蒼の光 外伝2
蒼の運命
17
※ここでの『』の言葉は日本語です
はっきりと目が開けられないほどの砂嵐の中、蒼は身体を抱きかかえられるようにして歩くと目の前にソリューの姿が見えた。
(確か、あの時もソリューに乗ってたっけ)
初めて会った時のことを思い出していた蒼の気持ちなど分からないまま、ヒューバードは軽々とその背に蒼を乗せ、自分もその後
ろへと乗り込んだ。
「おとなしくしていろ」
脅すよう口調ではないので、蒼は素直に頷く。すると、男は自分の身に纏っていたマントの中に蒼の身体もすっぽりと入れ、その
ままソリューを走らせ始めた。
「ちょっ、ど、どこ行くっ?」
いきなり走り始めたソリューから落ちないように慌てて手綱に掴まった蒼は、唐突に離れてしまったベルネ達の身柄が気になって
しまった。まさか拘束されたまま、あの場所に置いて行かれるのではないかと焦ったが、ヒューバードは心配するなと言い放つ。
「奴らも連れて来ているっ」
視界は悪く、いったい目の前の男の他に何人いるのかというのも分からないが、人の気配と、ソリューの嘶きの種類を聞き取って
も、少なくとも10人近くはいるように思えた。
この集団をまとめているのが、今自分を抱きしめたままソリューを走らせている男なのだ。
「どこにっ?」
「言うわけないだろうっ」
お互いの声が聞こえるように声を張り上げて話すが、ヒューバードの口調には脅しの響きはなく、蒼も自然と普通の口調で聞き
返してしまった。
「ズルイ!」
「ああっ?」
「教えろ!」
今、自分達は彼らのアジトに連れて行かれているはずだ。もちろん、バリハンの皇太子妃である蒼にその所在を言うことは自殺
行為ではあるだろうが、予想以上に話しやすい相手に、蒼は疑問に思うことを次々に訊ねてしまうのだ。
「じゃあっ、仲間何人っ?」
「さあな!」
「ちょっと〜っ!」
会話だけ聞いていれば、まるで友人同士の会話のように聞こえるだろうが、訊ねている蒼の方は真剣だった。
少しでもシエンの役に立ちたいと思っての行動だが、考えればこの状況をシエンはどこまで分かっているのか・・・・・蒼はヒューバード
の腕の中で身を捩り、背後へと顔を向ける。
「うぷっ」
その瞬間、マントから出ている目の部分に砂が入ってしまい、反射的に目を閉じてしまった。
「おいっ?」
「・・・・・いたい・・・・・」
「・・・・・ったく、顔を上げろっ」
「・・・・・いたいからやだっ」
「言うことを聞けって!」
半ば強引に顔を上げさせられた蒼は、続いて目を開けと言われる。
砂が入って痛いから無理だといっても、早くと急かされるだけで、蒼が渋々涙で潤んだ目を少しだけ開くと、
ぺロ
「ひゃあっ?」
(し、舌が目の中に〜っ?)
多分、ほんの一瞬だと思うが、目を舐められたと蒼は動揺し、ソリューの背の上で大きくバランスを崩しかけたが、ヒューバードは
しっかりと身体を抱きとめていて、蒼が地面に落ちることは無かった。
「なっ、何するんだ!」
驚きのせいか、涙がポロポロと流れながら蒼は文句を言ったが、そんな動揺を少しも気にしていないような男は信じられない言
葉を口にする。
「まじないだっ」
「はあっ?」
「砂っ、取れただろっ?」
確かに、先ほどまでのチクチクするような痛みは取れたものの、それは驚きのために流した自分の涙で流れ落ちただけだ。
(こ、こいつ、天然っ?)
舌で目に入った砂が取れるわけないだろうと思うものの、これ以上何か言ったらさらに驚くことをされそうな気がして、蒼はもうしばらく
黙っていようとマントの中で固く目を閉じた。
どれ程走ったのか、周りが砂漠の同じような光景なのでよく分からないが、空が白々とあけてくる様子を見ればかなり走ったのだ
ろうと思う。
ただ、蒼にはここがどの辺りなのか全く分からなかったし、途中(こんな緊迫した場面だというのに)少しだけウトウトと眠ってしまった
ようで、時間も場所も、全く感覚として頭の中に入ってこなかった。
何時の間にか砂嵐も止んで、視界も不自由の無いものになっている。そんな目の前に、
(あ・・・・・オアシス?)
まばらな木々が生えている土地が見えてきた。
どこかの国ではなく、砂漠に点在しているというオアシスの一つだろうが、そこにはどこから持ち込んだのか木で造られた小屋のような
ものが幾つもあった。
(ここが、こいつらのアジトなのか?)
砂漠の近くに拠点とする場所があるだろうとシエンは言っていたが、まさか砂漠のど真ん中、オアシスの一つを丸ごと自分達のア
ジトにしていたのかと、蒼は感心と驚きで、しばらく黙ったままその光景を見つめていた。
「ヒューッ、お帰り!」
「ヒューッ」
「今日の成果は〜っ?」
ソリューの足音が聞こえたのか、小屋の中から何人もの人影が出てくる。
その多くはまだ成人前の子供で、中には10歳にも満たないような幼い者もいた。
(・・・・・この子達がみんな盗賊の仲間って・・・・・こと?)
