蒼の光   外伝2




蒼の運命




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                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 泣いてはいない。
それでも、泣きそうに歪んでしまっている蒼の表情を見て、セルジュはさすがに後悔をしてしまった。口付けをしてしまったことにでは
ない。どうしてあのまま先に進まなかったのかということに、だ。
 どんなに蒼が抵抗したとしても、身体を奪えば確実に自分を男として意識せざるをえない。もちろん、そこで完璧に嫌われてし
まうか、シエンに手討ちにされるという恐れもあるものの、今の生温い関係を続けるという選択以外のものがあったはずだ。
(・・・・・くそっ)
 そして、そこまで出来ないほど、自分が蒼に捕らわれていることを自覚して、セルジュは眉間の皺を深くしてしまう。
 「・・・・・」
 「な、なに、その顔っ!」
 「・・・・・いい男だろ」
 「バカ!そんなんじゃない!」
即座に否定する蒼は可愛くない。
 「な、なきそーなのは、俺のほーだろ!」
 「泣く?」
 「変なことしたそっちがそんな顔するなんてズルイ!!」
 「・・・・・」
(顔、ね)
 今の自分はどんな顔になっているのだろうか。単純な蒼にそう言われるほどに自分は追い詰められているのかとアルベリックを振り
返れば、自分のことを良く知る幼友達は苦笑しながら肩を竦めた。
(・・・・・その通りってことか)
想いを寄せる相手を強引に手に入れることが出来ず、それでいて諦めることも出来ない自分は男としてかなり情けない。
一呼吸置いてしまえば、再び襲い掛かるということはとても無理で、セルジュは大げさなほどに大きな溜め息をつくと寝台に座り込
んだ。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・セルジュ?」
 「・・・・・」
(だから、そこでどうして心配そうにするんだ)
 自分に無体を強いようとした男のことなど直ぐに見捨ててしまえばいいものを、蒼は残酷なほどに優しくて・・・・・馬鹿だ。
あんなことをしても嫌われてはいないのかもしれないと、ずるい男に思わせてしまうほどに。
 「ソウ」
 「な、何だよ」
 「悪かったな」
 「え?」
 急に謝罪をしたセルジュに、蒼の目が丸くなった。
つい先ほどまで泣いていた目元にはほのかな色気さえ感じたが、今目の前にいる蒼は歳以上に幼い様子だ。
 「ちょっと溜まっていたからさ」
 今は、これで引き下がった方がいい。口付けをしたことで蒼は自分に警戒心を抱くことになったかもしれないが、それでも簡単に
は切り捨てられない位置にまで自分はきているらしい。
蒼を諦めないためにも、彼の側にいることは第一条件だ。そのためにも、切羽詰った上でしてしまった口付けを、冗談で誤魔化し
てしまうしかなかった。




 「はあ〜っ?」
(たま、タマッてたって・・・・・?)
 それがどういう意味でなのか、蒼も男だから分かっている。
それでも、そういうことは他人に向かって言うことではなく、正々堂々と嘯くセルジュの神経が全く理解出来なかった。いや、それ以
上にさっきのキスが、ただの欲求不満の解消だったのかと思うと腹が立つというか、呆れるというか・・・・・。
 「バカだと!!」
 「あー、はいはい」
 あんなにも真剣な顔で自分を見つめていたのは何だったのか。妙にドキドキとし、本気で焦ってしまった自分が本当に・・・・・本
当にバカらしい。
 「俺は女じゃないんだぞ!俺でよっきゅーをはらすな!」
 「じゃあ、そのために女を襲ってもいいのか?」
 「そっ、それもダメ!」
(セルジュを犯罪者にするわけにはいかないよ〜!!)
 この世界にだって性犯罪というものはあるはずで、少しでも友人・・・・・もどきになったセルジュをそんな犯罪者には出来なかった。
あのキスは、もう無かったことにした方がいい。自分にとっても、セルジュにとっても、きっと意味など無かったものなのだ。
(そうだよ、大型犬に舐められたって思えばいいし!)
 蒼は服の袖で口を拭った。無意識の仕草だったが、こちらに視線を向けていたセルジュは酷いなと苦笑する。
 「俺、そんなに汚いか?」
 「セルジュだって、突然男にキスされたらこうなるだろっ」
 「きす?」
 「うー、そ、その、口付けのこと!」
改めて説明するのは恥ずかしいが、わけが分からないままその単語を連発されてはたまらないと、蒼は顔が熱くなりながらも何とか
説明をし、今までこの様子を静観していたアルベリックにビシッと指を突きつけた。
 「アルベリック!こいつ、もっときょーいくしろよな!」
 「・・・・・だから、一緒に勉強しているだろう」
 「そーじゃなくって、じょーしき!世間のじょーしきっていうか、・・・・・あー、もう!」
 興奮したり、焦ったりすると、どうも言葉が片言に戻ってしまう。なんだか、真剣になっている自分がバカらしくなり、蒼はコホンと咳
払いをしてからベッドを下りた。
(さっき泣いた俺の涙を返せってーの)
 「俺、戻るから」
 「ソウ」
 「明日の昼前には出発するって。用意しておいてよ」
 シエンは一刻も早くヒューバード達をきちんと教育し直し、新たな犯罪を少しでも食い止めるために討伐軍を編成したいようだ。
蒼もそれがいいと思うし、子供たちのことも気になる。
(早く、ちゃんとした家で寝て、ご飯も食べられるようにしてあげたいし)
 「明日か」
 セルジュもその辺の事情は分かっているのか文句を言う様子は無く、蒼はもう一度念を押すようにセルジュを睨んだ。
 「ねぼーしたら置いていくからな!」
そう言うと、蒼は足音も荒々しく部屋を出て行った。




