蒼の光   外伝2




蒼の運命




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                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 エリックは蒼よりも少しだけ背が低い。子供というには表情は精悍だったが、それでもせいぜい13、4歳ではないだろうか。
このくらいの歳ならば、自分達の、いや、ヒューバード達がしていることが良いことか悪いことかの判断はつくはずだ。案の定、唇を噛
み締めたその表情は、ヒューバード達を庇いたいのに即座に言い返せない葛藤が見えた。
 「エリック」
 「・・・・・仕方ないんだ」
 「しかたない?」
 「俺達は、ヒュー達が守ってくれないと生きていけない」
 「・・・・・」
(きつい、なあ)
 盗賊でしか生きていけないのだという考えが悲しい。このくらいの歳ならばもっと他に夢があってもいいと思うのに、その夢さえも見
ないようにしている気持ちが・・・・・。
 「・・・・・」
 蒼はシエンを振り返った。多分、今自分が何を言っても、エリック達の耳には綺麗事にしか聞こえないだろう。それならば厳しくて
も、しっかりとした現実を指し示すシエンの言葉の方が響くのではないかと思った。
 シエンはそんな蒼の気持ちを理解したのか、力強く頷いてくれると、エリックの前に膝をついて話し掛け始めた。
 「確かに、これまではそうだったかもしれない」
 「・・・・・」
 「しかし、本当にこの先もこれでいいと思っているのだろうか?」
 「・・・・・」
 「これから先長い人生、人を襲い、人の物を奪い、追われてしまう日々を背負うことが出来るだろうか?」
子供にも分かるように、ゆっくりと、穏やかに言葉を尽くす。大国の皇太子という立場の者がこうやって民と話すことさえ信じられな
いのか、エリックはたたじっとシエンを見つめている。
 「歳は、幾つか?」
 「・・・・・12」
 「12。まだまだこの先は長い」
青褪めたエリックから視線を逸らし、シエンはヒューバードを振り返る。
 「お前は、自分達と同じ思いをこの子達にも感じさせるつもりか?」




 シエンの言葉はヒューバードの胸に深く突き刺さった。
今はいいかもしれない。ヒューバードが先頭に立ち、この子達を育てるためなのだという大義名分を背負って盗賊行為を繰り返す
ことは出来る。
 しかし、実際にこの子供達が成長した時、自分達と同じ盗賊になった姿を見ても・・・・・本当に、自分は後悔しないだろうか。
自分が盗賊行為に走らなければならなかった時のことを思い出し、ヒューバードの眉間には皺が寄った。
 「どう思う?」
 「・・・・・」
 この子供達の多くは、国境付近で親に捨てられた者が多い。
裕福な大国以外の国の中では特に貧富の差は激しく、子供が多過ぎる貧しい者達には僅かな金で我が子を売る者も、捨てる
者も、最悪殺す者もいるのが事実だ。
 大人に対し、恐怖と反感を抱いていたこの子達と生活を共にするのは大変なことだったし、当初は仲間の中でも足手まといにな
る子供を育てることに反対はあった。
 ただ・・・・・穢れを知らぬ子供達の笑顔が、盗賊行為で心が荒んだ自分達の心を癒してくれるということが浸透し、今ではこの
子供達を不自由なく育ててやるために盗賊行為をして・・・・・それが、ヒューバード達の中では正当な理由になってしまっていた。
 だからこそ、バリハンの皇太子が自分達の討伐に乗り出したという噂を聞いても、絶対に捕まるはずがないし、そもそも、悪事な
ど働いていないと錯覚し・・・・・。
(それが、間違いだったというのか・・・・・?)
生きていくための方法を、そこに求めた自分達が悪いのか。




 ヒューバードが口を閉ざしたまま、それでも硬く拳を握り締めていることにシエンは気付いた。
シエンは再び目の前の子供達を見つめた。
 「お前達が養い親を慕う気持ちは分かるが、よく考えてごらん。人の物を盗るのは悪いことではないだろうか?」
 「・・・・・」
 「まだよく分からないのなら、勉強をしてみないか?我が国には学問を学ぶ場所は多くある。歳に応じて分かれているから、始め
から分かりやすく色んなことを学べるはずだ。その中で、今の自分達のことを考えてはどうだろうか?」
 「・・・・・俺達、字も読めない」
 「それも、ちゃんと教えよう」
 「・・・・・バリハンの、民じゃないのに・・・・・」
 「それを言うのなら、我が妃もバリハンの民ではないし、字を学ぶ所から始めている。勉強を逃げ出しもせず、きちんと学んでいる
我が妃と、共に学ぶということをしてみないだろうか?」
 「皇太子妃と?」
 「どうですか、ソウ」
 「う、うん」
 勉強よりも身体を動かすことが好きな蒼は、これから簡単に授業を逃げ出すことが出来なくなると思ったのかもしれないが、それ
でもうんと頷いて一緒に勉強をしようと言った。
 「がんばろ?」
 「・・・・・」
 直ぐに返事は返ってこないが、シエンは確実に彼らの心が揺れ動いていることを感じた。
ただ自国に受け入れるだけでなく、その国の皇太子妃と共に学ぶということに、驚きと興味を引かれたことは確かだろう。
(こちらは、いい)
 子供達に盗賊行為に対する罪を問うことは出来ないし、シエンもするつもりはない。
それよりも、実際に盗賊行為を働いていたヒューバード達をどう処分するかを考えなければならなかった。
 「・・・・・」
 シエンは水場を見渡す。
最低限の生活が出来るようにはなっているようだが、かといって贅沢な暮らしを送っているようには見えない。
(・・・・・どう判断するべきか・・・・・)
 このヒューバードの盗賊一味は、品や金は盗むものの、人の命を奪うことはなかった。中には抵抗して傷を負う者はいたが、それ
でも命を脅かすものではない。
奪ったもの全てを返却すれば、まだ罪は軽くなるはずだが、生活するためといった通り、それらが今もってここに残っているとは思えな
かった。
 「・・・・・」
 シエンの視線に、ヒューバードが口元を歪めた。
 「全部、俺が命令したことだ」
 「・・・・・」
 「こいつらを脅し、従わせた。罪は俺1人・・・・・それで決着をつけてくれないか、皇太子」
 「お前1人で全ての罰をおうと?」
 「ああ」
確かに、首謀者と同調者に罰の差をつけることは出来るが、それで全てを解決していいのだろうか。
こうやって話していても、ヒューバードはかなりの知性の持ち主のように感じる。そんな男を、ただ目で見える罪のために罰するだけで
本当にいいのか。
 「こいつらの身は保障して欲しい」
頭を下げてきたヒューバードに、シエンは決断を迫られていた。




