蒼の光   外伝2




蒼の運命




19

                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






(どこまで出来るか・・・・・)
 蒼は剣道の有段者だ。自分よりも身体の大きな者とも、竹刀があれば対等に戦えると思っている。もちろん、相手の力に押し
負けることもあるが、スピードでは負ける気はしなかった。
 しかし、今いるこの世界では、競技として剣を戦わすということはしたことが無いだろう。いくら竹刀代わりの棒を持ったとしても、
相手が強引に出たら・・・・・負けてしまう。
それでも、何もせずにいるよりはいい。万が一、自分がヒューバードに勝てば、この盗賊達も自分を見る目が変わるはずだ。
 「本当にいいのか?」
 「何度も聞くな」
 絶対に蒼が負けると思っているであろう相手のその気遣いは、返って蒼の闘争心を高めるだけで、久し振りの真剣な打ち合い
を前に、蒼はふっと笑みを漏らしてしまった。
(こんな緊張感、久し振り)
 木刀にするには少し細身の木の棒だが、手の小さな蒼には丁度いいかもしれない。反対に、ヒューバードは慣れないのか何度
も手の中で持ち替えていた。
 「おい」
 『構えっ!』
 蒼は両手で木の棒を持ち、その先を真っ直ぐにヒューバードの胸元に当てるように構える。
 「・・・・・」
少し躊躇っていたようだが、やがてヒューバードも側に転がっていた同じような棒を片手で持つと、そのまま蒼に向けて言った。
 「怪我をしても知らないからな」
 「じょーとー!」




(・・・・・切れたっ)
 先ずは腕を縛っている綱を切ったベルネは、さらに身を捩って足の綱を切り始めた。
(馬鹿な真似はするなよっ、ソウ!)
蒼が見かけによらず剣術に長けているのは知ってはいたが、それはあくまでも打ち合いの中だけで、実践でその剣の腕を振るった
ことはないはずだ。
 いくら蒼のことをバリハンの皇太子妃、そして《強星》だという認識はあったとしても、それで手加減をしてくるということは言い切れ
なかった。
むしろ、蒼の勢いに押され、返って無茶な行動を取ってしまったら、それこそ木の棒だとしてもかなりの傷を負ってしまうはずだ。
そうなる前に何とか拘束を解かなければと、ベルネは自身の肌が傷付くこともかまわずに小剣を動かし続けた。




(急げっ)
 蒼の挑発に乗ってしまった男に、セルジュは焦ってアルベリックを急かした。
もちろん声を出すことは出来なかったが、セルジュの眼差しにアルベリックの手が早くなったことは事実だ。時折肌を切る石の刃に
眉を顰めながら、セルジュは少し離れた場所で向き合っている蒼と男を見た。
 蒼とは何度か剣を交えたが、小柄な身体に見合う瞬発力と、意外にも筋の良い剣さばきに、いったい誰が指南したのだろうかと
思ったほどだった。
 それでも、盗賊の男相手に勝負を挑むなど無茶すぎる。剣ではなく木の棒を使うようだが、それでもまともに当たればかなりの傷
になってしまうはずだ。
(早くしろっ、アルベリック!)
 盗賊がここにいる数だけならば、自分とアルベリック、そしてベルネがいれば何とか制圧出来るはずだ。蒼が傷付く前に決着をつ
けなければと、セルジュは焦れたように唇を噛み締めた。




 全くの素人相手に、構えを説くつもりはないが、せめて両手で構えて欲しいと思う。
(片手であしらえるって思ってるのか)
悔しいが、自分の外見はそれだけのものだということだ。蒼はじっとヒューバードを睨みつけながら、ジリジリと足を動かした。

 『蒼っ、相手から絶対に目を逸らすんじゃねえぞ!』

(分かってるって!)
 稽古をつけてくれていた父親の声が耳元で聞こえる気がする。蒼は何度も身体に叩き込まれたことを忠実に実践するように相
手の隙を待っていたが、向こうも簡単には動いてくれないようだ。
(・・・・・こっちで隙を作ってやるしかないか)
 「・・・・・」
 「・・・・・っ」
 一瞬、蒼は視線を動かした。
それを見て取ったヒューバードが、蒼の手元を狙ってくる。木の棒を早々叩き落して降参させる気だと悟った蒼は、素早く手元を
下げてそれを交わすと、
 『胴!!』

 ガッ

 「く・・・・・っ」
そのまま、ヒューバードの腰に棒を当てた。
防御していない頭や喉もとならばともかく、胴では手加減などしない。鈍い音をたてて綺麗に腰に入った棒の威力に、油断をして
いたのかヒューバードが数歩後ずさり、苦痛に歪む表情で手でそこを押さえた。
 「お・・・・・まえ・・・・・っ」
 「まだ、こーさん無いよな?」
 一発で終わるなんて呆気なさ過ぎると、蒼の口元には人の悪い笑みが浮かぶ。
(まだまだ、相手をして貰いたいし)
 「・・・・・悪いが、もう手加減はしないぞ」
 「始めから、しなくっていーよ!」
その声に、ヒューバードの口元も楽しげに緩んだが、厳しい眼差しはそのままだということに蒼は気付いていた。




