蒼の光   外伝2




蒼の運命






                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 自分の力を過信するのは危険なことだと思うものの、出来ることをしないというのとはまた別の話だ。もしかしたら、蒼にも出来る
かもしれないことを、危険だという一言で諦めてしまうのは違う気がした。
 「シエン」
 「ソウ、分かってください。私はあなたと共にこのバリハンをより繁栄させたいと思っている。そのために、あなたの力は必要だと感じ
ています。ですが、今回の話はそれとは違う。私はあなたを傷付けたくありません」
 自分の気持ちを誰よりも分かってくれているシエンの言葉に、蒼は直ぐに言い返すことは出来なかった。
蒼がシエンに危ないことはして欲しくないと思っているのと同じように、シエンは自分の身体だけでなく、心のことまで考えてくれてい
る。
 とても嬉しいし、分かるのだが・・・・・。
(本当に、俺は何も出来ないのか?)
安全な場所でただヤキモキしていることしか出来ないのだろうか?
 「盗賊に関しては、国境近くでの行為ですので、どの国が責任を持つということが明確には出来ません。隣接する国同士が話
し合い、共同で制圧するか、それともより被害の多い国の方がと、自国の利害を考え、今現在各国で話し合いが行われている
はずです」
 「・・・・・」
(そんなこと言ってたら、もっと被害が広がるんじゃないか?)
 確かに、幾つもの国が係わっているとしたら簡単な問題ではないだろうが、そうだとしても・・・・・。
 「大国は腰が重い」
 「・・・・・っ」
いきなり、自分の考えを口に出されたと思い、蒼は思わず声のした方へと視線を向ける。そこでは、椅子に座って今まで黙って話
を聞いていたセルジュが、腕を組み、皮肉気に口元を歪めていた。
 「俺なら、早日仕掛ける」
 「・・・・・国にはそれぞれの事情というものがある。セルジュ、国を建国すれば分かるだろう」
 「シエン」
(どうして・・・・・)
 いつも穏やかなシエンの棘を含んだような言葉に蒼が戸惑っていると、シエンはその腕を掴んで一緒に立ち上がった。
 「お寛ぎのところを邪魔をした。私達はこれで失礼する」
 「ソウは置いて行っていいぞ」
 「・・・・・」
セルジュの言葉を全く無視して、シエンは部屋を出た。蒼は強引に腕を掴まれた状態で、足早に歩く形になってしまう。
 「シエンッ」
 名前を呼んでもシエンの足は止まらず、そのまま自分達の部屋まで行くことになった蒼は、
 「・・・・・っ」
身体の向きを変えさせられ、そのまま強引に唇を奪われた。




 「んっ」
 苦しそうな蒼の声が耳に届いたが、シエンは口付けを直ぐには止めなかった。
驚きはあったものの、シエンを拒むつもりはない蒼の口腔内に容易に入り込んだ舌は、そのまま唾液を舐めとり、舌を甘噛みすると
いう、身体を重ねる前にするような濃厚な愛撫を続けて、

 チュク

ようやく唇を離した時には、蒼の身体からはすっかりと力が抜けてしまい、自分に凭れ掛かるような体勢になっていた。
 何時でも自分に向き合い、対等でいたいと思ってくれている蒼だが、色恋事では未だ初々しい羞恥が抜け切れないのか、今も
シエンの目に映る耳元や首筋は赤く染まっている。
 誤魔化すつもりで口付けをしたつもりでは無かったシエンだが、こんなふうに素直な反応を見せてくれる蒼が愛しくてたまらず、思
わずその身体を抱きしめた。

 「大国は腰が重い」

 セルジュの言葉はシエンの心の奥底を突いた。シエン自身が感じ、それでも口に出せない思いを言われた気がしたからだ。
日々、行いを悪化させている盗賊をどうにかしなければならないというのは緊急の課題であったし、シエンも各国との話し合いの席
でそれを訴えてはいるものの、なかなか自ら手を上げる国は少ない。
 唯一、エクテシア国のアルティウス王は即座に軍の派遣を決め、早速自国周辺の討伐へと動き出してはいるが、その外は情け
ないが自国を含めて足踏み状態だった。
 シエンは、自らが先頭に立ってでもと思っているが、王位譲渡が近い今、簡単に自らが動ける立場にない。
軍の編成や隣接国への対応など、もうしばらく時間が掛かってしまうことを焦れていた自分の思いをセルジュに揶揄されたようで、
シエンはあれ以上その場にいることが出来なかった。
 「・・・・・ソウ」
 「・・・・・シエン、大変だな」
 「え?」
 「いろんなこと考えて、すごく大変だと思う。俺とか、セルジュ、どうして直ぐに動かないんだって思うけど、王子のシエンの立場を考
えたら・・・・・直ぐには無理だよな」
 「・・・・・」
 「でも・・・・・だから、シエン、俺だって何かしたい。このバリハンのためもあるけど、シエンのために何かしたい!」
 シエンの腕の中から蒼が顔を上げて訴えてきた。けして感情的にではなく、この短い間でもきちんと考えて言っているということが
よく分かる。
 「・・・・・」
危険だからという理由だけでは止められないその強い思いに、シエンはしばらく蒼の顔を見つめていた。




