蒼の光 外伝2
蒼の運命
23
※ここでの『』の言葉は日本語です
男の眉間に皺が寄った。
先ほどからずっと感情を乱さないように制御していたのは立派だと思うが、自分をこんな風に砂まみれにした相手に今の立場を思
い知らせたい。
いや、蒼との会話を聞いていれば、男が随分と理性的なのは分かった。このまま、もしもシエンが寛大な処罰にしたとしたら、この
男はきっと蒼の側に来るかもしれない。
(これ以上、敵は作りたくないんだがな)
大体、既に結婚している蒼は、その伴侶であるシエンにベタ惚れだ。その関係に割り込むのさえ一苦労だというのに、更なる敵
を増やしてもと思うのだが・・・・・それが面白いと感じてしまうのだから仕方がない。
「金持ちから金を奪うだけでお前は満足なのか?」
「・・・・・」
「ただ生きるだけで、何だか勿体無いと思わないか?」
何がと、あえて言わずにセルジュは問い掛ける。男はまだ黙っていたが、違う色の目は先ほどまでとは違う輝きを帯びているように
見えた。
「は〜い!ごはん!!」
蒼が大声で号令を掛けると、規律の良い兵士達はきちんと並んで食事を取っていく。
配るのは兵士達が自ら進んでやってくれるので、蒼は先ず子供達にと、手伝ってくれた食事を1人1人に手渡した。
「・・・・・」
「おいっ」
年少の子供がそれを口に運ぼうとすると、エリックが慌てたように制止をする。ここに来てまだ拒絶しようとするのは相当な意志の
強さだなと半ば感心するものの、その自分の気持ちに他の子供達を引きずり込むのは止めて欲しい。
「さっき味見したろ?食べない?」
「・・・・・」
「エリック」
「施しは・・・・・っ」
「・・・・・ほろこし?」
あまり聞かない単語に、蒼は思わず聞き返したが、エリックは口を尖らしながら違うと否定してきた。
「ほ・ど・こ・し!」
「・・・・・ほころし?」
「分からないのか?」
「う・・・・・ん、ごめん。俺、まだべんきょー中。ホントは、たくさんサボってるから、今ちゃんと言えないんだよな」
通常の会話はほぼ不自由なく交わせるからと、言葉の勉強を面倒に思っていたのも事実だった。
(こっちに来た当初は、一生懸命勉強したんだっけ)
シエンや、周りの人々と話したくて、あの時は受験勉強よりも一生懸命だったように思う。それが何時しか慣れてしまい、面倒だ、
退屈だと思い始めて、何時だって逃げ出すことを考えるようになってしまった。
自分のために忙しい時間を割いて勉強に付き合ってくれているカヤンにも申し訳ないし、今新しい国を作るために勉強している
セルジュやアルベリックにも失礼な態度だったかもしれない。
「べんきょー、しないと」
「・・・・・」
「なあ、いっしょにべんきょーしよ?」
自分は今18歳。エリックは12歳で、他の子達はもっと幼いはずだ。高校生と小学生が共に勉強するようなものだが、始めから
勉強するのならばそれも楽しいかもしれない。
「・・・・・」
「あ、まずはごはん、ごはん。みんな手伝ってくれたもんな?」
蒼がにっこりと笑うと、先ほど食べかけた子供が初めてだろう食事に口をつけた。
「おいし!」
「ほんとっ?」
「・・・・・あ、本当に、これも美味しい!」
一度食べ始めると、子供達は気持ちがいいくらいにパクパクと口に運んでくれる。それを見ていた蒼は、まだ手を動かさないエリック
にほらと促した。
最後にエリックが手をつけ・・・・・その手の動きが止まらないのを見てから、蒼は今度はオアシスの中央に拘束して集められた盗
賊達を振り向いた。
兵士や子供が食事をするのを黙って見ている・・・・・ようだが、その喉元が何度も上下しているのが分かる。
(お腹空いてるんだよな)
変な話だが、この男達も未明からずっと何も口にしていないはずで、せめて水一杯でも喉を潤したいと思っているはずだ。
「シエン」
「・・・・・」
「ダメ?」
自分を見下ろすシエンの頬には微苦笑が浮かんでいる。自分が何を言いたいのか、彼は表情だけで十分分かってくれているは
ずだ。それは、盗賊征伐を指示するシエンにとっては、あまり頷けるものではないはずだったが・・・・・。
「・・・・・足と、片手の拘束は解けませんが」
「あ、ありがと!」
幾ら罪人でも、自分達が目の前で食べているのに何の食事もとらせないのはおかしいと思う。
蒼はシエンの許可を貰い、数人の兵士に手伝ってもらってヒューバード達の拘束をし直した。
「少し、痛くてもガマンな」
全員の足を綱で繋ぎ、それぞれの左手同士を結ぶ。簡単に抵抗出来ない体勢になると、目の前に食事を並べて、蒼はどうぞ
と勧めた。
「・・・・・」
さすがに子供達とは違い、自分達がこんな厚遇を受けることに戸惑いと抵抗があるようで、目の前で湯気をたてている食事に誰
1人手を出そうとはしない。
「中、何も入ってないぞ?」
毒も薬もないよと言えば、ヒューバードはそんなことは疑っていないと言った。
「ただ、俺達にも譲れないものもあってね」
「・・・・・でも、これ捨てるのもったいないだろ?」
彼らのために用意した食事を、兵士達が横取りして食すことはもちろん無いし、シエンも彼らが食事をとることを止めはしないは
ずだ。
腹が減っていては冷静な話し合いも出来ないじゃないかと思い、蒼は少し考えて、こんがりと揚がったコロッケもどきをヒューバード
