蒼の光 外伝2
蒼の運命
5
※ここでの『』の言葉は日本語です
「これより、国境における盗賊の討伐に派遣する兵士を決定する!」
訓練場に集まった数百人の兵士達を前にバウエル将軍が口を開くと、兵士達の顔が一様に引き締まった。
昨今、これはとても良いことなのだが大きな戦は無く、兵士達の役割は主に国境の警備と国内の政情安定が主だった。もちろん
それらはとても大切な役割なのだが、腕を磨きに兵士になった者達の中には物足りないと思っている者もいただろう。
(嫌がり、尻込みをするよりは良いが・・・・・)
今回シエンは見張り台から見下ろすのではなく、兵士達の顔をもっとよく見るために、地面に置かれた人の身丈ほどの高さの木
の台にバウエルと並んで立っている。
何時もとは違う雰囲気に、兵士達も何かを感じているのではないだろうか・・・・・シエンはそう思いながら一同を見回し、続いて
視線を向けてきたバウエルに頷いて一歩前へと踏み出した。
「今回の討伐軍を率いるのは私だ」
「王子っ?」
「シエン様がっ?」
大きくなったざわめきに、シエンは自分の言葉の影響の大きさを改めて自覚した。
国同士の戦の場合、王や王子が先頭に立つことは当たり前だったが、盗賊征伐という問題に次期王になる皇太子が最前線に
出るとはとても思えなかったのだろう。
兵士達の驚きを踏まえたうえで、シエンは言葉を続けた。
「盗賊の問題は、今や各国を大きく脅かすものとなっている。だからこそ私は、自らが先頭に立って指揮を執りたいと思っている。
どうか皆の命を私に預けて欲しい」
「おおっ!!」
同意を示す声が響き、シエンは強く頷いた。
(我が国の兵士達に、盗賊に臆する者はいない)
「同行する兵士を選ぶといえど、私は皆の力に大きな優劣があるとは思っていない。先ずはその気概、我こそ私と同行しようとい
う者は自ら手を上げて欲しい」
「私が!」
「私も参ります!」
「王子っ、お連れ下さい!」
全員が手を上げているその光景に、シエンはありがとうと軽く頭を下げる。
大きな戦ではないとはいえ、相手はどんな手段を講じてくるのか分からない荒らくれ者の集団だ。何時、どんな危険な場面に対す
るか分からないが、その危険を厭わない兵士達の気概に、シエンは胸を熱くした。
「皆を連れて行きたいほどだが、それは無理だ。今からバウエル将軍とも話し合い、編成した兵士の名を呼ぼう」
シエンは1人1人の兵士の名を呼び上げた。
今回の討伐は短期間に行うつもりなので、同行する兵士達もそれなりの技量を持った者が必要だ。しかし、同時にバリハン本国
も守らなければならず、兵力を考えなければならなかった。
同行者は100名ほど。名前を呼ばれた兵士達は表情を引き締めて次々と前へ歩み出る。
周りの兵士達もそれを激励するように声を掛け、肩を叩いたりして送り出す姿を見ながら、シエンは名前を呼び続け、やがて最後
の1人の名を呼んだ。
「以上が、今回私と同行する討伐軍の一員だ。皆の気持ちを受け止め、必ずや盗賊を制圧してくる」
「王子」
そのシエンに、バウエルが声を掛けた。
「どうした」
「兵士の数は良いとしても、伝令や医者を守る者もいた方がよろしいでしょう。やはり、後少し人数は増やした方がよろしいので
はないでしょうか」
「しかし」
シエンは眉を顰める。
当初は今言った半分の人数でと思っていたくらいで、それを父王とバウエルの言葉で増やしたくらいだ。これ以上はやはりと思った
シエンが否定しようとした時、
「はいっ!俺、りっこーほっ!!」
いきなり声が聞こえたかと思うと、
「ソウッ?」
見張り台から身を乗り出す蒼の姿を見付け、シエンは思わずその名を叫んでしまった。
(ずるいっ、ずるいっ、ずるい!!)
蒼は走りながら、心の中でシエンを詰った。
こんな大事なことを自分に内緒で決めるシエンが腹立たしかった。
もちろん、蒼はシエンがなぜ自分に内緒にしたのかは分かっているつもりだ。危ないことはしてほしくないというシエンは、蒼が自分
も一緒にと言い出すことを防ぎたかったのだろう。
分かる・・・・・分かるが、気持ちは納得出来なかった。シエンが自分の身を案じてくれるように、蒼もシエンの身が心配でたまらな
い。
それが自分の目が届かない場所でということならば尚更だ。
それならば、一緒にいた方がいいと思った。お互いがお互いを守り、助ける位置にいた方が遥かに安心だと、シエンにも分かって
欲しかった。
「ソウッ!」
「・・・・・っ」
「おいっ、どうするんだ!」
なぜか自分の後ろをついてきたセルジュが聞いてくる。蒼は走っている荒い息の中で、当然というように叫んだ。
「俺も行く!」
「バカッ、お前が行ってどうなるんだっ?王子の負担が増えるだけじゃないのかっ?」
「そんなのっ、分かってる!」
分かっていても、大人しく待ってなんていられない。自分だけが安全な場所で、ただシエンの帰りを心配して待っていることなどとて
も出来なかった。
そのまま訓練場に向かった蒼の姿を見て、入口の兵士が慌てて押し止めた。
「いけませんっ、今、中でっ」
「中で何してるっ?」
「それは・・・・・とにかくっ、今はお入りいただくわけには・・・・・っ」
当然、中で何が行われているのか知っているだろう兵士は蒼を止めようとする。それに焦れた蒼は、
「命令!」
思わずそう叫んだ。
「皇太子の妃の命令だよ!そこをどいてっ!」
王子であるシエンが偉いだけで、自分には何の力もない。蒼はそう自覚しているつもりで、自分の皇太子妃という立場をひけら
