蒼の光   外伝2




蒼の運命






                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 シエンが納得したとはいえ、蒼が盗賊の討伐に参加するということにはかなりの反対意見が出た。
まずは、皇太子妃という蒼の立場から。
次は、少年といえるほどに若い・・・・・歳は立派にこの世界での成人を過ぎているのだが、どうしても見掛けの幼さがあり。
何より、《強星》という立場の者が自ら危険に立ち向かっていくことはならないと皆が言った。
 「いくら盗賊といえど、武器を持っている相手と対するのならばそこは戦場。もしも、ソウ様に何かあった場合、我が国は《強星》
を失うと同時に、未来の王妃も失くすということ。その意味をお分かりか?」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 隣にいる蒼が唇を噛み締めて俯いている。辛辣な言葉だが真意をついている・・・・・と、思っているのかもしれないが、シエンは
今発言した大臣の横顔を眉を顰めて見た。
 国中に愛されている存在とはいえ、中には蒼の存在を疎んでいる者は確かにいる。いくら《強星》とはいえ、女ではない蒼はシエ
ンの子を産むことが出来ないと勝手に先走って考え、いまだ妾妃を受け入れることを勧める大臣が、今発言した男だ。
 家柄もよく、それなりの発言力もあり、自身は3人の妾も持っているという男だが、自分の価値観を押し付けられても困る。
何より、蒼にこれ以上不快な思いをさせたくは無かった。
 「父上」
 「・・・・・シエン、私も本当ならばソウを行かせることには反対だ」
 蒼を本当の子供のように可愛がっている父王、ガルダの言葉は胸に響く。
 「しかし、ソウの気持ちも分からないこともない」
 「王様」
 「ソウ、危ないことはけしてしないと約束出来るか?シエンと共に、無事、無傷な身体で戻ってくると」
 「う、うん、あ、はい!チカイます!」
ガルダが自分の味方をしてくれようとしていることが分かったのか、蒼は立ち上がって叫んだ。シエンや、蒼の性格を愛する者達から
すれば微笑ましい行動も、皇太子らしからぬと眉を顰める者もいる。
それでもシエンは、蒼の伸びやかな心を型に嵌め込むつもりは無かった。
 「父上、ソウのことは私が必ず守ります。彼が我が国のために動こうとする気持ちを、どうか認めてくださいませんか」




 「はあ〜ぁぁぁ」
 蒼は大きく背伸びをした。
長い会議が終わり、シエンと2人部屋に戻る途中、蒼は何度も同じ動作を繰り返してしまった。
 「疲れましたか?」
 「・・・・・ちょっとだけ」
本当は、凄く疲れてしまった。蒼は直ぐにでも国境へと向かうつもりだったのに、今の自分の立場はそんなに簡単なものでもないら
しい。
 中には自分を睨むようにして意見を言ってくる者もいたが、その言葉はあまりにももっともな話ばかりで、蒼はただ黙って聞くことし
か出来なかった。
 結局、シエンの後押しと、ガルダの一言で、今回の討伐軍への参加を認めてもらえたが・・・・・。
(絶対に危ないことは出来ないよな)
もちろん、するつもりもないのだが、何だか変なプレッシャーを感じてしまう。
 「・・・・・どうしますか、ソウ」
 シエンが改めて訊ねてくる。蒼の方から言い出したことなのに、こうして逃げ道を作ってくれる優しさが嬉しいが、もちろん蒼も撤回
する気はなかった。
 「行くよ」
 「・・・・・」
 「行って、悪いことする奴、ちゃんとバツ、受けさせる」
 討伐といっても、殺すなんてしたくない。話しても分かってくれない相手かもしれないが、力を誇示する者を力で押さえつけても
結局は虚しいだけだと思う。
 「がんばろ、シエン」
 「ええ」
 2人ならば、絶対に大丈夫。そこには、仲間も大勢いるのだ。
悪い例えばかりを頭の中で考えないようにと、蒼はプルッと頭を横に振った。




