蒼の光 外伝2
蒼の運命
18
※ここでの『』の言葉は日本語です
セルジュとアルベリックも同じような様子で、蒼は唇を噛み締めた。ヒューバードのことを教養のある男と思っていた自分が甘過ぎ
ると痛感する。
(そんな気持ちがあるんだったら、ベルネ達をこんなふうに連れてこないよな・・・・・)
彼らが体力のある成人男性だったから良かったものの、これが女子供だったら・・・・・もしかしたらその場合は扱いも違うかもしれ
ないが・・・・・生死に係わる事態になったかもしれない。
「・・・・・」
蒼はベルネの髪から砂を払った。何度も何度も振り払うが、とてもそれだけでは取り去ることは出来なかった。
「ソ・・・・・ウ、いい」
「ベルネ」
「・・・・・お前が、汚れる」
「・・・・・っ、バカ!こんなのっ、なんでもない!」
これくらいで汚れるなどと言わないで欲しい。
蒼はそう言ったきり口を引き結ぶと、今度は身体についてしまった砂を払う。それもやはり全てを払いきることは出来なくて、蒼はご
めんと小さく呟き、そっと砂の上にベルネの身体を横たえた。
「おい」
そんな蒼の行動を見ながらヒューバードが声を掛けるが、蒼は視線を向けることなく、今度はセルジュとアルベリックの傍に駆け寄
る。
先ずはセルジュの頭を抱きかかえて膝に乗せると、砂が入らないように目を瞑ったままの男が冗談交じりに言った。
「お前に膝枕をしてもらえるとは、王子に蹴り飛ばされそうだ」
「・・・・・シエンは、そんなことしないよ」
「分からんぞ。あの手の男は、嫉妬深い」
「シエンは、違う」
軽口を言うセルジュの言葉に言い返し、彼の身体中に付いている砂を払いながら、蒼は何度も心の中でシエンの名を呼んだ。
(シエン・・・・・シエン・・・・・シエン・・・・・)
自分が、何も出来ないのが悔しい。盗賊という彼らを言葉で説得することも、力で押さえ込むことも出来ず、まるで人質のような
扱いをされ、ベルネ達までこんな目に遭わせてしまった。
(任せろって・・・・・自分で言ったくせにっ)
出来ないことは口にしない、してはならないはずなのに、蒼は自分の力以上のことをしようと行動をした。
後悔はしたくない・・・・・しかし、申し訳ないと思う。
「・・・・・ごめんな、セルジュ」
「ソウ」
同じように、アルベリックにも謝りながら砂を払ったが、彼も気にするなと言って蒼を責めない。いっそ、どうにかしろと責められる方
が楽なのに。
(・・・・・駄目だ、俺だけが、楽しちゃ・・・・・っ)
蒼はアルベリックの身体をそっと砂地へと下ろすと、立ち上がってヒューバードの方へ歩み寄る。
「ヒュー」
「何だ」
彼はもう、蒼の身分を知っている。自分がどういう立場でここに立っているのか、蒼は身体の横で両手の拳を握り締めながら、それ
でも目を逸らさなかった。
「俺達、とーぞくを捕まえにきた」
「・・・・・そうだろうな。わざわざこんな砂漠に、バリハンの皇太子妃、いや、《強星》が来るんだから」
「じゃあ、おとなしく捕まれ」
抵抗はしないでくれと、蒼はこの集団の頭であるヒューバードに伝えた。
「じゃあ、おとなしく捕まれ」
「何言ってるんだっ?」
「ヒューッ、こいつ、縛り付けないとまずいぞ!」
「・・・・・おとなしくしろ」
この状況で、そんなことを言う蒼の度胸に感心したヒューバードは、色めきたつ男達を制した。
「たった子供1人に何を慌てているんだ。今は圧倒的にこちらが有利なんだぞ」
多分、シエン王子が妃だけを盗賊退治にかり出したとは思えない。
(いくら男とはいえ、《強星》だしな)
本来は王宮の奥の奥で、大切に守られているはずの存在。それが皇太子妃でも変わらないだろうが、目の前の少年はとても守
られることを甘んじているとは見えなかった。
その気概には感心するが、今の状況で万が一にも少年・・・・・蒼に勝ち目などない。ここは殺されないように命乞いをした方が
得策だと思うのに、真っ直ぐに顔を上げて命じてくるとは、呆れると同時に可笑しかった。
「俺達が簡単に捕まるとでも?」
「・・・・・思えない。でもっ、俺達はそのためにきたんだ!」
「・・・・・さてね」
「・・・・・」
「世界を制することの出来る貴重な《強星》の言葉には従いたいが、俺も自分1人の命じゃない。ここには養っていかなくてはなら
ない仲間が大勢いるんだ」
どんな悪事でも、生きていくためには後悔などしない。
ヒューバードが、先ほどから自分達を遠巻きに見ている子供達に視線を向けると、蒼も同じように視線を向け・・・・・痛ましそうに顔
を顰めた。
(お情けは必要ないんだよ、ソウ)
「今、お前にではなく、こちら側に決定権がある。自分の兵士を殺したくはないだろう?」
「・・・・・っ」
「お前を人質にバリハンから金を貰うか、他国に売るか。いっそのこと、俺達が手に入れて、このまま世界を制するっていうのも面
白いかもな」
何時もならば現実味のない絵空事でも、目の前にいる蒼の存在があれば全て可能なのだ。
胸の中に広がった高揚感にコクッと、ヒューバードが喉を鳴らした時、
「しょーぶしろ」
蒼が、難しい表情をしたまま切り出した。