 ガッ カシッ

 木がぶつかり合う鈍い音が続く。
剣とは違い、多少身体に当たってもそれがすぐに致命傷になるわけではないので厄介だ。
(こいつ・・・・・っ、強い!)
 ヒューバードは自分と木の棒をぶつけ合う蒼の技術に、内心感心し、驚嘆していた。しょせん、金持ちの、身を守る程度の技術
しか伴っていないと思っていたのに、蒼のそれは立派な武器にさえなっている。
 一番最初に腰に衝撃を受けた時、これが剣だったらと思うとヒューバードは身震いするような思いがした。
もちろん、木の棒と剣は重さも違い、身体の小さな蒼には扱いやすいだろうという利点はあるだろうが、それ以上にこの素早さには
なかなか追いつけるものではなかった。

 ガッ

 「はっ・・・・・っく!」
 「・・・・・っ」

 ゴツッ

 「・・・・・っと!はっ!」
 「むっ」

 棒を振り下ろす一呼吸一呼吸がまるで流れるようで、しかも、自分の動きが分かっているかのように防御も完璧だ。
何度か身体に衝撃を受けた自分とは違い、蒼は寸前でかわして、今のところ一撃も棒を当てることが出来なかった。
たかが、子供が遊ぶような木の棒だ。それを、どうしてあてることが出来ないのか。
 「・・・・・っ」
 ヒューバードは眉を顰め、それでも攻撃を止めずに向かい続けた。
すると・・・・・。
 「はっ・・・・・はっ」
 「・・・・・っ」
 「ふ・・・・・っく」
 蒼の動きに若干ぶれが出てきたような気がする。
(・・・・・疲れが出たのかっ)
幾ら致命傷を受けていなくても、休みなく攻撃を避け続け、動き続ければ体力は失われていく。
そうでなくても身体は小さく、その素早さが命の動きだ。ヒューバードは今しかないと大きく足を踏み込み、これまで全て受け止めら
れていた手元への一撃に力を込めた。

 ガッ

 「・・・・・っ」
 いったん、受け止めたはずの蒼だったが、ヒューバードの力に押し負け、手から木の棒が離れてしまう。
 「!」
そのまま、ヒューバードは蒼の攻撃の生命線である足を攻撃した。




 「!」
 持っていた木の棒が弾き飛ばされた時、蒼はしまったと思った。
足が止まってしまうのはもちろん、武器となるものが手から離れてしまうと話しにならない。
 「くはっ!」
 おまけに、飛ばされた木の棒を取りに行こうとした瞬間を狙われて足に攻撃を受けてしまい、そのままガクッとその場に膝をついて
しまった。
(痛い・・・・・っ!)
 防護など全くしていないので、猛烈な痛みが足を襲う。多分、骨は折れてはいないだろうが、それまでこちらが翻弄していたという
自覚があるだけに、ヒューバードも全く手加減をしていなかったようで・・・・・。
 「・・・・・くっ」
 蒼はそのまま足を見る。服の上からでは分からないが、そっと手を当てただけでもズキンとした痛みが下半身を走った。
 「いったあ〜っ!」
苦痛を逃すために声をだすものの、余計に痛い。
 「おい」
 「・・・・・」
 「見せてみろ」
 その場に蹲っていた蒼を心配したのか、ヒューバードが歩み寄ってきた。たった今まで闘っていたというのに、こんなに荒く息をつい
ている自分とは違い、男の呼吸に乱れを感じない。
 体力の差を見せつけられるようで悔しくて、蒼は唇を噛みしめた。
(ここまでなのか・・・・・っ?)
もっと、何か出来るはずだと思うのに、足はもう動かない。一度力が抜けてしまった身体に、再び勢いを付けるのは難しいが、蒼は
このまま降参したくは無かった。
 「・・・・・っ」
 「・・・・・っと」
 蒼は何とか腕を伸ばし、飛ばされた木の棒を掴むと、とっさに目の前の男の腹を突いた。勢いは無かったのでそれほどダメージを
与えることは出来なかっただろうが、それでも自分が諦めていないことは伝わったはずだ。
 「・・・・・この状態で、勝てると思っているのか?」
 「負けだと、思わないっ」
 諦めたらそこで終わりだと思う蒼は、最後の最後まであがくつもりだった。この1分、1秒が、シエンが駆けつけてくれるまでの時間
稼ぎになるかもしれない。
 「・・・・・」
 「まだ、これからだ」
 じっと自分の顔を見つめてくるヒューバードの顔を見上げ、蒼はゆっくりと笑って見せた。どうか、ただの強がりではなく、まだ何か
あると思わせる顔であって欲しい・・・・・そう思いながら、視線を向けていると、
 「ソウ!」
 「!」
突然聞こえてきた自分の名を呼ぶ声に、蒼は反射的に振り向いた。