じっと蒼が視線を向けていると、その中の1人、蒼よりも少し小柄な少年が、
「あーっ!やっぱり、黒い目だ!」
そう、指を指しながらいきなり叫んだ。目がどうしたのかと思う前に、蒼はその声に聞き覚えがあって、思わず少年の顔をまじまじと
見つめてしまう。
「え・・・・・っと、エリック?」
「!」
蒼が名前を言ったので、相当に驚いたらしい少年は化け物でも見るような眼差しを向けてきた。
(失礼だな、自分達が言い合ったくせに)
ヒューバードの名前も、このエリックという名前も、彼らが蒼の目の前で会話していて知ったものだ。自分はけして変な魔法は使っ
ていないぞと言おうとしたが・・・・・止めた。はったりでも、少しでも自分の存在価値というのを高めておいた方がいい。
(やっぱり殺そうとか思われたくないし)
ベルネ達のためにも、少しでもこちらが優位なように、言動には極力気をつけねばと思う。
「俺は、何でも分かるの」
「どっ、どうしてっ?」
「ん〜・・・・・きょーせーだから?」
「・・・・・」
「この間は暗闇で分からなかったけど、今ははっきりと顔が分かるな」
しかし、蒼は自分がエリック達を観察しているように、自分も彼らに観察されていることを忘れていた。
(噂通りの、黒髪に黒い瞳だな)
エクテシアとバリハン、二つの大国に現れたという《強星》達。
それぞれがその国の王や皇太子と結婚したとは聞いたが、本当に黒い目の人間がいるのかとヒューバードは興味深く蒼を見つめ
た。
黒髪の民族はいるものの、黒い瞳を持つ者というのは聞いたことがなく、それが《強星》特有のものだという噂もあながち嘘では
ないのだなと思う。
その言動は、見ていてもあまり神秘的とは言えないが、盗賊を前にしての勇気や決断は潔い。
いったい、この存在が自分達とはどれ程違うのか、ヒューバードは身体を覆う外套を脱ぎながら声を掛けた。
「降りるか?」
「え?」
後ろから声を掛けられた蒼は振り向いて、そのままポカンと口を開けてしまった。
「どうした?」
「・・・・・」
「おい?」
「・・・・・きれい・・・・・」
「ん?」
夜目でも輝いていた男の髪。それが今は朝日に照らされて、眩いほどの光を放っていた。
蒼の感覚で銀髪といえば、どうしても年をとった者達が思い浮かぶが、男の髪はそんな白髪とは違う、本当につやつやと輝いて見
えた。
(シエンの髪とも・・・・・ちょっと違う)
シエンもプラチナブロンドのような髪だが、ヒューバードと比べれば金髪に近いと思える。
年恰好はシエンと同じくらいか、顔立ちも精悍に整っていて、一見すればとても盗賊行為をするような野蛮な男には見えなかった。
「あ」
「・・・・・」
「目・・・・・違う?」
輝く銀髪に先ず目がいってしまったが、彼の容姿の特徴はそれだけではない。
瞳は・・・・・碧、と、金。両目が違うんだと思わず見惚れていると、その意味を別の方へととったのか、ヒューバードは口元を歪めな
がらソリューから降りた。
「《強星》の容姿は神秘と謳われるが、俺の容姿は化け物と称される。その違いは何だろうな、皇太子妃」
「それは・・・・・分かんないけど、さ、俺はキレーだと思う、ヒューバドの目」
「・・・・・ヒューバード、だ」
「あ、ごめん」
名前はきちんと覚えるようにと、カヤンにも常々言われていた。蒼は何度も口の中で繰り返し、結局諦めて、ヒューでいい?と訊
ねる。
「・・・・・ああ、皆そう呼んでる」
「じゃあ、ヒュー、もう一度聞くけど、あんた達がとーぞくなのか?」
「盗賊の集団は各国境に無数にいる。その中の一つかと言われたら、そうだな」
「・・・・・そっか」
(間違いじゃないんだ・・・・・)
どういった経緯でヒューバード達が盗賊になったのかは分からないが、こうして会話をしているだけでは彼が知識も常識もない荒く
れ者とは思えなかった。
むしろ、ある程度の教養や、それに見合う度胸もあると感じられて、蒼は何だかもったいないと思う。
(盗賊じゃなくっても、ちゃんと暮らしていけそうなのにな)
いくらオアシスだとはいえ、砂漠の真ん中で普通の暮らしが出来るとは思えない。水は何とか確保しても、食べ物までここで調達
出来るはずがなく、だからこそ、盗賊という行為をするしかないはずで・・・・・。
(何だか、悪い循環)
「ヒュー、こいつらどうするんだ?」
蒼が溜め息をついた時、背後で男の声がした。
つられるように振り向いた蒼の目に、荷物のように地面に転がされる、拘束されたベルネ達の姿が映った。
「ベルネッ!」
蒼のようにマントで守られてもいなかったのだろう、3人共全身、それこそ髪の毛の中まで砂だらけで、固く目を閉じたその横顔は
皆疲れきっているように見える。
「ベルネ!」
叫んだ蒼は、焦ってソリューから降りた。
いや、半分落ちたようにどんっと尻餅をついてしまったが、その痛さには構わずにベルネに駆け寄った。
「ベルネッ、ベルネ、だいじょぶっ?」
「・・・・・」
「ベルネ!」
「・・・・・怒鳴らなくても、聞こえる」
呻くような小さな声がして、蒼はパッと口元に耳を寄せる。
「お前は、無事、か?」
「うん!俺っ、だいじょぶ!」
「・・・・・それなら、いい」
深い息は、安堵の溜め息なのか。蒼は自分だけが別格の扱いをされていたのだと思い知り、暢気にヒューバードと会話をしていた
ことを後悔しながら、他の2人、セルジュとアルベリックの姿も目で追った。
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