蒼の光   外伝2




蒼の運命




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                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 「ふ〜ん、本人に討伐を、ね」
 「なっ?シエンって頭いいよなっ?」
 シエンの話をすると自然に頬が緩んでしまう。自分では自慢しているつもりではないのだが・・・・・やはり、惚れた欲目ということも
あり、蒼にとってはシエンの言うこと、なすことが、全て凄いという言葉で脚色されてしまうのだ。
 「なんだよ、セルジュ、反応少ない」
 ベッドに腰掛けたセルジュの前に腰に手をあてて立っている蒼は、さらに言葉を継いだ。
 「もっと、こー、すごいなあとか、やるじゃないかとかさー」
 「だって、なあ」
 「・・・・・」
 アルベリックと意味深な視線を交わすセルジュはそれでも理由を言ってくれず、蒼は何だか自分だけが仲間外れにされたようで面
白くなかった。

 シエンのヒューバードへの罰は、彼が受け入れることに同意することで素早く前に進むことになった。本来は罪人の処罰は王であ
るガルダの許可が要るのだが、今回に限りシエンに全面的に任されていたようだ。
このまま、先ずは王都に戻り、一定期間の兵士としての訓練を受けた後、正式にバリハン王国の討伐軍として盗賊の征伐に向
かうことになると聞いた。
 元々、ヒューバードは兵士の経験があるらしいし、そのヒューバードの下にいた男達もある程度の統率は取れているので、時間
はそれ程かからないとシエンは言っていた。
 今回のことでは色々迷惑を掛けてしまったセルジュとアルベリックにも、事の顛末を説明しなければと蒼ははりきってやってきたの
だが、自分の想像よりも2人の反応が薄いことがじれったい。
(シエンがせっかくみんなにとってベストの答えを出したっていうのに・・・・・)
せめて、凄いなという一言でもあっていいと思うのだが。

 どうやら、無意識のうちに眉間に皺が寄っていたらしい。
ふっと目を細めたセルジュがいきなり手を伸ばしてきて、蒼の眉間に人差し指を押し当てた。
 「な、何?」
 「皺」
 「しわ?」
 「可愛い顔に皺を作ってどうする」
 「・・・・・かわいいは、よけい」
 どうせならばカッコイイと言って欲しいと唇を尖らせると、セルジュはプッとふき出す。やはり、セルジュは笑い上戸だなと思っている
蒼の気持ちを知ってか知らずか、セルジュはしばらく笑い続けていた。




(全く・・・・・俺にあの男を褒めろって言うのか?)
 まあ、聞いた限りでは一番良い選択をしたのだろうし、後から聞いて思うよりもその時に思いついた者が有能だということは分かる
が、それを素直に認めたくないと思うほどにはセルジュはシエンを認めていた。
 王都にいた時から思っていたことだが、大国の皇太子という安全な地位に胡坐をかいているものだとばかり思っていたシエンは、
セルジュが想像する以上に日々政務に勤しんでいた。
 時折、寂しそうにしている蒼を見て、どうしてそこまでと感じていたが、今思えば、それほどにしなければバリハン王国という大国を
治めることは出来ず、蒼もそれを分かっているからこそ口に出して不満を言わなかったのだろう。
(国の頂点に立つというのは・・・・・難しいな)
 一つの部族をまとめるだけでも面倒な雑事が多くあるというのに、それが国単位になるとケタが違う。
そうでなくても、アブドーランの土地は広い。その中の幾つもある部族をまとめることが自分に出来るのかどうか・・・・・少しだけ、自
信が無くなりかけてもいた。
 「なあ、ソウ」
 「なんだよ」
 「お前から見て、王子は大変そうか?」
 「たい、へん?」
 「国を治めるっていうことを、あいつはどんな風に思っているんだろうな」
 握るのは圧倒的な権力と財力。それと・・・・・抱えきれないほどの重圧。バリハン王国の次期王として、シエンはそれをどういう
風に考えているのか興味があった。
 「大変じゃないよ?」
 「え?」
 しかし、蒼の答えはあまりにもあっさりとしたもので。
 「大変だろう?これほどの大国だ」
 「そりゃ、おっきいけど・・・・・シエンはバリハンを愛しているから、大変だって思わないよ」
首を傾げる蒼の顔は、とても強がりを言っているようには思えない。その理由を訊ねるように、セルジュは自分の中の弱さを見せま
いと軽い口調で言った。
 「どうしてそう思う?」
 「だって、シエンは1人じゃない。おーさまも、おーひさまも、カヤンやベルネだっているし、俺だって手伝うし!」
 「・・・・・お前が」
 「あー、役に立たないって思ってるだろ?」
頼りないと思われていると感じたのか蒼はムッとして言い返してくるが、セルジュが考えたのはそんなことではなかった。
(そうだな、王子にはソウがいる)
愛しい者が側にいるシエンは、大変なことでも大変だとは思わないかもしれない。
 「・・・・・いや、そんなふうには思わない。王子が羨ましいと感じただけだ」
 「シエンがって、でも、セルジュにはアルベリックがいるだろ?アルベリックがセルジュの手助けしてくれるよ」
 「ああ、こいつは俺の幼友達だからな、それは分かっているが・・・・・」
 「あっ?」
 何時の間にか、蒼が自分の身体の下にいる。いや、自分が蒼の腕を引き、寝台に押し倒したのだ。
 「セルジュ?」
 「・・・・・」
 「おい」
不思議そうに自分を見上げてくる蒼と、何かを制するように声を掛けてきたアルベリック。相反する2人の反応に、セルジュの頬が
引き攣ったように歪んだ。