かす真似はしてこなかったが、今この時はその力を使う時だと思った。
「開けて!」
「・・・・・はっ」
兵士は頭を下げ、蒼の命令どおり扉を開けてくれる。その中に入ろうとした蒼は足を止め、顔見知りのその兵士に向かって頭を
下げた。
「ごめんっ」
「ソウ様」
「でもっ、今行かないと、俺ぜったいこーかいするから!」
「・・・・・はい」
兵士の頷きに罪悪感も少しだけ薄れ、蒼はそのまま入り口に一番近い見張り台へと駆け上る。
「あ・・・・・っ!」
眼下に見えたのは、整然と並んでいる多くの兵士達と、その前に立つシエンとバウエルの姿。次々とシエンが呼んでいる名前の
当人らしき者達が前に出てきている。
蒼は隠れるようにその場にしゃがみ込み、目から上だけをこっそりと覗かせてその光景を見つめた。
「軍を編成してるんだな」
「・・・・・」
後ろに立ったセルジュは、はあと深い溜め息をつきながら言った。自分の真後ろに、同じように身を潜める様子に、蒼は思わず
口を尖らせる。
「何ついて来てるんだよ」
「気になるからな〜」
「面白がってるだけだろっ」
「でも、俺達のおかげで今日のことが分かっただろ?」
その切り替えしには言い返せずに口を噤んでしまった蒼は、ふとざわめき始めた気配に再び視線を下に向ける。
「兵士の数は良いとしても、伝令や医者を守る者もいた方がよろしいでしょう。やはり、後少し人数は増やした方がよろしいので
はないでしょうか」
どうやらバウエルは今の人数では不足だと言っているらしい。それを渋るシエンの声も聞こえるが、蒼はもう黙ってここに隠れている
ことは出来なかった。
「はいっ!俺、りっこーほっ!!」
その場から身を乗り出すように叫んだ蒼に、下にいたシエンを始め、皆の視線がいっせいに向けられたが、興奮している蒼は少し
も動じることはない。今が最後のチャンスだと、絶対にシエンに自分の気持ちを認めさせるつもりだった。
「ソウッ?」
「俺っ、行くからな!」
反対しても無駄だと、蒼はシエンに向かって大きく手を上げて見せた。
叫ぶ蒼の姿を、シエンはしばらく唖然として見つめることしか出来なかった。
今日のことは内密にしてきたし、知っている者達にも緘口令を敷いていたはずだ。全ての準備が整い、出立を控えた前日に蒼に
は報告するつもりだった。
(どうして・・・・・)
しかし、シエンの謎は直ぐに晴らされた。蒼の後ろにセルジュとアルベリックの姿を見付けたからだ。
「・・・・・あ奴か」
蒼への口止めは徹底してきたが、セルジュ達に関しては・・・・・。詰めが甘かったと後悔するしかないが、知られてしまったからには
蒼に説明しなければならないとシエンは思った。
見張り台から下りて来た蒼は、シエンがいる台の下へと駆け寄ってきた。シエンも、直ぐにその場から下り、蒼に向かってすみませ
んと頭を下げる。
「あなたに内密で話を進めてしまったこと・・・・・どうか、許してください」
「うん、許す」
「ソウ?」
詰られることを覚悟していたシエンは、蒼の言葉に顔を上げた。
「シエンが、俺だけ仲間はずれしてないの、ちゃんと分かる」
「・・・・・」
「俺のこと、考えてくれたからだよな?」
「ソウ・・・・・」
自分の気持ちは確かに蒼に伝わっていたらしい。そのことを嬉しく思うシエンだが、それでは先ほどの蒼の言葉・・・・・自分が参加
すると手を上げたことは、いったいどういう意味なのだろうか。
「私の気持ちを分かってくださるのなら、どうか上げた手を下ろしてください。あなたにはここでしっかりと国を・・・・・」
「国の前に、シエン守りたい!」
「ソウ」
「バリハンの国大事だけど、俺が一番大事はシエン!シエンを守るのに、俺も行きたい!」
皇太子妃としては、きっと失格の言葉だと思われるだろうが、シエンはそれほどに自分を想ってくれている蒼の気持ちが嬉しくてた
まらなかった。
国よりも、自分のことが大事だと、きっぱりと言い切る蒼の潔さに胸を打たれる。
「・・・・・王子、そこまで言われては折れるしかないのでは」
やがて、バウエルが笑みを湛えながら口を開いた。
「仮に、今ソウ様を置いて行かれたとしても、この方ならばきっと王子の後を追いかねない。供も無く旅をさせてしまうよりも、あな
たがしっかりと側で守って差し上げることが得策のようです。そう思わないか、お前達」
兵士達に意見を求めるように言ったバウエルに、討伐軍に選ばれた兵士達は笑い混じりに口々に同意を示してくる。
「ソウ様がいらっしゃったら、我々も心強い」
「必ずやお2人を御守りいたします!」
「御一緒に!」
すると、別の兵士達からも次々に声が上がった。
「どうかっ、ソウ様の護衛にさせてください!」
「私も御一緒に!」
「王子!」
兵士達は既に蒼の同行を受け入れているようで、更に自分も討伐軍に加わりたいと言い出した。
(私よりも・・・・・よほど、ソウの方が求心力がある)
それが、とても心強く、誇らしい。結局、自分達はこうして共にいることが運命なのだ。
「・・・・・ソウ、私に力を貸してもらえますか?」
「もちろん!」
満面の笑みを向けてくれる蒼に、結果的にこうして知られてしまったことが良かったのかもしれないと、兵士達に囲まれている蒼を
見ながらシエンは苦笑を零した。
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