蒼の光   外伝2




蒼の運命




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                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 数日前にくぐった国境の門に着いた時、先に走らせていた伝令によってそこには多くの兵士が待ち構えていた。
 「王子」
 「ご無事のお戻りを心から願っておりました」
シエンは鷹揚に頷くと、自分の後ろに続くソリューの列に視線を向ける。
 「手筈は」
 「整えております」
 「そうか」

 今回捕らえたヒューバード率いる盗賊の一団の中には、思いがけず数人の子供達がいた。
年齢からいっても彼らが盗賊行為に加担したとは言い難く、まだ庇護しなければならない年頃の子供達の処遇も考えねばと、王
都にある孤児院の世話係りを呼び寄せたのだ。
 戦争だけではなく、事故や、あるいは故意に、親と子が離れることはこのバリハンの国内でも起こっており、そんな身寄りのない子
供達を教育し、巣立たせることを、現王もシエンも積極的に取り組んでいた。
 「シエン様」
 現れたのは40代の男女3人。穏やかな物腰に、優しげな表情の彼らに、子供達が怯えることはないと思う。
いや、たった一つだけ難問は残っていた。
 「えーっ、ソウ、一緒に行かないの?」
 「俺っ、ソウといる!」
 「ぼくも!一緒にべんきょーしたい!」
 共に旅をした二日ほどで、子供達は蒼に懐いてしまった。
美味しい料理を作ることはもちろん、皇太子妃という立場なのに、自分達と同じ目線で話し、砂にまみれて遊ぶ蒼を慕い、離れ
たくないとダダをこねている。
 「俺、会いに行くから」
 「ほ、ほんと?」
 「うん。いっしょ、べんきょーしよーな」
 蒼は嘘をつかない。子供達はそう信じているのか、まだ文句は残っていそうだったが頷いた。
だが、次に子供達の口から出たのは、ヒューバード達への命乞いだった。
 「ヒューは、俺達を守ってくれたんだよ!」
 「ヒューたちを助けて!」
 「助けて!」
 「ソウ!」
 「みんな・・・・・」
 蒼は黒い瞳を揺らし、どう言おうかと悩んでいるのがよく分かる。
蒼の性格からすれば頷きたいところだろうが、盗賊行為を一度ではなく繰り返したヒューバード達が簡単に許されるとは思えない
のか、今度は大丈夫だと頷くことはしていない。
 皇太子妃としての責任感が出たということだろうが、無鉄砲でない蒼のその姿を喜んでいいのか寂しいと思うのか、シエンは自
分自身も複雑な思いに捕らわれていた。




 警備所の牢にヒューバード達は収監され、子供達も別室に連れて行かれ、蒼は久し振りにゆっくりと湯を浴び、砂や汚れを落
としたさっぱりとした姿で部屋にいた。
(どうなるんだろうな・・・・・)
 普通に考えれば、かなり重い罰を受けるのだろう。彼らがどれ程その行為を繰り返したのかははっきりと分からないが、盗んだも
のを返せないということも痛い。
 しかし、一方でそれは引き取った子供達の世話の中で消えたもので・・・・・そう考えると、安易に罰を与えるというのも違うんじゃ
ないかと思えた。
 もちろん、そんなことはシエンも十分分かっているだろう。彼も湯を浴びて着替えたが、直ぐに役人達と協議を始めている。
正式な処遇は王であるガルダが決めるだろうが、彼が正しい判断が出来るようにと詳しい資料を揃えなければならないのだ。
 「・・・・・」
(俺だけ、何にもしてない気がする)
 シエンはゆっくりと休むようにと言ってくれたが、元々じっとしているのが苦手な蒼は落ち着かない。痛めた足もかなり動かせるよう
になってきたし、ここは警備所の中なので何か危険があるとも思えない。
 「・・・・・よし」
蒼は意を決して立ち上がった。

 「ソウ様っ?」
 「えっと、少し、いい?」
 突然現れた蒼に、牢番は戸惑った表情を浮かべている。無理もない、皇太子妃がわざわざこんな所に、それも供も連れずやっ
てくるとは想像も出来なかったのだろう。
 「話、したいけど」
 「奴らとですか?」
 「うん」
 「しかし・・・・・」
 「外からでいいんだ、ダメ?」
 本当は、牢の中に入って、ごく近くで目を見て話したい。牢の外からでは、彼が顔を背け、耳を塞いでしまえば話も出来ないだ
ろう。それでも、何とか一言でも話したいと、蒼は牢番に頭を下げた。
 「お願い!」
(俺って・・・・・卑怯、だな)
牢番が、皇太子妃である自分に逆らえないことを知っているくせに、さらに追い詰めるように頭を下げてみせる。これで、彼は蒼を
案内せざるをえなくなるはずだ。
(ごめん、でも・・・・・)
とにかく、落ち着いてもう一度、ヒューバードとじっくりと話をしたかった。




 牢の前に現れた蒼の姿に、ヒューバードの頬には苦笑のような笑みが浮かんだ。
その表情で、けして疎まれているのではないと力を得て、蒼は1人にしてと牢番に頼む。それはとさすがに眉を顰められたが、何か
あれば絶対に呼ぶからと何度も説明をして、蒼は1人でヒューバード達と向き合った。

