蒼の光   外伝2




蒼の運命




28

                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 蒼の感情はとても分かりやすい。
考えていることが全て顔や行動に出るので、シエンは自分の言葉に僅かに瞳を揺らした蒼に直ぐに気がついた。
(・・・・・何があった?)
 ヒューバード達と話してから、蒼はその結果をセルジュ達に報告すると言っていた。
シエンは諸問題を片付けるために部屋にこもって役人達と詮議し、そして部屋に戻ってきたのだが・・・・・。既に部屋にいた蒼の様
子は一見何時もと変わらなかったものの、自分の言葉にこれほど反応するとは何かがあったとしか思えない。
 「・・・・・」
 そして、それはセルジュが原因だろうとも簡単に予想がつき、シエンはどうやって蒼の口から告白させるかを考えた。
 「うわっ?」
シエンは蒼を抱き上げ、無言のまま部屋の奥にある寝台へと向かう。
 「シ、シエンッ?」
黙ったままなので蒼は不安に思ったのだろう、何度も自分の名前を呼んでくるがそれには答えず、シエンはやがて蒼を寝台の上に
下ろすと自分は腰掛け、上から覗き込むように顔を近づけた。
 「・・・・・ソウ」
 「・・・・・」
 蒼も、多分何か思うことはあるのだろう。
本当ならばなぜ、どうしてと直ぐに疑問の言葉をぶつけてくるはずなのに、少しだけ視線をずらすようにして自分の方を見ないように
している。
そんな行動が、さらにシエンの疑問を膨らませた。
 「私は、あなたを庇護が必要な女性や子供と同じだとは思っていません」
 「シエン?」
 何を言うのかと、戸惑った眼差しを向けてくる蒼に、シエンは安心させるように笑みを向けたかったが、やはり気付かないうちに自
分も余裕がなくなっていたのか、表情も声も硬いままで話を続けた。
 「ですが、最愛の妃として、私はあなたを守りたいと思う。そんな私の思いは、ソウ、あなたも分かってくださるでしょう?」
蒼はけして弱い存在ではない。むしろ、自分から前に突き進む、強い意志と勇気を持っている人間だと思っている。
だからなおさら、シエンが気を配っていないと、何もかも自分で背負い込もうとして・・・・・いや、どんな風に言葉を飾っても、シエン
が蒼を守りたいと思っている思いが強いことに変わりがないのだ。
 「私に、秘密を持たないで下さい」
 「・・・・・」
 「そうでないと、私はあなたを部屋に閉じ込めて、足を金の鎖で繋いでしまわないと安心出来ない。ソウ、どうか私にそんな真似
をさせないで下さい」
 シエンは真っ直ぐに蒼を見つめながら意味ありげに細い足首を手で撫でる。
 「!」
 「ソウ」
陥落するのは、もう目に見えていた。




 「私に、秘密を持たないで下さい」
 「そうでないと、私はあなたを部屋に閉じ込めて、足を金の鎖で繋いでしまわないと安心出来ない。ソウ、どうか私にそんな真似
をさせないで下さい」

