蒼の光   外伝2




蒼の運命




25

                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 極刑が考えられるかもしれないというのに、男の態度は落ち着き過ぎだ。
何か魂胆があるのかもしれない・・・・・ベルネは注意深くその様子を見ていた。
 「皇太子、直々に?」
 「そうだ」
 「取調べなら、明日にしてもらいたいんだが。俺達も少々疲れている」
 その飄々とした物言いに、さすがのベルネも眉間の皺を深くする。バリハンの皇太子であるシエンが呼んでいるというのに、罪人
である男に拒否権などあるはずがなかった。
 「今からだ」
 「・・・・・横暴だな」
 「ベルネ」
 蒼が困ったように名前を呼んできて、腕を掴んだ。言い合いを止めろということかもしれないが、腕に縋られたその手の熱さが居
心地悪く、ベルネは少し乱暴に払いのけた。
 「王子のご命令に逆らうことは許さない。ヒューバード、来い」




(ベルネ、何怒ってるんだろ)
 なんだかずっと機嫌が悪い気がするが、それがどうしてなのか蒼には分からなかった。
ただ、ベルネに手を拘束された綱を掴まれ、それでも顔を上げて歩いているヒューバードの後ろ姿を見つめながら、蒼も黙ってつい
て行く。
 来てはいけないとは言われなかった。多分、それはシエンも同意してくれているのだろうが・・・・・シエンはいったいどんな判断を下
そうとしているのだろうか?
 まさか、このまま死罪になどにはしないと思うが、出来れば・・・・・いや、こんな風に思うのは自分が甘いせいかもしれない。
 「ベルネ」
 「・・・・・」
 「ねえってば」
しつこく名を呼ぶと、ようやく不機嫌に答えてくれた。
 「なんだ」
 「シエン、何も言わなかった?」
 「・・・・・王子のお心は私には分からない。お前が直接お聞きするんだな」
 「・・・・・」
(もうっ、心構えってもんがあるんだってば!)
 シエンが何を言うのか、予め心の準備をしておきたいだけなのに、それも許してくれないのかと思うと腹立たしい。しかし、ここで文
句を言ってもあしらわれてしまうのは目に見えているので蒼はグッと我慢した。
どちらにせよ、シエンの気持ちはシエンにしか分からない。彼の判断がどういったものでも、自分はシエンを責めたりしないようにしな
ければ・・・・・蒼はそう思った。




 扉が叩かれ、入室の許可を乞われる。
シエンがそれに許可を下すと、先ず真っ先に部屋の中に入ってきたのは蒼だった。
 「ソウ・・・・・」
 「ごめん、俺もきた」
 「牢にいたんですか?」
 訊ねると、少し躊躇いながらも頷く。想像出来ないことではなかったが、それ程蒼が盗賊・・・・・ヒューバードを気にしている証だ
と思えば複雑な心境だった。
 心優しい蒼は、少しでも触れ合ってしまった盗賊一味に同情しているのだろう。その要因には同情も出来るが、してしまった行
為は簡単に許していいものではない。何より、この男は蒼を攫った。運良く直ぐに見つけることは出来たが、もしもこれが長期にわ
たっていたとしたら、さすがにシエンも冷静に男と話は出来ないだろうと思った。
 「シエン様」
 じっと蒼を見つめていると、入口からベルネが声を掛けてきた。そこでようやく自分が男を呼び出したということを思い出し、シエン
はゆっくりと頷いてみせる。
 「入れ」
 縄を引かれ、中に入ってきたヒューバードは、チラッとシエンの顔を見て・・・・・少しだけ口元を緩めた。
(何を笑う?)
今自分がどんな立場に立たされているのか分かっているのだろうか。もしかしたらこのまま、この場で死罪を言い渡されてしまうかも
しれないということは覚悟しているはずなのに、なぜこんなにも落ち着いた態度が取れるのか。
 様々に問いたいことはあったが、シエンは一度深く呼吸してから言った。
 「・・・・・そこに座りなさい」
 「床に?」
 「いや、椅子に」
ここは正式な罰を言い渡す場所ではない。罪人と分かっていても、男を貶めることはしないつもりだ。
 「・・・・・」
 簡素な椅子に腰掛けたヒューバードと対峙するようにシエンも椅子に腰を下ろした。蒼はその直ぐ隣に立ち、ベルネはヒューバー
ドを拘束している綱を持ったまま背後に立っている。
 「早速だが、お前達の罪について話し合った。最終的な裁決は父上がお決めになられるが、その前に私達が指針となるものを
決めなければならない」
 「ああ」
 「お前達がやったことは、物を盗み、人を傷付けた」
 「・・・・・」
 「異論は?」
 「ない」
 言い訳をしないその姿はいっそ潔い。
 「本来ならば、公開鞭打ちや労働刑、国外追放といった罰になるが、お前達は数が多過ぎる。犯した罪は10や20ではない、
そうだな?」
 「自分でもはっきりは覚えていないが、それだけやってたってことだろうな」
 「お前の仲間はもちろんだが、頭として統率していたお前の罪はさらに重い」
 「覚悟はしている」
 「・・・・・っ」
(ソウ?)
 不意に、自分の肩が強く掴まれ、シエンは思わず隣に立つ蒼を見上げた。まるで自分が問い詰められているような青白い顔に、
震える唇。そんな表情にさせているのが自分だと思うと辛かった。
 きっと、蒼は罰を受けなければならない男のことを心配すると同時に、それを言い渡さなければならない自分のことも気懸かりな
のだろう。
王族として、こんな場面には何度も立ち会っているシエンだったがいまだに慣れることはない。心優しい蒼ならばなおさらだ。
(大丈夫ですよ、ソウ)
 シエンは考えた。どうすることがこの男にとって、あの子供達にとって、そして・・・・・蒼にとって良い結果となるのか。様々な意見を
聞きながら、事実とそれを照合して・・・・・シエンは一つの結果を生み出した。
 「ヒューバード、お前、討伐軍に入る気はないか?」