 「・・・・・」
(あ、服、変わってる)
 ここに到着した時に着ていた服と今の服は変わっている。髪や肌も、砂まみれという状態ではなくて、彼らがちゃんとした待遇を受
けていることにホッとした。
手足は縄で拘束をされているが、それも多分形だけのはずだ。ここから逃げ出すことは出来ないという理由もそうだろうが、シエンは
身体を痛めつけることだけが罰だとは考えていないと思う。
 彼は、ヒューバード達の犯した犯罪と、人間としての立場をちゃんと別として考えてくれている。蒼はシエンの心遣いに思わず笑っ
てしまったが、直ぐに表情を改めて言った。
 「シエン、考えてくれてるだろ?」
 「・・・・・」
 「酷いことなんか、されてないだろ?」
 「・・・・・ああ。さすが青の王子だ、感情だけで盗賊を痛めつけることなどしないらしい。俺達は一番良い人間に捕まったのかもし
れないな」
 それはどういう意味だろうか?
 「捕まった方が良かった?」
 「あのまま逃げ切れたら別かもしれないが。俺も臆病者だからな、もしかしたらという可能性を考えて、バリハンの国境地帯を選
んだのだし」
 「ヒュー」
 「ソウ、俺は悪いことをしたという自覚はある。だが、それを後悔はしない。後悔なんかしたら、それこそ自分が今まで生きてきたこ
と全てを否定しなければならないからな。俺はそこまで落ちぶれちゃいないんだ」




 目の前の蒼の顔は、あの剣を合わせた時のような輝きを失っていた。
自分達を気遣うような眼差し・・・・・本来は同情など真っ平だが、不思議とこの黒い瞳で見つめられると怒りよりもくすぐったさを感
じてしまう。もっと、自分のことを考えて欲しいと思う。
(・・・・・皇太子妃相手に何を考えているのか・・・・・)
 本来ならけして交じり合うことのない自分達が、こうして出会ったのもある種の縁。それならば、自分の我が儘を一つくらいきいて
はもらえないだろうか。
 「ソウ」
 「な、何?」
 「俺の首を落とす役、お前に頼みたい」
 「え・・・・・」
 「俺は最悪斬首になるだろう。だが、気懸かりだった子供はちゃんと育ててもらえるということを確約してもらったし、仲間達は俺が
命じてといえば死罪にまではならないはずだ」
 全ての罪を背負う。
大きな声で自慢することでもないが、自分の命が誰かのためになるのならば悪い話ではないように思う。そして、それを蒼にやっても
らったなら・・・・・なんだか、笑って死ねるような気がする。
(ソウにはいい迷惑だろうがな)
 まだ少年に見えるこの相手に、それは残酷な願いかもしれない。それでもヒューバードは、自分の命を絶つ役目を蒼にやってもら
いたいと思った。




 「俺が・・・・・ヒュー、を?」
 「お前の腕なら十分だ。俺があの世に笑って逝けるように、ソウ、手伝ってくれないか」
 「ヒューッ、何言ってるんだ!」
 「俺達も一緒に!」
 「バ〜カ。あの世に逝くのに、お前達みたいなむさ苦しいのと一緒とはごめんだな」
 牢の中ではヒューバードが仲間達と言い合っている。仲間の男達は必死な様子なのに、ヒューバードはむしろ楽しそうに笑ってい
て、蒼はそれだけでもヒューバードの覚悟が見えるような気がしていた。
 「・・・・・ヒュー」
 蒼は、その名を呼んだ。
 「なんだ?」
 「・・・・・俺、ヒューの首、きらないよ」
 「つれないな」
さらにと言葉を継がない彼が何だか悲しくて、蒼はこみ上げてくる思いを抑えるように唇を噛み締める。
なんだか、自分は子供だなとつくづく思った。こんな所で泣いて喚くだけでなく、一番良い方法を考えているシエンの方がずっと大人
だ。
(俺も、何かしたい・・・・・っ)
そう思うだけでは、きっと駄目だ。行動しなければ、何かしなければ、物事は何時の間にか過ぎてしまう。
 「ヒュー、俺は・・・・・」
 「ソウ」
 「!」
 その時、少し硬い声が自分の名前を呼んだのに驚き、蒼は思わずパッと後ろを振り返った。
 「べ・・・・・ルネ」
 「まさかとは思ったが、本当にここにいるとはな」
 「・・・・・」
(俺の部屋に来たってこと?)
ベルネに訊ねたかったが、厳しい彼の眼差しに口を開くことが出来ない。
無理もないかと、蒼は思った。比較的ちゃんとした扱いを受けた自分とは違い、ベルネとセルジュ、アルベリックは、まるで荷物のよ
うな扱いをされてしまっていた。
 今はベルネも着替え、何時もと変わらない様子を見せてはいるが、その頬や手の甲などに掠り傷が見える。自分がどういう扱い
を受けたかということを、ベルネはどう考えているのだろうか。
(ベルネに限って、感情的にはならないと思うけど・・・・・)
 冷静沈着で感情の起伏がほとんど無いベルネ。ただ、自分に対してだけは馬鹿な弟を叱るような気配を纏うものの、今はあまり
感情のこもらない声で、ヒューバードに眼差しを向けると続けて言った。
 「王子がお呼びだ」
 「えっ?」
 ヒューバードではなく、蒼が大きな声を上げてしまう。
 「シエンがっ?」
 「そうだ」
蒼に答えながら、ベルネの眼差しはヒューバードを射抜いたままだった。