盗賊の頭である男と蒼に、周りの視線はいっせいに向いている。
その隙にベルネは靴の中に仕込んであった小剣を足を曲げて引き抜き、拘束されている足と手の縄を切り始めた。持っていた剣
は取り上げられてしまったが、全身を検査されなかったことが幸いした。
いや、そういう初歩的なことも出来ないのがただの盗賊だといえばそれまでだが、頭である銀髪の男がかなりデキるだろうというこ
とは感じ取られ、ある意味男の注目を一心に奪っている蒼の存在がありがたかった。
(王子はどこまで来られているのか・・・・・っ)
盗賊に気取られないため、相当距離を置いているものの、それでもこちらの動向が全く分からないということはないはずだった。
ただ、昨夜から未明の砂嵐のせいで、現在位置が見つかりづらくなったかも知れないという不安はある。
(ソウ、そいつを煽るなよ・・・・・っ)
負けず嫌いで無鉄砲な蒼がどんな行動を取ろうとしているのか、口に出して諌めることが出来ないだけに心配だ。
とにかく、今は早く自分の拘束を解き、蒼を守らなければならない。
頭である男を除き、大人は十数人。
驚くことに子供たちも十人近くいるが、きっと自身の子供ではなく攫ってきたか、孤児である可能性が高い。いくら盗賊と共に暮ら
しているとはいえ子供には手が出せないと思っていると、ベルネの視界の中でセルジュとアルベリックの身体が不自然に揺らいでい
るのが見えた。
(・・・・・同じことをしているのか)
自分のように小剣を隠し持っているのか、それとも他の方法でか。セルジュ達も拘束を解こうとしているのは確かなようで、ベルネ
の視線に気付くとにやっと笑みを向けてきた。
(大丈夫なのか?)
周りの視線が、盗賊の頭と蒼に向けられているのを確認し、セルジュはアルベリックを見た。
「おい」
「・・・・・」
アルベリックは頷き、ゆっくりと身体をずらしてセルジュの背後へと移動する。男達には簡単に身体は探られたが、履物の踵にある
鋭く磨いだ石刃は見付からなかった。
周りの視線がないうちにアルベリックがセルジュの踵からそれを取り、ゆっくりと綱を切り始める。
「・・・・・っ」
時々、その刃が肌を滑るが、声を出すことはない。これくらいの痛みなど、風が頬を撫でるようなものだ。
(・・・・・あいつ)
様子を見るために周りに視線を向ければ、少し離れたところに倒れているベルネの姿が目に入った。よく見なければ分からないほ
どの動きだが、どうやら向こうも何とか拘束を解こうとしているようだ。
(能無しじゃないようだな)
出来ればベルネと同時に飛び掛り、先ずは頭であるあの銀髪の男を組み伏せることだ・・・・・セルジュがそんなことを思っていた
時だった。
「しょーぶしろ」
「・・・・・っ」
(ソウッ?)
突然聞こえてきた蒼の言葉にパッと顔を上げると、蒼は冗談でも強がりでもない、静かな闘志を漲らせて男・・・・・ヒューバードを
見ている。
(勝負って、本気かっ?)
「ソ・・・・・ッ」
いったい、何をする気なのだとセルジュは口を開きかけたが、
「動くなっ」
アルベリックの押さえた制止の声がする。
「・・・・・っ」
(早くしろっ)
今から目の前で何が行われるのか気が気でないセルジュは、アルベリックが早く自分を拘束している縄を解くようにと心の中で叱
咤した。
「しょーぶしろ」
「・・・・・勝負?」
「そっちも、簡単に捕まりたくない。俺は、捕まえたい。だったら、何かで決めないと」
「何をして?」
ヒューバードは面白そうに目を細めて笑っている。蒼が何を言おうとあしらえると思っているのかもしれないが、蒼だって強がりだけ
でこんなことを言ったのではなかった。
今自分が出来ること、相手と、少しでも対等になれること。それを考えながら、蒼はきっぱりと言いきった。
「けんじゅちゅ」
「は?」
「・・・・・だから、力を競い合うこと。その剣じゃないぞ?あれ」
「・・・・・」
蒼が指差したものを見たヒューバードは不思議そうに首を傾げる。
「俺には、木切れしか見えないが」
「それ。木の棒で試合、する。傷付けあうのが目的じゃないから」
多分、真剣での勝負なら自分は負けてしまう。技術よりも何よりも、一歩間違えれば相手を傷つけてしまうかも知れないという恐
怖が躊躇させるのだ。
だから、木の棒で、木刀同士の戦いをしたいと思った。これならば少しは自分にも分があるはずだ。
「あのなあ」
「逃げるのか?」
「・・・・・」
「逃げないなら、しょーぶしろ!」
「本気なのか?」
「とーぜん!」
実を言えば、こんなふうに切り出しながらワクワクとしている。
バリハンではシエンも、バウエル将軍も、他の兵士だって相手をしてくれるが、絶対にどこか手加減をしているんだなと感じていた。
だから、こちらの世界に来て自分の剣道の腕が鈍ったのか、それとも上達したのか、こんな切羽詰った状況の中で試してやれと
思ってしまったのだ。
(何かをしなきゃ、この状況は変わらないんだから!)
「・・・・・本当に、いいのか?」
目を眇め、真意を見極めるように言うヒューバードに、蒼はしっかりと頷いてみせた。
![]()
![]()