 太陽が真上になってきた。
蒼は顔を上に向け、ねえとシエンに話し掛ける。
 「ごはん、食べない?」
 「え?」
 「もう、昼だよ。俺、朝も食べてないし、お腹ペコペコ。ちょっと休んで、ごはん食べよ」
 「・・・・・そうですね」
 シエンもここで一呼吸おいた方がいいと思ったのか、蒼の提案に直ぐに頷いてくれた。
ここには水があり、シエン達と合流した今、食用も十分ある。蒼はエリック達に向けてにっこりと笑いながら言った。
 「したく、手伝って」
 「え・・・・・あんたが、作るの?」
 「うん。だって、俺が一番料理じょーずだし」
 こんな真剣な場面で、自分のすることは少し的外れかもしれないが、腹が空いていては良いアイデアも浮かんでこない気がする
し、同じ釜の飯を食えば・・・・・という、日本の伝統もある。
(・・・・俺のお腹空いてるのが、一番だけど)

 火を焚き、植物油を熱す。保存食用の芋の粉を水で戻し、豆と練り合わせて素上げのコロッケのように揚げる。
大なべの中には野菜を入れ、鳥の干し肉も一緒に入れて塩で味付けした。
100人以上の兵士達と合わせ、ヒューバード達の分も作るので、腹を満たすために米粉を練ってすいとん風に鍋に入れ・・・・・そ
れを幾つもの鍋で手際よく作っていく蒼を、エリック達は目を丸くして見つめていた。
 「これ、何ていう食べ物?」
 「粉入れてもいいの?」
 好奇心に満ちた子供達の言葉に、蒼は根気良く答える。
 「これは、コロッケ。本当は、パンをけずったものをまぶした方が美味しいんだけど、ここじゃムリだし」
 「これは、すいとんっていうんだ。米を押しつぶして作った粉なんだ。ちゃんと食べられるし、こうして汁の中に入れると柔らかくて美
味しいんだぞ」
やはり、食べ物は子供達の興味をそそるらしく、蒼の周りには子供達がまみれつく。
そんな中、1人意地になっているように離れて立っているエリックに、蒼は揚げたてのコロッケを葉で包んで差し出した。
 「・・・・・」
 「つまみぐい」
 「・・・・・」
 「味見、お願い」
 蒼が根気良く言い続けると、エリックはオズオズと手を伸ばし、しばらく見ていたが・・・・・やがてその匂いに逆らいきれなくなったの
か一口口にした。
 「美味しい!」
 「本当っ?」
 「僕もっ!」
 「俺もちょうだい!」
 「はい、順番」
1人1人にコロッケを手渡してやりながら、蒼はふと王宮に残してきた養い子のリュシオンを思い浮かべる。まだ幼いリュシオンがこん
な風につまみ食いをするのはもう少し先だろうが、なんだか早くそんな光景を見てみたい。
(そうだ、給食なんか作ったらどうかな)
 まだ幼い子供が学ぶ学校に給食の制度を取り入れたら、それぞれの家計は随分楽になるのではないだろうか?
今度シエンに改めて話してみようと思いながら、蒼は手を動かし続けた。




 「・・・・・」
(皇太子妃が、料理・・・・・)
 数があるので他にも兵士が手伝っているが、指図をしているのは蒼だ。
 「珍しいだろ」
一塊に集められていたヒューバードは、いきなり話しかけてきた男を見上げた。蒼と共にこの水場に攫ってきた中の1人だが、バリハ
ンの民ではないだろう容姿をしていた。
 「俺は、アブドーランの出身だ」
 「・・・・・アブドーラン」
(あの、未開の地の?)
 実際に見たことは無かったが、広大な土地を保有しながらも、まだその実態は謎だといわれる民族のことは聞いたことがあった。
もっと野蛮な風体を想像していたが、こうして見るだけでは自分達とは変わらない。いや、それよりもなぜアブドーランの民がバリハ
ンの皇太子達と行動を共にしているのかが分からなかった。
 「俺は、ソウが気に入っている」
 「・・・・・」
 「だから、わざわざバリハンまでやってきた」
 男の眼差しの先には、笑いながら兵士と話す蒼がいる。
 「そして、いずれは自分のものにしたいとも思ってるんだ」
 「・・・・・正気か?」
 「野心は大きな方がいい。バリハンの皇太子妃で《強星》でもあるあの存在を我が物にするなんて、それこそ無謀なほどに大きい
野心だろう?」