蒼の光   外伝2




蒼の運命






                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 蒼の仕草があまりにも子供っぽかったのか、カヤンが目元を緩めた。
何時も怒っているかのようなベルネに対し、カヤンは面影も言動も優しい。その顔が笑みに包まれると、蒼も何だかくすぐったい思
いがした。
 「もちろん、ソウ様は今でも十分に王子を支えていらっしゃいますが、それ以上何をなさりたいのですか?」
 「・・・・・」
(鋭いなあ、カヤン)
 蒼の言葉の裏を確実に読み取ったらしいカヤンは、穏やかな口調で蒼を柔らかく問い詰めてくる。
それは、今までの蒼の行動も原因の一つだろう。考えたら突っ走りかねない性格を、シエンと同じほど、いや、それ以上に知ってい
るはずのカヤンが、蒼の一言一言に用心するのも仕方がないかもしれなかった。
 「えっとお〜」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「ソウ様」
 「・・・・・とーぞくたいじ。俺、シエンを手伝いたい」
 セルジュ達と一緒に聞いた説明では、シエンは盗賊征伐にはまだ時間が掛かるようなことを言っていたが、蒼はその時にシエンの
表情が苦悩に歪んでいることに気がついていた。優しいシエンが、盗賊に襲われる人々のことを心配しないわけがない、一刻も早
く動きたいと思っているのだと、蒼はその時感じ取った。
(もしかしたら、シエン、俺を置いて行っちゃうかもしれないし)
 普通に考えれば、一国の王子自ら盗賊征伐に向かうことは考えられないのだが、多分シエンは自ら動くはずだ。その時、自分は
どうすればいいのか。
 「・・・・・ソウ様」
 「な、カヤン、何か聞いていない?」
 「私は何もお聞きしていません」
 「・・・・・ホント?」
 「ソウ様に嘘は言いません。確かに、昨今国境地帯を賑わしている盗賊のことは問題になっていますが、王子自らが出向かわれ
ることは考えられません」
 「・・・・・じゃあ、俺の気のせいなのかなあ〜」
蒼は小さく呟くと、手に持っていたパンを再び口にした。




(なかなか敏いな)
 再び食事を始めた蒼の様子を見ながら、カヤンは内心息をついた。
先ほど、蒼に嘘は言わないと言った言葉に嘘はないが、隠すことはある。カヤンの主人は今や蒼だが、シエンの側近という立場は
変わりないのだ。
(誰がソウ様の耳に入れたのかは分からないが・・・・・事は急を要すな)
 国境の盗賊の問題がかなり大きくなっているのは確かで、バリハンからも兵士を派遣することはほぼ決まっていた。
国を守る将軍バウエルは簡単には動くことが出来ないので、今回はベルネが隊長として軍を率いることになりそうだ。
(・・・・・言えない)
 そんなことを言えば、蒼が自分もと言い出すに決まっている。皇太子妃とはいえ、蒼は男で、それなりの剣を扱う技量もある。
絶対に駄目だという理由がどれも決め手にならなくて、カヤンは自分では蒼を押さえることは出来ないのではないかと思っていた。




(・・・・・怪しい)
 蒼は口をモゴモゴ動かしながら、チラチラと横目でカヤンを見た。
嘘は言っていない気はするものの、どこか喉に詰まったような・・・・・はっきりしない感覚を感じるのだ。
(でも、直ぐに動かないっていうのは本当かも)
 シエンも、各国の思惑は色々あるのだと言っていたし、それは蒼も分からないではない。ただ、あのシエンが目の前に分かってい
る要因をそのまま見逃すということも考えられなかった。
 本当は、蒼はムズムズしている。出来れば自分が直ぐにでも盗賊達の様子を見に行って、様々な作戦をたてる手助けをした
いと思う。
 ただ、宮殿を勝手に出ることはほぼ不可能だし、それによってシエンやカヤン達に心配を掛けたくはなく、そうなると、やはり自分
はこのまま大人しくしていなければならないのかもしれない。
(・・・・・う〜)




 父王からの許可を貰ったシエンは、早速バウエルを呼び出した。
話し合いが終わったばかりだったのか、バウエルの顔は明らかに疲れているといったように生気がない。勇猛果敢な将軍も、実の無
い話し合いでは随分と憔悴するのだなと、シエンは御苦労だったと先ずは労を労った。
 「結論はまだだな?」
 「はい。各国、盗賊の被害が次第に大きなものとなっていることや、その対策に早々に乗り出さなければならないということには同
意しているものの、それに伴った派兵に話が及ぶと、途端に発言の勢いは弱くなった。
 「規模も力量も分からない相手との戦いは、それが盗賊であったとしてもかなりの負担になってしまいます。小国が二の足を踏ん
でしまうのは致し方ないとは思いますが」
 「それでは話が進まない」
 「その通りです」
 バウエルの言葉はシエンの予想したとおりだった。やはり、各国足並み揃えてというのはかなり難しいようだ。
 「バウエル、私は先ほど父上から、盗賊の討伐の指揮を預けていただいた」
 「シエン様っ?」
 「討伐の軍には、私が立つ」
 「お待ち下さいっ!恐れながら、王子はこのバリハンの次世の王、大切なお身体ですっ。万が一ということもお考え下さい!」
バウエルはシエンの剣の腕を知っている。このバリハンの中でも有数の、いや、一、二を争うほどの技量の持ち主だということも。
それでも、皇太子というシエンの立場を考えれば、軍を預かる長として頷けることではないのだろう。
 「私が参ります。シエン様、どうか私に御命じ下さい」
 「・・・・・そう言ってくれて、お前の気持ちはとても嬉しい。だが、バウエル、お前にはこのバリハンを守るという大役があるだろう?」
 「それはっ」
 「民が苦しむ要因は、即刻排除しなければならない。それが今出来るのは私しかいないと思っている」
 「・・・・・っ」
 バウエルは苦渋に満ちた表情をしているが、シエンの意志が固いことは感じ取ったのだろう。軍の最高司令官という立場である
自分も、王子であるシエンの決定に逆らうことが出来ないということも。
 やがて、険しい表情をしながらも頭を垂れたバウエルは、承知しましたと声を振り絞った。
 「ですが、せめて同行する兵の編成はお任せ下さい。シエン様の足手まといにならぬよう、選りすぐりの者を供に致します」
 「・・・・・頼む」
そこまで言ってくれるバウエルの気持ちを嬉しく思い、シエンは素直にその申し出を受けた。バウエルははあと深い溜め息をつき、こ
の状況を必死に受け止めようとしているが、ふと顔を上げて訊ねてくる。
 「ソウ様はご存知なのですか?」
 「・・・・・いや」
 「それは・・・・・知られると、少し」
 「それが、頭が痛い」
 どちらにせよ、黙っていることは出来なかった。
シエンに協力したい、このバリハンの民のために何かしたいと願う蒼に、危険だから大人しくしていろという言葉が効くかどうかは疑
問だが。