 途端に静かになってしまった部屋の中。
しばらくして、アルベリックは思わず呟いてしまった。
 「馬鹿だな、お前」
 「お〜い。お前まで俺を馬鹿だって言うのか?」
 軽口で答えてくるセルジュが、思ったよりも落ち込んでいることをアルベリックは気付いていた。幼友達だからか、この男の強がりは
呆れるほどに分かりやすい。いや、蒼はどうやら気付いてはいないようだ。明るくて、単純で、残酷なあの青年は、アルベリックの大
切な友人をこんなにも愚かな男にしてしまった。
 それが良いことなのか悪いことなのか。建国を望むほどに向上心が育ったのは悪くはないが、それと同時にこんなにも厄介な想い
を植えつけられて・・・・・。
 「諦めろ」
 「・・・・・」
 「お前には手の届かない存在だ」
小さく見える肩を叩く。
 「・・・・・」
 「セル・・・・・ぐふっ」

 ガツッ

 いきなり胸元を掴まれ、アルベリックは部屋の壁に追い詰められてしまった。体格的にはほぼ変わらないが、不意をつかれたせい
で一気に拘束が強くなる。
 「俺はソウを諦めるつもりはない。アルベリック、それはお前も承知しておけ」
 「セルジュ」
 「あいつは新しく国をたち上げた俺の隣にいる者だ。今はもうしばらく・・・・・放し飼いにしていおく」
 それは強がりなのか、それとも余裕なのか。さすがのアルベリックも直ぐには判断出来なかったが、一つだけ分かることはセルジュが
国を本気でつくることを決意したことだ。
 「アルベリック」
 「・・・・・分かった」
(俺はただ、お前についていくだけだ)
 幼い頃から、我が儘で強引で、人を惹きつけるセルジュの後をずっと追いかけていたアルベリックだ。
こんなにも胸が沸き立ち、楽しいと思える存在はいない。今更見捨てるということはとても考えられなかった。




 「全く・・・・・っ」
(ああいうのが、ナンパだって言うんだよなっ)
 幾ら欲求が・・・・・直接的に言えば性欲が高まったとしても、それを身近にいる男相手にぶつけるなど、何も考えていない遊び
人だとしか思えない。
 自分はとてもそんなことは出来ないし、シエンだって絶対にするはずが無い。
(今度、何か奢らせようっ)

 部屋に戻った時、シエンはまだそこにはいなかった。
 「話し合い・・・・・長いのかな」
明日出発するということは、この国境の警備所でしなければならないことも出発までに終えなければならないということだ。今夜は
顔を合わすことも出来ないかなと思っていたが、

 トントン

ドアを軽くノックする音に、蒼はパッと駆け寄って開いた。
 「シエン!」
 「ソウ」
 なぜか、シエンは困ったような顔をして自分を見下ろしている。
 「いくらここがバリハンの領土内だとしても、警備が厳重な王宮とは違うのですから、まずきちんと確かめてから扉を開けなさい、い
いですね?」
 「あ、うん」
この部屋に来るのは絶対にシエンだと思っていたし、そもそも警備所の中に不審者がいるとは思わなかったが、確かにシエンの言う
ことも分からないではない。
多分、シエンは蒼が連れ去られたことで、自分自身を深く責めているのだろう。あれは蒼から言い出したことで、その結果も覚悟し
ていたというのに、どうしてシエンはそこまで責任を感じているのか。
 「ごめん、シエン」
 いろんな意味を込めてそう言った蒼は、そのままシエンの腰に抱きつく。
そんな蒼をシエンも抱きしめてくれながら、セルジュは何と言っていましたかと聞かれた。
 「セルジュ・・・・・」
(・・・・・うわ、思い出しちゃった)
 欲求不満の解消に使われたことを思い出して眉間に皺が寄ったが、あれは自分の中ではなかったことにしたはずだし、シエンにも
報告するまでも無い。
 「分かったって言ってた」
 「それだけ?」
 「うん」
 蒼は直ぐに頷いたが、シエンは何かに引っ掛かるようだ。
 「シエン?」
 「セルジュも、ヒューバードには思うところがあったように見えたのですが・・・・・」
 「そう?すっごく普通だったよ?って、言うか、腹がたつほどノーテンキで」
(盗賊のことなんて、とっくに頭の中から消えてしまった感じ)
 「ソウ?」
 「だから、あんなことも・・・・・」
思わず呟いてしまった言葉は、とても小さな響きだったはずなのにシエンの耳には届いたらしい。何かを探るように目を眇め、蒼の肩
を掴んで顔を覗き込んできた。
 「あんなこととは・・・・・何ですか?」