 シエンの言葉は蒼の胸を抉った。
もちろん、シエンに嘘などつきたくなかったし、何かあれば全て話すということも誓えるが、今しがたセルジュの部屋であった出来事を
そのまま話してもいいものかどうか迷った。
シエンは理性的な大人で、直ぐに腕力に訴えることなどしないだろうが、今回もそんなふうに・・・・・あのセルジュだから仕方が無い
と笑って見逃してくれるかどうか不安だ。
 さすがに、シエンの妃である自分が他の相手と、もちろん不可抗力ではあるもののキスをしてしまったことは失敗だったと思うが、
あの時はとても逃げられなかった。
(・・・・・情けないけど・・・・・)
 普段ならばもっと抵抗出来たはずなのに、不意をつかれてしまった。いや、多分自分は警戒心の欠片もないほど、セルジュを自
分の仲間だと思って安心していたのだ。
(セルジュの、馬鹿ヤロ)
 「・・・・・」
 蒼は自分の顔をじっと見つめているシエンの目を見返した。
あれ程強い独占欲を晒したのに、あくまでも蒼の方から動くのを待ってくれている優しい人。彼を裏切ることなど考えられないし、
あのことを話してシエンがセルジュに何を思うのかは・・・・・もう、当のセルジュに責任を取ってもらうしかない。
 「あ、あの」
 「・・・・・」
 「さっき、ヒューバードのこと、知らせて・・・・・」
 「・・・・・」
 「その時・・・・・セルジュに、キス、された」
 「キス・・・・・口付けのことですね?」
 シエンは日本語の意味をある程度理解しているので、蒼の言った言葉ももちろん分かったようだ。
 「・・・・・」
 「シ、エン?」
(お、怒ってる?)
眉間の皺が深くなったのは分かったが、激しい怒気は感じられなかった。もしかしたら、シエンにとって蒼が他の男にキスされたことは
それ程問題ではないのかもしれない・・・・・2人が争うのは嫌だったが、気にされないのも何だか複雑だと思ってしまった。




 蒼がセルジュに口付けをされたことは、もちろんシエンに大きな衝撃をもたらした。
ただ、一方ではとうとう行動に移したのかという客観的な思いも確かにある。そもそも、セルジュがバリハンにやってきたのは王政を学
ぶためだけではなく、蒼との繋がりを断ち切りたくなかったからだと分かっていた。
 それでも身の内に受け入れたのは、野放しにしておいていきなり攫いに来られたりしないように、いわば自分がセルジュの感情を
制御するために、わざわざ王宮内での暮らしを許可したのだ。
 しかし、人の思いというものは、側にいる者さえも分からないうちに様々に変化する。
蒼が嫌がることは絶対にしないだろうと思っていたのに、いきなりこの唇を奪うとは・・・・・。
 「・・・・・」
 「シエン・・・・・」
 シエンは指先で蒼の唇をゆっくりと撫でた。男にしては少し厚めの、いつもは元気に会話をするこの唇は、ふとした瞬間に誘うよう
に開かれていて、
 「シ・・・・・んっ」
無言のまま、シエンは蒼の唇を奪った。

 「ふむっ」
 セルジュに唇を奪われた蒼を責めるつもりは無い。あの男のことだ、警戒心の全く無い蒼をいきなり押し倒したのだろう。それより
も、それ以上の行動を取らなかったことに対しては良かったと心から思った。
さすがにこの身体を奪われてしまえば、シエンも今のように冷静に自分の感情を考えられるか自信がないからだ。
 「あ・・・・・んっ」
 蒼の口の中は熱く、その口腔内に滑り込ませた舌を自在に動かして、シエンは遠慮がちに伸ばされてきた蒼の舌も絡め取った。
互いの唾液が行き来して、蒼は飲み下せないそれを顎から滴り落としている。
いったん口付けを解いたシエンはそれを舐めとり、もう一度唇を重ねてと、思う存分蒼の口腔内を味わった。
 「ふ・・・・・っ」
 「・・・・・」
 初めて自分が触れた時は何も知らなかった身体も、今はこうして口付けを続けていれば無意識なのだろう、腰を摺り寄せてくる。
口付けだけで下半身を昂ぶらせる蒼の素直さが微笑ましく、シエンはようやくゆっくりと唇を離すと、潤んだ瞳を向けてくる蒼に笑み
を向けた。
 「感じてしまったんですか?」
 「だ、だって・・・・・」
 「だって?」
 「・・・・・こ、こんなキス、久し振りだし・・・・・」
 「セルジュに口付けされた時は?昂ぶったりしなかった?」
 「・・・・・シエン、イジワルだ」
 言葉と共に表情を顰める蒼を見れば、今の自分の言葉が正しかったのだと分かった。
セルジュにとっては思い切った求愛行動だったかもしれないが、当の蒼にはその意図は全く伝わっておらず、多分、リュシオンとの戯
れの口付けくらいに意味がないものだったと思いたい。
 もしも、ほんの少しでも、蒼の中にセルジュへの特別な感情が見えれば、自分は徹底的に排除するつもりだ。大人気ない行動
だと、情けないとは思っていても、そうせずにはいられないほどにシエンは蒼を愛していた。