 「どうしてシエンだけっ?俺も行く!」

そう言われたら、どうやって宥めればいいのだろう。
(本当に・・・・・これは討伐よりも難しい)
一番難攻不落な壁だなと、シエンの悩みは尽きなかった。




 「今日は勉強会はありません。もちろん、個人で学ばれることは大歓迎ですが」
 数日後、蒼はカヤンにそう言われ、助かったと思うと同時に何かおかしいと感じていた。
シエンはあれきり盗賊のことは言わず、蒼も心配は掛けられないと黙っていたが、どうも宮殿の中が落ちつかない雰囲気だった。
 「あ、ソウ様、今日は訓練場へ向かわれても兵士はおりませんので」
 「え?」
 「建物の修復をするそうです。二、三日掛かるそうですから」
 「ふ〜ん」
(修復に、二、三日?)
 あくまでも身内の兵士の訓練場だ、修理の作業をしていても全面的に閉鎖することはないように思う。
(・・・・・なんか、変なんだよなあ)
政務中のシエンの邪魔をするわけにはいかないし、ダメと言われた訓練場へも足を向けることが出来ない。かといって、部屋でゴロ
ゴロするなどとても出来そうに無く、蒼は自分と共に暇になったはずのセルジュの部屋を訪ねた。

 「どうした、ソウ。浮気しに来たのか?」
 「あのね〜」
 相変わらずの軽口をたたくセルジュに反論しようとした蒼は、そこにアルベリックの姿がないことに気がついた。常に2人で行動して
いるというイメージがあったので、何だか凄い違和感だ。
 「アルベリックは?」
 「ん〜?覗き見」
 「のぞき?・・・・・なに、女風呂でも覗く気か?」
 いくら男の性とはいえ、宮殿の中ですることでもないだろうと蒼が口を尖らせて非難の目を向けると、セルジュは違うと笑いながら
否定した。
 「訓練場をだ」
 「・・・・・なんだよ、それ?修復の技術でも習いたいのか?」
 「修復?・・・・・なんだ、ソウ、知らなかったのか?」
 「え?」
 あくまでも軽い口調のセルジュだが、蒼は何だか悪い予感がしてきた。
何時もとは違うカヤンの態度。忙しいシエン。訓練場の閉鎖。アルベリックの不在。一つ一つはバラバラなのに、結びつける一本の
線があるように思うのは・・・・・自分のうがった見方なのだろうか。




 どうやら、蒼は本当に何も知らないらしい。
(大切にされているな、ソウ)
きっと、後先考えないで動く蒼のことを心配した結果の行動かもしれないが、現に今目の前にいる蒼は何かの異変を感じている。
(いくら自分の妃といえど、秘密を持つのはどうかね、シエン王子)
 「ちょっと、セルジュッ、一体何のことを言ってるんだ?俺に関係あること?それとも・・・・・」
 「まあ待て。もうじきアルベリックが戻ってくる。あいつの報告で・・・・・」
 全てを言う前に、扉が軽く叩かれてから開かれた。
 「お、噂をすればだ」
 「アルベリックッ」
中に入ってきたのは情報収集に向かっていたアルベリックだった。さすがにそこに蒼の姿を見て驚いたようで、自分の方へと眼差しを
投げ掛けてくる。
 「偶然だぞ」
 そう、自分がここに呼んだのではなく、偶然蒼が訪ねてきたのだ。そして、そこにアルベリックが戻ってきたのも・・・・・笑いが出そうな
ほどにもっとも面白い時機だった。
(本当に、面白いなあ、ソウ)
 「アルベリック、お前が拾ってきたことを話してくれ」
 「・・・・・いいのか?」
 「本人が知りたがっている」
 アルベリックは一度蒼の顔を見、再び自分に眼差しを向けてから息をついた。悪趣味だとでも思っているのだろうが、こういう巡り
会わせなのだから仕方がない。
セルジュのその眼差しに、アルベリックは自分・・・・・と、いうより蒼に向かって言った。
 「盗賊の討伐軍の編成があるらしい」
 「とーぞく・・・・・え、だって・・・・・」
 「王子はもっと時間が掛かるとか言っていたようだが、どうやらそういう自分の方が焦れたようだな。アルベリック、それで」
 「・・・・・その討伐軍の隊長が、どうやらシエン王・・・・・っ」
 「ソウッ!」
アルベリックの言葉を全て聞く前に蒼が飛び出していく。セルジュは舌を打つと、自分もその後を追った。