 出立は二日後と決まった。
しかし、蒼は自身の準備をどれだけすれば良いのか思い当たらなかった。
少なくとも、十数日、いや、もしかしたら数十日は国をあけることになるシエンは、ギリギリまでしなければならないことがあるらしく、
直ぐに執務室へと向かう。
 忙しい彼に訊ねることも悪くて、蒼はとりあえずカヤンに手伝ってもらおうと彼を捜そうとしたが、
 「あっ」
急に大事なことを思い出して立ち止まった。
 「りゅーちゃんに会いに行かないと!」

 複雑な理由から、蒼が養い親となって育てている赤ん坊、リュシオン。
養い親といっても、赤ん坊を育てた経験のない蒼は頻繁に会いに行くことしか出来ず、実際に彼を育てているのは自身も子を持
つ母である年配の乳母だった。
 何も出来ないことを補うように顔を見せる蒼をリュシオンも覚えているらしく、会いに行くと可愛い笑顔を向けてくれている。まだき
ちんと言葉を話せず、ようやく這うことが出来るくらいだが、蒼は歳の離れた弟のように可愛いと思っていた。
 そのリュシオンともしばらく会えないことになる。それを乳母に報告し、リュシオンにもちゃんといってきますと言うために、蒼はリュシオ
ンに与えられた部屋へと足を向けた。

 「りゅーちゃん!」
 「まあ、ソウ様」
 何時も顔を見せる昼過ぎではなく、既に日も暮れ掛かった時に顔を見せた蒼に、乳母は驚きながらも温かく出迎えてくれた。
蒼の母よりも年上の彼女は、リュシオンを孫のように可愛がってくれている。
自分の我が儘で引き取ったというのに、全て面倒を押し付けてしまっていることを気にすることはないと何度も言ってくれ、蒼は彼
女に会うのも楽しみの一つとなっていた。
 「リュシオン様、ソウ様ですよ」
 「そー!」
 「あ、起きてたんだ」
 「今日はとても温かくて、お昼寝も長い間されていたんですよ。だから今はご機嫌がよろしいのですわ」
 「・・・・・わ、早い」
 蒼に似て(?)腕白なリュシオンのため、部屋のどこを這ってもいいように床には少し厚手の敷物が敷かれている。日本の家のよ
うに靴を脱いで中に入った蒼は、一生懸命自分に向かって這ってくるリュシオンの姿に頬を緩め、跪いて手を差し伸べた。
 「りゅーちゃん、ここまで!がんばろ!」
 「そー!」
 「うん、そーはここ」
 呼びやすい響きからか、リュシオンは乳や食事を指す言葉と同じくらい早く、【ソー】と名前を呼んでくれている。シエンも驚いてい
たが、笑いながら妬けますねと言っていた。
 リュシオンにとって、自分が少しでも特別な存在であれば嬉しい。本当の家族にはなれなくても、家族のように仲良くは出来ると
思う。
 「はは、おりこーさん!」
 差し出した自分の指先を、しっかりと握り返した小さな手。
蒼は随分と重くなった身体を抱き上げ、柔らかい頬に自分の頬をすり寄せた。




