蒼の光   外伝2




蒼の運命




14

                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 「ふああ〜」
 天幕から出た蒼は大きく背伸びをした。
毎回、ちゃんと眠れるかと思いながら、何時の間にか睡魔に襲われている自分は随分暢気だとは思ったが、それでも寝る子は育
つし、寝なければ体力だって回復しない。
 「おはよー!」
 天幕の外にはベルネがいた。腰を下ろし・・・・・しかし、しっかりと剣を持ったままのその姿勢は、とても直ぐ横に設置していた天
幕で寝ていたとは思えなかった。
 「・・・・・おはようございます」
 まだ、芝居の続きらしく、ベルネは自分に向かって敬語で挨拶し、そのまま立ち上がる。
そして、蒼をじっと見下ろしながら、今日は何時もよりもゆっくりと移動すると小声で伝えてきた。
 「うん、分かった」
(どっちにしろ、あてのない旅だし)
 自分達は盗賊をおびき出すために砂漠を旅しているのだ、少々ゆっくり移動したとしても全く構わないなと思いながら、蒼はふと
昨日自分達の所にやってきた中年の男が天幕を張っているといった方向に目をやった。
 「あれ?」
 「夜明けと共に出発しました」
 蒼の呟きと視線で全てが分かったのか、ベルネはそう言いながら天幕を片付けている。暑くなる前に出発するのは分からないで
もないが、蒼は一言気をつけてと伝えたかった。男の子供達にも、もう少し何かを分け与えることが出来たら・・・・・。
 「ソルマ様」
 「・・・・・」
 「ソルマ様」
 「あ、な、何?」
(俺の名前だっけ)
いまだ慣れない仮名に思わず照れたように笑うと、その顔を見つめていたベルネが朝食ですよと言った。




 セルジュは砂埃がたつ方角へと目を向けながら呟く。
 「南だったな」
 「俺達のことに気付いたと思うか?」
 「どうだか・・・・・夕べのうちに来ると思ったが、そのまま旅立っていくとはな」
(どこで仲間と合流するのか・・・・・それとも、単に俺達の勘違いか)
 怪しいと思うだけで明確な証拠があったわけではなく、ただ単に疑うだけの段階なのであの男が天幕を片付け、いもしない子供
に向かって何か大声で話し掛けながら旅立っても、待てと追いすがることも出来なかった。
 後は、男がどちらの方向へ向かったかを確かめることしか出来なかったが、多分その行き先を知ったとしても意味はないような気
がする。
 「そろそろ、目が覚めてる頃だ」
 そんなことよりもと、セルジュは今来た道を未練なく戻り始めた。
 「あの男のこと」
 「もちろん言うはずがないだろ。何の証拠もない」
 「・・・・・」
 「それより、あのベルネって奴、どうにかならないもんか?ソウの世話はほとんどあいつがして、俺には指一本触れさせようとしない
し、俺だって」
 「仕方ないだろう、あれはバリハンの皇太子妃だ」
 「・・・・・ふんっ、俺にとってはただのソウ、だ」

 「あ〜っ!どこ行ってたんだよ!」
 既に天幕は片付けられ、朝食の干し肉を食べていた蒼は口を尖らせながら文句を言ってきた。
多分、自由に動ける自分達のことを羨ましく思っているのだろうが、従者が傍にいてはそう指摘することも出来ないのだろう。
 「ちょっと、用足し」
 「ホント?片付け、全部ベルネにさせるつもりだろ?」
 「ば〜か、そんなこと俺がするわけないだ・・・・・でしょう?」
 蒼に軽口を返そうとしたセルジュだったが、チラッと睨んでくるベルネの眼差しに言葉を言い換えた。周りにはもう自分達以外の人
影はないのだが、用心深いというか、頭が固いというか。
(言い返したら、何倍にもなって説教が戻ってきそうだ)
それが面倒なセルジュは、始めから見せかけの降参をしてみせた。




 夜中、交代で見張ったものの、何の動きも無かった。
(もしかしたら、本当に気のせいなのか・・・・・?)
周りを警戒し過ぎて、ただの旅人も盗賊に見えただけなのだろうかと思ったものの、ベルネは容易には警戒を解くことが出来ず、蒼
に対して厳しい態度を取ってしまった。
 蒼はそれを自分の何時もの態度だと(それも複雑だが)思っているようだが、シエンがこの場にいない今、蒼を守るのは自分しか
いないと思っている。
もちろん、セルジュやアルベリックは戦力的には役に立つものの、彼らに命をはるほどに使命感はないだろう。

 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 暑いからか、自然に会話は途切れてしまう。いや、よく話す蒼が黙ってしまうと、会話が回らなくなってしまうのは確かだ。
 「・・・・・」
自分も、セルジュも、アルベリックも、何気ない表情をしたまま回りを警戒する。何時、どこから自分達を狙ってくるか。身を潜める
ものがほとんどない砂漠だが、相手は今までそこで襲っているのだ、その手管は相当なもののはずで・・・・・。
 「・・・・・ルネ」
 「・・・・・」
(それとも、やはり夜間を狙って・・・・・)
 「ベルネってば!」
 「・・・・・っ」
 ベルネはハッと顔を上げた。
ソリューの背に乗っている蒼が、心配そうに自分を見下ろしていた。
 「ベルネ、疲れた?いっしょ、乗る?」
 「・・・・・すまない、大丈夫だ」
(私は何をしているんだ・・・・・っ)
守るべき蒼に心配させてどうするというのだ。
ベルネは軽く頭を振り、行くかと声を掛けて歩き始める。今はただ、何があっても蒼は守るということだけを決めて、ベルネはソリュー
の手綱を引いた。




