蒼の光 外伝2
蒼の運命
21
※ここでの『』の言葉は日本語です
支えてくれていたベルネの腕の中から半分奪われるように抱きしめられた蒼は、馴染んだその温かさにスリッと胸元に頬を寄せて
笑った。
「シエン、来てくれた」
「遅くなって・・・・・すみません」
「ううん、凄いよ、凄く早かった!俺っ、びっくりだ!」
心の中ではすぐに来て欲しいと願っていたものの、それは無理だとも思っていた。姿が見えないくらい離れているということと、昨夜
の猛烈な砂嵐のため、さすがのシエンでも自分達を探すのには時間が掛かるだろうと。
しかし、こうしてやって来てくれた。嬉しくてますますシエンに抱きつこうとした蒼だったが、
「・・・・・痛っ」
その拍子に身体を捻り、先ほど打たれた足に衝撃が走って、蒼は思わずシエンの腕を握り締めた。
「・・・・・っ」
「あ、ごめんっ」
それが相当な力だったということは蒼自身も自覚していて、直ぐに謝りながら身体を離そうとした。しかし、シエンは反対に蒼の身
体をさらに深く抱きしめると、頬に唇を寄せながらもう一度すみませんと謝罪してくる。
「シエン?」
どうしてシエンが謝る必要があるのかと蒼は不思議に思ったが、シエンは片手を伸ばし、蒼が伸ばしたままにしている足にそっと触
れてきた。
「!」
それだけでも痛かったが、蒼は何とか笑みを残そうとした。シエンに余計な心配は掛けたくなかったし、元々こうなったのは自分が
言い出したからだ。
言い換えれば、ヒューバードさえ悪くない。これは正式な勝負と一緒で、自分は弱かったから負けたのだし、傷を負った。いや、これ
くらい傷とは言わないかもしれないが。
「痛みますか?」
「だいじょぶ」
「もっと早く私が出て行けば、ソウにこんな傷を負わすこともなかったのに・・・・・」
「違うって、シエン」
「・・・・・」
「シエン、俺ホントにだいじょぶだよ」
それよりも早く今この場にいるヒューバードが自分達が捜していた盗賊の頭だと伝えなければ・・・・・そう思っていた矢先、シエンが
蒼からそっと身体を離して立ち上がった。
「お前が盗賊の頭か」
「・・・・・こんな所まで、バリハンの皇太子が現れるとは思わなかった」
「・・・・・」
自分の顔を知っているらしい男に、シエンは眉を顰めた。
一体、この男はどこの国の者なのか、元々は何をしているのか。こうして自分が姿を現し、周りでは次々と仲間が拘束されている
というのに不敵な笑みを浮かべたまま立っている男の考えは全く分からない。
「あの子供達は?攫ったのか?」
明らかに盗賊行為をしているだろう男達とは別に、数人の子供達は屈強な兵士に囲まれて怯えた表情をしている。ただ、どうや
ら女の姿はないようだった。
「世界には、親を亡くした子供も多いんですよ、皇太子」
「・・・・・」
「俺達は、飢えて死なせたくないだけだった」
「それで、盗賊行為を正当化するつもりか」
「生きるためにはどんなことでもやらなければならない。それに、俺達は命まで奪ってはいないし、狙ったのは商人と貴族だけだ。
金のある所から奪って何が悪い?」
シエンは即座に違うと言い掛けて・・・・・本当にそうなのだろうかと自問自答した。
確かに、盗賊行為は褒められたものではないが、それが生きていく唯一の手段だとしたらどうだろうか。
一国の王子である自分はきっと恵まれた生活をしてきたはずで、貧しい者の思いを本当に分かってやれているのかと思えば、堂々
と頷くことは・・・・・。
「悪い!」
「・・・・・っ」
シエンはハッと顔を上げた。
開くことが出来なかった自分の口の代わりにそう強く言い放ったのは蒼だ。
「人からとるの、悪いことだっ」
「・・・・・皇太子に庇護された存在が分かるはず・・・・・」
「分かんないけどっ、方法は他にもあったはずだ!そっちこそ、とーぞくがカンタンな方法だって思ったんじゃないのかっ?」
蒼のきり返しに、今度は目の前の男の方が黙り込んだ。
「シエン、ちょっと手、かして」
蒼は差し出したシエンの腕に掴まって立ち上がる。足が痛むのか少し苦しそうな表情をしたが、それでも男に向かってきっぱりと言
い切った。
「シエンも、いっぱい考えてる。みんなが幸せな方法、見つけたいって思ってる」
「そんなの・・・・・」
「口だけじゃない。そう思ってるから、シエンはここまで来たんだ」
「ソウ・・・・・」
シエンは震えそうになる声を何とか抑えた。
今回の盗賊退治で自分の思いを蒼にはっきりと伝えたことは無かったが、蒼はちゃんと自分の気持ちを考え、理解してくれていた
のだ。心が通い合っている・・・・・そう思うことが、これほど嬉しいとは。
シエンは隣に立つ蒼の肩を強く抱きしめた。
それから間もなく、オアシスの中央に盗賊の一味は集められた。
人数は、盗賊がヒューバードを含めて16人。子供達は7人だった。
「これで全員か?」
「・・・・・」
後ろ手に縄で拘束されたヒューバードは答えなかったが、蒼はそんな彼を扱い難いというよりは律儀な人間だなと思った。
自分の罪を軽くしてもらうために仲間を売ることなく、かといって大声で威嚇し、虚勢を張るでもなく、あくまでも自然体でその場に
いる。
