蒼の光 外伝2
蒼の運命
13
※ここでの『』の言葉は日本語です
ソリューの背に揺られながら、それにしてもさと蒼は言葉を続けた。
「どうやったら、相手は出てくるかな?」
「・・・・・」
「服は金持ちっぽくしたけど、俺、シバイ慣れてないし」
「・・・・・」
「あ、シエン達、ちゃんと付いてきてくれてるよな?」
「ソウ」
金持ちの息子という設定のため、ソリューには1人で乗り込み、ベルネはその手綱を握っている。本来砂漠を徒歩で横断するのは
大変なのだが、その方が身分の差が分かりやすいとのことからだ。
前をセルジュが、後ろをアルベリックが護衛するようにソリューに乗っているので、直接会話出来るのはベルネくらいで、蒼は先ほど
からずっとベルネに話し続けて、ようやく反応を見せてくれた彼に、何とワクワクしながら視線を向けた。
「昨日から思っていたが、良家の子息はそんなに饒舌に話はしない」
「え?」
「少しは大人しくしていたらどうだ」
「・・・・・は〜い」
(本当に、厳しいんだから)
ベルネから見れば蒼は仕えるべき相手なので、本来こんな口を利くのは厳禁らしいが、甘いシエンとカヤンの代わりに自分が厳
しくしなければと思っているせいか、ベルネは必要以上に蒼を甘やかさない。
それが嬉しいと思うはずはないものの、蒼もそんなベルネの考えは分かっているつもりだった。彼の敬愛するシエンに相応しい相
手であるようにと自分を教育してくれているのだと思えるし、多分・・・・・嫌いでこんなことを言うのではないと思う。
(それだったら、悲し過ぎるって)
蒼は口を引き結んだまま、ちらっと後ろを振り向いた。
広がる砂漠の向こうには何人かの旅人らしい人影があるものの、シエン達だと分かる影はない。
(ちゃんと、付いてきてくれてる・・・・・よな?)
目に見えるものだけを信じるつもりはないが、蒼は少しだけ寂しくなってしまった。まだ別れて1日半ほどしか経っていないのに、こ
んなふうに思うなど子供だと馬鹿にされても仕方がない。
「王子は必ず傍にいる」
「え?」
不意に聞こえてきた声に、蒼はベルネを見下ろした。
「信じていなさい」
「ベルネ」
「・・・・・」
「・・・・・うん、分かった」
(シエンの心配を振り切ってここにいるんだから、俺だってしっかりしないと!)
短いベルネの言葉に元気を貰った蒼は、今なら盗賊もドンと来いという気持ちだった。
そして、日没。
丁度良く砂漠の中の幾つかの休憩場である水源のある場所まで来た蒼達一行は、今夜はここに天幕を張ることになった。
「あ、それ」
「しなくていいです、坊ちゃん」
「じゃあ、こっちを・・・・・」
「俺がします」
「えっと・・・・・」
「ソルマ様」
ベルネは重々しく名前を呼ぶ。
一瞬、誰のことだと呆けた顔をしていた蒼は、じっと見ているとようやくそれが自分の名前だと分かったらしい。慌てたように何と答え
てきた。
「主人であるあなたは、ゆっくりとなさっていてください」
「・・・・・はい」
この世界では珍しい《ソウ》という名前。
それがバリハンの皇太子妃であり、《強星》の名前だということはもう広く知れ渡っていることをふまえ、蒼は以前セルジュ達と初め
て会った時にベルネが使った偽名を使うことにしていた。
(・・・・・全く、本来も、皇太子妃である人物が自ら動くことなどないのに)
傅かれることに胡坐をかいている者は問題外であるが、身分あるものが自ら食事を作ったり、気軽に召し使いと話したりはしな
いものだ。それが蒼の良い所だとは分かっているものの、ベルネは自分がきちんと注意しなければと思っていた。
「もう少し優しくしたらどうだ?」
「・・・・・・」
蒼が大人しく天幕へとさがっていった後、傍に近付いてきたセルジュが苦笑しながら言った。
「あれがあいつらしい所だろう?」
「・・・・・他国の内情に口を挟むものじゃない」
「俺は、友人として言っているんだが」
「友人?」
ベルネはセルジュを睨む。
「そんな立場か?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「何をしている?食事の仕度を早くしなければ日が落ちてしまうぞ」
睨み合っている自分達の間に入ってきたのはアルベリックだ。多分、意図してこの険悪な均衡を崩そうとしたのだろうが、ベルネも
改めて自分の立場を再認識する。
(こいつ相手に感情を苛立たせても仕方がない)
近々、バリハンを出て行く客人相手に、シエンの側近である自分が前に出ることはない。
ベルネは軽く頭を振ると、自分がしなければならないことに集中した。
静かな食事が始まった。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
(すっごーっく、息が詰まるんだけど・・・・・)
一昨日は、大勢の兵士と、もちろんシエンが傍にいて、賑やかな食事をしていた。昨夜も、多少は会話があった。
しかし今日は、普段よく話すセルジュが大人しいし、ベルネとアルベリックは普段から無口だ。
(ここで俺が話したら・・・・・また、らしくないと言われるんだろうな〜)
それでも、こうも暗い雰囲気のままでは食事をした気にならないなと、蒼は顔を上げてベルネに話し掛けようとしたが。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・え?」
自分以外の3人が、いきなり手元に置いていた剣を手にした。
一体何があったのだと蒼が訊ねる前に、
「あの〜」
恐々というふうに、声が掛かった。
(誰?)