 昼食を取るために休憩した後は、再びゆっくりとソリューの背に揺られる。
(な〜んにも、見えないよな〜)
広い、広い砂漠。何か目的があれば違うかもしれないが、ただ歩き回っているという形では余計に疲れが溜まってしまう気がした。
しかし、それを口に出すことは出来ない。こうしてただソリューに乗っていればいい自分とは違い、ベルネは砂漠を歩き、セルジュと
アルベリックは前後で、何時現れるかもしれない盗賊を警戒し続けているのだ。
(全く相手が見えないだけに疲れるよな〜)
 「なあ、そろそろ、休むトコ探す?」
 今日はオアシスのような場所までは行けない様子で、大きな砂丘の影を探さなければならない。蒼は疲れている様子のベルネ
を早く休ませてやりたいと思い、自分から休もうと言い出した。
 「・・・・・そうだな、セルジュ!」
 「あー?」
 「休むぞ」
 「・・・・・分かった」

 蒼は、ベルネ達が天幕を張ってくれるのを大人しく待っていた。
アルベリックが起こした火で回りは明るく、温かくなったが、日が暮れるのが思ったよりも早い気がする。
(雨・・・・・降るのかな?)
 既に暗くなった空を見上げるが、雨が降る様子はなかった。
 「ソルマ様」
 「何?」
ようやくその名前にも慣れて直ぐに返事を返した蒼に、ベルネは周りを見回しながら言う。
 「もしかしたら、砂嵐かもしれません」
 「スナア、ラシ?」
 「猛烈な風です。砂が巻き上がるので激しい嵐のようになるかもしれませんので、今夜は絶対に天幕から出ないように」
 「ベルネ達は?」
 「心配いりません」
 「・・・・・」
(それって、答えになってない気がするんだけど・・・・・)
 自分だけが安全な天幕の中にいて、ベルネ達は盗賊を警戒するために嵐の中立つ。そんな時に盗賊など来ないと思うが、そう
言ってもベルネは聞かないだろう。
(こういう時、頭の固い奴って困るよ)




 思ったとおり、食事を終える頃にはかなり風が強くなり、蒼は早々天幕へと押しやられてしまった。
激しい風に天幕は煩いほど鳴り始め、時折バシバシと大きな音がするのは砂がぶつかっているせいだ。
(ベルネ・・・・・)
 多分、危ないからと火も消されているだろうが・・・・・。
 「・・・・・っ」
蒼は思い切って入口の布を締めている紐を解いて開け放つ。
 「うわあっ!」
その途端、顔や身体中にぶつかってくる砂に一瞬息も出来なくて、蒼は思わず後退ってしまった。すると、その身体を横から伸び
てきた逞しい腕が攫い、直ぐに天幕の中へと押しやった。
 「出るなと言っただろ!」
 怒って言うベルネに、蒼は顔に付いた砂を振り落としながらだってと言い募る。
 「風、すごいんだもんっ!ベルネ、ここで休めばいいよっ」
 「私はっ」
 「こんな時にとーぞくは来ないって!セルジュとアルベリックは?中にいる?」
 「・・・・・ああ、中にいるようにと言った」
 「じゃあ、いいじゃん」
蒼はそのままベルネの腕を引っ張ると、天幕のほぼ中心にある自分の寝床へと引っ張ってきて座らせた。
直ぐに立ち上がろうとするベルネの肩を押さえつけ、そのままじっとしていると、しばらく経って蒼の固い意志が伝わったのか諦めた
ような息をつき、お前も座れと言って来る。
 蒼はうんと頷き、ベルネの横にくっ付くように腰を下ろした。
 「・・・・・離れろ」
 「だって、落ち着かないし」
風も、ぶつかる砂も、とにかく音が凄くて、今にもこの天幕を吹き飛ばしてしまうんじゃないかと思ってしまうほどだ。せっかく同じ天幕
にいるのに離れていては寂しいと、蒼は嫌がるベルネにますます身体をくっつけてやった。
 「・・・・・早く、とーぞくつかまるといいな」
 「・・・・・ああ」
 「でも・・・・・誰も、傷付けたくないけど」
 「・・・・・」
 蒼の呟きをどう取ったのか、しばらくしてベルネが軽く頭を叩き、早く休めと言う。
こんな煩い中、さすがに眠れるはずがないじゃんと口を尖らせた蒼だったが・・・・・何時の間にか、意識が遠退き、そのまま直ぐ隣
にある逞しい肩に縋って眠ってしまったが・・・・・。

・・・・・。
・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・。
 「起きろっ、ソウ!」
 「・・・・・え?」
突然、激しく肩を揺さぶられ、蒼は寝起きではっきりしない意識から急激に浮上した。