(討伐、軍?)
 蒼はシエンの言葉に目を瞬かせた。討伐軍というのは今の自分やシエンの立場のことだ。盗賊を捕まえ、罰を与える・・・・・それ
を、元々盗賊だったヒューバードにやらないかともちかけている。
 「シエン・・・・・?」
 どういうこととその名を呼んだ自分の手にしっかりと手を重ねてくれ、それでも視線はヒューバードから離さないままシエンは話を続
けた。
 「お前達の犯した罪は盗みだ。だが、その方法は被害を最小限に留めるものだったし、統率も取れている。ヒューバード、お前、
元は軍に所属していたのだろう?」
シエンの言葉にヒューバードは答えなかったが、否定しないというのが答えなのだろう。
 「軍にいただけあって、お前の能力は悪い方面にだが発揮された」
 「・・・・・」
(た、確かに、普通の泥棒って感じじゃなかったけど・・・・・)
 他の男達はヒューバードに色々と意見を言っていたが、彼の言葉にはきちんと従っていた。
 「それに、お前達の行為の要因の一つに、幼い子供達を養育するというものがあった。自分の血を受け継がない者達を育てて
きた経過は、子供達からも聞いている」

 「ヒューは、俺達を守ってくれたんだよ!」
 「ヒューたちを助けて!」
 「助けて!」

 子供達が自分にとり縋って必死に訴えてきた言葉。あれだけ慕われているのだ、ヒューバード達は子供達に対しては良い大人
だったはずだ。
 「その頭脳や行動力をこのまま失うのは惜しい。自分達が犯した罪の償いとして、これから罪を犯そうとする者を止める。今、
人を殺してまでもその財産を奪おうとする者を、お前ならば止めることが出来るのではないか、ヒューバード」
 「皇太子・・・・・」
 「シエン・・・・・」
 それは、死罪になるよりはよほど軽い罰だが、今まで盗賊だった自分達が同じ行いをしている者達を取り締まるという皮肉な罰
でもある。ヒューバードの心の中の葛藤は相当なものがある気がした。
 それに、元は軍にいたらしいが、それを辞めたのには理由があるはずで、再びバリハンの、シエンの使い手となって動くことが出来
るのかどうか。蒼はヒューバードがどんな答えを出すのか、息を詰めて待っていた。




 シエンの顔をじっと見返したヒューバードは、その瞳の中にある真剣な思いを読み取った。どうやらこの王子は本気で自分達を己
の手先にするつもりのようだ。
(これが、英知を誇る王子の答え、か)
 ヒューバードの命を摘み取ることは簡単だ。しかし、自分の力を利用し、更なる盗賊退治に借り出すとは。
 「・・・・・ははは」
 「・・・・・」
 「ヒュー?」
突然笑い出したヒューバードを、蒼は目を丸くして見つめている。
可愛いなと、思った。自分が養育してきた子供達に通じる可愛さだが、この少年・・・・・いや、青年は、彼らとは違い立派に1人
で立つことが出来るのだ。
(俺に対して、あそこまで打ち込んできたんだしな)
 「ソウ」
 「・・・・・え?」
 名前を呼べば、蒼は直ぐに答えてくれる。その反応に、ヒューバードは目を細めた。
 「お前に首を落としてくれと頼んだが」
 「あ」
物騒な言葉に、目の前のシエンの表情が険しくなり、自分を拘束する綱が強く締め付けられた。どうやら、目の前の王子様だけ
ではなく、自分の後ろに立つ男も蒼には思うものがあるようだ。しかし、それは言わないでいてやろう。自分も、もしかしたら仲間か
もしれないからだ。
 「本当は、お前とあの時の勝負の続きがしたい」
 「・・・・・」
 「あれで終わりだとは思いたくないしな。それには・・・・・生きていなければならない」
 ヒューバードは再びシエンに視線を向けた。
 「今の話を受ければ、俺達の命は保障してくれるのか?」
 「ああ、私の名に懸けて」
 「はは」
この男は嘘は言わない。青の王子と名高い、《強星》を伴侶とした幸運な男は、人の人生を左右するような虚言は吐かない。
そして、自分も・・・・・この黒い瞳の青年を前にして、嘘は・・・・・言えない。
 「承知した」
 「ヒューッ!」
 「仲間は大切だが、他の地で馬鹿なことをやっている連中に縁もゆかりもない。少しは人のためになることをしたら、俺達の身体
についた泥も落ちるかもしれないしな」
 生きるために、人の物を奪い、傷付けた。しかし、他に生きる方法を教えてもらえれば、そんなことをする必要などない。
本当は、盗賊行為をしたくてしてきたわけじゃないのだ。
 「ああ、でも、出来れば皇太子付ではなくて、ソウの部下って方がいいが」
 「・・・・・それは、却下だ」
 あっさりと言い捨てるシエンが、少しだけ自分のいる場所へと降りて来た気がした。誰かに対する思いは王子も平民も変わらな
いのかもしれないと、今度こそヒューバードは大きな声で笑ってしまった。