 「そりゃ、おっきいけど・・・・・シエンはバリハンを愛しているから、大変だって思わないよ」
 「だって、シエンは1人じゃない。おーさまも、おーひさまも、カヤンやベルネだっているし、俺だって手伝うし!」

 蒼の言葉に、それ程シエンを信頼し、愛しているのかと感心する一方で、アルベリックは側にいるセルジュの感情が目に見えて揺
らいでいるのに気がついた。
 元々縛られるのが嫌いで、部族長になったのも、自分が命令する側になりたいという理由からだった。
しかし、何時まで経っても諸外国から偏見の目で見られるだけの立場を厭い、それならば正々堂々と一つの国をつくり、その初代
の王になってやると言い出したセルジュを、アルベリックは変な奴だとは思わなかった。
セルジュならば出来る。
自分も側でそれを見たい。
 自分達が表舞台に立つことを夢見て建国のために動いてきたが、その途中で出会った蒼という存在によってセルジュの目的はま
た別の方向へと流れてしまった。
 《強星》と言われる貴重な存在だからという前に、一人の人間として蒼を欲する。それは、前者を奪おうとするよりもさらに難しい
ものだった。蒼にはもう、伴侶となる者がいたからだ。
 それでも諦めきれず、バリハンにまで乗り込んだセルジュだが、その想いは覚めるどころかますます大きくなってしまったようで、今の
蒼の言葉にも敏感に反応するほどに・・・・・。
 「!」
 目の前で繰り広げられた会話の途中で、セルジュの機嫌が急降下を辿っていくのを感じた。
シエンを慕い、信頼する蒼の言葉を面白くないと感じ、そんな蒼の気持ちを自分の方へと向けようとして腕を引き、寝台に押し倒
したのを見てアルベリックは声を上げた。
 「おい」
(それだけは、駄目だ)
 蒼は普通の立場ではない。《強星》にして、バリハン王国皇太子妃だ。
そのバリハンの領土内で全てを奪おうとするなど、自殺行為でしかないと思った。




 「セルジュ?」
(これ、って?)
 どうしてこんな体勢になってしまったのか、蒼は全く分からなかった。
ヒューバードたちの処遇を伝えて、シエンの話になって。セルジュの機嫌が悪そうなのは感じていたが、それでも手を出されるほどに
悪いことを言った覚えは無い。
 「どうしたんだよ?」
 「・・・・・」
 「セルジュって」
 ベッドに倒されたまま、上から圧し掛かられるこの体勢はあまり面白くない。自分の非力を思い知らされているようだし、なにより、
シエン以外の男とこんなに密着するのは・・・・・。
 「なあ」
 「・・・・・ソウ」
 「なに?」
 「俺が嫌いか?」
 そう訊ねるセルジュの表情は何時に無く真剣だ。どういった意味なのかは分からないが、蒼は自分の気持ちを正直にセルジュに
告げる。
 「嫌いかって、嫌いじゃないよ?むしろ、面白くて、強いし、好きだ」
そう、友人として、何時の間にかこんなにも心の中深くに受け入れている存在だ。自信をもってそう言えると真っ直ぐに真上にある
セルジュの顔を見ると、先ほどまでの真剣な表情があっという間に変わり、何時も見慣れた、楽しそうな笑みを浮かべたものに変
わった。
 「それなら、問題は無いな」
 「もんだ・・・・・んむっ」
 問い掛ける蒼の言葉はセルジュの口の中に消えてしまった。
(キ、キス、してるっ?)
溺れてもいない今、これが人工呼吸のはずがない。いや、あまりにも突然のことに混乱して変なことを考えてしまったが、蒼は慌て
てセルジュの胸を押し返そうとした。
 「むぐっ」
 叫ぼうとした口の中に、遠慮も無く忍び込んできたセルジュの舌。縮こまる自分の舌を勝手に絡めとり、濃厚な恋人同士のよう
なキスをしてくるセルジュは、蒼の手を簡単に一まとめにして頭上で押さえつける。
 「・・・・・っ」
(なにっ、何だよっ、これ!)
シエン以外の男とキスしているという現実に、強気に睨んでいた蒼の目が涙で潤んでしまった。




 「んぅっ」
 小さな舌を絡めとり、蒼の口腔内を思う存分味わう。
もっと早くこうしたかったのに、今まで我慢してきた自分を褒めてやりたいくらいだ。
(もう、我慢など出来ないっ)
 ここがバリハンの領土内とか、この建物の中にはシエン他、自分の敵となる者達ばかりがいるということとか。全てのことがあっさり
と脳裏から抜け落ち、セルジュはただ蒼との口付けに酔っていた。
(このまま、俺と・・・・・)
 このまま、蒼をつれてアブドーランへと戻る。次第に力を抜いていく蒼の身体を感じながら、それが現実に叶うのではないかと思え
た瞬間だった。

 ドカッ

 「ぐ・・・・・っ」
気を抜いたせいで、腹に思い切り蹴り上げたらしい蒼の膝が綺麗に入った。
吐くほどの衝撃ではなかったが、それでも蒼の手を拘束した自分のそれは力を無くし、それを待っていたかのように寝台から滑り降
りた蒼は、涙の溜まった目で睨みつけてきた。
 「バカ!」
 「ソ、ウ」
 『バカ!変態!スケベ魔人!!』
何を言われたのかは分からない。しかし、胸に鋭く突き刺さる口調と涙で潤んだ黒い瞳に、セルジュは情けないが一歩も動くことが
出来なかった。