 何とか煩い大臣達も説得し、出発は二日後の朝に決まった。
父も政務を行えるほどには健康を取り戻しているので安心だが、今自分が手がけている政策にはある程度のめぼしはつけておか
なくてはならない。
 本来は指揮だけを執ればいい討伐に自ら赴くことを決めたからには、シエンは何事にも手を抜きたくはなかった。政務はもちろん、
今回の旅の装備にしても・・・・・。
 シエンは顔を上げ、執務室を辞そうとしたベルネを呼び止めた。
 「ベルネ」
 「はい」
 「私は直前まで政務に取り組みたい。出軍の準備をバウエルと共に執り行ってくれ」
 「はい」
 頷いたベルネは、直ぐに言葉を続けた。
 「ソウ様の方も、私が行ってもよろしいのですか?」
 「多分、カヤンがすると言うだろうが・・・・・装備についてはお前に頼もう」
 「・・・・・本当によろしいのですか?ソウ様を連れて行かれても」
シエンはベルネを見た。
聞く者からすれば突き放したような物言いだが、シエンはベルネが口で言うほどに蒼を嫌っていないことを十分知っている。いや、む
しろ気に入っているからこそ心配して、こんな言い方をするのだろう。
(本当にソウは、どれだけ人を惹き付けるのか・・・・・)
 「私1人でも、出来るかもしれない」
 「・・・・・」
 「だが、ソウと2人でしか出来ないこともあると思っている」
 自分が出来ること、蒼しか出来ないこと。そして、2人でしか出来ないこと。それが今回の盗賊討伐にあてはまるかどうかは分か
らないが、シエンは蒼がけして足手まといにならないと思っている。
 「王子」
 「ベルネ、ソウのこと、気をつけてやって欲しい」
もちろん、自分が蒼のことを守るというのが大前提だが、守る手は一つでも多い方がいい。それにはベルネは適任だ。
 「・・・・・はい」
 「・・・・・」
しっかりと頷いてくれたベルネに笑みを向けると、シエンは直ぐに書面へと視線を戻した。




 「本当に大丈夫なのですか?」

 リュシオンの乳母は蒼が盗賊討伐に向かうことをとても心配してくれた。
蒼は絶対に危険なことはしない、後方の応援なのだと言って、その間リュシオンのことをくれぐれも頼むと言って部屋を後にした。
 「りゅーちゃん、会うたびにおっきくなってるよな〜」
 ほぼ毎日会っているというのに、会わない数時間の間に常に成長しているように思えてしまう。子供とはそんなものなのだろうかと
思い、俺もまだ子供みたいなもんかと苦笑をこぼした蒼は、
 「あれ?」
渡り廊下に立っているセルジュとアルベリックを見付けて駆け寄った。
 「どうしたんだーっ?」
 「どうしたはないだろ、ソウ。ここならお前を捕まえられると思ったんだぞ」
 「あ・・・・・そっか、あのまま置いて行っちゃったんだっけ」
 訓練場で盗賊の討伐軍の選抜をしているという情報を教えてくれ、一緒に(ついてきて欲しいと言ったわけではないが)訓練場
にまで行ったが、そこでシエンと話し、直ぐに国の要人を集めての会議を行ったので、何時の間にか2人を置いてきぼりにしていたこ
とを思い出してしまった。
 「ごめんっ、さっきはありがと!」
 「ああ、どう致しまして。その借りはちゃんと返してもらうから気にするな」
 「え?」
 どういう意味だろうと首を傾げる蒼には構わず、セルジュは結果を教えろと急きたててくる。結局、行くことになったと伝えると、セル
ジュはほらなと言いながらアルベリックを振り返った。
 「ここの奴は皆ソウに弱い」
 「お前もな」
 「まあいいじゃないか。これでしばらくは勉強からも解放されて一暴れ出来るし」
 「え?」
 「なんだ、ソウ、つれないな。俺達も連れて行ってくれないのか?」
 「ええっ?」
 まさか、セルジュがそんなことを言い出すとは思わず、蒼は思わずその隣にいるアルベリックを見つめてしまう。
セルジュよりも遥かに理性的な彼は、蒼の視線に肩を竦めながら笑みを浮かべると、そういうことだと言葉短く答えた。
 「そ、そういうって・・・・・」
 「なんだ、俺達は戦力になるぞ?」
 それは、多分そうだろうと思う。自分よりも遥かに剣の腕がたつことを、実際に手合わせしなくても感じ取ることは出来た。
そんなセルジュが力を貸してくれるのはとても心強いが、ある意味これはバリハンの国の事情だ。本当に彼の力を借りても良いもの
か、蒼は眉間に皺を寄せて考えた。