聞きたい。俺の言葉、どう思う?」

 自分を思い、心配してくれるシエンの気持ちはとても嬉しいが、蒼もシエンのために何かをしたいと思っている。
そして、今回自分が出来ることが目の前にあるのだ、安全な場所に守られているだけでは、ここまで来た意味が全くないだろう。
 「・・・・・どう?」
 蒼のおとり作戦を、そこにいた皆は真剣な表情で聞いていた。
その顔からも危険なこと、賛成出来ないことだと思っていることが読み取れるものの、大きな声で反対だと言わないのは、この作
戦が唯一ではないだろうかと皆が思ったからに違いなかった。
 当てもなく動き回るよりは、こちらへと誘い出す。その手段として、蒼の提案は絶対にダメだと否定することが出来ないのだろう。
 「・・・・・しかし」
 「危険です」
 「ソウ様だけに負担が掛かるなど・・・・・」
ポツポツと出てきた言葉を、蒼は笑顔で押し切った。
 「だいじょーぶ!いくらエサでも、ホントに食べられないよ」
 「それはもちろんですが」
 「それに、セルジュとアルベリックも一緒」
 「え?」
 シエンが目を見張り、セルジュを見る。
 「・・・・・まことか?」
 「ああ。ぜひ供をさせてくれって願い出た」
にやっと笑うセルジュに恐怖というものは全く感じられない。彼の自信はどこから来るのかと蒼も感心してしまうが、今の状況ではそ
の過大な自信も大きな武器になるだろう。
 「ね、シエン」
 やらせてとシエンを真っ直ぐに見つめながら蒼は言った。シエンのために、そしてバリハンの民のために、皇太子妃として自分が出
来ることをさせてくれと蒼は頭を下げた。




 その夜、自分達の天幕に戻って横になると、しばらくして蒼が声を掛けてきた。
 「・・・・・怒ってる?」
恐々と訊ねてくる蒼に、シエンはいいえと答える。本当に、怒りは感じていなかった。ただ、不甲斐無い自分が情けなくて仕方が無
いだけだ。
 本来なら、絶対に蒼を危ない目に遭わせるわけにはいかないのに、最後まで反対することが出来なかった。
蒼の言う方法でしか、短期で決着をつけることは出来ないからだ。
 「ソウ」
 シエンは後ろを振り返った。蒼は掛け布から身を乗り出してこちらを見ていたが、シエンが視線を向けると直ぐに抱きついてくる。
熱いくらいだと感じる身体に、早い鼓動。蒼が自分の態度に不安を抱いたのだろうと、シエンは小さな身体を強く抱きしめた。
 「すみません、自分自身が不甲斐無くて」
 「ふ、ふが?」
 「情けないんです。ソウに頼ることしか方法がなくて・・・・・」
 「そ、そんなことない!シエン、すっごく頑張ってるよ!」
 「・・・・・ありがとう」
蒼にそう言ってもらうと、心のどこかに溜まっていたこだわりが解けていく気がする。
(・・・・・ソウ)
 シエンは蒼の髪に顔を寄せながら、自分の情けない心情を吐露した。
 「本当は、あなたの考えに賛成はしていたんです。ただ、それをあなた本人にさせることはどうしても心配で出来なかった。そんな
時、彼らを連れてあなたが再び今回のことを提案してきて・・・・・何だか、置いていかれたような気がしたんです」
 「・・・・・っ」
蒼の手が自分の背中に強くしがみ付く。そんなことはないのだという思いが、その手の力だけでも伝わってきた。
 「・・・・・お願いします」
 「・・・・・うん」
 「私は背後から、必ずあなたを守りますから」
 「うんっ」
 シエンは蒼の身体を引き離し、そのまま小さな唇を奪う。本当ならばセルジュに見せ付けるように、蒼に自分の証を刻み付けた
いくらいだが、砂漠に張った天幕の中で蒼に無理を強いることは出来ない。
 それでも、この身体は自分だけのものだと知らしめるために、シエンは口付けの合間に何度も蒼の首筋や胸元に唇を寄せ、赤
い所有の印を施した。




 翌朝。
蒼は持っていた中で一番豪奢な服を着た。設定は、《金持ちのボンボン》だ。
セルジュとアルベリックは従者役で、もう1人・・・・・・。
 「頼むぞ、ベルネ」
シエンに肩を叩かれ、ベルネは深く頷いている。
 「はい」
 ベルネが加わることはセルジュとしては予想外だったのか、あまり面白くない顔をしているが、蒼にとっては厳しいながらも頼りにな
る相手だ。
 「ガンバロー、ベルネ」
 「・・・・・あまり、暢気にもしていられませんがね」
 「う・・・・・分かってる」
(相変わらず固いんだよなあ)
 本当は、出来ればカヤンについてきて欲しいと思ったものの、剣の腕を考えてベルネが抜擢されたらしい。その辺りはシエンの考
えがあると思うので、蒼も素直に頷いた。
 「ソウ、私達はすぐ傍にはいませんが、必ず見ていますから。何があっても、あなたに掠り傷一つ負わせるつもりはありません」
 「そのくらい、へーき!」
 シエンが後ろから必ず付いてきてくれる。それを信じて、蒼は真っ直ぐに前を向いて歩くことが出来る。
(何かあったら、絶対にシエンが助けてくれるよな)
もちろん、出来ればそんな事態になる前に自分で何かしたい。蒼は強く決心すると、砂漠の中でも目立つように煌びやかな装飾
をしているソリューに跨った。
 「行ってくるから!」