の口元に持っていった。
「あ〜ん」
「・・・・・なんだ」
「だから、食べさせてやる」
「・・・・・何のために片手を自由にしていると思っているんだ?」
「じゃあ、自分で食べて」
ああ言えば、こう言って。とにかく、相手の方から折れてくれるまで蒼は諦めるつもりはなかった。こんな場所で意地を張っても無
駄だと思う。
(ちゃんと、全部シエンに話してもらわないと)
盗賊になってしまった理由、その罪の数。それがヒューバード達の罪をどれ程の重さにするのかは蒼には分からないが、それでも
少しでも世の中を良くしようとしているシエンにとっては、重要なものではないかと思った。
「・・・・・」
(どうやら、負けたようだな)
じっとヒューバードを見る蒼の黒い瞳の迫力に負けたのか、一度大きく溜め息をついた男は黙って食事を始めた。
頭である男が食事をとると、周りもそれにならっている。その光景を黙って見つめていたシエンのもとに、ようやく蒼が戻ってきた。
「シエン、食べてる?」
出来るだけ何時もと変わらないようにしているのだろうが、足を少しだけ引きずっているのをシエンは見逃さなかった。カヤンの手当
てが良かったのか、先程よりは目立たないが。
それでも、愛しい蒼にこんな傷を負わした男に対し怒りを感じているのは確かだが、そんな自分を見たくないと蒼が思っているの
も分かるので、意識的に柔らかい笑みを浮かべて言った。
「ソウと一緒にと思いまして」
「そうなんだ、ごめん」
素直に謝った蒼は、自分の隣に並べられた器の前に腰を下ろし、何時ものようにいただきますと手を合わせて挨拶をしてから食
事を取り始める。
その蒼と同じ行動をとったシエンは、一口揚げ物を口にして思わず呟いた。
「美味しい」
「はは、ありがと」
道具も調味も揃っていないこんな場所で、ここまでの食事を作れる蒼は本当に料理好きなのだろう。他の男達・・・・・セルジュや
ヒューバード達にも食べさせるのは少し妬いてしまうが、それでもシエンは蒼がこうして自分の隣にいることを幸せに思っていた。
あの時、砂嵐の中で蒼が何者かに攫われたと知った時、シエンは自分の身分など一切忘れて、感情のまま動き出したくなるの
を抑えるのに必死だった。国のために盗賊を討伐しなければならないのは分かっていたが、それと蒼の命、比べるまでもない。
自分が誘い出すからと言った蒼の言葉を、どうして頑強に止めなかったのかと後悔したが、結局こうして目当ての盗賊は蒼の活
躍で捕らえることが出来た。
後は男達への処罰と、今後も新たに現れるだろう盗賊への対処を考えなければならないのだが・・・・・。
「シエン」
シエンは何時の間にか手を止めて自分を見上げてきている蒼に笑みを向けた。
「どうしました?」
「ヒューバード達、どうなる?」
「・・・・・最終的なことは、父上がお決めになられます」
「・・・・・そっか」
「・・・・・」
(父上も悩まれるだろうな)
蒼には甘い父王も、今回罪を犯した者達を簡単に許すことはないはずだ。自分もきっと意見を聞かれるだろうが、同じように厳
しい罰を要求すると思う。
ただし、その一方で罰を与えれば済むのかと、どこか疑問符を浮かべるのも確かで、この結末は思ったよりも難しいものになりそう
な気がした。
「あの子たちは?」
「子供達は施設に預けることになるでしょうね。親のない子供達が自立するまで受け入れている場所で、王宮の直接統括する
施設ですから心配はいりません」
「・・・・・ん」
優しい蒼は、あの子供達の未来も憂いていたのだろうが、人というものを大切に思っているこの国のそういった施設は十分安心
してもらってもいいほど充実していた。人数がいるので今回は言い出さなかったのだろうが、これが2、3人だったとしたら、先のリュシ
オンのように自分が養い親になると言い出しかねなかっただろう。
「あの男達の所業はけして許されるものではありませんが・・・・・私達国を治めるものはよく考えないといけないかもしれません」
「シエン」
「ソウも、一緒に考えてくれますか?」
「もちろんだよ!」
この先、このバリハンをより良くしていくためにも、シエンには蒼が必要だった。
食事が済み、片付けを終えると、いよいよ移動することになった。
盗賊達は改めて1人ずつ拘束をしなおし、兵士が2人掛かりで運ぶことにした。
「この辺りから国境の門までは二晩ほど掛かるでしょうね」
「そんなもん?」
(もっと、長く掛かると思ってた)
かなり離れていると思っていたのだが、行くあてもなく砂漠を迂回して回っていた時とは違い、最短の道を選べば案外国境はそれ
程離れてはいなかったらしい。
「ソウは私と一緒に」
「え?俺だいじょぶだよ?」
「ソリューの数が足りないのですよ」
「あー・・・・・それならしかたないか」
シエンにくっ付いて乗るのは嫌ではなく、むしろずっと寄りかかって甘えそうなのが困ると思っていたのだが、物理的な理由があるの
ならば仕方がない。
「じゃあ、シエンよろしく」
彼に手伝ってもらってソリューの背に乗った蒼は、シエンの口元が楽しそうに綻んでいるのに気付くことは無かった。
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