 「んっ」
 シエンとのキスは気持ちがいい。
大好きな相手だし、何よりお互いが求め合って交わすものは、キスも言葉も嬉しかった。
 「ソウ」
 柔らかく自分の名を呼ぶ声も、髪をかき撫でてくれる手も、シエンの何もかもが自分にとって特別で、蒼は久し振りにイチャイチャ
と出来る時間が嬉しくて仕方が無かったが・・・・・。
 「しかし、ソウにも少し自覚してもらわなくてはね」
 「え?」
 いきなりそう言ったシエンの顔を見上げれば、何時もと変わりない笑みが浮かんでいる。
 「シエン?」
 「私以外の者に、この身体を触れさせてしまったことは反省していますか?」
 「う、うん、もちろん」
蒼だって、セルジュとキスしたくてしたわけじゃない。
 「では、その誓いを」
 「チカイ?・・・・・って?」
 「あなたから私に口付けをしてください」
 「お、俺からっ?」
(って、もちろん口、だよな?)
 何度も交わしているキスを今更嫌だというわけは無かったが、それが自分からとなると少し躊躇ってしまう。
こういった行為・・・・・エッチも含めて、何時もリードしてくれるのはシエンからで、蒼は嫌がることは無かったが主導権を握ることは全
く無かった。
 「え、えっと・・・・・」
 この部屋に、シエンの断りも無く誰かが入ってくることはとても考えられないし、たかが口付けくらいと思うものの・・・・・ここ数日、盗
賊の件でシエンと身体を合わせていなかっただけに、感じてしまうと身体が暴走しそうで怖い。
淫乱だと、シエンに呆れられてしまうのが嫌だった。
 「ソウ」
 何時も蒼の考えを読み取ってくれるはずの敏いシエンは、なぜかここで許すと言ってはくれず、蒼が焦る様子をただじっと見てい
るだけだ。
(も、もしかして・・・・・)
これは、セルジュとキスをしてしまった自分に対する罰なのだろうか?こういった行為にまだ羞恥を覚える自分に、それを我慢させて
行動させたいのだろうか。
 「・・・・・」
 意地悪だと思うが、そうシエンに思わせてしまった自分の行動は確かに悪かった。
後で絶対セルジュに仕返しをしてやると思いながら、蒼は片肘をついて身を起こすと、そのままシエンの首に両腕を回して、色気
無くグイッと引き寄せた。
 「んっ」
 ブチュッと、始めは唇だけを合わせて。
続いて舌でシエンの唇を舐めると、彼は軽く開いてくれた。
 そもそも自分も男で、本来は奪う側なのだと何度も心の中で呟くと、蒼はそのままシエンの口腔内に舌を入れ、待ち構えていた
ような彼のそれに絡めて吸った。

 チュク

 恥ずかしい水音が耳に聞こえるが、もう無視をするしかない。
 「ふ・・・・・くっ」
シエンと舌を絡めていると、ふと先ほどのセルジュとのキスが頭の中に蘇った。
何時もの、からかうような、冗談交じりの笑った顔ではなく、真剣で思いつめたような顔・・・・・何か言いたそうだったのに何も聞かな
かったが、もしかしたらセルジュは・・・・・。
 「んっ」
 そこまで考えた時、それまで受け入れるだけだったシエンの口付けが突然深いものになった。その勢いと濃厚さにたちまち絡めとら
れてしまった蒼は、今自分が何を考えていたのか・・・・・頭の中が真っ白になって、何も分からなくなってしまった。