盗賊という間違った方向へと進んでしまっているが、このままでは本当に勿体ないように感じた。
(どうにかして、ちゃんとした生活をしてくれたらいいんだけど)
それは自分が言い出すまでもなく、きっとシエンも考えていることだと思う。その証拠に、シエンは自ら子供達の前へと歩み寄り、
その名前と出身を訊ねていた。
「痛みはどうです?」
「ん、だいじょぶ。ありがと、カヤン」
蒼は、カヤンに足の治療をしてもらっていた。
服をまくって打たれた足を見てみれば、見事に青黒い痣になっている。
「・・・・・」
カヤンは眉を顰めたものの、気遣う言葉は掛けてこなかった。きっと、これは蒼が一方的な暴力を受けたから出来たものではな
く、一対一で戦ったうえで出来たものだと知っていて、それなのに気遣う言葉を言えば、蒼自身のプライドが傷付くと思ってくれて
いるのだろう。
「直ぐに治りますよ」
「男だから、傷になってもいーけど」
「それは・・・・・シエン様が悲しまれます」
「あ・・・・・うん」
蒼はチラッとシエンに視線を向ける。
こうして駆けつけてくれて蒼は嬉しいのだが、シエンは自分が遅かったから蒼が傷付いたと思っているらしい。
(真面目なんだよな・・・・・優しいけど)
それが自分限定ではなく、周りの者達にも向けられる優しさだから蒼も面と向かって心配しすぎとは言えなかった。
「・・・・・っ」
薬草をすり潰した薬を塗られ、細い木をあてて布で縛られる。骨折ではないが、これだけ用心してくれれば治りも早いかもしれな
い。
「カヤン、ベルネ達も診てやって」
「はい」
自分とは違い、雑に扱われていたベルネ達の怪我も心配だったが、蒼は再びシエンのもとへと足を引きずりながら向かった。
「悪かったな」
「・・・・・」
ベルネは顔を上げた。
そこにいたセルジュは片眉を上げている。軽い口調ではあるが、男の謝罪する言葉は本気なのは分かったので、言葉短く俺も悪
かったと告げた。
蒼の護衛として付いていたはずなのに、結果的に傷を負わせることになってしまった。それが命に係わるか、そうでないかは関係な
く、傷付けてしまったという事実は消えない。
(シエン様にも・・・・・合わせる顔がないというのに・・・・・っ)
当初計画していた通り、こうして盗賊を誘い出し、根城にしている場所を突き止めることは出来た。頭の男も、その配下達も拘
束したが、それで全てが許されることではない。
「全く、ソウには驚いた」
「・・・・・」
「自分よりも大柄な男に、木の棒で対抗すると考えるなんてな」
「・・・・・それが、ソウだ」
どんな相手に対しても自分の意志をはっきりと告げ、屈することがないのが蒼だ。
もちろん、危ないことをして欲しくないのはシエンもベルネ達も同じ気持ちだったが、それで蒼の自由な心までを押さえつけたいとは
思わなかった。
今回も、そんなシエンの気持ちにベルネも同調し、どんなことがあっても命を懸けて蒼を守ろうと思ったのだが・・・・・結果、なす術
もなく捕らわれの身になってしまった。蒼に危害を加えられないようにするためだとはいえ、情けなくて悔しい。
「・・・・・」
ベルネは首を振る。髪の間からはまだ砂が零れ落ちたが、そんなことに構っていられない。
拘束されていた手足は既に解かれ、多少擦り傷や切り傷はあるものの、こんなものは怪我のうちには入らず、直ぐに自分も任務に
戻らなければならなかった。
「では、親はいないと?」
「ヒューが俺達の親だよ!」
「・・・・・」
子供達の中でも年嵩の少年は、屈み込んで話を聞くシエンを睨んだ。
「早くヒュー達を放せよ!何も悪いことなんかしていないだろっ!」
「盗賊行為は、悪いことだろう?」
「生きるためには仕方ないんだ!」
シエンは少年の叫びに次の言葉が出てこなかった。
何が正しいのか・・・・・それは分かっている。盗賊行為は野蛮なことで、たとえ生きていくためとはいえ許されることではない。
しかし、そうしなければ生きて行けないという者達が実際に目の前にいれば・・・・・しかもそれが、こんなにも幼い子供達だとして
も、自分はそう言いきることが出来るのか・・・・・いや、それでも、自分は子供達に伝えなければならない。
「それでも、これは犯罪行為だ。許されるものではない」
「そ・・・・・っ」
「うん、分かってるんだよな?みんなだって、出来ればこんなことしたくないよな?」
「・・・・・ソウ」
そんな時、シエンの肩に手が置かれて、蒼も同じように身を屈めてきた。いや、足が痛むのか、地面に尻を落とす形で、下から子
供達の顔を見上げている。
「どう思う?」
「だって・・・・・」
「それしか方法ないって・・・・・」
「なあ」
子供達は互いに顔を見合わせながら、自分達の主張が正しいのだと確認し合っているようだ。
「じゃあさ、他に方法あったら?」
「・・・・・他に?」
「それだったら、とーぞくとかしない?」
蒼の珍しい黒い瞳に魅入られたかのように、1人の子供が頷いた。それは次々と周りの子供達にも伝染し、最後に年嵩の子供
が1人だけ残る。
「エリックは?ホントは、どう思う?」
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