 「あまり王子を煽るなよ」
 シエンと蒼が立ち去って直ぐ、アルベリックが溜め息混じりにセルジュに言った。
蒼への好意のせいで、セルジュがシエンに対して敵愾心を抱いていることは十分承知しているものの、それでもその相手国の、そ
れも王宮内で喧嘩を吹っかけることはないだろうと思ったようだ。
 「本来なら、不敬罪で捕まっちまうところだ」
 「これくらいで俺を捕まえるんなら、たいしたことのない男だってことだ。ソウを奪ってもなんら後悔はしないな」
 「セルジュ」
 「それに、多分王子自身も思っていることだろうよ」
 バリハン王国ほどの大国が、簡単に軍を動かせないことは分かる。いくら盗賊の制圧のためだからといっても、そのまま自国に攻
め入られたらと思う隣国はあるのだろう。セルジュからしたら、腰抜けだと思わざるを得ない。
 それに、まだ皇太子という地位にいるシエンは、様々な決定権を持っているわけでもなく、それについても焦れた思いをしている
はずだった。
(それならそれで、口に出してソウに説明してやればいいものを)
 あれでも、シエンにとっては精一杯の説明かもしれないが、蒼はきっと納得はしていない。あの蒼のことだ、思いは自分と似たよう
なものだと思った。
 「・・・・・アルベリック」
 「また、変なことを考えていないだろうな?」
 「変なこと?」
 「ここはバリハン王国、ソウはその皇太子妃だ。忘れるなよ、セルジュ」
 「はいはい」
(忘れはしないよ、一応・・・・・な)
それを踏まえた時点で何をするかは保障出来ないぞと、セルジュは悪戯っぽい笑みを漏らした。




 蒼と別れたシエンは、そのまま自分の執務室に向かい掛けて・・・・・足を止めた。
 「・・・・・」
こんな思いを抱いたまま政務など執り行えるわけが無く、シエンは心を決めたようにその隣にある父王ガルダの執務室を訪れる。
 「父上、よろしいでしょうか」
 「ああ、入れ」
 一時期は病に倒れていたガルダも、今ではかなり健康を回復している。しかし、その間にシエンが代わってやっていた政務はかな
りの量はそのままで、ガルダ自身、近いうちに譲位をするとシエンに伝えてきていた。
 「どうした」
 穏やかな気質のガルダを、シエンは心から尊敬していた。バリハン王国を先王の時代から更に成長させたのはガルダの力だ。
武力ではなく、学問や経済を成長させ、それを武器にしていくという国策は、シエンも引き継ごうと思っていた。
 以前は、父の存命中の譲位はあまり良いものではないと思っていたが、病で倒れてしまってからはその考えも変わり、そして今、
シエンは・・・・・。
 「国境の盗賊の件ですが」
 「ああ・・・・・どうやらかなりの数になっているらしいな。幸い、我が国の民の中には犠牲になった者はおらぬが、被害を被った者
はかなりの数に上っていると聞く。早く軍を向かわせねばと思うのだが・・・・・出来れば、武力で解決という方法は取りたくないな」
 「父上」
 心優しいガルダの言葉にシエンは少し頬を緩めたが、直ぐに表情を改めるとお願いがありますと切り出した。
 「私を、討伐軍の責任者に指名していただけませんか」
 「シエン?」
 「私が赴き、父上のおっしゃるように、出来るだけ武力で制圧するのではなく、言葉を尽くして解決したいと思います」
 「・・・・・それは、皇太子であるお前の役割ではないように思うが」
 「いいえ、私で無ければならないのです」
ガルダの懸念はシエンも当然感じている。荒くれ者の集団である盗賊が、話して分かる相手だとは到底思えなかった。
それでも、一国の皇太子が出て行けば、あちら側も対話する余地があるのではないかと考える。それは甘い考えかもしれないが、
シエンはギリギリまで人の心というものを信じたいと思っていた。
それはガルダの教えでもあるのだ。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・お前が、これほどに血気盛んな心を持っているとは思わなかった」
 しばらくして、ガルダは苦笑しながら言った。
 国王が決断するには少し長い時間が掛かったのは、父親としての思いもあったからか。
 「私の子供はお前以外にもいるが、このバリハンの未来を託すのはお前しかいないと思っている。いや、お前とソウ・・・・・2人に
任せれば、我が国は栄えるだろうと確信もしている。未来のバリハン王国国王の言葉を、簡単に聞き流すことは出来ぬであろうな
あ」
 「父上」
 「シエン、ここに改めて命ず。盗賊の討伐をお前が先頭になってやって欲しい」
 「はっ」
 シエンは深く頭を下げる。父に苦渋の判断をさせてしまったことを申し訳なく思う反面、自分の気持ちを汲んで命じてくれたことを
ありがたく思った。
 「必ずや、成果をあげて戻ってまいります」




 「ね〜、カヤン」
 蒼はおやつのパンをパクッと口にした後、口をモシャモシャと動かしながら名前を呼んだ。
 「はい?」
振り向いてくれたカヤンをしばらく見つめた後、蒼は口の中の物を飲み干して言う。
 「俺って、弱い?」
 「は?」
 「カヤン、俺の剣のれんしゅー、ずっと見てきたろ?どう?全然ダメ?それとも、少しはいー?」
 「・・・・・」
 何の前触れも無く自分の剣の技術の良し悪しを訊ねた蒼に、カヤンは探るような眼差しを向けてきた。
思っていることが顔に出やすい自分なので、何かおかしいところを見付けられたかもと思ってしまったが、それでも蒼はそれ以上補
足説明をしないまま、カヤンの答えを待ってみた。
 「・・・・・悪くはないと思いますが」
 「えっ?ホントッ?」
 しばらくして出てきたカヤンの言葉に、蒼の顔はパッと輝いた。まだまだダメだと言われることを覚悟していたのだが、その言葉より
は格段に評価が良いような気がする。
 「しかし、どうしていきなり・・・・・」
 「じゃあさ、シエンのさぽーと出来るくらい?」
 「さぽおと?」
 「さぽーと・・・・・えっと、シエンを支えること?」
 どういうふうに説明していいのかと考え、蒼は両手を前に突き出して何かを支えるゼスチャーをしてみせたが、そんな蒼の説明は、
どうもカヤンにはきちんと伝わってはいないようだった。