蒼の光   外伝2




蒼の運命




16

                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 ベルネは目を凝らして目の前の男を見た。
(髪は・・・・・多分、銀、か?)
闇夜なのではっきりとは分からないものの、薄暗いテントの中でも男の髪が鈍く光っているのが分かる。これが陽の光の下で見れ
ば、きっと銀色に輝く髪に見えるのだろう。

 「バリハン周辺にいる者は、銀の獣と呼ばれているらしい」

シエンが言っていた通りの容姿を持つ男に、ベルネは剣を握る手に力を込めた。
この男がこの辺りを縄張りとする盗賊にもう間違いはない。
 「初めまして、だな、バリハンの皇太子妃。いや、《強星》と言った方がいいか?」
 「・・・・・っ」
 ベルネは蒼の身体を自分の後ろに庇うように動こうとしたが、蒼はそんなベルネの手を押さえて言葉を続けた。
 「きょーせー、知ってるんだ?」
 「この世界でそのことを知らない者は少ないんじゃないか?」
 「ふ〜ん」
 「ソウッ」
何を暢気に話しているのだとベルネはイラつくが、蒼はばれているのだから仕方ないだろと返答する。開き直っている場合ではない
とベルネは焦るが、蒼は更に男・・・・・ヒューバードと名乗った男に問い掛けた。
 「どうして、とーぞくになったんだ?他に方法、なかった?」
 「・・・・・」
 「ちゃんとはたらいてる人、いっぱいいるぞ」
 「それも叶わない人間というものはいるんだよ、皇太子妃」
 揶揄しているというよりも、自嘲の響きがある言葉。しかし、それを男の後悔としてとるには、今まであまりにも多くの被害が合っ
た。全財産を取られた者も、命はあるものの傷を負った者もいる現状を知っているベルネにとって、ヒューバードの言葉は全てを信
じられるものではない。
 いや、むしろ殊勝なことを言って、素直な蒼を抱き込もうとしているのではないか。そんな疑いさえ持ってしまった。
 「・・・・・それ」
 「ん?」
 「俺、ソウでいい」
 しかし、肝心の蒼はまだ対話で相手と接触を試みようとしている。粗暴な輩に言葉を尽くすだけ無駄だ。
 「おいっ」
 もう話すのはやめろと、今度は強引に腕を引いて自分の後ろにやると、ベルネは闇夜でも笑っている男の顔を鋭く睨みながら剣
先を向けた。




 ベルネの警戒心が最高潮に達しているのを感じた蒼は、一瞬声を掛けることが出来なかった。
しかし、今この場で盗賊と戦うのはあまりにも無茶だ。シエン達がきっと近くに居てくれるとは信じていても、実際に駆けつけてくれる
までは多少時間がかかるだろうし、その間一つでも多くの相手の情報を掴んだ方が得策だと思う。
 「ベルネッ」
 「私の後ろから出るなっ」
 しかし、自分ではなく蒼の命を守ることに必死なベルネは、もはや戦うことしか選択にないようだ。
砂嵐の中、この天幕を取り囲んでいるのが何人かは分からないが、その全員相手にベルネは勝てるのか?
(・・・・・無理だよな)
 正式な試合ならともかく、ルール無用の乱闘で、自分を庇いながら何人もの相手と戦うなど無茶だ。
何より、それでベルネが怪我でもしてしまったら、それこそ・・・・・。
(・・・・・うん)

 カラン

 蒼は自分が持っていた木の棒を投げ捨てた。その音に、張り詰めた殺気が少しだけ弱まる。
 「こーさん」
 「ソウ!」
 「おとなしくするから、そっちも剣、下ろして」
 「何を言ってるんだっ、盗賊にそんなことを言っても・・・・・っ」
 「あ、下ろしてくれた」
ヒューバードは剣を下ろし、面白そうに蒼に訊ねてくる。
 「バリハンの皇太子妃を手の内にすれば心強いが、同時にどんな報復を王子から受けるとも分からないな。どちらを選ぶのが俺
達にとって得策か・・・・・、少々考えさせてもらうぞ」
 そう言うと、おいと外に向かって声を掛ける。それを合図に、天幕の中には数人の男達が入ってきた。
 「命は奪わないが拘束させてもらう・・・・・そっちの武官はな」
 「何を!」
 「皇太子妃・・・・・ソウはさすがに縄を回せない。俺も《強星》の伝説を信じている1人だから」
 「・・・・・」
(《強星》の伝説、か)
ごく普通の高校生だった自分にはとても似合わない言葉。それならばよほど、同じ日本人で、同じようにこの世界のエクテシアとい
う国にやってきた有希(ゆき)の方が神秘的な存在だ。
(有希も、自分には力が無いって言ってたけど)
 否応なしにこちらの世界へとやってきた自分達にとって、《強星》という言葉はとても重い。しかし、今はその名前も利用した方が
いいかもしれないと思えた。
《強星》の存在を信じているというのならば、少なくともその言葉を無視はしないはずだ。
 「ベルネ、おとなしくして」
 「ソウ!」
 「これ、めーれー」
 「・・・・・っ」
 息をのむベルネをチラッと見た後、蒼はヒューバードに視線を戻す。
 「もう一つのテンマクに、俺の仲間がいたろ?」
 「ああ、後2人の従者か。奴らも一応拘束した」
 「あ・・・・・そう」
(じゃあ、生きてるんだな)
余計な抵抗をせず、早々と降参するというのはセルジュの性格にはあわないような気がするが・・・・・もしかしたらアルベリックがとっ
さにそう判断したのかもしれない。
 しかし、生きているのならば上等だ。ベルネに、セルジュに、アルベリック。誰もが剣の腕は確かな男達なので、きっと隙が出来れ
ばこちらも対抗出来るはずだ。
(あ、いっそのこと、アジトまで連れて行かれた方がいいかも)
そうすれば一気に盗賊を拘束することも可能かもと考えた蒼は、唇を噛み締めて後ろ手に縄をされるベルネに、おとなしくしてろと
視線で告げた。