ベルネに背に庇われながら、蒼は突然姿を現した相手に視線を向けた。
夜は冷えてしまう砂漠の防寒のせいか、頭からすっぽりと全身を布で包んでいた人物は、いきなり剣を向けられて驚いたのか、顔
を出して怪しい者ではないと言った。
容姿だけでは中年の、大人しそうな容貌の男だなと、捜していた男と少年ではないので蒼は緊張感を解いたが、ベルネはいまだ
緊張感を滲ませたまま男を問い詰める。
「何者だ?1人で砂漠を渡っているのか?」
「あ、い、いえ、少し離れた天幕に、家族がいるんですが・・・・・」
男が指差す方を蒼も見れば、薄暗い中に天幕らしき影が見えた。ここは砂漠のオアシスといった場所らしいので、自分達以外
にも何個か天幕が張られているのは知っていたが、最近の盗賊騒ぎのせいか皆警戒心が強くて、安易に近付いて話をするといっ
た様子もなかった。
(それが、何だろ?)
「申し訳ないんですが、余裕があれば少し食べ物を分けてもらえませんか?」
「・・・・・砂漠を旅するのに、食料を持っていないのか?」
「い、いえ、うちには育ち盛りのガキが2人いまして、予定以上の飯を食らって・・・・・。今後の旅程を考えればさらに与えるという
ことは出来ないし、かといって腹が減って動けないと文句を言う始末。それで、少しでも余裕がありそうな方に恵んでもらえればと
思ったんですが」
「うん、いーよ」
「ソッ、ルマ様っ」
「だって、お腹空く、かわいそう」
空腹感の辛さはよく分かるし、相手が子供だというのならばなおさら、分けられる食料を渡すのに蒼は全く躊躇いはなかった。
「ありがとうございます、坊ちゃん」
そう言い、何度も何度も頭を下げながら、男は子供2人に与えるには過分な食料を手にして、先ほど指差した自分の天幕の
方向へと去っていく。
「あれだけで足りるかな」
「砂漠越えが厳しいものだとは十分承知しているでしょうし、私達が持っているのは通常よりも格が上の食料ですから、今後の
彼らの生活を考えると、あれ以上渡すと彼らのためにもなりません」
「・・・・・そっか」
ベルネの言葉に頷きはしたものの、蒼は気になるのかずっと男の立ち去った方を見ている。
しかし、セルジュはどうも気になっていた。
(どうして、俺達のいる天幕に来た?)
少し離れた男の天幕の周りには、数は少ないが幾つか同じような天幕が張られている。こんな夜に誰が裕福な旅人かを知るの
は難しく、先ずは自分達の一番近くの相手に話をもち掛けるのが普通ではないだろうか。
(大体、食料が足りないとか、子供連れとか・・・・・)
少々ふに落ちないことばかりが気になってしまい、セルジュはベルネに視線を向けた。
(・・・・・奴も、感じているのか)
蒼にはそれらしい説明をしていたが、ベルネもやはり今の男の登場を不自然だと思っているのだろう、先ほどまでとは桁違いに警戒
を高めている。
(人畜無害な顔をしている盗賊の手先もいるだろうし・・・・・今のが狙う相手の吟味となれば、今夜か明日・・・・・来るかもな)
昨今は盗賊を警戒して、商人や身分が高い者は警備の人間を雇っているし、他のものも遠回りをしてでも出来るだけ砂漠を
横断する日にちを減らしている。
そんな中、子供を連れて旅をしているというあの男の存在は浮いているのだ。
(・・・・・ベルネと話した方がいいかもな)
「ソルマ様、先にお休みになってください」
「うん、お休み」
食事が済み、ベルネは早々に蒼を天幕の中にやった。
そして直ぐにセルジュに視線を向けると、付いて来いという様に顎を動かす。あまり気持ちの良いものではないが、それでも早くベル
ネと話しておきたかったので、アルベリックに頼むと言い置き、天幕から少し離れた場所へと向かった。
「お前も何か感じたんだな?」
声を落とし、ベルネは直ぐに切り出した。
「近付いてくるのが早過ぎるとも思ったが」
「それだけ、最近獲物が少ないんだろう」
「それは言えるかもな。少しでも美味しそうな獲物は見逃さない、か」
ベルネは眉を顰め、蒼がいる天幕へと視線を向ける。
「俺達に不信感は抱いたと思うか?」
「3人なら何とかなると思ったんじゃないか?」
「・・・・・」
「さらに、ご主人様は人が良いときてる。今夜から明日に掛けてが勝負かもな」
「・・・・・そうだな」
シエン達と別れてまだ2日。
あの時はどうやって盗賊をおびき出そうかと悩んでいたが、案外に相手は飢えて焦っているようだ。どれ程の人数、どれ程の剣術の
技量があるかは分からないが、久々に暴れることが出来そうだとセルジュは不安よりも高揚感を感じていた。
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