 何時命が奪われるかも知れないというこの状況で、あまりにも堂々としている少年。
生憎、暗闇なのでその髪の色も目の色も、表情さえはっきりとは分からないが、それでも自分達を恐れていないということは良く分
かった。
 これまで襲ってきた者達は、商人も、貴族も、皆泣き叫んで命乞いをしてきた。どんなに金があっても、身分が高くても、命の危
機に晒された時の人間の反応などどれも似たようなものだった。
 しかし、このバリハンの皇太子妃、《強星》と呼ばれる少年は少し違う。
(そうだ、男だったのか)
皇太子妃ということで、頭から女だと思い込んでいたが、言葉遣いといい、この小柄な存在は間違いなく少年・・・・・だ。
(顔をよく見たいな)
 噂の《強星》がどんなものか、もっと明るい場所でその顔を見たいと思った。
それに、顔も名前も知られた今、このままこの場に放置するということは出来ない。
 「ねぐらに連れて行くぞ」
 「ヒュー!」
 「おいっ、いいのかっ?」
 仲間は少年の身分に怯えている。このまま奪ってしまえば、いったいどんな災いが自分達に降りかかるのだろうかと、想像するだ
けで恐れている。
 「俺が決めた」
しかし、この盗賊の集団を仕切っている者としてのヒューバードの言葉に、反対の声を上げる者はいなかった。




 「うわあっ!」
 拘束はされないものの、ヒューバードに腕をしっかりと取られたまま天幕の外に出た蒼は、物凄い風と砂の嵐にヨロヨロと足を取ら
れてしまった。
だが、倒れる前にヒューバードがしっかりと腰を支えてくれ、大丈夫かとからかうように言ってくる。
 「さすがに皇太子妃も、こんな砂嵐の時に砂漠を渡ったりしないだろう?」
 「わ、悪かったな!」
 自分なりに鍛錬をしているつもりでも、この世界の者達とはそもそも骨格が違う。生まれた時から骨太の奴には敵わないんだと口
の中で文句を言いながら何とか顔を上げた蒼は、
 「!セルジュッ!アルベリック!」
 少し離れた所で、砂まみれのまま転がっている2人の姿を見つけた。
 「大丈夫か!」
直ぐに駆け寄ろうとしたものの、ヒューバードが腕を掴んでいるので動けず、蒼は思わず睨みつけて叫んだ。
 「この手を放せ!」
 「・・・・・」
 「こんな時に逃げるわけない!おいっ、あのまま砂にうまったらどうするんだよ!」
 腕も足も拘束された状態のまま、顔が砂に覆われてしまったらそれこそ2人の命の危機だ。どう考えても無抵抗の者にそこまです
るのかと、蒼は目の前の男に詰め寄った。
 「あんた達っ、人を殺したことだけはないんだろっ!」
 「・・・・・」
 ヒューバードはしばらく蒼の顔を見つめていたが、やがて無言のまま手を放した。
その瞬間、蒼は転がるように2人の傍に駆け寄ると、自分よりも大柄な男達の身体を両手で何とか起こしながら声を掛ける。
 「おいっ、しっかりしろ!」
 「・・・・・・」
 「おい!」
 大声で叫ぶたび、口の中に砂が入ってくる。蒼は顔を顰めたがそれでも懸命に2人の名を交互に叫びながら身体を揺すった。
すると、
 「大丈夫だ、ソウ」
 「!」
 セルジュの口から、案外元気な声が聞こえた。
 「このまま油断させる。俺達のことは心配せずに、お前は自分のことだけを考えろ」
小声で早口にそう言われ、蒼は思わずセルジュの顔を見つめる。
(こ、これって、芝居ってことなのかっ?)
どう見ても参って倒れこんでいるとしか見えないと、蒼は揺さぶっていた手を止めてしまった。




 「セルジュ!アルベリック!しっか・・・・・ゴホッ」
 必死に自分達の名前を呼んでいる蒼の声が時折詰まる。
(馬鹿、砂で喉を痛めるだろっ)
セルジュ達が複数の人の気配に気付いたのも、この砂嵐のせいで遅れてしまった。既に囲まれてしまったと分かったセルジュ達は、
抵抗すればそのまま殺される可能性が高いと踏み、蒼の安全を確保するまでは抵抗をしないでおこうと直ぐに拘束されたのだ。
 砂嵐の中、放り出されたのは少々きつかったが、それでもこうして蒼の無事が確認できたし、華奢な腕に抱かれもした。多少は
役得だと考える自分は、アルベリックからすれば相当に馬鹿なのかもしれない。
 「このまま油断させる。俺達のことは心配せずに、お前は自分のことだけを考えろ」
 あまり心配掛け過ぎても可哀想だとそう伝えれば、蒼は驚いたように自分達を見下ろしている。
 「おい」
 「うわっ」
そんな時、自分達の傍から蒼の身体を奪った者がいた。目を凝らしてみれば、この夜目でも輝く髪が見える。
(銀の・・・・・獣?)
この暗さでははっきりとは分からないが、それでもこれだけ輝いて見えるのならば間違いはない。
(おとりは成功というわけか)
蒼の考えた方法は一応正解だったなと、アルベリックは今の状況で暢気過ぎることを考えていた。